第67話 新たな仲間は副将候補
翌日の早朝。
5時に起きていられた者は、312名だった。
試験開始当初の五分の一の数にまで減少したことで、フュンが課した試練がとても難しかったことが証明された朝の事。
ここまで乗り越えた者の中には、顔色が悪く疲労状態の者もいたりする。
フュンは彼ら一人一人の前に立って、目を診せてもらい、舌を出してもらった。
健康チェックをしてから、全体に話しかける。
「それではいきますよ。皆さん、このバッジを左胸につけてください」
フュンの指示通りに挑戦者たちはバッジをつけた。
「ルールを説明します。とにかく今から、お昼までの間にこのバッジを持っていた人が最終試験に挑戦できます。これ以外のルールはなんでもありですよ~。試験会場はテースト山全体です。ここにいてくれれば、後はもう何が起きても自由です。お昼になったら皆さんがいるかどうかをバッジで確認するので、この二次試験、戦い抜きましょう。では、試験までの準備をしてください。ここから一斉スタートするのは、この場が戦場になっちゃうと思うので、三十分後くらいに花火を打ち上げますから、それが開始の合図ですよ。あとお昼も花火をあげるのでそれが終了の合図です。最後まで残っていた人たちが最終試験挑戦者ですよ。では、皆さんばらけてください。合図出しますからね」
「「「は~~~い」」」
と軽い返事から始まるこの試験にも意図がある。
三十分後。
花火が上がったと同時にミランダとフュンは高台の上で会話に入った。
「フュン。何の試験だ。これ?」
「はい、ミラ先生。この試験は、僕の話を聞いているかと柔軟性の試験です。あれ見ててください。ほら、あそこ」
フュンが指さしたのは、里の外れでバッジをつけた者同士が戦っている場面だ。
「戦ってんな」
「ええ。戦ってますよね。変ですよね」
「ん?? どういうこった??」
「彼らはなんで戦っているんでしょう?」
「あ? そりゃお前から戦場になるって聞かされたからじゃないのか。先制攻撃でもした方が有利になるとでも思ったんじゃ? それと相手を不合格にしようと、蹴落とそうとしてる奴もいるかもな」
「…ええ、そうですよね。僕がそう言いましたからね。そう勘違いする人も出ますよね」
「勘違い?」
「ええ。でもミラ先生、僕はこの試験のルールをなんて言いましたか?」
「・・・このバッジを時間まで持っていろ。あとはなんでもいいって言ってたか」
「そうです。ということはですよ」
「ナハハハ。お前は・・・よく分かってんな人間をさ。話を最後まで聞いて、そして最初の大事な部分は覚えておけっつうことか」
ミランダは不敵に笑う。
親衛隊試験に挑戦する者たちは、バッジをつけろと最初に伝えられたことで、バッジをつけなくてはならないと勘違いしている。
だから左胸についている者たちの事をライバルだと認識しているのだ。
「僕は別に戦えって言ってないんですよね」
「ああ。そうだな。戦場にはなるとは言ったがな」
「ええ。そうなんです。そしてもう一つ、僕は何人合格になるかを言ってないんですよね。だから全員が合格しても良いのですよ」
「ああ。そうなのさ。だからこの試験・・・」
「そうです。お昼まで何もしないが正解なんです。彼のように!」
フュンは、高台の上から里の朝の商店の前にいる青年を指さした。
朝ごはんを選んでいる途中で、店主の人と笑顔で会話している。
「バッジも外してもいいんだよな。お前のあの言い方だと」
「そうです。ルールは、なんでも良いと言いましたからね。それと最初につけろとは言いましたが、バッジについては持っていれば良いと後から言ったのですよ。ポケットなんかに隠し持っていても良いのです。だから皆さんには、もっと柔軟に考えてほしいのです。戦うことだけが正解じゃない。僕の親衛隊の人には、それを感じ取ってほしい。理解してほしい。僕という人間をです。あははは」
「ふっ。お前はやはり……あたしの最高の弟子になる男だ。な!」
ミランダはフュンの頭を鷲掴みにして、髪をもみくちゃにした。
戦いを軸に置いているラメンテの戦士たちにとって、フュンの意図を理解出来る者は少ない。
戦場になるかもしれないのたったの一言で、自分のバッジが奪われるかもしれないという思いになり、奪われるくらいなら先に奪ってしまえの考えに至ってしまう。
それが元野盗やチンピラ連中の考えであるのだ。
