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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
最終章 大将軍戦アルストラ戦役

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第336話 レオナがこの国で二番目の戦略家である理由

 10月2日。


 全てにおいて失敗をしているロビンは焦っていた。

 帝都城の皇帝の一室で、苛立ちを露わにする。

 左の人差し指が机を叩き続けていた。


 「なんだ。これは・・・・なにも上手くいっていない」


 内政だけ見ると、依然と変わりなく回せている。

 しかし、軍事を評価すると、上手くいっているとはいいがたい。

 領土としている箇所の掌握は大丈夫だが、敵の本拠地である場所は、どこも落とせていないのだ。

 ギーロン。ルスバニア。ノスタール。

 三カ所に同時攻撃を仕掛けても、全てが防がれていた。


 

 ギーロン。

 半年以上経っても、一向に落とせずにいる。

 いかに、相手方が有利である地形であったとしても、あれだけ戦い続ければ疲れも出るだろうに、落とせない。

 むしろ疲れの部分で言えば、帝国の方にあるようだ。

 この原因の一つが、ギーロンの戦場にある。

 あそこは標高が少し高いので、疲れがたまりやすい。

 霊峰ハザンを中心に、少々周りも標高が高いので、少し動くだけでもいつもよりも体力を使う。

 それに対して、ギーロンの兵士は、その環境に慣れているので、余裕で戦えてしまう。

 そして、そこの将に入ったメイファも、実家が山の中にあるために、その環境でも全然へっちゃらで、頭のキレが衰える事がない。

 帝国が攻めあぐねて終わるのは、現場にいけばよく分かる。

 帝都で座して待つロビンには、そういう細かい部分が分からないだろう。

 それが、ギーロン王国との戦いであった。



 ルスバニア。

 ここは、大きな痛手を受けた。

 兵士十万の消滅。

 とんでもない罠に引っ掛かってくれたなと、ロビンは腹心に激怒したらしいが、あれは仕方ない。


 誰が防衛の要である塹壕を大胆にも爆破する?

 誰が拠点の重要基地である防砦を破壊する?


 そんなの前もって言われても信じられないのが、ジャンの本音だろう。

 ジャンには、大将軍に上がってもらいたい。

 だから、ルスバニアで、大戦果を挙げてもらって、レックスと同等の大将軍に昇格させることが、ロビンの計画の一部だった。

 しかし、このままでは何も得られずに終わるかもしれない。

 今は互角の戦闘をしているが、それもどう転ぶか分からない。

 援軍を三万送り出したことで、どちらにいくのかを見守るのである。

 


