第340話 アルストラ戦役 男はヤーバンの頃から漢
「レックス。病なら、ミーニャを病院には入れないのか?」
「そんな事できない。俺みたいな子供じゃ、大金なんて用意できないんだよ。それより、孤児院で病気の子供は・・・捨てられるだろうな・・・」
「は? じゃあ、ミーニャをどうすんだよ」
「それは・・・俺が身を売って、金を作るしかない。病院に入れられるくらいの金を。臓器でもなんでもいいから・・・とにかく金を作らないと・・・」
「馬鹿。んなことしてどうすんだ。ミーニャが許さんぞ」
そんなことして、ミーニャが喜ぶとは思えない。
だから、ジュードは、親友の為に動く。
二人の為に立ち上がる。
この選択肢以外は思いつかないのだ!
「まかせろ」
「え」
「俺に任せろ。お前はとりあえず、ミーニャを見てろ。孤児院から今すぐ捨てられたら大変だ。もしもがあって追い出されたりしたら、公園にいろ。俺が迎えに行く」
「え?」
「疑問はいい。お前。自分の妹だろ。助けたいに決まってんだろ。だから俺にまかせろ!」
「わ。わかった」
親友の強い意志に押されるようにしてレックスは返事をした。
◇
ジュードは帝都城に入った。
皇帝を呼び出して、一対一で会う事が出来るのも息子ならではのこと。
「ジュード。お前が余に用事だと。珍しい。急にどうした?」
トコトコと軽い足取りの皇帝ジャックスは、フットワークの軽い人だった。
先程まで緊急の会議を開いていて、仕事終わりでも子供の為に動いていた。
「緊急だ! 親父。俺に金を貸してくれ」
部屋に入ってすぐに会話をしていたので、このタイミングでジャックスが椅子に座る。
「・・・は?」
息子の呼び出しに応じて見れば、謎の要請が来た。
お小遣いをくれにしたら横柄である。
ジャックスは、不思議そうな顔で首を傾げた。
「頼む。親父、金を貸してくれたら、俺はこの国に忠義を示す」
「え?」
さっきから意味の分からない事を言っているので、ジャックスは戸惑ってばかりだった。
「待て。何があったかを言え。とりあえず、一つずつ聞いてやるから、事情を言え。意味不明な事を言っている間は、余の息子でも金をやれんわ。さすがにな」
「親父! その通りだわ」
素直なジュードは納得した。
「俺の親友の妹が病気になった! 俺の家は金がねえ。弱い家だからさ。でも、今すぐ結構な額の金が欲しい。頼む。彼女を入院させたい」
「・・・・お前・・・」
友達だから救いたい。
その思いは大切だが、でもそれで民を救っていたら、示しがつかない部分があるし、際限が無くなる。
だからジャックスの顔は苦い顔になっていた。
それをジュードが察する。
「わかってる。駄目だってな。だから俺は、家を畳むことにした。これでどうだ! 俺は身一つで、この国を支える柱になってみせる。軍に入る! 親友と一緒によ」
「・・・ん? どういうことだ???」
「親父! 俺に特権があるから、駄目なんだろ。貴族だっていう証があるからよ」
「いや・・・そうでは・・・」
家を畳んだとしても、それでもお前には皇帝の一族だという意味合いがあるだろうが。
その血の中に、余の血もあるだろうが。
と言いたいジャックスだった。
「お袋ももういねえ。家は俺が主だ。だから、ヤーバン家を無くして、俺はジュード・ブライルドルとして、親父を裏切らねえ、絶対の将軍になってみせる。だから出世払いだ。親父。金をくれ。俺たちが成長して、金を稼げる間までの・・・彼女の入院費をくれ。俺が必ず返す! そんで成長したらレックスが自分で妹の為に金を払うだろう。その間の金でいい。俺に寄越してくれ、親父。頼む!」
金を貸せ!
