第355話 エスコート(帝都脱出)
皇帝ジャックスがいた場所に、今はロビンがいる。
「何故いない。リュークはどこにいった!?」
ロビンの声が主無き玉座の間で響いた。
「くそっ。奴が情報を漏らしたはず・・・奴が裏切り者に決まっている!」
兵士たちが慌ただしく、リュークを探していた時、帝都城の地下牢のさらに下にある謎の道には。
「こんな道があったとは・・・いつからあったんだろうか」
リュークがいた。
彼を守るようにして、前にいるのがライドウだ。
小柄な体躯の子で、音のない歩行をしている。
「こっちっす」
「え。あ。はい」
少年のような子が自分を導いている。
偉くなった立場から想像するとありえない事だ。
自分の家の執事候補の子くらいに小さい。
正直なところ、人生でこれっきりの経験となるだろうなと、意外にもリュークは逃げている状況を楽しんでいた。
「これは、秘密の道らしいです」
「秘密?」
「皇帝だけが知る道みたいで、歴代の皇帝しか知らないらしく。皇子様たちでも知らんみたいですよ」
「・・なるほど。私も知らないのは当然と言う事か」
「はい」
ライドウが知っている理由は、シュルツの情報からだ。
皇帝が教えてくれた道をシュルツ経由でフュン側に伝わった。
「えっと、こっちですね。道が複雑で、難しいっす」
町の水路と混合している部分があって、迷路のようになっていた。
地図を片手に移動している。
「わかりました。いきます」
城のサイレンが鳴り響く中で、二人は脱出するための移動を続ける。
◇
同時刻の地下。
一人の老紳士が、牢屋付近を探索している。
「ん?・・・足跡?」
ゲイン・フーラーは、冷静に事態の変化に気付いていた。
誰にも見つからずに、職場から逃げ出すとなれば、誰もが想像しえない場所からの脱出だと予想していた。
「小さな足跡だな。まるで子供みたいだ。それと一人が大人・・・なるほど、逃げ出す場所はここからか」
敵の逃走場所が判明した。
どこかに隠し通路があると、ゲインはここらを探しまわる。
◇
さらに同時刻。
あれだけ焦っていてもロビンはまだ冷静。
クロにリューク捜索を任せて、彼はリューク以外の怪しい人物の所に来ていた。
彼以外で敵に寝返りそうな人物はこいつらだと思っていた。
「ネーブル。リュシエ」
「「はい」」
「貴様ら。今から金を出せるか」
ここは、金を出す出さないの話じゃない。
ここでネーブルらが、金を出さないとしただけで、敵と決めつけようとした。
言った瞬間から、裏切り者だとする気だった。
「お金をですか」
姉ネーブルが言った。
「ああ。そうだ。戦うための金が必要だ」
「それは以前。言われた額はお支払いしましたけど」
これより少し前に、二人はロビンに言われるがままにナルセス家のお金を出していた。
これが勉強代なのだと納得して一度払っていたのだ。
簡単に重要事項を決めてはいけない。
これを、姉妹の苦い思い出としたのだ。
実は、ロビンたちの軍の五分の一くらいの軍資金は、彼女たちのお金であった。
かなり莫大な勉強代だ。
「これ以上は無理よ。兄様。家が保持できなくなる」
「リュシエ。お前の判断で出せるのか。だったらお前にも聞くが」
家の権利はお前じゃなくて、ネーブルだろう。
ロビンの言い方は酷いものである。
「リュシエの言う通りです。我々の家に、これ以上は無理ですよ。兄様」
ネーブルが断る構えを見せると、ロビンが少しずつ彼女に近寄る。
「やはり・・・お前たちも、奴らの仲間だな」
「え? 奴ら、何のことですか」
「とぼけても無駄だ。お前も外に情報を漏らしていたのだろう。敵なはずだ」
「外に情報? 何の話ですか」
「最後までとぼけるか・・・私を馬鹿にする気なのだな。ネーブル。リュシエ」
