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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
最終章 ルスバニア攻防戦と四国戦争

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第325話 ルスバニア攻防戦 鬼の一撃

 ジャンは、マリアの言葉に浮足立つことが無かった。

 冷静で次の展開を考えていたが、ここで彼が大軍を指揮する経験が無かったことが裏目に出た。

 それが・・・。


 「閣下。最左翼のリグルス軍が突撃をしました」

 「なに!?」

 「はい。先程の挑発に、まんまと乗ってしまったようで。門の突破を試みようと動き出しています。どうしますか」

 「どうしますかって・・・馬鹿な。塹壕にも敵がいるのに、何を考えて・・・」


 塹壕戦。

 ここでも重要な戦いの一部となっている。

 防砦の前にある塹壕が重要な防衛拠点の一つとなっているのがルスバニアだ。

 ギーロン王国は、土地柄が平坦ではなく、緩やかな上り坂。

 霊峰ハザンから連なって防砦を回しているので、塹壕戦がない。

 しかしここは平坦であるので、守りにくい。

 だから、塹壕を利用して戦わないといけない。


 それで、今回20万の大軍で帝国軍が進軍してきた。

 その中で、リグルス軍は、左翼軍の左翼。

 軍全体の最左翼となっており、2万の軍で編成されている。

 マリアの挑発にまんまと引っ掛かったという事は、そう彼もまた軍長が初であった。


 大軍の指揮が初のジャンに、軍長が初のリグルス。

 初物尽くしとなった帝国軍は、甘く見積もりをしていた。

 頭の中に、属国の皇子と皇女たちに、国はルスバニア如きだから、数の暴力で余裕であろうという考えもあったのだ。


 しかし、ここには居るのは、セブネスとマリアだけじゃない。

 彼らは一つ。予想の情報として持っていたはずなのに、彼女の挑発で大切な事を忘れている。

 そう、ここには鬼がいるのだ。



 ◇


 鬼は、敵左翼から更に左側のタロイス山脈にいた。

 オレンジの武装を装着した人と騎馬。

 オランジュウォーカー改。

 鬼の騎馬軍である。当然その騎馬は、あの国の騎馬だ。


 「戦場を共に駆ける。嬉しいですな。ゼファー殿」

 「ええ。我も嬉しいですぞ。シュガ殿! 再び我らが同じ戦場に出られるとは思いもしなかったですな。ハハハハ。しかも他国ですぞ!」

 「ええ。そうですね」


 鬼の隣にいたのは、サナリアの大将軍シュガである。

 フュンがまだ辺境伯になる前からの繋がりが二人にはある。

 深い絆がある二人が、オスロ帝国最大の内戦に参加していたのだ。


 「そろそろかな。ゼファー殿、ここで喜んでいるよりも駆け抜けましょうかね。あちらの左翼出てきましたな。予定では、いきなりたたくはずだったのですが・・・」


 二人の予定は陣待機しているはずの軍の横を叩くだけにして、先手で驚かせる目的があったのだが、ここに来て想定外が起きていた。

 ここまで左翼2万が前に出るのなら、やれることは当然。 


 「うむ。やりましょうかね。シュガ殿。ここは殲滅にしましょう。相手は前しか見てないですからな。我らが山を下るとちょうど背後につけるはず」


 ゼファーならば、相手を食らいつくすである!

 元々あった選択肢が、待機している敵陣を小突いて山に引き返すという戦法であったが、ここは相手の背後を突いて、そのまま防砦の門まで走り切る戦法に切り替えた。

 つまり、門に向かって帰りながら、相手に勝つという真っ直ぐな考えで、何も捻りのない戦略をゼファーが取る気なのだ。


 「わかりました。デル!」

 「はい。シュガ大将軍」

 

 彼ら二人のすぐ後ろには、副将デルトアがいた。


 「私たちの後について来なさい。特に、ゼファー殿を見なさい。私も先陣を切って戦えますが、猛将とは、私の事ではない。彼を指す言葉です。ここでの勉強は素晴らしい物になると思うので、彼の背を追いかけるのですよ」

 「はっ。大将軍!」

 「よし。では、ゼファー殿、行きましょうか! 若い頃のように、ガムシャラにいきますか」

 「ええ。そうですな。戦の始まりですぞ」


 ゼファーの静かな合図の元に、騎馬隊は騎馬のままで山を下った。

 こんな事が出来るのは、サナリア人だけだ。

 彼らは騎馬民族である。


 