フュンはそこを強制して欲しかった。
もっと冷静に、もっと柔軟に、物事に立ち向かっていくことが、これからのラメンテの在り方だと。
皆に理解させようとしていたのだ。
「それにしても彼は素晴らしいですね。身体能力は普通ですが、冷静です。頭がいい。それと器量もよさそうだ。あそこで里の人たちに溶け込んでご飯を食べてますね。試験を受けているようには思えないほどに普段通りです。ミラ先生は彼を知ってますか?」
「ああ。知ってる。いいかフュン。あれはお前の親衛隊には入れねえぞ」
「え? どうして」
ミランダは青年の儚く繊細な薄紫の花のような髪を指さした。
「あいつは、未来のウォーカー隊の隊長になる男だからな」
「彼が!?」
「そうだ。奴の名はタイム。お前がいずれウォーカー隊を率いる時の隊長となる男なのさ。あいつ普通だろ」
「ええ。僕が見た感じでは、戦いもそんなに得意ではないように見えますね。僕と一緒ですね。あははは」
彼が自分に似ていると思ったのでフュンは嬉しそうに笑った。
周りの人物たちが異常に強く、彼に親近感を持つのは当然のことだった。
「ああ。そうだ。あいつは戦闘能力で特筆すべき点はない。だが、あいつは堅実なんだ。策も動きもな。そういうのが今のあたしらに必要。ザイオン、エリナ、サブロウ。この三人はド派手だろ。わっかりやすい能力でさ」
「そうですね。突進力のザイオンさん。調整のエリナさん。策士のサブロウさんですもんね。それぞれの能力は非常に高いです」
「ああ。そうさ。そんで、そこからの次世代もさ。同じなのさ。ゼファー。ミシェル。リアリス。カゲロイ。皆、能力が高い……だがあいつは違う。普通だ。だから兵に規律を生むことが出来る。たぶんあいつの力で、ウォーカー隊は少し変わると思うのさ。あいつはお嬢の所で育てたから、今はだいぶそういう人を変える点も育てたぞ」
「なるほど。ハスラで修行をしていたのですね。ふむふむ。たしかに。彼ならば隊を軍に出来るかもしれませんね」
「そういう事よ。あたしらの荒々しさを無くすわけじゃない。でも規律は重要だ。いずれ、お前があたしの跡を継ぐときにはな」
「・・・ミラ先生の跡を継ぐ?」
「おう。お前がウォーカー隊を継いでくれ。お嬢には出来ないからな」
「…わかりました。頑張ります」
「ああ。まかせたのさ」
ミランダとフュンはお昼になるまで、この高台の上で過ごしたのだった。
試験に挑んでいる者たちは、戦う者もいるし、タイムのように休んでいる者もいる。
あとは、彼の友達のウルシェラとマーシェンも現場にはいた。
二人で何かお茶をして話して待っている。
自分の考えを理解してくれたんだと、友達に分かってもらえている喜びをフュンは感じていた。
◇
正午ごろ。
花火が三つ上がる。試験終了の合図だ。
「終わりましたよ。皆さん! 元気ですか」
「「「・・は~い」」」
「う~ん。おかしいですね。元気がありませんか。それじゃあ、バッジを見せてください。僕の所まで一人で来てくださいね」
残った人数は83名。
フュンは、彼らのバッジを確認してから、一人一人の体調を診て、最初の頃と同じ目と舌を診ていった。
312名の体調を全て覚えているフュンは、この午前中の間に体調が変化しているかどうかを診ることが出来るのだ。
「はい。合格です」「駄目ですね。残念です」
「あなたはいいですよ」「んん。駄目ですね」
と振り分けること一時間。
残った人数は32名だった。
合格者の余裕がある状態を許せない不合格者から文句が出る。
「なんで俺が駄目なんだ」「そうよ。私だって」
自分は戦って生き残ったのに、平気な顔して悠々としている奴らが合格など許せないと思う者が不合格者の中で多数だった。
「はい。そこは秘密ですよ。次回もやるとミラ先生が言っていたのでね。合格ラインは内緒にしないといけません。それで、なぜあなたたちが不合格で、こちらの方たちが合格なのかはよく考えてくださいね。でも一つだけ言いますよ。あなたたちが弱いから不合格なのではありません。むしろ強いですよ。でも僕の親衛隊になりたいのなら、強さだけが重要じゃないことを覚えておいてください。力は、戦闘力だけを指すのではないのです。では、またの機会を。それじゃあ、合格の人は会議室に来てください。最終試験を言います」
フュンは丁寧に不合格者を諭していった。
◇
会議室について早々。
