第342話 アルストラ戦役 策士
この日の戦いは、開幕から静かだった。
ゆったりと進軍している革命軍の行動全てが、ジュードからの指示。
遅い。明らかに。あからさまに。遅すぎる。
真っ直ぐな戦法を好むジュードにしたら、やたらと進軍が遅い。
「なんだ・・・おかしいぞ。遅すぎる・・・」
対戦相手の不気味な戦法に戸惑って、レックスもこちらの進軍スピードを同じように緩めた。
「まず、射撃でいきます。ここで撃ち尽くしていいです。後から補給が来るらしいので、ここで全部出していいはず。お願いします。トリア殿」
「はい!」
銃弾を全弾発射してもいい。
どうせ後から補給が来るのならと、ここで攻勢に出て行った。
するとそれを知っていたかのように、ジュードの指示が出る。
「盾で防ぐ。被弾したら下がれ。とにかく防御を中心にしていい。前に出る必要がない。両翼も同じだと伝える。無線も繋げ」
「了解です」
全軍が亀のように殻に閉じこもった。
敵の銃弾を受けるが、全てを守るには盾の性能が厳しい。
オランジュウォーカーなら余裕だが、この盾だと、数発しか耐えられない。
「交換しながら守れ。怪我をしたら下がれ。被弾率が上がる」
「了解です」
無数の銃弾に晒され続ける事30分。
ジュードは空を見上げた。
「来たか・・・」
雨雲から雨が降ったのは昨日までで、今は曇り空でひんやりとした空気になり、再び雨かと思いきや、ここからは霧が出てきた。
濃い霧が辺りを包む込む。
「ん。霧? 銃弾を当てにくいですね。伝令兵。皆の弾数はまだあるか」
レックスの指示に答えた部下。
「あと少しらしいです」
「んんん。あまり効果的ではなかったか」
ここから、レックスが呟く。
「・・・でもジュード。お前らしくない。攻撃してくるはずだろ。お前なら、攻撃しかないじゃないか。ずっと盾で防いでるのは何故だ。守ってばかりじゃ、その盾が壊れ続けるというのに」
あのジュードが、防御一辺倒なのがおかしい。
レックスが怪しんでいる間も銃撃は続く。
攻撃が微妙に効いて、ジュードの軍の三千ほどが負傷兵となった。
「霧が濃いな・・・前が見えないくらいにまでなったか。さすがにこれで戦争継続はまずいか」
この霧の深さが、戦場を左右する。
だからここはジュードであっても撤退だろう。
警戒しながら、こちらも下がるべきだと。
名将レックスは、この時思っていた。
◇
この戦場の南西。
シャロン川の上流域に近い中流付近には、補給船が来ていた。
それは、帝都スティブールから北上していた船である。
ロビンとクロの二人が、レックスに補給は完璧だと言っていたのは、この四隻の船に自信があったからだった。
霧が濃い。
なので前が見えないから慎重に進んでいる。
四隻は互いの距離感を失ってはいけないとして、割と近めの位置にそれぞれがいた。
目と鼻の先で一緒に行動をしていると、先頭一隻と、最後方の一隻が突然爆発した。
『銃弾の暴発!?』
と思った兵士たちだが、それとは関係がないようで、飛び火もしていないのに、残りの二隻も大爆発。
その後は、お互いに火を与えあって、燃え盛る船と化す。
補給物資も兵士も跡形もなく消えていった。
この情報を知らせようにも、無線をする暇もなく、木っ端みじんとなったので、帝国軍は何もわからずじまいであった。
そして、この瞬間からシャロン川は、帝国軍のものじゃなくなった。
◇
深い霧が出ている中で、ジュードが指示を出す。
狙いは『撤退』
ではない。
彼はあくまでもこの日に決着を着ける気だった。
「よし。やるぞ。指示を出す。両翼は待機命令だ。いいか。俺たちの中央に、まず合図が出したら、進めと伝えよ」
「はっ」
「続いて、盾を持って相手に突進。攻撃はしなくていい。とにかく相手の顔に盾を出し続けろ。ぶちかませ」
「え?」
「疑問を持たんでいい。とにかくぶちかませ。いいな」
「了解です」
ジュードは、軍中央に敵軍に突撃命令を下した。
ただし、攻撃じゃなくて、盾で押し込めとの命令だった。
◇
「レックス閣下」
「なんでしょう」
「敵部隊が来ました」
「なに。この視界の悪さでですか。ありえない。せめて一時退却じゃないとおかしい。お互いに不利なんだ!?」
「でも。敵は盾で押し込んできてます」
「盾で? なぜだ・・・」
レックスは悩んでいた。
意味がないくらいに前を進む男が、守り一辺倒からの反転攻勢に出る。
今度は、意味のありそうな行動をしてきたのだ。
だが、どこかがおかしいぞ。
でも、悩んでも答えなんて分からない。
視界の悪さで、相手の考えが読めないからだ。
せめて、隊列くらいが見えたなら、意図に気付けたかもしれない。
疑問を抱いてもレックスは本陣で待機して、全体を見守らなければならない。
もう少し優秀な部下がそばにいたら、各地に派遣するのだろうが。
この時のレックスは、部下を取り上げられていた。
それは、レックスがいざ反旗を翻したら、ロビンたちがひとたまりもないからだ。
彼らでは絶対にレックスに勝てない。
オスロ帝国が生んだ最強の将。
それがレックス・バーナードだからだ。
ロビンやクロ。その他の将では、彼を止める事はありえない。
あの秘密兵器たちがいれば、話は別だが、彼らを使用することは、固く禁じられている。
「何の意味があるんだ」
悩んでもその場を死守する動きをするしかなかった。
◇
