第335話 死んだはずの男たち
ギーロン王国霊峰ハザン周辺での砦の戦い。
ルスバニア王国のルスバニア攻防戦。
ワルベント大陸の四国戦争。
世界では同時に色々な戦いが起きていた。
その中で、この戦いを終わりへと導くことが出来る人物は、密かに力を蓄えていた。
レオナ・ブライルドル。
彼女は、ジュード。クラリス。センシーノ。ギャロル。
四人の兄弟と。
タイロー。レベッカ。ダン。
アーリアの協力者らと連携して、軍編成を上手く行っていた。
準備期間がわずが一年程でありながらも、ルヴァン大陸の北部の兵士たちを完全掌握し、大編成を行える手腕。
逆境を乗り越えようとする強い意志。
これらにより、やはりレオナ・ブライルドルこそが、この帝国の皇帝に相応しい人物であることが、この準備だけでも証明されていた。
ロビンの方は、もっと前からの準備があったのだ。
それに対抗できる組織を編成できるだけでも立派なのである。
◇
そして、敵がやって来る。
防衛の要となる大都市ノスタールで待機している彼女らは、敵20万を迎え撃つ。
激化するだろうと思われたが、その戦いは余裕で凌げる戦いだった。
それは、相手の軍にレックス大将軍がいなかったからだ。
彼がいないのであれば、こちらが15万程の兵力であっても、余裕で防げる。
ジュード。センシーノ。
この二人がいる上に、こちらにはタイローにレベッカがいる。
戦場の女神レベッカは、圧倒的な力を見せて、大戦果を挙げる。
敵の部隊長を5人。敵の左翼将を2人撃破。
なぜ左翼の将が2人となっているのかというと、交代した将を倒したからだった。
だから相手は、左翼の将になるのを恐れた。
最終的には、帝国軍の左翼の将が無しになるほどに、恐れ戦いて、彼女に対抗しようとする者が現れなかったのだ。
それくらいに、アーリアの新戦場の華。
レベッカ・ウインドの活躍は圧倒的だった。
戦いは一カ月で、一時中断にまで辿り着く。
そして、それら全体を眺めていた男がいる。
◇
ノスタールが見える場所に二人の男がいた。
「ふぅ。あれはしばらくしたら半分くらいが引くでしょうね。無駄に兵を減らしたくないでしょう。ロビンも・・・しかし、彼女にも軍略センスがありましたね。どう思います。シゲ」
「はい。王。そのようでありますね」
「うん。君は端的だ。本当に影なんですね」
「当然です。王の影になるためには、短く正確にお伝えしなければ」
淡々と答える男シゲノリ。
フュンのそばにいたのである。
「シゲ。どうなっています。向こうは」
「宮殿ですね」
フュンが一瞬スティブールを見たので、シゲノリはそう答えた。
「はい。そうですよ」
「リューク殿からの情報を得ています」
「そうですか。彼の安全は? 彼だけが避難しなかったのですが、大丈夫ですか?」
「今のところは大丈夫です。しかし、唯一不安なのが、あのライドウが入っている事です。ですが、そこに今は帝都内部に侵入して別件もしてくれているショーンさんが、あいつを見守ってくれていると思うので、あいつの仕事の方は大丈夫でしょう」
ライドウの事になると話が長くなる。
フュンは、微笑ましい関係ですねと笑顔だった。
「わかりました。あなたは引き続き。僕の影になってもらってもいいですか」
「当然です。不満がないです」
「・・・・うん」
シゲノリの感情表現が薄いので、嫌々じゃないだろうなと、心配して彼の顔を見ていた。
「彼の妹は?」
「無理です。救える状況じゃないです。私が影になっても彼女が影になれないのであれば、難しい。それに奴らも影になれる。適性ありです」
「強引でも無理ですか」
「はい。奴らが彼女をあそこから移動させてくれれば出来る可能性がありますが・・・」
「・・そうですか。でも助けたいですね。どうやりましょうかね。ここは、彼らでは無理だ。ここは僕の出番かな」
