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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
ウォーカー隊の新部隊編

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第66話 フュン親衛隊 選抜試験

 「フュン。駄目だ。そんな実力じゃあ、いずれどこかの戦で死んでしまうのさ」

 「・・・は、はい。ミラ先生」

 

 ミランダが手取り足取り戦いを教え始めて10日。

 フュンもまた皆と同じようにボロボロの体になり始めた。

 ミランダの課している修行は、戦闘訓練。戦術訓練。この両方である。

 指揮官としてもだが、それよりも個人としても申し分のない動きにしてやろうと、みっちり鍛え込もうとしている。


 「今、死に物狂いで特訓をしなければな。お前はこの先を生きていけない。そうだな。お嬢はお前に甘かったのさ。教えているつもりでも傷つけることを恐れていたみたいだな」

 「そうですか・・・やはり」

 「気付いていたか」

 「はい。手を抜かれているのは分かっていました。僕を指導するのが嫌だったのでしょうか」

 「いや。そうじゃないな。自分の剣技でお前が傷つくのが嫌だったんだろう。現にお前は頭の方は伸びている。そこはかなり鍛えてあるみたいだ」

 「はい。戦術訓練の指導は、厳しく受けましたよ」

 「ああ。そっちはバッチリみたいだな・・・なあお嬢さ。お前と話すのが楽しかったのか?」

 「え? 僕と話のがですか。さあ???」

 「もしかしてだけどさ、お前、かなりの量の会話をお嬢としたのか?」

 「え。ええまあ、しょっちゅうルーワ村に来てましたからね。シルヴィア様の修行は、半分以上が話し合いでしたね」

 「やっぱな。それじゃあ、駄目だな。あいつに任せるのは無しだな。やっぱここからはあたしが直に鍛えるわ」

 「はい。お願いします」

 「うむ。返事は良いのさ。ほんじゃ、いくぜ」


 ミランダはここから付きっきりでフュンとの修行に入った。

 冬で足場の悪いテースト山。

 そんな場所での修行は厳しく、それにミランダと生活の全てがほぼ一緒である。

 起きてから寝る時までの間、フュンは全てにミランダがいる生活となった。

 豪快に眠る彼女の横で、フュンも眠るのだがこれがまた大変。

 ここではベッドではなく布団で眠っている。

 

 「むにゃむにゃ・・・腹減ったのさ。アイネ。メシ・・・」

 

 寝言と一緒に左手が飛んでくる。フュンのお腹に突き刺さった。


 「ぐはっ。いたい・・・いつも寝相が悪いな先生」


 お腹の上にある彼女を手を元に戻してあげて、ミランダの掛布団を直してあげる。

 これを繰り返す日々を過ごして一カ月。


 「まあまあだな。やはりお前は理論から教えるのが一番らしい。成長には説明が重要なんだな。お前はさ」

 「そうみたいです。ごめんなさい」

 「なに、謝る必要なんかねえ。そういうタイプの人間だっているって話なだけよ」

 「そうですね。感覚では出来ませんね僕はね」

 「ああ。でもいい。お前はお前の良さがある。それじゃあ、最後の訓練・・・というよりも試練を出す」

 「試練ですか」

 「ああ。今から三日間。それで選抜メンバーを選べ」 

 「選抜メンバー??」


 と詳しい説明もされずに、フュンはミランダに言われるがままにラメンテの里の中枢に移動した。

 里の中央、高台広場にて。


 見張り台がある場所が里の中央になっているのがラメンテ。

 さすがは戦闘を軸に置いている場所だ。

 里の者たちに油断はないのである。


 「おう。野郎ども。これからあたしらウォーカー隊の中で特別隊を編成する。その名も、フュン親衛隊だ。これはいずれウォーカー隊でも特殊部隊となるからな。ここに入りたい奴は今からフュンが課す試験を突破しろ!」

 「え!? 僕が課す???」


 高台から皆を見下ろしているミランダとフュン。

 彼女の言葉の意味が分からずにいるフュンはもの凄い勢いで振り向いた。

 親衛隊の事を今聞いたのに、それにさらに試験官になれという無茶ぶり。

 かなり狼狽えているフュンである。


 「今から一時間後だ。フュンの部隊に入りたい奴はここにいろ。いいな。とにかく一時間後にここにいればいいから。それまではそこら辺をぶらぶらしてくれればいいぞ」

 「「「「へ~~い」」」」

 

 やる気のなさ全開の返事に、果たして僕の為にここに残ってくれる人なんているのだろうかと下を眺めながらフュンは思っていた。

 

 ◇


 一時間後。

 