そう堂々と言う息子の腕組みをしている姿は勇ましいものだった。
「・・・お前は、これから皇帝になる事はなく。お前は、余の剣になる気なんだな。ジュードよ」
「ああ。そうだ。俺は皇帝にはならん。ただ、この国に忠義を示す。親父の剣になってやる」
その目に宿る炎に曇りがない。
右手で少し顔を隠しているジャックスは、微笑んでいた。
息子の決意が嬉しかったのだ。
「ふっ・・・わかった。余が出そう。その子の入院費をな」
「いいのか。親父!」
「ああ。よい。ただし、今後が過酷だぞ。あの二人の弟子になってもらおう」
「あの二人?」
「リカルドとスーザンだ」
「げ!?」
そいつらは、あの怪物爺さんと妖怪女だ。
ジュードは一瞬で二人の顔を思い出して、嫌な顔をした。
「ん? 嫌か。ならいいんだぞ。断ってもな。余に不利益がない!」
ジャックスは、おちょくるように言っていた。
「・・・しょうがねえ。やってやるわ。俺も一度言った言葉! 引っ込めん」
「よし、いいだろう。ジュード。金を出す。余の金を存分に使って、その子を救え」
「ありがとう。親父。助かる!」
こうしてジュードはヤーバンを捨てて、ブライルドルとなった。
名の二つ持ち。
これが許される貴重な存在の皇家。
その皇家にいながら、ジュードに一つの名しかないのは、このような理由があった。
親友の妹の入院費を出すために、名を捨てた。
この事実を知るのは、皇帝と皇子の二人のみだ。
漢ジュードは、レックスにも伝えていない。
ずっと黙っている。
なぜかと言われたら・・・彼が漢だからだ。
親友に負い目を負わせたくない。
それだけの理由。たったそれだけの事・・・。
揺るぎない信念を持つジュードは、人を背負うことを苦に思わない性格である。
◇
あの後の二人は、レックスの想像通りの展開であった。
二人はすでに公園にいて、孤児院から追い出されていたのだ。
そこにジュードがやってくる。
「レックス。金を用意した。ミーニャを帝都の病院に入れよう。最先端の医療を受けよう!」
「は?」
なにを言ってるんだと思うレックスは、呼吸が苦しそうな妹を背負っていた。
病気が原因不明だったから、感染症かもわからないのに、うつされた困ると、孤児院を追い出されていたのだ。
「いいんだ。俺が最初の金を出す。しばらく分の入院費だ。いいな!」
「いや。でも・・それはさすがに」
「いいんだ。でも一つ悪い」
「なにかあるのか」
「ああ。すまねえ。軍に入ってもらえるか」
「軍!?」
「ああ。入隊して欲しい。俺と一緒に」
「お前とか。それは別にいいけど」
「そうだ。んで、これからはなんとかなると思うんだけど、その金に余裕が出来たら、お前が入院費を払えるだろ」
「それはそうだけど・・・それまでは?」
「大丈夫。それまでの間も俺が出す! 貸してくれる奴から踏んだくった!」
この国で一番偉い皇帝からである。
「そんな奴いるか。お前・・・もしや危ない奴から、金をもらったんじゃ。どこか。体でも売ったのか!」
この頃のレックスは目の前の人間が皇子だとは知らなかった。
レックスが、ジュードの事を皇子だと知るのは、士官学校での出来事である。
「いいや、そんなことはしねえ。大丈夫だ。一番信用ある奴から借りた!」
この国で一番偉い皇帝であるから、貸してくれる人物の破産はあり得ない。
無限に借りられる。むしり取る気満々である。
「でもやっぱり駄目だ。お前が俺の妹を救う義理なんてないだろ。そんなのお前にとって迷惑だろうが・・・人生が掛かっているぞ。そんなの・・・赤の他人に・・そんな事。やってもらうわけには・・・」
自分たちを救う義理がない。
ジュードが何を考えているのかレックスには分からなかった。
