第353話 アーリアの展開力
目の前の光景に驚いているジュードは、思わず声を出した。
「す、すげえ・・・これが士気の爆発って奴か。初めて見たぞ。皆、腹から声が出てる・・・」
レックスも頷く。
「ああ。他国の王なのに・・・ありえないな・・・この景色・・」
レックスの言う通りに、フュンは他国の王なのだ。
しかし彼だからこそ、このような事が出来る。
人の感情を知り、そして人に寄り添うのが上手いフュンだから、兵士たちを覚醒させることが出来るのだ。
人が命をかけて戦うというのに、その戦いを意味の無いものにしてはいけない。
それにそんな状態じゃ、兵士たちの士気が向上しない事をよく知っている。
そして、フュンはもう一つ気付いている。
それは相手側だ。
ロビン側の兵士たちもまた。
近衛兵以外の兵士たちが、中途半端な気持ちでいる。
今までの双方の思考の中に、『なぜ、内乱をしないといけないのか』
オスロ帝国が、統一国家であるのに、味方同士で争うのはなぜなんだ。
と雑念がある事をフュンが理解していたのだ。
この理由を解決せずに、兵士たちがモヤモヤした気持ちの中で、強制的に動いているのがロビン側であり、それで兵士たちも、いまいち士気が上がらないでいる。
そしてフュンは気付けているが、ロビンは兵士たちのそのような状態に気付いておらず、士気向上の策を講じていないのが、圧倒的戦力を以てしても、これまで大苦戦していた要因の一つだ。
人は、明確な意志の元に戦わないと、戦いに勝てない。
それは相手だけじゃなく己にもだ。
意志がハッキリしていたギーロン。ルスバニア。イスカル。
こちらは、数が少なくても士気だけは高い。
それは、目的が明確だからだ。
自分の国を守りたい。
意志と目的はこれのみに集約されている。
だから強い。抵抗が上手くいっていた理由がこれである。
そして、向こうの攻撃が弱くなる理由は、なぜ仲間に攻撃しなければならない。
これが最後の部分で弱くなる原因。
極端に言えば、レックスだ。
ジュードを攻撃したくない思いに駆られて、攻撃が鈍る。
この現象が少なからず、兵士たちの間に起きていた。
全力で戦っているつもりでも、どこかで気を抜いたような形になっていたに違いない。
そこをフュンが指摘して、本来持っていないといけない正常な精神状態を取り戻させた。
今から始まるのが、真の次期皇帝による帝国を取り戻すための戦いだ。
ならば正当な理由はこちらにあり、不届き者は倒さねばならない。
この言葉で、兵士たちの意識が一つとなり、士気が爆発したのだ。
「これがアーリア王・・・アーリアの英雄か」
「どうした。ジュード?」
「ああ。フュン殿は、アーリアの英雄って呼ばれているんだそうだ。姫が教えてくれた」
「そうか・・・たしかにな。俺たちにとっても英雄だったな。アーリア王のおかげで・・・俺は親友を失わず、妹まで・・・英雄・・いや、神様だな」
「ああ。本当だ。それにカッコいいぜ。俺はあの人を生涯尊敬するわ。俺もああいう人になりてえ。・・・ん? お前。今、俺って」
「ここはお前と俺だけしか、声が聞こえないからな。この音量だぞ」
ジュードとレックスは、隣同士でいたから声が聞こえる。
兵士らの雄叫びが続いているから、他の声なんて聞こえるわけがなかった。
「たしかに。うるせえくらいだ・・・でも最高の声だぜ」
「ああ。これが、士気による戦いか。リカルド様が言っていた方法だ」
「ん? 爺さんが?」
「ああ。戦略や戦術を超える戦法は一つだけ。それが士気による突撃だ。と言う事をリカルド様がおっしゃっていた。これが、おそらくそうだ」
「・・・なるほど。天まで届きそうな士気で、相手を圧倒するのか」
「たぶん。そうだと思う」
二人は初めて兵士たちの士気が高い状態を見た。
訓練や実践でも、戦術や戦略で敵を圧倒してきたから、士気の重要性を認識していなかった。
でも、戦うのは自分だけじゃない。
兵士がいて初めて戦争を行えるのだから、これが一番重要なんじゃないか。
二人はフュンを見て、今までを反省していた。
アーリアが生んだ偉大な王。
フュン・ロベルト・アーリアは、他国の大将軍にも尊敬される王であった。
◇
「では、このままの勢いで進軍を開始します。川も使って南下します。出陣しますよ~~」
軽いノリに聞こえるが・・。
「「「おおおおおおおおおおお」」」
それでも兵士たちの士気が高い。
フュンたちは一気に帝都にまでいく。
◇
その道中。フュンとレオナは、馬車で会話となった。
「レオナ姫。兵糧などの問題はどうしていますか」
「はい。ジャンバルド。アストレアの両都市から、送ってもらっています。今は船での上下が出来るので、楽ですよ」
「あなたがやっていますか」
