第333話 四国戦争 後出しじゃんけん
アーリア歴7年9月1日。
ピーストゥーの城壁前に現れたのがウーゴ。
堂々とした態度を他人に見せている。
彼の以前が、何も話さない王だったことなど、今では信じられない。
しっかり自分の意見を言えていた。
「グロッソ! 私はあなたに提案したい事があります」
「その前にだ・・・本当に・・・本物のウーゴ王なのか」
「はい。私は、ウーゴ・トゥーリーズ。本人であります」
「そうか・・・」
あなただと分かっても、ここは引けない。
ここまで争ってしまって、ここで、『私は降ります』とは言えない。
振り上げた拳を下げる事は面子以前の問題だ。
兵の士気に関わるし、ここまで共に戦ってくれた部下たちの想いも無下にする。
「私が生きている! そこで、あなたが悩んでいると思います。ですからグロッソ。あなたはまだ私に仕える気はありませんか」
「なに!?」
「少しでも悩んでいるのであれば、この提案を受け入れるかどうか。更に悩んでもらいたい」
「・・・いいでしょう。提案だけでも聞こう」
悩む部分はある。真の王がいるのならば、ここは下がってもいい。
ミルスに頭にきたから、こちらとしては攻勢に出たという言い訳も無きにしも非ずだ。
「グロッソ。この私と、軍での決闘をしてほしい。武器は剣などの近接武器のみ。数は一万。あちらの平原にて。戦いましょう。それで・・・」
次々とウーゴが条件を指定していく。
近接武器だけにしたのは、死傷者を多く出したくないから。
数が一万なのも同じ理由だが、グロッソの戦える兵士も少ない可能性があるので、彼の為でもあった。
正々堂々とした戦い。
まさしく決闘のような戦争をウーゴは望む。
「私が勝てば、私の隣にいてもらいます。そして、あなたが勝てば、そこの地はあなたのものにします。どうでしょうか」
「なに!? それだと、儂が有利過ぎでは・・・」
「いいえ。これは対等でありますし。なにより、あなたを手に入れるためのリスクです」
「儂を!?」
なぜ儂をと、グロッソでも思う。
「こちらがその対価を得るのに、払えるものは領土でしょう。または食糧支援くらいか。ですから、その保証の方があなたは助かるでしょ」
領土保障。
甘い誘惑のようにも感じるが、負けてもウーゴの配下に下るのみ。
リスクがほぼない。
「不本意でありますが。儂はあなたを裏切った男ですぞ。それでも配下にしたいと?」
「はい」
「また裏切ったらどうする」
「その時はまたあなたと勝負します。戦って勝ってあなたを配下に加えますよ。何度でも」
勝つのは自分。
それも何度戦っても自分が勝つ。
自信が見える答えだった。
「・・・ふっ・・ハハハハ。いいだろう。ウーゴ王。儂はあなたとの決闘を望む」
「ありがとう。では、明日にあそこの平原へ」
「わかりましたぞ」
決闘は明日。
ロノダリア平原で・・・。
◇
アーリア歴7年9月2日。
ロノダリア平原に二人の将が立つ。
西に布陣したのが、ウーゴ。
東に布陣したのが、グロッソ。
互いが先頭になり、挨拶を交わす。
「グロッソ。正々堂々。武器を持って戦いましょう」
「わかりました。ウーゴ王。儂も誓います」
「はい。お願いします。空砲を三発鳴らすので、その時が開戦です」
「わかりました」
二人が挨拶を終え、陣に戻るとすぐに、空砲が三発鳴る。
『ロノダリア平原の戦い』
が開始となった。
アーリア戦記にもこの戦いが書き記されているのには理由がある。
先手は、グロッソからだった。
◇
「おおおおおおお」
グロッソ軍全体の士気は高い。突進にも勢いがあった。
ウーゴも前進を続けるが、彼らよりは少しゆっくりであった。
「では相手は横陣。そのまま行きます。タイムさん、隊列をお願いします」
「了解です」
タイムの指揮により、安定感のある陣を保つ。
ウーゴは、指示を出す決断は自分であるが、実行部分の細かい指示は仲間に預けていた。これもフュンの策の内だった。
そしてフュンは、彼に出来る限りの知恵を授けていた。
『ウーゴ君。いいですか。グロッソは恐らくあなたの挑戦を受けます。先ほど言った通りに言えば、彼の心をくすぐる一言になると思います』
フュンは、グロッソの性格を掴んでいた。
単純なおだてに弱い。
それと、野心家ではあるが約束を守る上に、心意気を汲む人でもある。
正々堂々と戦えという案を、即座に無視するような野暮な人じゃない。
なのであの言い方なら引き受けると助言していた。
さらに。
『まず。横陣でいきます。たぶんね。あなたの実力を測るでしょう。そこで、タイムを使いなさい。彼の指揮能力は補佐です。それも隊列管理は、恐らくアーリアで一番なので、彼をそばに置いて指示を出しなさい。相手が横陣なら、横陣です』
教えを胸にウーゴは進む。
「変化しましたね。鶴翼の陣です」