ロビンの震える唇に怒りが見える。
それが怖いと思うネーブルは足がすくんで逃げられなかった。
ロビンが左手を振り上げて、ネーブルを殴る寸前になる。
「許さんぞ。私を裏切りおって」
ロビンの左の拳がネーブルの顔面を捉える。
このままいけば、戦闘能力のないネーブルは大けがだった。
「うん。まあまあ。そこは怒らんといて」
とここで出てくるのがジルバーン。
ロビンの拳を軽々と受け止めた。
ジルバーンは、かなり怒っているが口調は軽い。
「ほい」
ロビンの拳をガッチリ受け止めた瞬間に、握りつぶす勢いで指に力を入れる。
もう少しで骨まで破壊する力だ。
「ぐあっ。な、なんだ」
「見目麗しいご令嬢の顔にだな。拳を出す? なあ、お前さ。どこまでも登り詰めるんだ。屑としてよ。おい。どういう教育を受けてんだよ。お前よ。自分が殺されても、女性を殴んじゃねえ」
怒りのジルバーンは、ロビンの腹を蹴り上げてから、逆に顔面に拳を出して、殴り飛ばした。
「がはっ・・・うわ」
ロビンが吹き飛んだ姿を見て、すぐに二人に指示を出す。
「ネーブルさん。リュシエさん。俺の後ろに」
「「は、はい」」
ジルバーンの後ろに二人が移動した。
「俺の親父はな・・・あんなお袋にだって、一度も手を挙げた事がないんだぞ。つまり、どんな女性にも手を出しちゃいけないんだ。お前、そういう教えを親からもらったことがないのか!」
自分の母親なら殴っても大丈夫なのに、あの親父は一度も反撃をした事がない。
だから父は女性にだけは手を出すなと教えてくれているのだと、ジルバーンは思っていた。
が、実際は違う。
反撃したら殺されるから、ギルバーンはメイファと戦わないだけである。
口だけに留めるしかないのだ。
でも口喧嘩でも勝てた事がないので、結局ギルバーンは全敗している。
可哀想な父なのだ!
その事を息子であるジルバーンは気付いていない・・・夫婦の事は夫婦にしか分からない。
「知らんわ。そんなセンシーノのような事を・・・馬鹿を言うな。女。女とうるさいガキが」
「センシーノ? 誰だ。そいつは」
「知らんのなら首を突っ込むな、部外者め」
「いいや、俺は部外者じゃねえ。俺は密命を受けて、ここにいるからな」
「密命?」
「俺は、王様から命令を受けた。アーリアの外交官。特使ジルバーン・リューゲン。アーリアの英雄フュン・メイダルフィアの息子。アーリアの二代国王となるアイン・ロベルト・アーリアの片腕になる男だ。そんな俺の密命とは!」
ジルバーンが見えを切り始めた。
ここで、ジルバーンもファルコと同じようにアインに従う事を決意していた。
彼の家臣としての自覚が芽生えていたのだ。
「あんたから、この麗しい令嬢を守る事だ。あんたは結局手を出してきたからな。王の言った通りだな。あんたの動きはさ。やっぱり俺たちの王様は、人を知る化け物だぜ」
改めて思う。
自分の王様は、人の性格を知り尽くしていると。
「王・・・奴の部下か」
「いんや。正確には、王の息子の友人だ!」
配下じゃない。友人だ。それがジルバーンの誇りである。
この関係を築いたのも、フュンが学校に行けとの指令を出してくれたから。
だから、フュンが見事な采配をしていたのだ。
人と人を結び付けて、新しい関係を作っていく。
それがフュンの理想の世界である。
「ほんじゃ。俺たちはここらで消えるぜ」
「なに」
「あらよっと」
ジルバーンの服の裏側には無数の弾があった。
そこから十個取り出して下に叩きつけると、一気に煙が出る。
「煙幕か。姑息な」
「んじゃあな」
「くっ。どこにいる。どこに。誰かこっちにこい。奴らを探せ。探し出せえ」
◇
ジルバーンが、二人を担いで城内を移動している。
「マジで、両手に花だよな。しかも超絶美人!」