フュンは、助けられる人間を出来る限り助けようと動いていた。
レックスの妹ミーニャもその一人だった。
「ん? 方法があるのですか」
「なくはない。僕の予想だと、彼はあの子を使って、大将軍をジュード皇子にぶつけると思いますので、その時に彼女が移動するはず。ロビン皇子は、肝心要の大決戦に彼を使うはずです。それまでは大将軍レックスの威光を使って、帝国軍を操るでしょう」
フュンのやや後ろに立つシゲノリは横目でフュンの顔を見た。
しっかり前を見て、ノスタールの都市を眺めているが、その目はそこを映し出しているのではなく、未来を見ている。
そんな気がしていた。
「シゲ」
「はい」
「君に、二つの事をお願いしたい」
「なんでしょう」
「まず、ジュード皇子の観察ですね。それと、リュークさんの護衛は完璧にしてほしい。これのどちらもお任せします。あなたの独自の判断で動いてよいです。それで、君が影の頭領に相応しいかをみます」
「私が頭領!? いや、まだ私は若輩者でありまして・・・サブロウさんがいますでしょうに」
シゲノリはまだ16である。
若いにも程があった。
「いえいえ。君の歳の頃に、サブロウが影の頭領になったと言ってましたよ」
「でも、それはサブロウさんが、一番の影使いだからで・・・私はまだまだ」
「そんなことはない。君も素晴らしい影使いだ。サブロウの力と同等。そしていずれは、最強になるでしょう。大丈夫。自信を持って!」
「・・・しかし・・・まだ」
サブロウが現役なのに、それにマサムネも、カゲロイもだ。
自分のような若い影が務まるような組織じゃないはず。
「大丈夫。シゲノリ。君は意思を継いでいる。彼と似ている」
「彼?」
「シゲマサさんに似ています。僕をね・・・命懸けで救ってくれた彼に君はどことなく似ている。だからこそ、君は影の頭領に相応しいはず。サブロウもそう言ってましたしね。というか、たぶんサブロウもマサムネさんも、大賛成です。二人はこう言うでしょう。そもそも頭領なんて、シゲマサの方が向いているんだからってね」
自由人サブロウ。旅人マサムネ。
里を守護してきたのは間違いなくシゲマサである。
そもそも彼の方が頭領としての素質があり、サブロウと同様に皆から慕われていた。
「さあ、君の力を見せて欲しい所だ。ここは腕の見せどころですよ。かなり難しい事を僕と君でやらねばなりませんからね」
「はい。それはやりきります。王の命令に忠実に動いてみせます」
「いや、そんなに、堅くならずとも」
「私は影。光あるところにいますので、当然の受け答えです」
「・・・は、はい。そうですか」
シゲマサを超える真面目さを誇るのがシゲノリである。
次世代最強の闇の男である。
「さて、もう少し。彼らの中を調べないと駄目ですね。シゲ。いきますよ」
「はい。王」
二人は光と影になって、ルヴァン大陸に消えていった。
◇
ルヴァン大陸の某所。
優雅にお茶を楽しむ男の隣には、糸目の男が座っていた。
「シュルツ。外はどうなった」
「はい。陛下。騒がしいですよ。やたらとうるさい蚊のせいですね。まったく陛下も大変な子をお作りなさった。兄妹喧嘩など大変だ」
「あ・・・ああ、そうか」
随分辛辣な言葉を投げかけてくるなと思った陛下は、お前もその一人だろとも思った。
彼が用意してくれた茶菓子を一つ食べる。
「やはりロビンだったか。フュン殿の勘は当たっていたんだな」
「ええ。そうですね」
「その反応。お前も知っていたのか」
「はい。当然です」
シュルツも茶菓子を一つ食べる。
「シュルツ。やはりお前は、天才だったか。ミューズスター家はさすがだ」
「いえいえ。私はまだまだです」
「ふっ。謙遜するな・・・でもなぜ、お前が王になろうとせん。お前はレオナよりも向いているかもしれんぞ」
「私はミューズスターの家の者。お忘れですか。我が家の家訓」
