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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
最終章 ルスバニア攻防戦と四国戦争

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第330話 四国戦争 大宰相の結末

 アーリア歴7年8月3日。


 サイリンが苦しんだのは、昨年の10月から。

 兵糧問題が分かったのが年始。

 どうにかしようと、解決に動いていたのが4月。

 どうやっても領土内だけでは、賄えない事を知ったのが5月。

 だから戦争を始めたのが6月。

 しかし、マクスベルが防衛拠点として進化していて、落としにくい都市に変貌していたことを知ったのが7月。


 これが、ここ一年近くのサイリン家が上手くいっていない出来事だ。

 そして、ここに一つ足されるのが。


 四国戦争『フラッシュエン戦争』だ。


 ギルバーンが率いる新生レガイア王国軍は、波状攻撃でこのフラッシュエンにまで来た。

 彼らがリーズから出撃したのが、7月の中旬であったので、ここまでほぼ止まる事のない制圧戦であった。

 この出来事は、サイリンに取っても想定外で、ジェシカの軍と、新生レガイア王国軍との連動がここまでうまくいくとは思っていなかったようだ。


 そして、目の前のマクスベル攻略に集中したいグロッソは、人に戦いを任せるしかない。

 北に位置するフラッシュエンには、こちらに下ってきたミルスに任せる事にしたのだ。

 仕方のない事だった。

 戦える将がすべて南に集中していたための緊急措置のようなものだ。

 

 彼を顎で使える事。

 これが気持ち的には、この上なく気分の良いもので、グロッソは、ミルスを馬鹿にすることが出来て満足だったそうだ。

 だが、その優越感に浸る事がいけなかった。

 自身の首を絞める事に繋がると思っていなかったのだ。


 なぜなら、ミルスの兵士たちを引き入れなければ、もう少しの間だけでも兵糧問題を先延ばしにすることが出来たからだ。 

 彼らを受け入れなければ、領内で穀物を作る時間も出来たし、又はじっくりとマクスベルでも他の地域でも攻める事が出来たはず。

 戦艦も作れるだろうから、どこにでも進撃が出来たはずなのだ。


 だから、サイリンは人の計算が出来ていなかった。

 軍計算は出来ても、人の計算が出来ずで、苦しい戦況となってしまった。



 ◇


 敵に不遜な態度のギルバーンは、城壁の上にいる男に言う。

 

 「ミルス・ジャルマ。無様な元王様・・いや、最初から王じゃなかったな。残念な男」

 「なんだと。誰だ貴様は。ウーゴらしい男を早く出せ。私を侮辱した男をここに出せ」

 「誰が、てめえの言う事を聞くか。あほか」


 不遜な男のぶっきらぼうな言い方が、ミルスの琴線に触れる。

 イライラが募り、ミルスの声も荒々しくなる。


 「いいから。出せぇ。貴様らのようなどこの馬の骨とも分からん奴に用はない。さっさとウーゴもどきを出せ」

 「ああ、そうかよ。でも俺の方は用がある。てめえは、俺たちの大切な主君を馬鹿にした。万死に値する男だ。ここからご退場願おう。我らの王と、ウーゴ王が作る世界に、貴様は必要ない!」

 「主君を馬鹿にした!? 我らの王? 貴様は・・・まさか、フュンの部下か」


 ウーゴ王の事を言っているわけじゃない。

 察することが出来たミルスは、少しだけ成長していた。


 「おお。頭が回るんだな。てめえでも気づくとは、なかなかやるな」

 「ば、馬鹿にしたな貴様。私を誰だと思っている。ミルス・ジャルマだぞ」

 「ああ。あのミルスだよな。ウーゴ王が真の王なのに、王のように振舞った馬鹿で、玉璽が偽物だと気付かないマヌケ野郎で、民たちから見放されて王都から逃げた恥知らずで、まだおめおめと生きていられるある意味で精神力だけはある男だよな。そうだ。まだまだ至らぬ点をあげて欲しいか? どうだミルス。まだあるけど、言ってもいいのか」

 「き。貴様ぁ」


 挑発に弱い。

 その事はフュンが証明している。 

 わざと大袈裟に言えば、すぐに頭に血がのぼる。

 そうなれば防衛を基準に動けばいい軍が・・・。


 「いけ。今すぐ攻撃に出ろ。貴様ら、奴の首を持ってこい!」


 前に出る羽目になった。

 単純。扱いやすい人間にもほどがある。

 ギルバーンは、ナボルよりも簡単に操る事が出来る人間を初めて見た。

 

