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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
最終章 大将軍戦アルストラ戦役

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第346話 アルストラ戦役 決闘

 決闘開始直後から、剣と剣が火花を散らす。


 「ん? ジュード。今日は調子が悪いのか」

 「え? 別に普通だ」

 「いつもよりも力がない。一撃が弱いぞ。どうした!」


 レックスが、ジュードの剣を弾き飛ばす。

 いつもよりも軽い。

 だから、戦いに集中していない。

 本気じゃないのかと、レックスが珍しく怒り出した。


 「本気で来い。じゃなければ・・・俺はお前を斬れん」

 「レックス。その言葉は、本当か? お前こそ、俺を斬る気があるのか?」

 「なに?」

 「俺とその会話をするってのは、本気で斬れないからじゃないのか。迷いがあるから会話をしてるんじゃないのか。その剣筋も。会話も。さっきから迷ってばかりだぞ」

 「・・・・・・」


 誰にでも丁寧な話しぶりのレックスは、唯一ジュードにだけはフランクに話す。

 その彼の口調がぎこちない事にジュードが気付いていた。


 「ここで黙るは、承諾だぞ。甘いレックス」

 「なに!?」


 話している途中で、騙し討ちのような形で強襲攻撃。

 ジュードらしくない動きに、レックスが戸惑う。

 

 「動きが遅い。ジュード!」


 レックスの剣が間に合い。防御で再び剣が衝突する。


 「レックス。迷いに迷った剣では、未来を掴めない」

 「ん?」

 「親友を斬る。その強い思いで、未来を掴むんだ」

 「だ、誰がお前を斬りたいって思うんだ。俺にはそんな事出来ない」

 「甘えるなレックス。男には一か八かの勝負をする時が来る」

 「そんなの親友の命と引き換えなわけがない」


 珍しくレックスが感情的に話した。


 「いいや、天秤だ! いいかレックス。お前の妹も、まだ戦っていない。お前もまだ勝負をしていない。両方とも延命をしているだけだ」

 「何! ミーニャは十分頑張ってる。勝負だってしてるわ」

 「いいや。まだしていない。新たな治療をしていないんだ。彼女を治すためのな」

 「原因不明だって知っているだろうが! なにを言ってるんだ」

 「いいや、まだまだだぞレックス!」


 ジュードの顔が笑っていた。

 不敵に笑うその姿に不気味さを感じる。

 いつもの彼じゃない気配に違和感を覚えるレックスが、再び彼の剣を弾き飛ばす。


 「ぐっ。強いな」

 「・・・調子が悪いんじゃないのか」

 「大丈夫だって言ってんだろ。レックス。他人の心配をするな。自分の事だけを心配しろ」 

 「・・・説教臭いな。今日のお前」


 レックスの動き出しに対して、ジュードが先に動いた。

 だから移動のカウンターが入り、レックスの反応が遅れる。


 「にしても、器用な動き。お前は誰だ。ジュードなのか。本当に?」

 「そうだぞ。当り前じゃないか。どう見ても俺だぞ!」


 首を傾げるレックスは、目の前のジュードにさらに攻撃を仕掛ける。


 「お前は何を信じる」

 「え?」

 「世の事象には、全て人が絡み合う。だからお前は、今何を思う」

 「何を思うだと?」

 「そうだ。怒り。悲しみ。苦しみ。今、何を思って戦っている。レックス!」

 「私は・・・」


 レックスの剣に迷いが出た。

 ジュードの猛攻が始まった。


 「ぐっ・・・お前、腕で勝てないから、口で勝とうとしているのか」

 「違う。本音の部分を言え。俺は、お前に取り繕った考えをさせないために動いているだけだ」

 

 猛攻の理由は相手に考えさせないため。

 自分の本心を言わせるためだ。

 ジュードの攻撃は二つの意味があった。


 「私は・・・ああ。そうだ。ミーニャを助けたい。私は妹を助けたいだけだ。あの時からずっと」

 「それじゃあ。俺を倒したらどうだ。レックス。見えているのだろ」


 ジュードは、自分の左胸を軽く叩いた。


 「出来るか!」


 レックスが感情を表に出した。

 いつも冷静で、作戦を組み立てている彼が、信じられないくらいの大声だった。


 「親友を殺せるわけがない・・・お前は俺の恩人だぞ・・・お前がいなかったら、俺は今。生きてないんだ。妹だって、この世界に生きていないんだ・・・そんな男を・・・お前は殺せって言うのか。俺には出来ない。無理だ」

 

 ジュードが笑った。

 その言葉を待っていたかのように・・。


 「ああ。そうか。だったら、俺の為に俺を殺せ。レックス。その先を生きるんだ。未来を切り開くんだ。俺とお前でだ」

 「・・・なんでだ。お前が死んだら、俺は・・・生きている意味がないだろう」

 「妹の為に生きるんじゃないのか!」

 「そのために友を殺せと・・・鬼か。お前は」

 「ああ、そうだな。でも俺は鬼じゃない。本物の鬼は、慈悲がない。でも俺はお前を思っている。ただひたすらに前へ進め」

 「・・・馬鹿な。出来ない。俺にはそんな事、出来るわけが・・・」


 レックスの剣が鈍ると、ジュードが一閃を繰り出す。

 彼の首を狙った一撃も素晴らしい角度で入る。

 しかしその手前で、レックスのしなやかな剣が動いた。


 「ほら、まだだ。お前が今の一撃止めたってことは、死ねないって分かってるんだ」


 ジュードは攻撃を防がれても、言葉が止まらない。


 「だから、分かっているだろう。ここだここ!」


 自分の心臓を叩いている。


 「・・・それはわざとか。ジュード」

 「戦いにわざとはない」

 「・・・あくまでも真剣勝負で死ぬってわけか・・・武人として」

 「そうだ。来い。レックス」

 「わかった。ジュード」

 