「迷惑じゃない! 俺はお前の親友だ。そんでミーニャは親友の大切な妹。ここで、助けねえ奴は屑だろ。俺は、ただただ何にも考えずに友達を助けたい。たったそれだけの事。今のお前が、俺の事を迷惑に思おうが。俺には助ける義理がないとかお前が思おうが。そんなん俺には関係ねえ。これは、お前の為じゃねえ。俺の為だ! ミーニャを助けたいって思った俺の為だから、気にすんな!」
ジュードの思いはただ一つ。
友達を助けるだった。
「レックス。いいか。小難しく考えるな。俺とお前の間柄。俺たちはもう家族みたいなもんなんだ。だから俺にまかせろ。絶対に助ける。二人で軍で、ビックになってさ。この後のミーニャの入院費や、助ける方法を考えようぜ。でっかい人間になれば、なんとかなるぜ。どうだ。いい案だろ。ニシシシ」
大きくなれば何でもできる。
子供みたいな言い方で、満面の笑みをした親友。
夢物語のようだけど、レックスはこの言葉に、人生を賭けるしかなかった。
行く当てもない。お金もない。身寄りもない。
なのに、親友はいた。
それも家族のように心配してくれる大親友だ。
レックスにとっての莫逆の友。
それがオスロ帝国第二皇子ジュード・ブライルドルである。
「いいのか。ジュード。世話になっても。兄妹でさ」
レックスの涙をしまってくれたはずの瞳は、ジュードの姿を濁して映していた。
「おうよ! まかしとけ!! レックス。俺に何でも相談しな。どんと解決してやるぜ」
漢ジュード・ブライルドル。
それは若干15歳の時から始まっていた。
◇
そして二人は、軍に入隊するために士官学校に入り、死に物狂いで成績を出し続けた。
学生になった当初から、レックスが首席。ジュードが次席のままで卒業する。
軍に入る前から最強コンビの誕生であった。
その中で、彼らは在学中からもちょくちょく二人からの指導を受けていて、指導が本格的になったのは、士官学校を卒業してからだった。
卒業半年後あたり・・・。
「これこれ。ジュード。おいどんとこに来ないのは何故かな。昨日、レックスしか来んかったぞ」
「知らん。クソジジイ!」
ジュードが胸を張って答えた。
「んんん。なんでこいつ。悪びれもせずに堂々としとるんじゃ・・・レックスや。どういうことだ?」
腰が曲がった爺さんが、レックスに聞いた。
話の通じない馬鹿なので、こちらの優秀な弟子に聞いた方が早い。
これがいつもの事である。
「リカルド様。ジュードはいつもの事ですよ。話を聞いていないんです」
「そうかそうか。これこれ。ジュード。腕立て、腹筋、背筋。千回な」
「げ」
「げじゃない。げじゃ。おいどんの話をききんしゃい」
そのまま立っているとバシバシ頭を叩かれるので、ジュードは仕方なく筋トレを始める。
腕立てからやっていると、そこに妖艶な女性がやって来た。
「あら。リカルドの爺さん。なんでこちらに? 今日は私の指導日じゃなくて?」
「そうだぞ。でもおいどん。レックスに用があってな」
「あらそうなの。じゃあいいわよ。用がある人が先で」
しなやかな手つきで、指示を出すのがスーザンだった。
「うん。おいどん。お前さんらに教えられることはなくなってな。とりあえず、軍務を引退することにしたわ」
「え? どうしてですか。リカルド様はまだ現役で・・」
「いいんよ。もう十分に戦ったしな。それにな。おいどん。お前さんらが育てば満足だわ」
「しかし・・・」
「大丈夫だレックス。お前さんはこの国最強の男になるはず。おいどんらを超えるはず。このまま精進せいや」
「・・・はい」
納得してはいないけど、師匠が言うからには返事を返さないといけない。
「そうね。私もね。そろそろかしらね」
「え。スーザン様もですか」
「娘も大きくなり始めましたしね。実家の方で育てようかしらってことになったのよ」
「そうでしたか。ギーロンで・・・」
「ええ。それにあなたはもう私の知略を越えていますしね。次の大将軍はあなたで決まっています。それと、次点がエレンラージかな。たぶんね」
