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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
最終章 ルスバニア攻防戦と四国戦争

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第327話 ルスバニア攻防戦 絶対の従者

 初戦が終わり、三時間後。

 帝国軍の将ジャンは敵兵を迎えていた。


 「兵士殿。何の御用で、こちらに来られたのでしょうか?」


 戸惑い交じりのジャンの発言から間髪入れずに、ルスバニアからの伝令兵は、堂々と受け答えする。

 ジャンにお辞儀をしてから言葉を発した。


 「我々は、ジャン将軍にお伝えしたい事があるのです。発言よろしいですか」

 「ええ。いいですよ。何でしょうか」

 「はい。ありがとうございます。こちらの用件はですね。私たちの大将。アーリアの大将軍ゼファー・ヒューゼン殿が面会をしたいという事です」

 「!?」


 ジャンを始め。その側近たちが驚く。


 「な、なぜでしょうか」

 「はい。そちらの左翼軍の将リグルス殿をお返ししたいと。こちらが亡骸を預かっている状態が良くないと、ゼファー大将軍が言っておられるのです」

  

 ジャンの周りの部下たちの中には、その意味を理解できない人が多かったが、ジャン自体は理解した。


 「なるほど。返してくれると」

 「はい」

 「それもわざわざ大将殿が?」

 「そうです」

 「なんと」


 何という男だ。

 敵地に乗り込んでくる事も驚きだが。

 それよりも、遺体であってもこちらに返してくれる武の心。

 野ざらしにしないようにしてくれる配慮をしてくれるのだ。

 

 相手のその気持ちに感心しているジャンは、幹部たちに囲まれている中で一人だけ頷いていた。


 「わかりました。お迎えします・・・いいえ。それだけではいけませんね。こちらも配慮せねば、ここを中立地帯にしましょう。こちらの本隊を少し下げて、こちらに来てもらいましょう」

 「ん?・・・それで、よろしいので?」


 思った以上のこちら側に配慮をしてくれたので、伝令兵は戸惑って返事をした。


 「はい。それを伝えて欲しいです」

 「わかりました。ありがとうございます」


 ジャンの意図は、正々堂々と誠心誠意に相手の誠意に答えたい。

 将を返してくれるという心意気を踏みにじるような事をしたくなかった。

 彼のその意志は良きものだが、部下の一部はそう思ってくれない。


 「閣下。何をする気です。なぜ下がらねばならないのですか」


 目つきが悪い男が言った。


 「スマル殿。相手はわざわざこちらに来てくれるのです。ならばこちらも何かせねば」

 「何を甘い事を・・・ここは、来た瞬間に殺してしまえばよいのでは」

 「馬鹿な。そんなことをしたら、ロビン様に迷惑をかけます。それだけはありえない。この戦争で、汚名が残ってしまいます」

 「ロビン殿が、王にでもなったら。そんなこと関係ないでしょ。何を気取ってそんな事を言っておられる」

 「駄目です。スマル殿」


 スマルの意見は、『相手を殺せ』であった。

 敵の大将がこちらにわざわざやって来るのなら、ここで殺してしまえば、あとが楽だろうという意見。

 この意見もおおむね間違いじゃない。

 しかし、今は不安定な時期だ。

 ロビンの立場が微妙であるから、下手な動きをすると名声が一気に落ちる恐れがある。

 だから、戦だけでも正々堂々として置かないと、結果として民や兵士の印象に、悪いイメージが残ってしまうことになるので、王宮内の事であればもみ消すことが可能であっても、多くの兵がいる状態では誤魔化しが効かない。

 だから、殺さない判断を取っているのだ。

 ロビンには、正式なやり方で王となってもらいたい。

 不届き者を成敗したという形にしたいのだ。


 「動かないでくださいよ。スマル殿」

 「それは約束できな・・ん!? 慌ただしいな」


 外が騒がしい。

 その理由はなんとゼファーらが到着したのである。


 「なに!? もう来たのか。そうか。こちらの許可が下りると思って、既に近くで待機をしていたのか。なんというお人だ・・・・」


 想像以上の早さでの面会。

 相手の大将が塹壕あたりで待っていたことが予想された。

 

