第337話 アルストラ戦役 シャロン川攻防戦
この戦い全体の行方を左右する出陣が、レックスの出撃だ。
でも、本人としては、不本意だろう。
彼は、妹を人質に取られたことで、大親友との戦いをする羽目になっていたからだ。
帝国軍は20万。
ロビンも現地入りする。
が少々遅れていく事が決まっている。
戦いの現場の一つ手前の都市で待機して、レックスが勝つのを悠々と見守るつもりだった。
彼を完全支配下に置くために、妹をロビンの軍営の中に入れこんで、病弱なのにここまで連れてきている。
勝てねば、この場で殺す。
脅しの材料としていたのだ。
レックスとしては、この難しい設定の戦場で、戦うのがありえないと思っている。
天候の悪い決戦場。
しかも、川を挟んで進軍していかねばならないのが辛い。
橋の上にいける人数も制限が掛かるからだ。
一度で、大体五千人くらいが渡れることになるだろう。
両軍が端の上にいれば、一万が限度であるからだ。
そんな状況下で、勝つ戦略を練らなくてはいけなかった。
レックスは負ける事が怖いのではない。
妹を失うのが怖いのだ。
アルストラの西が、シャロン川。
スティブールから進軍すると、このシャロン川を越えて、アルストラにいかねばならない。
帝都からだと、ちょうど南西からの進軍になるので、方向的には北東に向かっていくのが最速だ。
だが、このルートは取れない。
単純すぎて、必ず対応をされるに決まっている。
現に、シャロン川を挟んだ向こうにも軍が様子を見に来ていた。
攻めて来ることを予測している。
レオナの頭の良さを実感した。
◇
レックスは次の展開を考えた。
川の向こうに行く方法は、二つ。
一つはシャロン川の上流にある橋を利用して、向こうに渡る事。
これが簡単で最速だが、そこにセンシーノがいる事を昼に確認したので、使えない。
橋の人数制限もある。
ではもう一つとなるわけだが、それがシャロン川を形成するリク山を迂回する事だ。
これが、遠回りになるが、大軍を動かすのに一番良い。
しかし、これもレオナならば、こちらの行動を読んでいると、レックスが考えた。
レックスは、自分たちが八方ふさがりの状態にあると思っていた。
敵の元にいかねば、妹が殺され、勝率の悪い戦場に行かないといけない。
でもそれでも勝たねば妹が殺され、どうあがいても戦って勝つ以外の道がない。
だから、レックスはここで強引な手段を選択した。
彼は橋を選択。
その戦いが、シャロン川攻防戦である。
◇
アーリア歴7年11月1日。
シャロン川の上流。
橋を挟んで大軍が睨みを利かせる。
両軍が動きを止めていた理由は、橋に乗った瞬間に、人数制限の壁との戦いになるからだ。
だから、レオナの方の革命軍は、橋の出口で待機していた。
なぜなら、彼らは攻める必要がない。
帝国軍の方が攻めてくるのが目に見えているからだ。
本来、レオナの方が攻めに転じないといけない。
なのに、ここで攻めに転じているのはロビン側だ。
レオナの存在が許せず、癪に障るという観点から攻撃に出ていた。
それと、帝都に水攻めをされたら困るという曖昧な理由だ。
彼女は、そんな事はしないはずだと、レックスが懸命に訴えても、無意味だった。
ロビンという男は、クロ以外の意見を聞いた試しがない。
レックスは、他の将軍や大臣たちとの意見交換の場面を見た事がなかった。
ここで攻めに行くのはレックスの軍。
橋に乗れるギリギリの人数で進軍を開始。
巨大な橋の上に、大体1万弱くらいの兵が出撃した。
でも、相手は10万だ。この差は激しい。
しかし、レックスはいかねばならないのだ。
◇
視野が取りにくい。
本日も雨だったから視界が悪くて大変だが、しかしこれはまだマシな方。
雨季の季節であるこの時期では、雨が降った後の霧が非常に厳しい。
普段であれば霧か。
くらいの軽い受け止めでいいが、戦争をするとなると、厄介だ。
だから、まだ雨の内だと、戦争がかろうじて出来ると思った方が良い。
「慎重だ。慎重に行け」
レックスの無線連絡で、先鋒隊は盾を構えて進んでいく。
雨の視界では、狙いにくいし、手も滑りやすい。
センシーノ軍の銃撃はうまく当たらずであった。
ここは環境を上手く利用したレックスが一枚上手だった。
「まだだ。まだ中盤で良い」
進軍速度がやや遅い。
「ゆっくりでいい。時間が掛かるはず」
レックスは、川下を見て、何かに期待していた。
◇