 ノスタール。

 ここには、20万の兵を送り出した。

 しかし、落とせず。

 あちらの防衛が上手くいく羽目になり、ここも崩せない状態が続く。

 だから兵を減らすだけなので、一時撤退を命令した。


 ロビンの苛立ちが増えていくばかりだ。

 レオナを倒せないのは、ジュードがいて、センシーノがいるからだった。

 でも立った二人の弟がいるだけで、勝てぬのはなぜだ。

 いくら軍事に強くとも量の違いで勝てないのが分からない。

 その上に、他の箇所も勝てないのが分からない。


 レイ。セブネス。

 この二人にも勝てないなんて、ありえない話だ。

 下の兄弟に負けるなんてプライドが許さない。



 「クソっ。なぜだ。私の策は、完璧に・・・」

 「兄さん」

 「どうしたクロ」

 「レックス将軍を使いましょう」

 「なんだと」

 「はい。勝てる戦場に送り出すんです。今、情報が来ました」

 「情報か。どこのだ」

 「ノスタールから、進軍開始したそうです」

 「なに・・・レオナが進んできたのか」

 「はい。ジュードと、センシーノ。この二人が将となり、こちらに進軍を開始、ジャンバルドを占拠したとの事で、そうなると・・・」


 クロは地図を広げた。


 「わかった。こうなると、ジャンバルドから左と下にいける。そして、最悪は左。ハザンか」


 霊峰ハザンまで進んで挟み撃ち。

 これが一番厳しい選択だ。

 だから、レックスを使って進軍自体を止めようと進言してきた。


 「はい。将軍を外に呼んでいます。今の状況を知らせますか」

 「ああ。使う。ここはな」


 脅している相手は慎重に使う。

 ロビンはここまでレックスを温存していた。



 ◇


 全体の説明をして、レックスに意見を求めた。


 「レックス。どうすればいい」

 「私が? 意見を言っても良いと?」


 冷静な姿はそのままだが、声が若干嫌がっている。

 そこに気付かずに、ロビンは話を続ける。


 「当り前だ。勝て。じゃなかったら妹は死ぬぞ」

 「・・・」


 レックスは、一瞬だけ睨んで答えた。


 「では、ハザンの裏取りはしないと思います。彼らはしない」

 「なぜだ。奴らは協力しているだろう。この状況じゃ」

 「そうです。協力をしている事は明確です。勝てる状況を生み出しているのに、ギーロン。ルスバニアが攻めに転じない。これは明らかな遅延行為です。なので、矛の役割がレオナ様の軍です」


 レックスはこの国一の大将軍。

 フュンが最強と称した将軍である。

 反乱軍と革命軍の動きを、盤上でも分かっていた。


 「でも、私だったらハザンを救いません。そのまま兵を惹きつけてもらいたいからです」

 「そうか。レオナだったら助けると思うのだが・・・奴は単純だろ。公平だとか、皆から言われていい気になっているはずだ」


 自分の妹は公平公正なだけの女。

 辛辣な評価をしていたのが、ロビンだった。


 「いいえ。レオナ姫だからこそ、ここは無視します。そのまま南下して、帝都付近まで進軍するでしょう」

 「レックス・・・本当か。こちらが不利になるように言っているのではないだろうな。嘘だったら妹は死ぬからな」

 「ええ。本当です。嘘を言う必要がない」


 珍しく怒りの感情が見え隠れするレックスは豪語した。


 「疑うのなら、私がここで待ちますので、どうぞ。戦況を見守ってください。これで間違えていたら、私を殺してください」

 「・・・いいだろう。待ってやる」


 相手の考えを信用できない。

 ロビンはここで進言してくれたレックスの言葉の真偽を確かめた。

 この判断が良くない。

 なぜなら・・・。



 ◇ 

 

 アーリア歴7年10月27日。

 彼女らの電光石火の動きが出た。

 ジャンバルドを制圧してから、帝都スティブールから二つ手前の都市。

 アルストラまで軍がやって来た。

 帝国軍が負けた理由は、二軍編成のせい。

 ジュードとセンシーノの軍が左右から同時に挟撃をしたためである。

 これで分かる。

 彼らは、ハザンを見捨てているのだ。

  

 協力関係であるのに、あえての無視。

 その非情さをどこで手に入れたのだと、ロビンは驚いていた。


 「なぜだ。あのレオナだぞ。奴なら・・」

 「だから私が言ったでしょう。彼女だから、攻撃に出るとね」


 レックスは少々怒っている。

 自分の言う通りに動けば、あそこまで進軍は許さないだろう。

 アルストラを確保されることもない。

 

 「私に指揮権がないのでお聞きします。皇子はどうするんですか」

 「攻撃に出ないといけないだろう」

 「当り前ですね。ですが、ここは引いた方が賢明ですよ」

 「なに。このまま私たちは、スティブールにいろと言う事か」

 「ええ。当然」

 「馬鹿な。アルストラはシャロン川上流だ。下流の帝都では、位置が悪いぞ。水に細工を・・」

 「ええ。しかし彼女なら、屑がするような事はしません」


 『あなたのような屑』と言いたいのを我慢して、レックスが答えた。


 「なぜだ。何故言い切れる」


 アルストラは、シャロン川の上流の都市で、これがスティブールにまで流れている。

 だから、水止めを行う事も出来るだろうし、水攻めを行う事も出来る立場に、向こうがなった。

 だが、レオナならばそんな卑怯な手は使わない。

 この男ならやるだろうが、彼女はしないと、レックスは横目でロビンを見ていた。


 「彼女は攻撃をしない。正々堂々とした攻撃ならありえるが、水攻めのように、民に被害が出る攻撃は仕掛けない。それに帝都に攻撃をするような事もしないはずです」

 