 「閣下。すでに先頭の方の天幕に入ってもらっています」

 「わかった。いこう」


 停戦交渉でもないのに、会談が始まった。


 ◇


 「我、アーリア王フュン・ロベルト・アーリアの従者ゼファー・ヒューゼンであります」


 ゼファーの第一声が、従者。

 本来なら、アーリア王国ゼファー軍大将ゼファー・ヒューゼンでいいはず。

 しかし、そんな地位はゼファーにとって意味がない。

 相手に示す事が出来る。

 誇りある地位は『従者』

 ゼファーにとって、従者こそが最高位で、それ以外はいらないのである。


 「そ。そうですか。私は、ジャン・ラヤンです。帝国の将軍です」

 「わかりました。ジャン殿ですね」

 「ええ」


 聞いていた印象と違う。

 命からがら帰って来た兵士たちが、鬼のように強い化け物だと言っていたのに、今の彼はそんな気配はなく、穏やかで話しやすそうな印象を受ける。


 「それでは、我はそちらの将。リグルス殿をお返ししたく、参上いたしました。表にまでお連れしているので、お返しします」

 「ありがたいです」

 「それに付随してですが、一時手を止めますので、あちらに散った兵士たちをもらって頂きたい」


 自分が倒してしまった兵士たちを回収して欲しい。

 この提案は珍しいものだった。


 「ん? あの兵士たちをですか」

 「はい。こちらは攻撃をしませんので、安心して回収を」

 「な。なるほど」


 提案を鵜呑みにしていいのか。

 悩みどころであるが、目の前の男性が騙し討ちにするような人に見えない。 

 だから信用してもよさそうだった。


 しかし、厄介なのが出て来る。


 「嘘ですな」


 スマルが不満を言って来た。

 ゼファーの意見を一刀両断にする。


 「嘘? 我がですか?」


 しかしゼファーは、冷静。

 相手の否定意見にも、淡々と対応した。


 「そうだ。貴様らは、我々を騙して、こちらを狩る気なのだろう。元より数が少ない。それくらい姑息な手を使うのだろうよ。今のこの状況も怪しいものだ」

 「我はそんなことしません」

 「嘘だな」

 「いえ。嘘は言いません」

 「噓つきの常套文句だな。貴様らの作戦はお見通しだぞ」

 「はぁ。我は、姑息な手など使わずとも、あなたたちを粉砕します」


 正々堂々と戦ってあなたたちを殺します。

 その宣言をここでするゼファーも大概である。


 「それに我が主フュン様は、嘘が嫌いなので、我は常に正直です。本当の事だけを言います。主に誓っているので、信じてもらいたい」


 神に誓わず主に誓う。

 ゼファーらしい発言だったが・・・。


 「ふん。言っているだけだろ」


 スマルが鼻を鳴らして、ゼファーを馬鹿にした。

 ここで止めて置けば良かったが、話には続きがある。


 「死んだ王に誓って、嘘は言わないという意味だろ。馬鹿か貴様は。そんな事でこちらが、はい。そうですかと、全てを信用するなどありえんわ。奴は皇帝陛下に取り入っただけの男だろ・・その部下ならあの手この手で、我々も取り入ろうとするのだろうな。卑怯な」


