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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
最終章 大将軍戦アルストラ戦役

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第343話 ギーロン王国の戦い

 ギーロンの反転攻勢の時が、アーリア歴7年11月27日。

 

 ほぼ一年。戦い続ける事が出来たのは、搦め手のエレンラージと、アーリアの魔女メイファの巧みな戦略によってである。

 防戦を続ける精神力。

 これは忍耐力とでも言い換えてもいい。

 彼らは我慢強かった。

 ここまで待機していた事が報われるのがこの日である。



 ◇


 「さてさて。ここからが腕の見せどころですね」


 なぜかここで、東側の鳥でを離れて、霊峰ハザンの山頂にいるのがメイファだ。

 味方に任せて、少ない兵で山の中にいた。

 大体五千程の兵士と共に、待機していた。


 「やりましょうかね。エレンさんなら、タイミングをお知らせしなくてもいいでしょうから」


 メイファは味方を信じて下山した。


 ◇


 お昼過ぎ。

 この日に猛攻を仕掛けたのは、南の砦を攻めていた帝国軍。

 そろそろ落とせと、ロビンにけしかけられていたので、焦りも出ていた。

 前のめりになる軍は、壁に向かう。

 だが、傾斜がそちらの方に有利な砦を攻めるのは難しい。

 向こうの射線の方が通りやすいからだ。


 「いけいけ。とにかく勝たないと」

 

 シュルートの指示も具体性なし。

 それよりも出せる手がないのだ。

 全てを吸収してくるかのように、出した手が無意味になる。

 搦め手のエレンは、今なお健在であった。


 「くそ。小僧には負けんと言ってそうだ。あの古狸親父」


 満面の笑みで小馬鹿にしてくるはず。

 本人にそう言われてもいないのに、シュルートは勝手に悔しさを覚えていた。

 まだまだ前進をしろとの指示を追加しようとしたら、右から違和感を感じる。

 視野の端に感じるのは、敵軍だった。


 「なに!?」


 少数の部隊。でも、明らかに強い。

 あっという間に右翼部隊が混乱して、立ち往生した。

 その動揺が各軍に伝わり、中央。左翼。

 双方が立ち止まりかけていると、真正面の門が開く。

 さらに敵部隊がこの戦場に投入されたのだ。


 「シュルート!」


 砦の上部から、エレンラージの低い声が聞こえる。


 「負けを認めよ。その方には勝てんぞ。小僧!」


 当然、自分も勝てないのだから、小僧だったらなおさらだ。

 老婆心からの忠告であった。

 

 「白旗を挙げれば、救う。だから悩め。最後までな」

 「黙れ。狸爺」

 「ハハハハ。タヌキで、結構。鼠小僧!」

 

 減らず口がと上を睨んでいる間でも、右翼の大混乱が続いている。

 こっちも正面から部隊が出てきて、混乱している所に、右翼にいる敵を止められない。

 まさしく挟撃に出くわしているのだ。

 

 「まずい。信じられん。でも、なんでこっちに敵が出て来るんだ!? まさか。ハザンからか?」


 霊峰ハザンからの出撃。 

 あそこは険しい山。

 修行僧くらいの物好きしか登らない山なのに、あそこに兵を隠していたのか。

 シュルートは驚愕していた。

 


 ◇


 『アーリアの魔女』

 メイファ・リューゲン。

 彼女が魔女と言われたのは、ルヴァン大陸に来てから。

 妖艶な姿に、艶やかな笑顔。

 別に軽視しているわけじゃないのに、なんだか小馬鹿にされているような気がすると、ルヴァン大陸の兵士たちの手記に印象が残っている。


 実に厭らしい戦術をしてくる人間で、敵にしたら厄介だ。

 搦め手のエレンと同等の人間性だと、帝国軍は彼女と戦う事を嫌がった。



 メイファのそばには、仲間たちがいた。


 「ルイルイ。マイマイ。私の横に」

 「「はい」」

 「ショーン。敵をかく乱したい。あそこの奥に煙玉。あっちの奥には、爆弾で。種類が違うものを投擲すれば、どれがどれだが、予測できないはずよ」

 「了解」

 