 ◇


 リグルスは、生意気な小娘を引きずり出してやると息巻いて突撃命令を出していた。

 塹壕に向かって進軍していく部隊は、銃撃部隊だ。

 基本が歩兵部隊である。

 軍の中央の者たちから後方部隊までが、武芸も出来る人間が集まるという形で、これが鉄則となっている。

 この時代は、最初が銃撃戦となるので、近接戦闘が苦手な人間たちを最初に向かわせて牽制する形が良いらしい。


 ということは、今から突撃するゼファーは・・・近接が強い方に突撃するのだ。

 意図していないが、さすが真っ向勝負の男の戦略であった。



 ◇


 「「「おおおおおおおおおお」」」


 山を下り切った所で、一転してサナリア軍が声を上げた。

 二万の騎馬軍。

 サナリア軍の全軍は四万。

 しかし、ここは二万だけを連れてきていた。

 彼らは、所属兵一人につき、一頭の騎馬を保有する特殊軍だ。

 騎馬民族に騎馬がいないなんて、お米を食べる人間たちに、毎日パンを食えと言っているようなもので、そばにいないと寂しいどころじゃない。

 心が耐えられるわけがない。

 常に一緒で、共にじゃないと、力が発揮されないというわけだ。


 「我。ゼファー・ヒューゼン! 殿下の盾にて・・・殿下の最強の矛だ! この首、値打ちはあるぞ。殿下が所有するものだからな!」


 敵兵の背後を着いた瞬間に、脆くも崩れ去る。

 リグルス後方は大混乱に陥った。


 しかし、中央はまだ安定している。

 リグルスが落ち着かせていた。

 その配下と共に立て直しにかかっていた。

 リグルスも別に悪い将じゃない。防御陣も綺麗に出来ている。

 だが、相手が悪い。敵はアーリア最強の鬼と、アーリア最速の騎馬兵たちだからだ。


 「撃て。奴らを撃て。まだ勝てる。奴らに銃はない。武器を振り回して・・・いる・・・だけだ??」


 銃を持っていないから、武器を振り回しているだけ。

 そう見えるのに、敵軍が止まらない。

 いや、止められない。

 こちらは銃を発射している。

 銃声は響いているのに、相手が銃弾で止まってくれないのだ。


 「な。なぜだ」


 銃の発射音と共に、甲高い金属音が鳴り響く戦場なんて珍しい。

 彼らは気付くべきだった。ゼファーらが身に纏う武装を・・・。



 ◇

 

 「・・・なぜだ・・なぜなんだぁ」


 帝国兵の一人が泣き声のような諦めの声を出した瞬間。

 ゼファーは無慈悲にも一撃を加える。

 鬼の槍が唸りあげると、人が、四、五人と弾き飛ぶ。

 同時に人が宙を舞うなんて・・・ありえるのでしょうかと、帝国軍の一般兵らは、自分たちが立つ場所が、死と隣り合わせになっていると気付くと、ゼファーの近くにいる兵士たちから、恐怖で体を動かせなくなった。


 銃が効かない。

 これで、人に効かないのなら、まだ諦めがつく。

 でも馬にも有効にならずとはどういうことだ。

 

 まだかろうじて動ける帝国兵は必死に抵抗を続けて、銃を乱射するが、全て謎の武装が弾き飛ばした。

 進軍を続けるゼファーが叫ぶ。


 「甘いわ! 我らの職人をなめるなよ。帝国兵よ。アーリアの一流の鍛冶師たちの装備ぞ」


 騎馬にもオランジュウォーカーを装備させているサナリア軍。

 

 オランジュウォーカーは、フュンがオスロ帝国にいる間に覚醒に近い進化をしていた。

 イスカルとルスバニアの長距離輸送実験での最初のサナリア訪問から、その進化が始まっていて、第二次訪問では、ロロッコという鉄を入手できた。

 この鉄は、バルナガン産の鉄と上手く合わせると、強度が増し、生成方法を気をつけると、軽さも生み出すことに成功していた。

 その両方の性質は、武具の強さを生み出すことになる。


 彼らの鉄が、軽くて強くなったことで、馬にも装備することが可能となったのだ。

 馬も軽い鉄ならば装着を嫌がらないので、あとは音にだけ注意をすれば、銃を怖がらなくて済む。

 フュンが言っていた例のサナリアでの・・・、はこの馬たちの事であった。

 馬に音の訓練を施して、銃にも慣れさせた馬を用意してから、こちらに運んできた。

 大規模輸送で、長距離輸送は馬にもかなりの負担を強いる。

 だから、イスカルまでが距離的に近いのでそこに運んでもらい。それと、船の中に運動場を作り、動けないストレスを回避した。さらに馬たちを三隻の船で小分けにしてもらって、最終的には二万だけが移動に耐える事が出来た。

