第329話 ルスバニア攻防戦 落日作戦
アーリア歴7年7月1日。
ジャンは疑問に思った。
塹壕に行かせた兵士たちが戦闘をしている気配がない。
いつもならば、入ってしばらくすると銃撃戦の音が聞こえてくる。
なのに、今は静かだった。
「・・・まさか。塹壕に人がいない?」
ジャンの勘は当たっていた。
こちら側の人間で、塹壕を抜け出た者が現れる。
相手の防砦の手前に出ていけたと、連絡が来て塹壕内に敵がいないとの確認が取れた。
「抵抗を受けずに辿り着いたということか・・・変だな」
「閣下。どうしますか。こちらの兵士たちも、送り出しますか」
ジャンの部下が、残りの予備も前に出すかの進言をしてきた。
前衛と中衛と後衛に部隊を三つに分けていた帝国軍。
今は前衛が向こうに辿り着いた。
なので、中衛をすぐさま入れるかどうかで悩む。
「そうだな・・・そうするべきかは・・・悩むな」
今までは抵抗してきたのに、今日は抵抗もせずに、塹壕の中を空にした。
この疑問が解決できずに、向こう側に全軍を送り出すことは正解なのか。
悩む箇所が的確なジャンは、腕組みをして相手の砦を見ていた。
あのタロイス山脈に人がいるのか。
それとも、海で移動して、自分たちの背後に回っているのか。
後衛だけになったら、敵軍を受け止めるのは難しい事は明確。
だから、簡単には指示を出せなかった。
「いや、まずはそのままで、前衛はそこで圧力を。中衛は待てだ。私たちは背後と横に敵がいないかを確認して、あとで判断しよう。慎重だ。さすがにここはな!」
この判断、名将であった。
だが、フュン・メイダルフィアとその弟子の罠は、名将をも超える。
◇
全部の確認を取ったことで、背後は安全。横も安全。
なにも異変がなかったので、ジャンとしても前進を指示。
中衛部隊5万を送り出した。
現在、帝国軍は15万の大軍。
相手に5万も削られてしまったが、いまだその数の差は三倍。
余裕を持っての行動である。
中衛部隊の全てが、塹壕の中に入ると、異変が起きる。
それは砦の上に、超巨大な大砲が出てきたのだ。
でもそんな大きな大砲では、砲弾を入れ込めるわけがない。
あまりにも大きすぎて、飛ばすことなど不可能だろうと思うくらいの大砲なのだ。
「な、なんだ?」
最後方にある本営がその大砲を見ると慌てる。
味方の移動を見守っていた後衛兵士全員が、敵の砦の上を見た。
◇
「ルスバニアの怒りの雷を食らうザンス。帝国の兵士たちよ!」
セブネスが堂々と宣言した。
「とっておきの攻撃をプレゼントするザンスよ。ミイにしたら、太っ腹ザンス!」
セブネスが扇子を放り投げる。
「皆の者。やれザンスよ・・・サブロウ丸荒神! 行けザンス」
大爆発の音が鳴る。
でも大砲からは砲弾が出て来ずであった。
まあ、当たり前のことだった。
それ程の砲弾の大きさなんて、作れるわけがないし、飛ばすこともあり得ない。
でも音が鳴った。
◇
砦前の帝国兵。前衛軍は慌てふためく。
「あああああああああああ」
異変に気付いた前衛の兵士たちが叫び声をあげた。
「逃げろ。大玉だ。が、岩石か!?」
「待て待て。こっちに落ちてくるぞ。逃げろ・・・逃げろぉ」
大砲から出てきたのは、傾斜を作るための滑り台のようなもの。
そこから、玉がごろんと転がっていく。
一個。二個。三個と、三方向に玉が転がって来ると、兵士たちはこちらに向かって来ない箇所に逃げるのに必死だった。
これが切り札だったのか。
別に大したことはないと、後衛の兵士たちは思う。
なぜなら大玉攻撃があまり効果的じゃなかった。