「あなた・・・ここでも冗談ばかりですか・・・はぁ」
「ウフフ。面白い人」
ネーブルとリュシエの足が遅いので、ジルバーンが移動を担当する。
女性に体重は存在しない。
二人を軽々持ち上げながらの移動である。
「わ。もう来てる!? こっちに追いかけて来てますわよ。どうするんですか」
ジルバーンに担がれているので、ネーブルは後ろを見ている。
敵が一斉にこちらを追いかけてきたのが見えた。
「おっけ。堂々と逃げるぜ」
「ど、どこからです!?」
「こっからよ」
ジルバーンはお城の三階の窓ガラスの前に立つ。
「え? な、なに!? なんでここに?」
リュシエは分からず。
「まさか。三階ですよ。ここ!?」
ネーブルは気付いた。
「いくぜ。お二人とも」
ジルバーンは、窓ガラスを蹴破って、外に出た。
「「きゃあああああああああ」」
二人の悲鳴を聞いても、ジルバーンは焦らない。
空中で態勢を整える。
「サブロウ丸烈風号改。『空中散歩』」
ジルバーンは、靴に仕込んでいた烈風号を下に放出。
爆風を四回呼び起こして、空中散歩をした。
「おひょ~。ダンテ君の改良はすげえな。俺、今! 空中を歩いたぞ!」
地面に無事に着いたジルバーンは再び走り出す。
「おっしゃあ。これでいいはずよ」
ジルバーンの明るい声の後に、ネーブルが疲れ切った声で話した。
「つ・・疲れましたわ・・・この人と一緒にいるのは疲れます」
その後。
見事に城を出てから、都市内にまで来た三人は一旦路地裏で会話をする。
「あの。ジルバーンさん、脱出には、まだ検問がありますよ?」
リュシエが聞いた。
「そこは大丈夫。アジトに一旦帰って変装すれば外に出られるはず」
「へ、変装??」
「はい。急ぎますよ。とりあえず逃げます!」
ジルバーンの戦略は続いていた。
◇
一時間後。帝都は騒然。
リュークを探せ。ナルセスの姉妹を探せのてんやわんやの大騒ぎ。
警備兵も出動しての出来事で、検問でも厳重な警備をしていた。
身分が保証されている人しか外には出られないようになっていた。
「余裕よ。こんなもんはね。俺らは、すぐに外に行けますよ」
「ほ、本当ですか。いつもよりも厳重そうですよ」
薄着のネーブルはみすぼらしい格好をしている。
身なりを悪くしたことがない彼女が、今回は、髪もぼさぼさにして、服はまるでスラムの女性のような恰好だった。
顔も特殊なマスクにより別人になっている。
「こんな服。初めて着ました。それに顔も違う。これ、面白いですね」
普段の生活とは全く違う刺激的な出来事の中に入れて、リュシエは楽しそうだった。
「では、俺がジョーと言う主人役をやるので、お二人はその奴隷役でお願いしますね」
「「え?」」
「大丈夫。俺って演技派なんで、楽勝ですよ」
トリックスタージルバーン。
敵味方を困惑させる彼は、自由人の演技派で、学生時代のアインを騙した演技をここで披露することになる。
◇
西の検問所にて。
「次、身分証は」
ジルバーンは偽の身分証を提示した。
完璧な証明書がここにあるのは、シュルツのおかげだった。
「これですね」
声を低くして貫禄のある男性になっているジルバーンは、ジョー・モルゲンと言う名で、ここを通ろうとしていた。
「モルゲン・・・聞いたことがないな」
「ええ。当然ですよ。私、ジャンバルドの商人でしてね。最近お金を持てたので、帝都で買い物を」
ジョーが、チラッと後ろにいる二人の女性を見た。
奴隷商か。それとも娼婦にでもする気なのか。
検問所の兵士はそう思った。
「そうか。でも素性がよく分からない者は通せないな・・・怪しい奴がうろついているかもしれないってことで。今は有名な人間くらいしか通れんのだよ。上からのお達しでな。すまないな」