 ロベルトの戦士たちが彼女と共に前進を続けている。

 圧倒的な進軍は、彼らの助力があってこそだった。


 彼らがこちらに来られたのは、ウーゴの船でニャルコメルにまで来ていたからだ。

 しかし、ギーロンは大陸北西部にあって、そこがぐるりと山脈に囲まれている地域。

 では、どうやって彼らが海から来たかと言うと、崖を登ってこちらにまで来たのだ。

 彼らにとって、山は朝飯前の場所。

 軽く朝食を取りながらでも、駆け上がる事が出来る。

 

 メイファの元にロベルトの戦士たちがいるのなら、あとはもう余裕で敵を蹂躙できるのだ。

 

 「ルカ。前進お願い。皆の勢いを作って」

 「はいよ。メイファさん」


 ギルバーンには、ギルと言うのに、ルカは直接会っている時は、メイファにはさんをつける。

 よく分かっている。

 彼女が怖いからであった。

 ちなみに、イルミネスも同じである。


 ルカを先頭にして、五千の兵は相手を切り裂いていく。

 

 「この混乱。さらに利用するはず。彼なら・・・」


 メイファは上を見た。


 ◇


 「斉射する! 手前だ。彼女たちの部隊の方に行かせるな。左から順次放って。順番でいい」

 

 メイファの進軍に合わせて、左から手前に銃を乱射。

 彼女たちの元に向かおうとする手前の兵士らの視線を砦の上部に向けさせる。

 強かなエレンラージの援護が、この突撃の勢いを生む。


 「それと、下に兵力を使え。近接でいい。盾で押し込め。彼らのようにはいかんから、こっちは押し込んで混乱させるだけでいい」

 

 自分たちの部隊では、彼らのような動きは出来ない。

 盾なしで敵陣に突っ込む兵士など、こちらにはそうそういない。


 「いけ」


 エレンラージの指示が出た。


 ◇


 「エレンさん。さすがだわ・・・ん、あれよね。あれがシュルート。見つけたわ」


 メイファは、軍の中心部にいたシュルートを見つけた。

 彼は、軍最後方じゃなくて、中心部にいた。

 砦を攻めるために前に出てきていたのだ。

 長らく、反撃は砦の上から、軍の中心部も安全圏と言えば安全圏だからだ。

 最前線くらいが、危険地帯と言えるだろう。


 しかしこれが二人の仕掛けた罠。

 長らく革命軍だけが防御を続ける。

 そうなると帝国軍は攻めているだけでいいので、次第に戦場の感覚がマヒする。

 自分がいる場所が、命を削り合う戦場だと言う事を忘れる。

 気を引き締めていれば、警戒をしていただろう。


 「ルカ! 私が出るわ。横をお願い」

 「了解!」


 ルカが後ろに下がりつつ、メイファが先頭に踊り出る。

 彼女の得意の竜爪が唸りをあげる。


 「竜爪」


 マイマイ。ジルバーン。

 彼らとは少し違うメイファの竜爪。

 それは、彼女の一本の爪の威力が違う事と若干長さが長い事。

 その長さの分コントロールが難しくなった竜爪を巧みに操っていく。

 指一本分の鉄の糸で、岩を穿つことが出来る。

 二人だと、三本でやっとなのに彼女は一本分で十分なのだ。


 「ぐああ」「ごはっ」「な、なんだこれは」

 

 帝国兵は見た事のない武器に攻撃されて、動きを止めてしまう。

 精確に自分たちの武器を持つ手に攻撃が来る。


 「あれを一人にする。ルイルイ。マイマイ。周りを!」

 「「はい」」


 ルイルイとマイマイの二人と、率いている部隊で、シュルートの部下を排除していく。

 鎧のようにいてくれた味方が消え、丸裸になるシュルートは、呆気にとられていた。


 「なんだ。なんだこれは」

 「どうも。あなたが負けを認めてくれるとこちらとしては助かるのだけれど・・・どう?」

 「出来るかそんな事・・・したらロビン様に・・・」

 「殺されるの?」

 「そこまでいくか! いってたまるか!!」

 「じゃあ、どこまで?」

 