 レックスは、戦いの始まりから気付いていた。

 ジュードの左胸に隙がある。

 左の脇の下あたりの動きが緩くなっている。

 脇を締める動作も鈍い。だから、剣を通せるタイミングが常に見えていた。

 

 レックスは、いつでも戦いを終わらせることが出来ていた。

 なのにそこに剣を差し込む事をしなかった。

 殺せなかった。

 レックスにとっても、ジュードが大切な大親友であるのだ

 彼があの時にいてくれなければ、兄妹で路頭に迷っていたのは間違いない。

 特に、妹は生きていない。

 ジュードのお金があったから、妹は今まで生きて来られた。

 たぶん、ジュードは父親からお金を借りたはず。

 実はレックスも薄々気付いている。

 でも、知っていて、黙っている。

 ジュードがそういう漢だからだ。

 いつもと変わらぬ態度でいる事が、彼の親友でいる事が、何よりも大事な事。

 二人の関係が、恩人の皇族と、孤児の民になってしまったら、恐らく悲しむのはジュードである。

 それもよく分かっている。

 だからレックスは、今まで遠慮なくジュードに接してきた。

 あの時よりも丸くなったのだって、ジュードの為だった。

 彼以外の人間に丁寧な態度を貫くことになったのは、必要以上にジュードが咎められないためだ。

 一般人の出で大将軍。

 こんな大出世。

 陛下とジュードが、この世にいなければありえない人事。

 

 生かしてもらった恩義を返す場面が、この先で欲しかったのに、妹を救うには親友を殺す事が必須となった。

 でも、ジュードがそれを望んでいる。

 もしここで殺さずにミーニャが死んだら、ジュードが怒り出すに違いない。

 だから、レックスは遠慮なく攻撃をした。


 「すまない。ジュード」

 

 レックスは横一閃の構えから、ジュードを確実に殺すために突きに切り替えた。

 左胸を貫いたが、感触としては緩い。


 「ん?」

 「がはっ・・・よくやった。偉いぞ。レックス」


 ジュードが大量の血を吐いた。

 攻撃は見事に芯を突いていた。


 「馬鹿野郎・・・偉いわけないだろ。ジュード・・・俺は・・・大切な親友を・・・」


 涙を流してレックスは親友を刺した。

 華麗な突きでの一撃は、ジュードの心臓を止める一撃だった。


 「いいや、よくやった! これでミーニャが助かる・・・本当によくやった、あとは頼んだぞ。俺を連れていけよ・・・・()()()までな」

 「・・・」


 最後にレックスは、剣を納めた。

 悲しい顔をして、ジュードの顔に手を置いた。


 「すまない。ジュード。すまない・・・俺の親友・・・唯一の・・・生涯の・・・」


 本当はここで大声で泣きたいが、部下と敵がいる手前、出来ない。

 優しく悲し気な声で、話しかけるしか出来なかった。


 「貴様あああああああああああ」

 「ん!?」


 円陣形で待機していた周りから、神速で動くレベッカが飛び出した。

  

 「許さんぞ」


 猛烈な勢いで、二人にまで迫ろうと脚力が増していく。

 移動中のレベッカの隣から小さな声が聞こえる。

 神速の隣にいるということは、相手も神速だった。


 「まさか。あなたが邪魔をするのか。想定外だ。申し訳ない。姫、下がって欲しいです」

 「なんだ。誰だ・・・でも今は関係ない! 奴を斬る」

 

 姿の見えない相手にレベッカが戸惑っても、目の前には、ジュードを殺したレックスがいる。

 許せないレベッカは突進を続ける。


 「すみません。失敗にはしたくないので、ここは強硬手段です。姫、失礼します」


 首にチクッとした痛みが起きると、レベッカが動けなくなる。

 徐々に足の回転が止まり、前のめりに倒れた。


 「な、なんだ・・・あ・・・体がうごか・・・」


 レベッカの意識が無くなった。


 「団長!」


 ダンがそばにまで来ると、ダンにも声だけが聞こえた。姿は見えていない。


 「副団長。これを、一時間後に必ず」

 「え? なんだ・・あ」

 

 突然の声に驚いていると、レベッカの背中に小袋が置いてあった。

 中身は丸薬だった。


 「誰だ。どこかにいるのか・・・まさか。どこの影だ。て、敵? え??」

 

 ダンがキョロキョロしている間に、すでにレックスがジュードを抱きかかえていた。

 帝国軍の撤退が始まっていたのだ。


 「終わりだ。この戦い。約束通り。あなたたちは下がって欲しい。俺は、ジュードを持っていかないといけない」


 妹を救うためには、親友の亡骸が必要。

 だからジュードを持っていった。

 悲し気な表情のレックスは、戦争に負けて、勝負に勝った。

 全ては妹の為だった。




 

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