 「さて、罠にかかった軍は可哀想だが、これは戦争。ついていくべき人間を間違えてしまったら、あとはもう・・・すまねえ兵士さんたち」


 ギルバーンは、ミルス・ジャルマに従った兵たちに謝って、戦いを始めた。


 ◇


 フラッシュエン戦争。

 町と言っても、アーリアで言えば都市くらいのサイズはある。

 まあまあ大きな場所なので、城壁が回っている。

 だから、防衛を基準に動いていれば、そこそこ守れるのに、今はギルバーンの単純な挑発に応じて、打って出る事を決断した兵士たちが表に来た。


 銃を持って、真っ直ぐこちらに向かってくるなんて。

 とてもじゃないが、可哀そうだった。

 的になるしかないその姿は、まさしく特攻兵だろう。


 「撃て。撃ち続けろ。そしたら勝ちだ。全レガイア兵よ。ここで弾を撃ち尽くしてもいい」


 ギルバーンの合図で、乱れ撃ち。

 当たろうが当たらまいが出し尽くす勢いで放つと、まるで防衛戦争側のような銃撃を披露。

 向かってくる兵士たちを木っ端みじんに粉砕した。

 敗北の為に兵を送りだす。

 そんな無能に腹を立っても、味方が勝つためにギルバーンは、非情になってこの戦争を戦い抜いた。


 送り出した兵が万を超えたあたりで、さすがのミルスも軍に停止命令を出した。

 だから、畳みかけるのがギルバーン。


 「さあ、ミルス。白旗を挙げろ。ここで敗北を宣言すれば、お前の軍は助ける。無事に保護してやるぞ」

 「なんだと。まだ負けていない。宣言などいらんわ」

 「いや、この状況、圧倒的に負けだろ」


 ギルバーンは、無残に散った兵士たちを背中に置いて話しかけていた。

 貴様が命令を出したせいで、こんなにも多くの命が散った。

 そのアピールをしたわけだが、ミルスには意味もない。

 人の命など、湯水のごとく湧き出ると思っているのだ。


 「まだだ。まだ負けては・・・」

 「さて。ミルスではなく、ミルスについていってしまった兵の諸君。今までのこいつの言動。思い返してくれないか」


 ギルバーンの口調が一転して、冷静なものに変わる。

 

 「傲慢で、人を尊重しない。味方となったものに、礼を尽くさない。その姿を見てきたと思うのだが、どうだろうか!」


 ここで間を置いた。

 相手に考えさせるために時間を作り、自分の言葉を兵士たちの心に届かせる。

 

 「隣の人物の顔を見てくれ。共に戦っている仲間。大切だと思う。その隣の彼も。その隣の彼も・・・ミルスによって苦しめられたんじゃないのか。もしかしたら、昨日まで一緒にいた戦友もだ。そうやって、死んでしまったんじゃないのか」

 

 兵士たちに話しかける事で、ミルスを除外していく。


 「なあ、兵士の諸君。そいつの言う事を聞いても、上手くいかんよ。だって、そいつがあんたらを人として扱わないからな。でも、こっちに来れば、安心して生きていける。なぜなら、こっちには、この人がいるからな」


 ギルバーンはここで、バトンタッチした。

 戦いの期間でも姿を出せなかった人物をここで表に出した。

 ウーゴの登場だった。


 「兵士の皆さん。皆さんも、私の国。レガイア王国の兵士の皆さんです。悪しきジャルマのせいで、戦に出なければならなかった不運・・・その心中、私には計り知れない。ですが、その痛みは、私も背負う事が出来る。ここで、皆さんには決断をしてほしい。私の元で兵士となるか。このまま敗れる側になってしまうのか」


 ウーゴは静かに語りかけていた。


 「そこにいても未来は見えない。私と共に未来を見ませんか。兵士の皆さん、どうか、こちらに下る選択をしてほしい。武器を置いて投降するのなら、私はここで受け入れます。ここで待ちますので、今から二時間。こちらにいます」


 時間を指定したウーゴは、両手を広げて待つことを宣言した。

 全ての民を受け入れる構えを見せたのだ。


 ◇


 ジャルマに従った軍が停止した。

 ミルス・ジャルマのキンキンとした声が響いても、兵士たちは、応答しなかった。

 彼らは、周りの兵士たちと話し合い。

 二時間しかないと言われたので、決断を急いだ。

 そして、ほとんどの兵士たちが、投降することを選択した。

 だが、これを不服に思うミルスが、側近たちと力を合わせて、出て行こうとする兵士たちの背を撃った。

 これで、言う事を聞くはず。

 そう思ったミルスは、人の心を知らなかった。


 「な・・・なんだ・・・うわあ・・・や・・やめろ・・・やめてくれ・・・」


 兵士たちは、鬼と化したのだ。

 人を人とも思わぬ人間に義理を通す必要がない。

 ミルス・ジャルマを血祭りにあげる。

 その内部の戦いが始まった。

 仲間割れが起こったのである。



 ◇


 「始まりました。奴の最期です」

 「え?」

 「ウーゴ王」

 「はい」

 「忘れないでください」

 「え? なにをでしょう」

 「人を大切にすることをです。じゃないとああいう事になりますよ」


 ギルバーンは知っていた。

 あの説得方法から、ミルスが味方を撃つことも。

 そのミルスが、味方を掌握できずに、味方によって負ける事を。

 人を信用しないで戦う。 

 そんな男の最期をよく知っていたのだ。

 周りに誰もいない人物の結末を知っていた。


 「はい。私は、アーリア王のような王になりたいので、あれとは違う道を進みたい」

 「ええ。あなたなら出来るはずです。ウーゴ王ならば、きっと・・・」


 太陽王の王のようになりたいのなら、ミルス・ジャルマのようにはならない。

 ギルバーンは安心して、ウーゴを見つめていた。



 この二時間後。

 かろうじて生きている。

 ミルスという形をギリギリで残した男が、ウーゴ王の前に運び込まれた。


 

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