 ゼファーの気配が変わった。

 隠し持つ戦闘力が一瞬で溢れる。

 天幕を覆い尽くす威圧感は、この天幕を吹き飛ばすくらいの圧力だ。


 「死にたいのか。貴様」


 二言だけ。

 だが、これだけで、ゼファーの前に座る将兵たちの体の震えが止まらない。

 いち早くその力を体感したのは正面にいたジャンだった。

 先程までの穏やかなゼファーはどこにもいない。

 鬼のような表情をして、冷たい目でスマルを睨んでいた。


 「ふっ。逆だ貴様。ここで貴様を殺してもいいのは、こちらだ」


 スマルは堂々と右手を挙げて指示を出し始める。

 天幕の脇に用意した兵士たちが来た。

 彼はゼファーを殺す気であった。


 「いいぞ。やってみろ。その時、貴様の首はないぞ」

 「じゃあ死ね」


 敵が出てきたのは一方向からであった。

 スマルの背後からで、三人がゼファーの心臓を銃で狙う。


 「数が足りん! それに我を殺したくば、方向を一方向に決めるべきじゃなかったな!」


 四方に兵を配置すれば、自分を殺せたはず。

 しかし、その配置では、三人全員の攻撃軌道が見えるぞ。

 常人では理解できない言動だが、これも本当の事なので仕方ない。

 彼は、敵の攻撃動作の全てが見えていた。


 「ぬるいわ!」


 携帯用の護衛の組み立て式の槍を一瞬で組み立てて、敵の銃弾を斬る。

 一人が一発。

 三発同時くらいなら、余裕だ。ゼファーの戦闘力を甘く見てはいけない。


 「死ね!」


 銃弾を弾いた槍が、敵に向かう。

 その直前で。


 「ゼファー殿。斬るのは止めましょう」


 ここまで一緒に来てくれたシュガの声が響く。


 「ん!? シュガ殿、そうですな」


 冷静になったゼファーは、槍を返して、棒術のようにして四人を叩いた。

 斬り伏せるのを防いだだけでもよしだろう。

 シュガが前に出る。


 「申し訳ない。ジャン殿。我らの大将ゼファー殿が暴れてしまい・・・しかし、そちらが先に挑発してきたのです。おあいこでどうですか」


 シュガの提案が一番いい。

 倒れているだけで、終わってくれればそちらの方が良い。

 もしここで、それ以上の怒りを買えば、その気になったゼファーがこちらの将たちを全滅させるだろう。

 その片鱗をここで見せているからこその手打ちだ。

 むしろ、命ある提案してくれたシュガに、彼らは感謝した。


 「お願いしたい。怒りを抑えて欲しい。こちらもスマルを止めますゆえ、ここで終わりで・・・・」


 ジャンが言うと、ゼファーが槍をしまう。


 「そうですな。我も頭に血がのぼりました。申し訳ない。だが、次に殿下を馬鹿にしたら、死あるのみだと、肝に銘じておいて欲しいですぞ。その時は、遠慮なく我はあなた方を殺します。我の主を馬鹿にするという事は、我を馬鹿にする以上の事。許せませんゆえに、加減が出来ません。次はこの世に肉体すら残せないと思ってほしい」


 武器をしまう姿と、話す態度には怒りが見えないが、まだ目だけが怒っている。

 彼の目を見つめるジャンは、恐ろしい男を本陣に呼びよせてしまったと思った。


 「わかりました。大変な失礼を」

 「いえこちらこそ。申し訳ない。それで、用件は以上なので、失礼します」

 「え・・・ええ。そうですね。では、明後日以降に戦いを」

 「はい。今日でも明日でも。あちらの回収をどうぞ。我らは手出しせぬので、砦の上に兵を配置するだけでいます」

 「わかりました」

 「はい。では失礼しました」


 とゼファーが頭を下げると、その他の配下の人間たちも頭を下げた。

 彼らが出て行くと、ジャンは椅子に深く腰掛けた。


 「危なかった・・・殺されると思いましたね・・・はぁ」


 殺されると思い、冷や汗をかいた。

 背中に流れる汗で、先程の話し合いが殺し合いだった事を知る。


 「スマル殿!」

 「・・なんだ」

 「あなたのせいですよ。なぜ浅はかな事をしたんだ。もう少しで皆が死ぬ所でした」

 「殺せばいいと思っただけだ。間違いじゃない」

 「間違いだ! 認めなさい。あなたの失敗で、ここにいる幹部が一瞬で死ぬ所でしたよ」

 

 誰があの化け物を止める事が出来る。

 ここにいる誰が。

 あの怪物を。

 倒すことが出来るというのだ。

 ジャンの心労は計り知れない・・・。


 

 ◇


 ゼファー一行の帰路。

   

 「奴をどうするか。それを見たいな・・・サブロウさん」

 「なんだぞ」


 ゼファーの影からサブロウが出てきた。

 話し合いの場には姿を見せなかったが、ついて来ていたのだ。


 「あの男の近くに影を置いてもらえますか」

 「わかったぞい。送っておくぞ」

 「ええ。お願いします」

 「奴を狙うのかぞ」

 「はい。あの軍。ジャンという男は強い。そこは間違いないと思います。ですが、あのスマルという男はそれほどじゃないはず。単純に我を攻撃する考えを持つ男ならば、短絡的だろう・・あとで、ユーナに情報を渡せばいいと思うのです」

 「うむ。わかったぞ」

 

 この戦いに出て来ないユーナリアは、後方部隊に配属されている。

 彼女のために、敵の性格を記録したサブロウとシュガ。

 ゼファーの会話中に情報を得ていたのだ。

 

 だから、ここからユーナリアの戦略も始まろうとしていたのだ。

 本格的な戦闘は、ここから三日後である。

 

 

 

 


 

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