前衛の兵士たちは、声で支え合って逃げる方向を間違えずに済んだことで、仲間をあまり失わずにその場で回避が出来ていたのだ。
巨大な岩が三つ転がってきた割には、兵士が百も犠牲にならずに済んでいる。
しかし、この岩の目的は前衛の兵じゃない。
中衛の今まさに塹壕にいる兵士たちだった。
三方向に転がっていく岩が塹壕の上を進んでいく。
辺りを破壊しても進む威力は相当なもの。
だが、中盤あたりで勢いが消えて止まりかける。
その頃に、大岩が沈んだ。
巨大な岩が地面に落下した原因。
それは、サブロウ丸の小型爆弾が、大岩と連動して、塹壕を破壊。
巨大な岩が一番下の岩盤に当たるとそこから更に、爆発的に連鎖する。
大玉と連結したサブロウ丸の攻撃。
大規模工事による塹壕爆破解体攻撃が、始まったのだ。
思いも寄らない環境攻撃を受けた帝国軍は、中衛部隊をごっそり消される羽目になった。
約五万が、生き埋めとなる大事件。
そしてさらに、その事態に混乱する帝国兵の前衛の頭上からは銃弾が飛んでくる。
畳みかけるルスバニア軍の攻撃で、たまらずに下がる帝国軍は、崩れ去ったバランスの悪い塹壕の上を移動してまでも、大きく後退することとなった。
落日作戦は、サナリアの落とし穴作戦の強化版だった。
環境破壊攻撃なんて、思いついても実行できない。
なぜなら、塹壕こそが防衛の柱だからだ。
現代で、塹壕を捨てて戦うのは、死ぬことを想定した捨て身の戦いに出る事を意味する。
なのに、そこをあえて捨て去るというのが、フュン・メイダルフィアの作戦。
彼は、人が考えても、出来ない事をやる。
思いついても決断できない事をする。
だから誰も読めないのだ。
◇
そして、帝国軍は軍の体勢を立て直すのに、半月を要した。
それ程のダメージを負った帝国軍は、ここがリベンジだと思い。
アーリア歴7年7月15日に、崩れ去った塹壕の上を歩き、仲間たちの屍を越えて、砦の破壊を試みる。
進軍をして、すぐに理解したのは、抵抗がない事。
砦の上に人がおらずで、前日まではいたはずなのに、もぬけの殻。
だから、今度も敵の罠かもしれないと疑心暗鬼になった。
ジャンは、慎重に砦内を探索。
何もない事を確認した後に砦に登る。
登ってみると分かった。
ルスバニア内が想定していた事態と違っていたのだ。
「なに!? まさか・・・これは・・・また塹壕だと!?」
外側に塹壕。内側に塹壕。
この意味は何だと考えたジャンの顔は青ざめる。
「まさか、最初から内側で戦うことを想定・・・ということは、まずい。逃げるぞ。砦にいてはいけない。早く降りるぞ」
ジャンは気付けた。
設定ラインが更に後ろにあるなら、この今いる砦も、彼らにとって最初からいらない物なのだと・・・。
という事は、塹壕を破壊したくらいの考えを持つ。
突拍子もない作戦をすることが出来る敵ならば、この砦もまた破壊するつもりだと気付いたのだ。
「まずい・・・に!?」
『ド―――――――――――――――――――ン』
ジャンの声とほぼ同時に爆発音が鳴る。
地面が揺れて、まるで巨大地震のようにして、砦が揺れる。
建物の根元からの振動。
最上階にいた人間たちは浮遊した感覚を得た。
◇
崩れ去る砦を見つめ、ゼファーが呟く。
「これが、殿下の作戦ですか。以前もやったそうですが・・・恐ろしいですな」
「ああ。おいらも参加した爆破解体作戦ぞな」
ゼファーの影に入っているサブロウが答えた。
「サブロウさんが・・・・なるほど」
数の違いを覆す大作戦。
落日作戦は、二段構えだった。