申し訳ないが、もっと有名な商会などであれば、ここを通せるんだがな。
っと兵士が申し訳なさそうに言った。
「そうですか・・・」
ジルバーンは引き下がらずにいる。
高速でグルグルと言い訳を思考している。
「わかりました。じゃあ、これ。どうぞ」
「ん?」
筒状の小さなものを二つ渡した。
「これはなんだ?」
「強力なものですよ。こちらを開けてみて」
兵士が赤い筒を開けると、クルクルに丸まったお金が入っていた。
「なに!? わい・・」
賄賂かと言おうとしたので、周りに聞こえないようにジルバーンは声を重ねる。
「いえいえ。そうじゃない。こっちも開けてもらって」
兵士は、言われたとおりに青い筒を開ける。
「これは? なんだ。小さな瓶?」
「それ、特別なモノですよ。ええ、特別です」
「何がだ?」
「とんでもないくらい強い滋養強壮の薬ですよ。効き目は・・・・いえませんね。ここでは、それくらいとんでもないものです。どうです。こういうのがお好きなんでしょ」
ジョーがチラッと二人の奴隷を見た。
女を買えるお金に薬。
あんたが貰える物としては最高クラスじゃないの。
そうは言わないが、ジルバーンは、商人としての計略を仕掛けていた。
「う、うん」
兵士は喉を鳴らして鼻息が荒くなった。
「わ、わかった。いいぞ。俺が許可をしておく。通れるようにしよう」
「ありがとうございます。では、通ります」
「ああ。いいぞ」
ライドウたちは、隠れた道から移動していたが。
ジルバーンは正々堂々と真正面から脱出したのだ。
この方法は彼にしか出来ない。
立つ口が無いと駄目だからである。
しばらく移動して。 ネーブルがジルバーンに話しかけた。
「あの」
「はい。なんでしょう」
「凄い人ですね。あなた」
「俺が? いえいえ。これくらいは当然・・この作戦くらいはね。楽勝ですよ。相手がアインじゃないんだ。気をつける部分が少なくて済む」
察しの良いアインを騙す方が苦労した。
勘のいいユーナリアは駄目だったけど。
「そうですか」
ネーブルが引き下がると、リュシエがジルバーンの左腕に抱き着く。
「あなた、やっぱりカッコいいですね。素敵ですぅ」
「え。そうですか。えへへ」
一瞬でジルバーンの鼻の下が伸びる。
女性に褒められるのに弱い。
唯一の弱点だ。
「はい! カッコイイです」
リュシエは、ちょっと惚れていた。
「いやいや、嬉しいですねって。そうだ。こんなきれいな人に。これは、まずいな」
ジルバーンはリュシエの顔を見て思い出した。
「え? なにがです??」
「あなたの綺麗な顔を汚したままでいた事に今気付きましたよ。急いで綺麗にしないと。もったいない。素晴らしくお綺麗なのに・・・」
「あら、まあ。お褒め上手ですね」
「いえいえ。俺は上手く褒めていないんだ。ああ、あなたが綺麗すぎて、俺の表現が足りないんですよ。綺麗の三文字しか出て来ないんです。ああ、俺の表現がもっと良ければ、あなたをたくさん褒められるのに。残念です」
「ふふふ。面白い人」
ジルバーンとリュシエは良いコンビだった。
その後ろを歩くネーブルは白い目で見ている。
「調子ノリよね。この人・・・大丈夫かしら」
呟いた音量は小さいのに。
彼に届いていた。
「リュシエ様。大丈夫ですよ。必ずお守りしますからね」
「な!?・・・・もういいです。信じます」
ジルバーン・リューゲン。
女性に何と思われようとも、平気な男性。
ほぼセンシーノと同じだ。
だからきっと、二人が出会えば意気投合するだろう。
いや、その逆もあり得るかもしれない。反発する可能性も捨てがたい。
こうして、ジルバーンは、二人の保護に成功した。
これで、皇帝の子は、全員が生きている。
ここまでは、フュンの計画が完全に機能していた。