「余がそれを知らぬわけがないだろう」
「陛下。私は表には出ませんゆえに、このまま裏にいます」
ミューズスター家の家訓というよりも誓い。
ブライルドル家の危機の際にだけ、オスロ帝国で動き出す。
これが、この家の誓いである。
シュルツはこれに忠実なのだ。
今がまさに危機。
それを乗り越えるために手を打とうと思った矢先に、アーリア王が現れた。
彼を調べ上げて、動きを見るに、完全にオスロを守る選択をしているので、彼に乗っかったのだ。
「ここには母もいますゆえに、安心ではあるでしょう。どうです陛下?」
ここでジャックスは疑問が出てきた。
まさか、自分が窮地になる可能性があるから、嫁に来たのかと。
「まあな。いや、まさか、余の危険を察知して、お前の母は余のそばに来たのか」
「いえいえ。母は昔から好きだったらしいですよ。たまたまです」
「そうか。ならば安心だ。余の為に人生を台無しにするのは可哀想だからな」
「ご安心を。お見合いですから、恋愛とは言えないのでしょうけど。まあ、それに近い状態です」
「ああそうか。息子にそう言われるのもな・・・」
変だよなと思う父であった。
「それで、お前はこれからどうするのだ」
「私は、このままでいます。陛下をお守りして、アーリア王と協力をします。こちらの情報とそちらの情報で完璧に大陸を掴みます。それで、あの敵を引っ張り出す」
「引っ張る? ロビンだけじゃないのか」
シュルツは頷いた。
「ですから調整します。私と彼の目的は決まっている。同じ方向を見ているのです。真の王の誕生。それでこの国を安定させますよ」
「真の王の誕生か・・・なぜ、ロビンは無理をしたのだろうか」
裏切られようが、ジャックスは息子を案じていた。
「それは陛下の光が強いのですよ。自分の愚かさ。弱さを認めない。だから、自分がまだまだできると思い、陛下を越えようと動き過ぎましたね。あなたを追いかけ過ぎました。人は一人一人違うのです。やれることも。出来る事も。好きな事も。嫌いな事もです。なのに、同じになろうとしたのが失敗ですね」
「そうか・・・余の失敗だな。子育ての」
「そうですね。そうなると、陛下の失敗になりますね」
「ふっ。遠慮のない奴め」
ジャックスは自分の息子の堂々とした態度に笑っていた。
「にしても、やはりお前が皇帝の方がいいのではないか。余はそう思うぞ」
「いえいえ。私は後ろにいますので、事が終われば、レオナ姉様の近くにいようと思います」
「ん?」
「私は裏に回ります。おそらく、レオナ姉様は裏に弱いでしょう。真っ直ぐで、常に正しい。光のみを知っているので眩しい方です」
「そうだな」
レオナは、国の闇。人の闇に気付かない恐れがある。
「彼女の理想とすべき王は、アーリア王です。彼は、ただ輝いているだけじゃない。光と闇の両方を知る者。だから、おそばに誰もいなくてもやっていけますがね。しかし彼女は、彼のようにはなれないでしょう。なので、ここは闇を知る者が必須かと、私が支えましょう」
「すまないな。余が死んだら、そうしてくれるか。シュルツよ」
「はい。おまかせを」
「ああ、これで安心だ。この国は安泰となるだろう。余はいつ死んでもいい」
「いえいえ。まだ生きてもらわねば、この国は安泰とはなりませんよ」
「そうか? 余は、フュン殿の計画が進めば、大丈夫であると思っている」
フュン・メイダルフィアの計画が上手くいけば、オスロ帝国は守られる。
動きは闇の部分に重要性があった。
フュンとシュルツは別な戦いを始めていたのだ。
「ええ、ここからですね。オスロ帝国の運命を左右する戦いは・・・」
シュルツは、この大陸の戦いの変化を読み取っていた。
お茶を一口飲んで、テーブルに置いた時には、彼の目が見開いていた。
未来の変化を見逃さないかのように・・・。