 メイファは話から、相手の立場を探っていた。

 会話からだと、こいつは使い捨てだなと思っている。

 

 「降格・・・だろうな。俺は・・・クソ」


 出世したかったのにと、肩が落ちていた。


 「そうね。じゃあ、降伏しなさい」

 「話が見えん。関係ないだろ」

 「あなた、エレンラージ殿の配下になりなさい」

 「な!? は???」

 「彼の指導をもらえれば、将にはなれるでしょうね」

 「敵だぞ。それにお前らは、反乱軍なはず。そんなところに味方したら、人生終わりだ」

 「いいえ。ここからこの軍は反乱軍じゃない。正当な帝国軍を味方した同盟軍になるのよ」

 「なに!?」


 メイファは、最後の助言だとした。


 「あなたが今いる軍。それが、反帝国軍となる。歴史が語る事実は、そういう風に呼ばれることになるわ」

 「・・・なんだと。まさか。え?」

 「はぁ。物分かりが悪い。もう嫌。面倒! 我慢しなさいね。男の子ならね」

 「???」


 メイファもせっかちである。

 ハッキリ発言しない男は嫌いなのだ。


 「奥義 紫竜激烈刃」


 最初は螺旋を描いて、十本の糸が敵に向かう。

 そこから分岐して一本一本がそれぞれに着弾する。

 肩。腕。脇腹、太もも。ふくらはぎ。

 それらの左右に当たり、シュルートの肉が斬れた。


 「がっ・・・い。なんだ」

 

 シュルートは、立っていられなくなり、前のめりに倒れた。

 すると、背中に硬いものが乗る。


 「はい。どうしますか」

 「がはっ・・・お前」


 メイファの靴が乗っかっていた。

 

 「返事をしなさい」

 「・・・す、するか。お前なんかに」

 「はい。どうしますか」

 「ぐああああ。重い。ほ、本当に女か」

 「はい。もういいわ」

 

 メイファは、足を引っ込めて、思いっきり引いた。


 「蹴ります! はい」


 シュルートの右脇腹から足のつま先を入れて、彼を持ち上げるようにして蹴り上げた。

 宙に浮くシュルートは、初めて女性に真上に打ち上げられた。

 落ちて来る所で会話は続く。


 「な!? なんだ。怪物か・・・」

 「なによ。失礼ね。まあ、うるさいからしょうがない。私の拳で、黙ってなさい」

 「え?」

 「はい!」

 「ぐおっ。何だこの拳は・・・おも・・・てえ」


 メイファは、落ちて来るシュルートの腹に拳を出して、彼のお腹を信じられないくらいにへっこませた。

 右手でシュルートを持っているメイファは、周りに聞こえるように声を大きく出す。

 

 「さあ、見なさい。帝国の兵士たち。この男のようになりたくなくば、降伏しなさい・・・でも、大人しく言う事を聞いてくれない場合は、私が成敗しますわよ。いいですね。十秒数える。武器を降ろせば、降伏とみなし、武器を持っていれば、ぶち殺しますわ。では、一・・・ニ・・・」


 魔女メイファが戦場を支配して、この戦場が終わると同時に、この戦い自体が終わりを告げた。 

 なぜなら、南の戦場が無くなると、このまま東の戦場にいけばいいからだ。

 エレンラージが南から出撃して、霊峰ハザンを迂回して、敵の背後を撃つ。

 メイファはそのまま霊峰ハザンを登り、そこから下山して、敵の横を撃つ。

 これらにより、東の戦場も勝利となった。

 


 ギーロンの戦いでは、死者はそれほど多く出ていない。

 ただし、負傷者はかなり多く、あと疲れもかなりであった。

 一年近い戦闘の緊張感は、双方の疲れを残す形となっている。

 

 だからこそ、エレンラージとメイファがいなければ、この戦いは乗り切れなかったであろう。

 兵士らの疲労のコントロールが出来ていたから、防衛側の有利を維持し続けたのだ。

 だから、この長期戦を見越したフュンの戦術眼と人選が、優れていた証明でもあった。


 人を適材適所に使う事において、この世界で一二を争う男を、甘く見てはいけないのだ。

 

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