 ここは人読み。

 レオナという女性の崇高な精神から来る行動予測だ。

 彼女なら、民の方を優先する。

 兵士や自分、敵よりもまず民が安全に暮らせるかを考えているのだ。


 「だから私なら進みません。それに、アルストラでの戦闘は、推奨しませんよ」

 「なぜだ」

 「わかりませんか?」


 雑魚か貴様はと。

 レックスは、返答したくなった。


 「当然、それは・・・」



 ◇


 軍展開をここまで持ってきたレオナたちは、アルストラで話し合いをしていた。


 「ジュード兄上。センシーノ。さすがです」

 「いや、弱いな・・・」

 「ええ。俺も思いました。ジュー兄もですか」

 「ああ。だよな」


 ジュードとセンシーノは互いの顔を見て頷いた。


 「それって、統率が上手くいっていないってことですか」

 「ああ。ここにはレックスの旗があった。でも幹部がいなかったわ・・・だから、あれはレックスの軍じゃねえ。レックスの軍になりすましていやがったか」

 「そんな事をする必要があるんですね。向こうには・・・」


 レオナは、頭を回転させていた。

 彼女は軍略家でもある。隣にいるクラリスも同じタイプだ。


 「それって、レオナ姉さん」

 「ん?」


 クラリスの呼びかけに、レオナが反応した。

 クラリスも含め、ここにいる兄弟たちはかなり親しくなっていた。

 お互い遠慮もせずに呼び合う仲になっている。

 以前では考えられない位の事だ。

 これがフュンの目指していた形である。

 兄弟は仲が良い方が良い!

 この一言に、集約されている。

 

 「レックス将軍を頂点に置いているけど、彼自体を使えないから、旗だけを使用しているのでは?」

 「なるほど。妹さんを使っても信用していないという事ですね。なんと、私はそれが許せません。何としてでも、その子を救いたいですが、どうすればいいんでしょうか。悩みます」

 「レオナ姉さん。しかし悩んでばかりではいけません。目の前を勝たねば」

 「クラリスの言う通りですね」

 

 レオナも、ロビン側が仕掛けた事情を知っていた。

 妹を人質にして、レックス将軍を大将軍の地位に置いて言う事を聞かせる。

 そんな外道な事。

 思いついてもやれる精神がよく分からない。

 レオナは、兄だろうがロビンを二度と許さない構えを取っていた。

 公平性の塊の女性だ。曲がったことが大嫌いなのだ。


 「ここまで上手くいきましたね。よかったですね。レオナ姫」

 

 ジュード軍の副将として軍に参加しているレベッカは、レオナに丁寧に話しかけていた。

 

 「はい。よかったです。これもウーゴ王のおかげです」


 ウーゴが、レガイア王国を統一したと宣言したのがついこの間だったのに、そこからすぐに反転して大移動をしてくれて、こちらに軍を派兵してくれたのだ。

 彼が約束してくれたこと。 

 それが、こちらにとって最高の条件だった。

 ひとつが、ビクストンを守護してくれるとの事。

 もうひとつが、奪った箇所に援軍をその都度送り、防衛にあたってくれるとの事。

 この二つにより、レオナが率いている軍は、攻撃だけを考えればいい事になった。

 

 これは有り難い。

 実際に運用できる15万を制限なく展開できるのは、自由な翼を得たのに等しい事だったからだ。

 ウーゴの行為は有難い事に自分の方に向いていた。

 つまりオスロ帝国は、君ですと言う事と同じだ。

 彼の同盟は、オスロ帝国との同盟として形に残っている。

 文書にも記されているので、オスロの帝都にも資料が残っている。


 つまり、世界で認められているのが、ルヴァン大陸では革命軍とされているレオナの方なのだ。

 本当の王は、レオナ。

 これを証明してくれるのが、他国にいる。

 その事がとてもありがたい事だった。


 レオナは全てに感謝して前に進んでいた。


 「それにしても、あなたの作戦は合っていますね。ハザンに動かないのは何故ですか」


 レベッカが聞いた。


 「ええ。それは、当然。レイなら、単独で領土を守れます。彼女の元にはエレンラージ将軍がいるのに、ああ。それとメイファさんがいるのでしょ。タイローさんがいつも褒めているメイファさん。彼女なら、あそこの地形を利用して守り切りますよ」