敵の陣形が魚鱗に変わる。
だから、タイムに陣形の変化を指示した。
『ウーゴ君。いいですか。グロッソは上手くいかないと思ったら、まず攻勢に出ると思います。彼の性格上防御を中心にはしない。なので、魚鱗を選択するので、こちらは鶴翼にします。いいですか。この戦いは後出しじゃんけんです。あなたは相手の行動を見てから動いて、全ての行動を正解にするのです。防御を完璧に仕上げる事で、相手を困らせます』
陣形の変化が早く、相手よりも動きがいいので、敵の攻撃を受け止めきった。
ウーゴの動きの良さ。
それはタイムのおかげだけじゃない。
この軍の要所には彼らがいる。
「こっちは押すなよ。引け。つうか。もうちょい右に広がろう」
右翼軍右翼部隊長カゲロイが仲間に指示を出した。
「隣と合わせるよ。呼吸もね」
その左隣のリアリスも続く。
「ほんじゃいくぜ。受け止めて流す」
右翼軍大将ルカは、バランスを整えるのが上手い。
「もうちょっと前かな。進もう」
その左隣のルイルイは部隊を押し上げようとした。
「あ! ダメダメ。端の人。ルイルイに下がれって指示を」
中央軍右翼マイマイが、右翼軍の左翼部隊長ルイルイに指示を出した。
「僕の指示通りだな。みんながいると楽ですね」
中央軍大将ウーゴの補佐タイムは全体を見つめる。
「フォローは私たちが。タイムに楽をさせます」
中央軍左翼ミシェルが全体の補強をする。
「バランスを取るのにはちょっち苦しいか。もう少し前だな」
左翼軍右翼部隊長ランディは余裕綽々だ。
「俺がすることなんて、何もないだろ。こいつは指示しなくても完璧なんだよな」
左翼軍大将ギルバーンは、左から戦況全体を確認した。
「私はどのタイミングで反撃すればいいでしょうかね。あそこが空いているのですが」
左翼軍左翼部隊長イルミネスは敵の弱点を見極めて、動きを我慢していた。
ウーゴの軍にいたのが、アーリアの将たちだった。
この戦場には彼らの力が発揮されている。
豪華な布陣で、一万の軍を指揮しているのがウーゴだった。
彼ら隊長らの強さが、一万の兵だと更に際立つ。
十万の大軍を動かすよりも、彼らの特色が出やすいからだ。
「早い。対応が早すぎますね」
ウーゴも今までの戦いを見てきて、成長していた。
彼はちゃんと教えを守る男だった。
『ウーゴ君。君は、ギルをよく見てください。彼の指揮は無駄がない。なので、勉強になると思います。あなたはね。頭がいいので、どんどん吸収できます。なんでも勉強しようと思えば出来ますからね。頑張りましょうね』
ギルバーンを近くに置いていた成果が今出ていた。
初めての指揮でありながら、強者のグロッソと互角に戦えていたのだ。
しかし、フュンもズルい。
なぜなら、グロッソを騙しているのに等しいからだ。
相手にとって何のリスクもない条件。
ウーゴに負けると配下になるだけ。ウーゴに勝つと領土を得る。
こんな誰が考えてもお得な条件は、誰でもこの権利を買いたくなるに決まっている。
条件に損がないのだ。
当たり前の話である。
しかし、損がない条件交渉なんて、この世には存在しない。
タダより高いものはないのだ。
詐欺師には気をつけねばならない事を理解しよう。
|フュン・メイダルフィア《ペテン師》には注意しよう。
そうなのだ。
グロッソは、肝心の戦う条件に注目しなかった。
ロノダリア平原の戦いでの戦闘条件。
それが、一万の近接部隊のみ。
この設定条件が酷すぎる。
なぜなら、相手は銃があって初めて強い兵士たち。
ワルベント大陸の人々は、体を鍛えている者が多くない。
グロッソが出来る限りの戦える兵士らを用意しても・・・。
こちらにいるのは、彼らだ。
そうフュン・メイダルフィアと共に戦ってきた仲間。
もしくは、フュン・メイダルフィアの敵として戦った者たち。
死力を尽くして戦ってきた彼らが、銃なしの近接戦闘を行う。
それだと、負ける要素がどこにあるのだろうか?
勝つ要素しか見当たらない。
だからフュンは騙しの天才である。
相手が圧倒的有利だと思わせての、こちらが圧倒的に戦いを支配できる状態に持っていく。
勝ちしか見えない。
その状態にすることが、誰よりも上手いのがフュンで、やってることが詐欺師とほぼ同じ。
騙し討ちと同じなのだ。
天才的な舞台設定をフュンがしたために、ウーゴは完全有利の中で初陣を戦えていた。
それでも彼が緊張して力が出せないなどの事があれば別だが。
ウーゴは度胸も良いらしく、指示も完璧だった。
後出しじゃんけんに、戦場舞台設定の良さ。
それが、ウーゴの『ロノダリア平原の戦い』
彼と同じような偉大な王となりたい。
そんな願いを持っている卵の王が、初めて指揮した戦いであった。
ウーゴをここまでの人物に導いたのは・・・。
彼の父王『フュン・メイダルフィア』であった。