フュンは皆に向けて拍手した。
「皆さんは合格なんですよ。おめでとうございますね。一緒に頑張りましょう」
30名は隣の人物の顔を見たりして喜んだ。
本当にフュンの親衛隊に入りたい者たちだったらしい。
「僕の意図を正確に理解した方たちですからね。合格なんですよ。そこでですね。僕は質問したい方がいまして。君! 君が最優秀者なのですけど。君は何を考えていましたか? 僕は君の考えを聞きたい」
合格者の中で最優秀者は特筆すべき点のないタイムだった。
31名の合格者たちにも、印象に残っていないようで、誰だこいつみたいのような顔をした。
彼が圧倒的な成績を収めているわけではないからだ。
耐久走も先程のバッジ争奪戦も特に目立ったことをしていないのである。
「ぼ。僕が!? 僕が一番なのですか? えええ」
「はい。そうですよ。あなたが一番です」
「ほほほ、本当でしょうか。何かの間違いじゃ」
「いえいえ。間違いじゃないですよ。あなたが一番僕の考えを理解してくれました。あなたが考えていたことを僕たちに教えてほしい」
「わ・・・わかりました。王子」
タイムは恐縮しながら話しだした。
自分みたいな者が一番になるなんて思ってもいない事。
謙遜する性格のようなのだ。
「僕はただ王子の話を聞いていただけで、最初の試練の時も二日で南に行けでしたから、東西ルートを軽く走り、南北ルートを一定の速度で、二日かけて無理せずに走っただけです。次の日の三日目の試験があるので、疲れを均等にすることが大切だと思ったのです」
タイムの考えは、この試験でフュンがして欲しかった事と同じだった。
「そして走りきったらすぐに夜から移動すると。しかも次の日、朝の五時が試験だと王子がおっしゃっていたので、これは体力管理試験なのだと思い。なおさら無理をしないことを徹底しました」
フュンだけは『うんうん』と頷いていた。
「そして今朝。王子がバッジをつけろと言い。でもその次にはルールはなんでもよくて、お昼までバッジを持っていろとおっしゃっていたので、僕は内ポケットにバッジをしまって待機してました。僕はこの試験も体力管理の試験なんだと思ったんです。王子が本当に指示したい言葉は、戦闘をするタイミングを間違えない。これだと思いましたね。はい。いざ戦う時に体力のない状態でいてほしくない。これが王子の考えかと思っただけです。でもこれで、僕が最優秀者なんですか? 何もしてないんですが」
「いいえ。素晴らしいです。あなたが一番だ。タイム君」
「え? 僕の名前を」
「はい。ミラ先生から聞いてます。あなたはこの試験を突破しても」
「はい。そうです。僕は入りたかったんですけど、王子の親衛隊には入れないらしいです。副隊長試験を受けないといけないらしいのですよ。僕、弱いのに・・・・はぁ」
自信なさげなタイム。
不安そうな顔もしているのだが、フュンとミランダは笑っていた。
「いいえ。君なら出来ますよ。きっと素晴らしい隊長にもなるでしょう。自信を持ってください。それと僕も同じです。僕も弱いのに隊長にされちゃうらしいんですよ。あははは」
「そ。そうなんですか。王子は十分お強いのに」
「いえいえ。僕はまだまだ弱い。でも頑張って強くなりますよ。だからタイム君。君も頑張りましょう。応援してます。それとここでは一位ですからね。自信をもって次の試験に挑んでください。きっと突破できますからね」
「……は、はい。ありがとうございます。王子。頑張ります」
タイムは晴れやかな表情に変わる。
王子に褒められてうれしそうに笑った。
タイムはハスラ防衛戦争時にエリナの下についていた人物。
フュンとの関わり合いは直接なかったが、当時の戦争記録を読み返していく内にフュンに興味が湧いた人物なのだ。
彼に一回会ってみたいという思いで努力をして、エリナの指導の元でバランス型の戦士として成長してから、ハスラの軍で規律を学んだラメンテの中では指揮官型の戦士である。
成長を果たすフュンの元には頼もしき仲間たちが育っていた。
ゼファー。ミシェル。リアリス。カゲロイ。タイム。
のちに、彼らは英雄フュン・メイダルフィアの将となる者たちである。
偉業を成すには力がなくてはならないのに、フュンにはその力がない。
だけど、フュンには素晴らしい仲間たちがいたのだ。
大陸の英雄には一人でなった訳ではない。仲間たちと共になったのである。