 アーリア人の戦いを脳に記録したレオナは、それぞれの特徴を掴んでいる。

 レオナのメイファ像は、盤石。

 のらりくらりと、ゆらゆらと揺れる木の葉のように、相手の攻撃を受け流しなら、不敵な笑みで敵の弱点を突く。

 それが彼女だと、レオナは思っているのだ。

 

 だから今回の立地の条件であれば、間違いなく守り切る。

 それが一年だろうが二年だろうが、相手が三大将軍じゃない限り、余裕だろう。


 「なるほどね」


 レベッカは納得して下がると、隣にいるタイローは笑顔でいた。

 この子は、軍略家だからねと、弟子のような彼女に『うんうん』と頷いていた。


 「レックス将軍。私は彼がそろそろ出てくると思うのですが。私の予想として、彼の進言は、帝国軍は帝都にいろと兄に進言すると思うのです」

 「ほう。なんでだ?」


 レオナの言葉に、ジュードが聞いた。


 「ここは帝都で守った方が、効率が良いんです。将軍なら、私が水攻めをしない事を知っている。だから、守り切れるとね」

 「まあそうだな。お前はしねえな。そんなあぶねえことをさ」


 民が危険になる事はしない。

 妹を信じている発言だった。


 「でも、兄はその言葉を信じないでしょう。あの人は自分しか信じていない。自分の尺度で物事を測るはず。自分ならする。だから他人もするだろう。これだと思います。兄は、相手の立場に立つことがありません」

 「なるほど。姉さん。つまり、レックス将軍じゃなくて、あれが焦って前に出てくると」


 ついにクラリスは名前を呼ぶこともしなくなった。

 ロビンから『あれ』に昇格していた。

 

 「ええ。水攻めをしてくるかもしれないから、ここアルストラにまで攻めてきます。自分たちの川の上流。これを抑えるためにね」

 「そうか。それを迎え撃てばいいんだな」


 ジュードが聞いた。


 「はい。そして、私がここを取った理由。それをレックス将軍が分かっているはず。わかっているのに、兄の言う事を聞かねばならない・・・難しいでしょうね。あちらの数が有利な事を活かせない戦いをせねばならないのですからね」


 レオナは、戦場設定をここにした事。

 それをレックスが気付いていると思っていた。


 「ここは、雨季です! アルストラは、ここから半年は雨季。それなのに、ここを攻めるのはありえない。通常時の彼ならば、絶対に戦争行動をしません!!!」


 まともな状態のレックスならば攻撃をすることすら考えない。

 しかし兄なら攻撃を仕掛けてくるはずだから、彼は不利でも出るしかない。


 レオナが、皇帝であるべき理由。

 それが、全体から物事を判断できるからだ。

 フュンが信じたその力は、ここで完全に開花していたのである。

 政治家でもあって、軍略家としても優れている。

 その上で皆の意見をよく聞き、意見をまとめあげる上手さがある。

 これのどこに、王としての素質が無いと言えるのだろう。

 欠点がない。唯一の欠点言えば、血統が少々良くない事だけ。

 でもそれは些細な事だ。

 民に取ったら、多少の血の違いなんてどうでもいい。

 民を思い、生活を良くして、国を愛してくれる人が皇帝であればいいのだ。


 アーリア王国の王なんて、元は少数部族が成り上がった形の小国家出身で、その母国を守るために、人質に出されてしまった人間なのだ。

 扱いで言えば、彼は彼女よりも立場も血も悪い。

 しかし、今の彼は、大陸にいる人々が認めた歴史史上初の統一王である。

 だから、血統なんてどうでもいい。

 民を愛し、民に愛される人柄であれば、その国は幸せになれる。

 それを、アーリア大陸の人々が証明してくれている。

 だったら、オスロ帝国の皇帝も、レオナでも良いはず。

 彼女は、フュンを尊敬して頑張ろうとしているからだ。

 アーリアの太陽のような人間を目指して、レオナ・ブライルドルも、オスロ帝国の皇帝になろうと努力しているのだ。


 

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