「はい。クラリスと共に・・・」
フュンはクラリスを見た。
「うちもやっています。足りなくなる心配はないかと・・・一カ月程度は楽に用意できます」
「うん。素晴らしいですね。流石はレオナ姫。それにクラリス姫も、流石です」
「うちは別にたいしたことは」
「いえ違いますね。あなたも大局を見る事が出来る女性だ。あなたがレオナ姫の味方で良かった。彼女の知を補強できていますよ。偉い偉い!」
フュンが笑顔になると、クラリスは眩い光を持つ人だと思って、照れて俯いた。
「ギャロル皇子。あなたも素晴らしいですね」
「え? おれっちが」
「あなた。警戒しています。常に皇女の身をね」
「いや、おれっち何もしていないですけど」
「してますよ。その警戒の仕方だと、彼女を守れますよ」
「・・・ん・・・そうすか」
「ええ。それだと守れますからね、自信を持って」
ギャロルの心の向きと体勢が常にレオナに向かっている。
その事にフュンが気付いていた。
いつ、どこで、襲われるかわからないから、彼女が表に出た時は常に気を張っているらしい。
彼の動きがそういう動きなのだ。
「では上手くいくとは思いますがね。僕の家臣たちは、そんじょそこらの兵士さんたちには止められない。それにこれほどの展開力で行動に移すとなると、敵はどこを守ればいいのか分からないでしょうね」
ルヴァン大陸のロビンが掌握している地域のほとんどを同時に攻撃するフュンの作戦。
これは以前のフュンのイーナミア王国の六大都市襲撃の戦法よりも大規模であった。
だから、アーリア王国の展開力が物を言う作戦となっている。
◇
フュンたちアーリア王国の怒涛の波状攻撃。
ロビンたちがそれを知った時とは、帝都に戻った時だった。
船が使えずに遠回りしてからの鉄道移動だった。
「ロビン様」
「なんだ」
「そ、そのお怪我は?」
「敵にやられた」
「なんと」
伝令兵が慌てるほどの大怪我。
ロビンは右腕を失っている。
「それで、なんだ」
「それがですね。同時に四カ所、襲撃にあっているようで。そちらの戦況がわかりません」
「なに。どこだ」
目を覚ました時のように、ロビンの体が飛び上がった。
「それが、アイ・ショルダ。ジャンバルド。ズルイド。ベンターです」
「まさか・・・」
大都市四か所が一気に攻撃を受けたとの連絡だけが来たのだが、そこから先の連絡が来ない。
もしかしたら、すでにやられてしまったのかと、伝令兵の顔色はよくなかった。
「やられたというのか。まさか。反撃に出てきた!? アーリア王のせいか。奴の!」
「え。アーリア王? 死んだはずでは」
「死んでなかったのだ。奴は生きていた」
「それはありえ・・・」
二人の言い合いの中で、後ろから声が響く。
「ロビン。何をしている。こんな所で」
「お、お爺様」
「失敗したか。それにその腕・・・はぁ」
出来損ないがという視線が刺さる。
孫を見る目じゃなかった。
「ウォルフを使うしかないか」
「お爺様、さすがにそれは・・・」
「お前が負けなければ、奴を使わんでも良かったのだぞ。口答えをする気か」
「い。いえ・・もうしわけありません」
「いい。謝らんでも。取り返しがつかんことになる前に手を打つ。まずは、地図だ。広げよ」
ゲインの指示で、クロが地図を広げた。
先程の報告の場所に印をつける。
「これは、帝都包囲網か・・・海に出る! そういう事もさせる気がないな。この敵・・・実に優秀だ」
敵が正しい道のりで進軍してきた。
一瞬でゲインはフュンの戦略を読み切った。
「それにしても、この前の報告から言って、おかしいな。こちらの情報が漏れていたとしか、言いようがない結果だ。ロビン。どういうことだ」
「そ・・・それは・・・」
特に海戦。
なぜ西側で行動を起こすと予測が出来たのか。
東の海にも、敵の艦隊が同じくらい動いていたのなら、納得するが、そんな報告は一切なかった。
と言う事は、敵は最初からこちらが西に派兵することを知っていたのだ。
だから情報が漏れたに違いない。
「お前が掌握した者の中で、こちら側に急に来た人物はいるか。もしくは、逃げ出さずに、ここに残った人間はいるのか。お前に任せていたから、私はそこを知らん」
「お爺様・・・リューク・ジョンドがいます。私は奴を誘っていません。ですが、こちらに残っています」
「そ奴だな。消せ。今すぐ探して消せ。そ奴が裏切り者だ」
「わかりました」
ロビンが部屋から消えた後。
ゲインは地図を見ながら言う。
「これを指揮した奴・・・なかなかやるわ。だが、私には勝てんだろうな。ウォルフと私。この双方と戦える男などこの世にいない・・・まあ、あの世も数えてもいないだろうな。あのジャックスでも無理だろうしな」
ゲインの自信に満ち溢れた独り言であった。