サナリアの落とし穴。ビスタの城壁爆破。
この二つの合わせ技で、相手の半数以上を削り取る目的があった。
必死の抵抗をして、守れないと見せかける事で、敵がどんどんこちら側に進軍してくるはず。
それを逆手に取って、相手を叩き潰す。
一歩間違えればこちらが丸裸になってしまう。
博打のような作戦を提案したのはフュン。作戦を遂行したのがセブネス。
二人の力が、組み合わさったことで、敵の兵を激減させることに成功した。
砦の上部にいられた人間は、怪我をしながらでも生き残り、五万の兵が、ジャンと共に生存。
しかし、数の違いはほぼなくなり。
ここからの戦いは、ほぼ正面での殴り合いとなるのだ。
◇
数日後、崩れ去った砦付近に、帝国軍が並ぶ。
数を数えればほぼ互角。
だからセブネスは、
「これで、互角ザンス。なんとか、市街地戦だけは・・・」
背中に見える愛する王国の都市。
彼が守るべきものは、国と民だ。
引かない決断をした男は、目の前の軍をどうするかで悩んでいた。
「セブネス皇子。我らも入ります。なんとか死守しましょう」
「お願いするでザンス!」
「ええ。おまかせを」
戦いは一進一退を繰り返す。
そんな血みどろの塹壕戦へと移り変わった。
◇
一方。終盤戦へと向かっていたのが、ワルベント大陸。
ギルバーン。イルミネス。タイム。
三人の将がサイリン家との激戦に入っていた。
サイリンは、クリスの計略通りに動いていた。
それは、兵糧問題である。
このままでは干上がる。
兵士たちにご飯を食べさせることが出来ない。
その焦りから、彼はマクスベルを狙った。
予定通りの食糧庫狙い。
万全の状態で構えていたタイムが、最初の攻防を制して、相手を退けた。
そこからしつこくマクスベルを狙うが上手くいかず、膠着状態が続いていると、ウーゴとジェシカが連携をしていく。
北のリーズから、ギルバーンが出撃。
周辺地域にいたサイリン軍を淘汰して、制圧していくと。
ピーストゥーの北フラッシュエンという町まで進軍。
そこが喉元である事は、誰にでも分かる事。
そこを制圧すれば、あとはもうピーストゥーを基準に行動をしているサイリン家には大打撃となる。
勝敗を左右する重要拠点の一つだ。
イルミネスのバックアップを受けてのギルバーンの進軍はあっという間だった。
しかし、その進軍が止まる。
「投降しなさい。レガイア軍に負けたと、白旗を挙げれば命を助ける」
ここまでのギルバーンは丁寧な口調だった。
「うるさい。ぬすっとめ」
「ん?」
聞いたことがある声だと、ギルバーンが疑問に思った。
「私のリーズを返せ。薄汚い偽物め。ウーゴは死んだのだ。貴様らが掲げているのは、影武者だろう」
「貴様は・・・なんだ。やはりいたか! ミルス・ジャルマ!!! いいぞ。貴様だけは、俺たちが倒さんと気が済まん!!」
ギルバーンがいつもの不遜な態度に代わった理由。
それが、ミルス・ジャルマの四国戦争の参戦だったからだ。
『よくも、我らの主君を愚弄したな。血祭りにあげてやる』
これが、ギルバーンやクリスたちの太陽王の家臣団たちが、ミルス・ジャルマと戦いたかった理由だった。
主を馬鹿にするという事は、自分たちを侮辱する以上の事で許せない事。
その気持ちを持つことが、太陽王の家臣団になれる唯一の条件である。
と、家臣団が勝手に思っている。
フュンとしては、決してそんな誓約をしたつもりがないから、条件なんてものはないんだよと言っても、ここだけは言う事を聞くような家臣団ではないので、この想いに困ったものだった。