ジュードが指示を出す。
「線を引く。トルント。リッキー。この二人の位置が中央軍最左翼と最右翼だから。この二人が、信号弾を前に放てとしろ。いいな」
「え? なんですか。それは」
見た事のない装置をジュードが持っていた。
二丁を部下に渡す。
「これは煙が出るおもちゃみたいなものだ。黄色の煙で、ラインが出来あがるようになる。そしたら、そこの前にいる兵士は、盾で進んでいけ。抉り込んで、敵の背後にまで、突き進むようにして出ろ!」
「え? な、なぜです。そんな事をしたら大変な事に・・・中に入り込むんですか」
「そうだ。ただし屈強な人材でいけ。とにかく壁になれと伝えよ。一時間。それで十分だ」
「一時間も!?」
「いや、一時間しかないんだ。霧があってくれるのは恐らく一時間。だから急げ。頼むからこれをしてくれないと勝てないんだ」
「わ、わかりました」
ジュードの指示通りに、黄色の煙が、帝国軍の上を走った。
左右の線の中にいるのが、中央軍の三万程のラインだった。
「よし。線を引いたな。それじゃあ、両翼に伝えよ。ありったけの銃撃で、最初に抉り込んで突進だ。そこからは、一度盾を置いて、とにかく進め。敵は全滅だと伝えよ」
防御から一転の両翼の出陣。
相手の銃弾はほぼない。
全弾を出し尽くした結果があるはず。
霧の中では、近接戦闘を始めよ。
それが、策士となったジュードの作戦だった。
◇
革命軍左翼。ダンは手ごたえを得る。
「ん? 前に行きやすい。そうか。銃撃が少ないからか。いきましょう。私に続いてください」
革命軍右翼。レベッカにも勢いが出る。
「あれ? なんだ。異常に前に進みやすい・・・でもここがチャンスか。皆、私に続け。道を作る」
レベッカは黄色の線を見た。
「それと、あっちの黄色までいけとの話だったな」
黄色の線までいくと、レベッカもダンも気付く。
「「これは!? 挟撃??」」
霧が深くて方向を見失いそうだったが、黄色の線を目指して進軍せよのおかげで、彼らは攻撃目標を見失わないで進軍が出来た。
深い霧の中での挟撃。
そんな事は難しいに決まっている。
なぜなら、敵がどこにいて、自分らがどこにいるのかを把握できないからだ。
でも彼ら革命軍は、正確に行動を開始していた。
「いけるぞ。押せ!」
レベッカの軍が最も早く相手を殲滅した。
◇
一時間。濃い霧の中で何が起こっているのか。
戦いの詳細は分からずにいるとレックスは思っていた。
声は聞こえる。両軍が盾の押し合いをしていると思う。
こんな霧の場面であれば、衝突しても防御を中心にして両軍が動いているはずだからだ。
だからレックスは、詳しい戦況の状態を知ろうと、伝令兵を出していた。
しかしなかなか来ない。
これは霧のせいであった。
状況把握に時間が掛かるのだろうと、レックスは霧が晴れる間際までは、まだ落ち着いていたのだ。
伝令兵が帰ってくるよりも先に、視界が良くなっていく。
霧が次第に無くなり、辺りが見えてくると衝撃の光景が広がる。
「なに!?」
革命軍の圧勝劇。
帝国軍の左右軍の消滅が確認された。
いくらレックスの配下じゃないとはいえ。
あれほどの大軍が一時間にして消える衝撃は、他にはない。
「ま、まずい。防御陣形を。下がりながら作る。引きます!」
敵の動きを見て、レックスは即座に判断。
下がりながらの円陣形で守りきろうとした。
しかし、敵の左右軍の動きが速すぎた。
疾風のダン。
女神レベッカ。
両者の速度は、この世界でも最速の部類だった。
だから、あっという間に、包囲戦に変わった。
そこからの展開は急だった。
中央にいたジュードが、レックスの本陣目掛けて突撃。
今まで使っていなかった銃を中心にして、真っ直ぐ穴を開けて進んだことで、レックスまでは苦戦することなくであった。
「レックス!」
「ジュード。ここまでお前が・・・私を手玉に取るのか」
「いや、たまたま霧が出て、運が良かっただけだぜ」
「馬鹿な・・・それだけで私が?」
「運も実力の内よ」
レックスがここまで惨敗したのは初の事。
圧倒的な差となって、戦場に違いが生まれた。
革命軍が、7万。
帝国軍が、2万5千。
押し込まれていく帝国軍は、消え去る運命となっている。
「さあ、決闘でもするか。どうする。レックス」
「なに?」
「俺と決闘して決着を着けるか。そうじゃなきゃ、始まりそうにないからな」
「始まりそうにない?」
「ああ。内容はな」
話が次々と進んでいく。
だから、いつものジュードだった。
「俺が勝ったら、お前はこっちに来い。大人しく捕まってくれ。そして、お前が勝ったら、とりあえず解放だ。軍と共に下がっていいぜ」
「ん? 解放だと?」
「ああ、そうだ。俺たちが包囲を解いてアルストラに下がる。これで追撃しないから、いいだろ。これで条件はどうだ」
「お前の勝ちが揺るがないからか・・・」
「そうだ。俺の勝ちは決まっている。このままいけばな」
「・・・わかった。いいだろう。どうせこのままなら、負けるだけだ。勝負を受けることにする!」
「よし。じゃあ、円陣形を! 互いに半円を描くぞ。そっちとこっちで、決闘の舞台を作るぞ」
二人が決闘の準備をした。
二人の最初で最後の戦いが始まる。
◇
この日。ルヴァン大陸が揺らいでいた。
ここが大きな分岐点であった。
各地の戦いが一挙に終息に向かっていたのである。