 フュンの親衛隊になろうとする者たちが、千五百人も集まった。

 これはウォーカー隊全体の10分の1もの数である。


 「結構集まったのさ。それと若いな!」


 ミランダが皆の顔を見て言う。

 まだ時間でもないからミランダとフュンは雑談をする。

 しばらく話していたら、こんなに集まってくれたんだと実感が湧いてきて、ぼうっとし始めると、後ろからフュンは声を掛けられた。


 「王子さん! 来たぞ」「王子。久しぶり」

 「シェンさん! ウルさん!! お久しぶりですね」

 「いやぁ、大きくなったな。王子はさ、俺よりも背が高くなりそうなんだな!? ははは」

 「ええ。カッコよくなったわね。王子。凛々しいわよ」

 「え、そうですか。あんまり変わらないんですけどね。あははは」

 「笑い方一緒だ」「いつもの王子だね」

 「ええ。いつもの通りなんですよ。あはは」


 友人二人もフュン親衛隊に入りたいと思ってくれた事だけでフュンは嬉しかったのだ。

 友達がそばにいたいと思ってくれた。

 これほど幸せなことはない。 

 だがしかし、これは隊を選ぶのである。

 そうなると話は別。

 情は捨てなければならない。

 厳しさが必須のこの試験に、厳しい姿勢で挑まなければならないのはフュンの方だった。


 「おし。フュン。試験を説明しろ」

 「はい」

 「まずはお前から指示を出せ。どんな感じで選抜すんだ」

 「…わかりました。そうですね。まずは耐久走がいいです」

 「耐久?」

 「はい。このテースト山走破にします。東から登り西へ下り平地まで行った後に、北から南にもう一度。計二回の登山ですね。これを二日でやりきるにしましょう。二日ですよ」


 フュンは二日を強調した。


 「は? そんなの余裕だろ」

 「え? いや無理ですよ。普通の人には出来ません。ミラ先生の基準はゼファー殿たちの基準です。僕の基準は普通の人の基準です。まあ、他の御三家の兵だと上位かもしれませんが、ウォーカー隊では平均だと思います」

 「・・・そうかぁ」

 「はい。じゃあ、やってみましょう。この千五百人がどれだけ残るのか見てくださいよ。たぶん、半分も残るかわかりませんよ」

 「わかった。試験官にザイオンとサブロウ組を置くわ」

 「はい。お願いします」


 フュンの試練が決まる。

 それは山登り二回である。

 東から西ルートは通常の山登り、ただ北から南ルートはゼファーたちがやっている地獄ルートである。

 悪辣な罠が仕掛けられている走破ルートを通常の兵が乗り越えるのは難しい。

 そして、一回山登りをさせているのに二回目を登らせるのに訳がある。

 戦っている最中と考えて、疲労状態で状況を判断できるのかを見るのだ。



 ◇


 ミランダとフュンは、試練挑戦者たちをスタートラインに立たせた。

 

 「そんじゃ。お前らやっぞ!!! あたしとフュンは南で待つ。生きて帰って来い! スタートだ!」

 「「「おおおおおおおおおお」」」


 フュン親衛隊試練は始まった。

 皆意気込んで挑戦するあたり、フュンの部下として仕事をしたいという表れだった。

 

 「皆さん気合入ってますね。僕の下で働きたいって思ってくれているんですね」

 「ふっ。あいつらもお前に賭けてるんだぜ。頑張ると思うぜ」


 フュンの課した試練を突破するために頑張る試験挑戦者たち。

 東から西へのルートを難なく半日ほどで突破する彼らは、北へ移動しながら、もう一度登山の準備をする。

 その間、脱落者はいない。

 だが、疲労はさすがに溜まっている。

 ここで、試練を受ける者たちは二手に別れた。

 もう登ってしまって一気に試練を終わらせようと走っていく者と、ここで休憩を取って自分の体力の回復タイミングで山を登ろうとする者たちに別れたのだ。


 前者たちは、最初の罠を掻い潜るまでは順調だった。しかし、途中で判断ミスをして上からの大玉を喰らうと、下山する羽目になる者たちが続出してきた。

 そうこの北ルートの罠はあのゼファーがやった大玉訓練である。

 これらを回避するために、フュンは挑戦者たちにどうしてほしかったかというと、休んでほしかったのだ。

 二日。

 この微妙な日程を設定したのに気付いてほしかったのだ。

 フュンは、別に最短で登れとの指令ではないことをあらかじめ言っている。

 二日でやり遂げればいいと、あの言葉をそう解釈して欲しかったのだ。

 指示を逆手に取って欲しい。

 そうフュンがしてほしいのは、体力管理なのだ。

 体力の消費具合を平均にして、継続的に三日同じ動きを見せてほしい。

 これがフュンの親衛隊に求める動きだ。

 常に、どんな状況でも一定の動きを見せる。

 そうなれば自分の手足として同じ足並みになるからだ。



 ◇


 だからこの意図を汲んだ者たちだけが、翌日にやってきた。

 慌てた者たちは体力を消費しただけで、まだ北側にいたりするし、何とか突破した者もすでに疲労の限界を迎えている。

 

 「では皆さん。よくやりましたね。ここから、登りますよ。里で休息をとって朝5時に起きてください。三日目の試練はそこから始めます」


 と言った今の時間が夜8時である。

 山の麓にいながらの指示は過酷。ここから南ルートもまた厳しい。最短で罠を潜り抜けても四時間はかかる。

 フュンの再度の指示は、実は地獄。

 なぜならさらにふるい落とされるのだ。

 地面に腰を下ろしていた疲労困憊の者たちは立ち上がれずに、南から里まで戻れない。

 行きたくてもいけない状態に陥った。


 「フュン。お前、鬼だな」

 「え? 僕がですか?」

 「ああ、これはきついのさ。ついて来れねえ連中がどんどん生まれていく。これは身体能力の見極めるための訓練としては普通の訓練なのにさ。状況判断訓練までやってんのは鬼さ」

 「あはは。そうですね。でも僕の試験。これは普通に考えれば、普通の体力さえあれば突破できるんですよ。現に僕は彼を見てそう思ってます。彼は普通です・・・けど」


 フュンは、防寒着を着込んで手袋や帽子も装備している青年を指さした。

 平然とした顔をして、青年は呼吸を整えながら登山をしている。

 自分と似た平均の能力、下半身の脚力も上半身の筋力も普通だ。

 でも彼は冷静に山を一定の速度で登っている。


 「彼はとても優秀だ。僕は彼に残って欲しいと思ってますよ」

 

 フュンがそう言った後。

 フュンの隣にいたミランダは、聞こえないように呟いた。


 「ノーヒントで、自力で見つけたか。やはりフュンの才は、戦いでも戦略でもない。人の力を見つける才だ。君主の才だ。あたしなんかよりも遥かに優秀な弟子だよ。ナハハハ」


 最後に満足そうに笑った。

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