大将軍の後釜になれるのは、レックスとエレンラージ。
スーザンの予測も正しかった。
「待て、スーザン。俺もレックスと一緒になれるだろ!」
筋トレを中断して、立ち上がって聞いたジュードに、スーザンは笑顔で答える。
「今の段階だと・・・無理よね。話の長いリカルドの話を聞かないのはしょうがないけど。私の授業を真剣に聞かないあなたは難しいわね」
「え?」
「駄目よ。軍略のない男が大将軍だなんて。ありえないわ。そんなあなたのままじゃ、いっても将軍止まりよ」
「なんだと。俺はなるぞ!」
「じゃあ、私の授業。聞いていられるの」
「いいだろう。やってやる!」
と堂々とジュードが答えると、頭をバシバシたたかれる。
「お前さん。おいどんが、もうよいって言っていないぞ。ほれ続きをせい」
「いてえ、爺さん。やるって、やるからさ。叩くのタンマ!」
二人に育てられたジュードとレックスはその後。
◇
二十三歳の時に、大将軍になるための模擬戦が行われた。
規定数の軍を与えられて、模擬戦闘をする。
それで上位三名に大将軍の地位を与えるという事を、ジャックスが主催したために、この戦いが行われた。
レックスが十三戦十三勝の無敗。
エレンラージが十三戦十二勝の一敗。
ジュードが十三戦十勝の三敗。
これでジュードまでが大将軍となり、三大将軍が誕生となった。
身分が一般人で、しかも孤児であるレックスは、大臣や貴族らから大反対を受けたわけだが、ジャックスの一声で捻じ伏せられた。
『余が主催した正式な戦いで、その実力を示した余の剣にだ。貴様ら。何の不満があるというのか。いいか。文句があるなら、余にかかって来い。彼に勝つ自信がある奴から、かかって来い!』と言われたら、その後に弾劾をすることが出来なくなった。
この皇帝の一声を誰よりも嬉しく思ったのはジュードだった。
大将軍就任後。
ジュードは、再び皇帝と二人きりになる。
「約束。果たしたぞ。親父」
「そうだな」
「どうだ。これでいいだろ。文句ねえな」
「当然だ。流石余の子だ」
「ふん! だろ!」
自慢げにしているのも、まだ子供らしいなと、ジャックスは思った。
「親父」
「なんだ」
「感謝する! 俺とレックスに賭けてくれた事。金を貸してくれた事。生涯忘れねえ」
「ハハハ。何だ急に。お前らしくない」
「いや。ここは頭を下げる。感謝してる。だってさ。あの時のおかげで、まだミーニャは生きているんだ。だからレックスも生きてられるんだ」
ジュードは珍しくお辞儀をしてまで父親に感謝した。
「そうだな。そこまで可愛がっているようだからな。レックスは妹想いだな。優しいな」
「ん? 親父。ミーニャを調べたのか」
「もちろんだ。どこの誰が、その子の病に、金を出したと思ってる」
「へ! 親父も、お人好しだな」
「お前に比べたらそうでもないわ。余の渡した金。病院に全額突っ込む馬鹿がいるか。少しはネコババするかと思ったわ」
「んなことするか! 俺はミーニャを救うって決めたんだ。あの時、レックスを助けるって決めたんだ。だから、そんなきたねえ真似をしちまったら、俺は二度と二人の顔を見られなくなるわ。そんなの嫌だ!!」
「ふっ・・・そうか」
ジュード・ブライルドル。
それは何年経とうが、心持ちが変わらない。
真っ直ぐで清々しい漢の名だ。
「俺は誰にも恥ねえ人生を送る。自分にも、親父にもな」
「そうか。わかった。お前は好きなように生きよ! 余の子としてもだが、ジュードとしてな!」
「おうよ。まかしとけ!」
正々堂々。誰にも恥じない人生を送りきる。
そして、やりたい事をやるだけだ。
それが漢ジュード・ブライルドルである。
皇帝の子として生きてはいる。
でもそこから王道を外れて、自分の道を進む漢。
ジュードの意思を縛る事は、誰にもできない。
それはたとえ親や兄弟、親友であってもだ。