戦いに入る前から、レックスの作戦を、レオナやジュードたちは考えていた。
彼の考える事は恐らく自分が囮になる事。
本体がリク山を迂回してこちらに回ってくるはず。
だからこちらは、ジュードに5万の兵を預けて、アルストラの北に防衛陣を引いていた。
大きく移動してからの、こちらへの急襲攻撃をするのだろうと思っていたのだ。
「俺の所を攻めるよりも、ジュー兄の所を攻めればいいんじゃないのか。ここは上手くいかないはずだぞ。レックス大将軍・・・」
センシーノの疑問に答えるかのように。
「緊急です」
主要人物たちの元に無線が来た。
レオナの声である。
「船です。船が来ています。連絡が来ました。マサムネさんの部下からの連絡です。センシーノ。あなたの所に強襲攻撃が来ます。耐える事が出来ますか」
「え!? 俺の所だって・・・」
センシーノは、確認をしようとして顔を上げる。
敵が目の前の橋じゃなく、下流域から来るので、南を見た。
「敵が来る? 雨で分からないな」
雨のせいで敵を視認できない。
晴れていてくれたのなら、遠くまで見えるが、今は何も見えず。
本当に来るのかも確信できなかった。
「音か。音で判断するしかないか」
橋での銃撃戦の音を消して、雨音も消して、音を感じる。
センシーノの五感は研ぎ澄まされていた。
「これは……小型船?」
まさかの強襲攻撃が南側から来る。
センシーノの判断は早かった。
「姉上。無理ですね。前線維持からの後退に入っても良いですか。時間を稼ぎます」
「わかりました。ジュード兄上の退却時間が一時間分欲しい。退却速度を計算しても、それくらいが必須です」
「わかりました。やってみます。徐々に後方に下がりながらで戦います」
「はい。お願いします」
レオナの判断も早かった。
とにかく今は、15万の兵を無駄にしてはいけない。
この数を維持して初めて戦えるのだ。
◇
センシーノの戦況は苦しいものとは言えない。
なぜなら、船から来た兵士が、1万弱。橋から来る兵が1万。
これだとほぼ2万なので、五倍差がある。
でも、厳しい状況なのは挟撃状態だからだ。
こちらは一兵も失いたくない。
それに対してレックスの指揮は、兵を失ってもいいから陣を奪いたいという戦い方だった。
良き立地を手に入れて、相手を押し込んでいく戦略展開だった。
「強い。これがレックス大将軍か。まったく、ジュー兄も迷惑な親友を得た者ですな」
「ハハハ。その通りだ。あっぱれだ」
ジュードの声が聞こえる。
無線同士のやり取りで、話が進んでいく。
「どうですか。戻れそうですか」
「全速力で戻ってる。こっちにも一応兵がいたみたいでな。牽制だけど厄介だわ」
「なに。ジュー兄の所にも」
「ああ。さすがだ。レックス。俺たちの考えを越えて、行動を起こしてきやがって。こっちも囮。自分も囮。に見せかけた全方面からの攻撃だわ。これはな」
「・・・んんん。まずは兵を維持しましょう。下がりますよ」
「ああ。わかってる。なんとかしてみる」
ここにいる革命軍の面子は、レックス・バーナードの戦略を超える事が出来なかった。
考えられる戦術を封じていたつもりだったが、ここで抑えられずで、苦境に立たされることとなった。
ジュードが急ぎ逃げて、センシーノが時間を稼ぐ。
しかし、センシーノの方は、レックスの圧力が強まって、かなりの苦戦状態に陥った。
それは橋から、次々と人が渡って来るからだった。
一万が、こちら側に到達すると、また一万が橋を渡る。
そうなれば徐々に数の違いは縮まり、むしろ相手方の方が数が多いので、全部に渡られてしまうと不利となる。
同数になりそうな時にもう一度連絡をした。
「どうですか。ジュー兄」
「ああ。セン。すまんわ。なんとか戻れる。逃げてくれ」
「わかりました。逃げます」
脱兎のごとく。
センシーノは戦場から離脱。
都市アルストラの西のアルストラ平原に陣を構えた。
雨が降り続ける中で、今後の戦いは続く。
覇者戦争の中のアルストラ戦役。
それは大将軍レックスと、大将軍ジュードの親友同士が戦った。
帝国の歴史史上初の大将軍決戦である。
その初戦のシャロン川攻防戦は、オスロ帝国軍のレックスの勝利であった。
大将軍の中の大将軍。
不死鳥レックス・バーナードは、皇帝の子よりも強かったのである。
オスロ帝国の皇帝ジャックスが手放しで褒める大将軍。
『帝国最強』の異名を持つ男がレックスである。