 だから、耐久性のある馬だけがこちらに来られたというわけだ。

 馬も移動が大変であっただろう。

 ご苦労様であると、フュンと家臣団の皆は、感謝していた。


 

 ◇


 「人馬一体!? いつの時代だ。これは・・・しかし。なんだこれは!?」


 リグルスの叫びも虚しく終わる。

 帝国軍の中央付近まで壊滅となる。



 ここでは、馬が究極の兵器となっていた。

 人よりも速い馬に対して、銃を当てる事は難しいが、肉体のどこかに当てろと言われれば当てる事は出来るはず。

 だが、オランジュウォーカーを配備した馬の致命傷になる部分は馬の足だけだった。

 でもこれは難しい。

 あの高速に動かしている足の部分に対して銃撃をピンポイントでするなんて、どれだけの銃の達人でなければないけないのか。

 馬が走る。

 ただそれだけで、相手にとんでもない銃スキルを要求していた。


 ◇


 先頭を駆けるゼファーは、敵中央を抉り込んでいくと、そのど真ん中付近で、敵将の近衛兵に気付いた。

 敵が撃つ。

 銃の構えに震えがない。

 だから、訓練をよくしている人間たちである事に気付いた。

 

 普通なら、ここで焦るのが基本だ。でもゼファーは逆に安心する。

 敵が狙い撃つ場所を見極める事が出来るからだ。

 馬なのか。自分なのか。

 一瞬の判断で、銃撃箇所を見極める。


 「ここだな。は!」


 ゼファーの槍が回転すると、敵の銃弾を切り裂く。

 その背後にいるデルトアは信じられないと驚愕の表情でゼファーの背を見ていた。


 「な。なんと。ゼファー様は、そのようなことまで・・・」


 先頭を駆ける鬼の頼もしさは、味方でないと分からないだろう。

 敵だと恐怖してしまい、感じることなく死んでしまうはずだ。


 「貴様が、ここの将だ!」

 「お前! 好き勝手しやがって!」

 「立ち向かうか! その心意気、我は気に入った」


 ゼファーは敵の中で大将を見つけた。彼を粉砕すれば軍は総崩れ。

 しかも、開幕一撃目のぶつかり合いだから、大混乱間違いなしだ。


 「しかしすまぬな。本来ならば口上したいところだが・・・・名も知らぬ間に斬る事・・・勘弁!」


 ゼファーの槍の一閃は、わざと地面に回して、下から上へのかち上げのような形で振り回した。

 この意図は、どういうことかというと。


 「ぐっ・・・な、なんだよ・・・こんなのってありか・・・ぐはっ」


 腹を貫いた槍をリグルスが両手で掴む。

 なんとかして槍を引き抜こうとするも鬼の力が強すぎた。

 ビクともしない。


 「すまぬ。名は!」

 「・・・ふざけんな・・・」

 

 血を吐いても、ゼファーに言い返した。 


 「名は! 早く言え。我は敬意を示す」

 「なんだと・・・どういう・・・いみ・・・だ」

 「早く言え」

 「リグルスだ」

 「わかった」


 ゼファーの意図は、リグルスを全体に見せる事だった。

 馬上からゼファーがいれば、頭一つ皆よりも上にいる。

 それを更に槍を回して上に掲げれば、その槍の所にいるリグルスは、一際目立つのだ。


 「皆の者! 我。ゼファー・ヒューゼンが、敵将リグルスを討ち取ったり! このままの勢いで戦場を破壊せよ。サナリア軍!」

 「「「おおおおおおお」」」


 サナリア軍の指揮を向上させてから、ゼファーは更に。


 「そして、帝国軍よ。引きたいと思うのならば、引け! 恐れている者がいるのなら、引き返せ。戦う者がいるのなら、最後まで戦え。この男のようにだ。帝国の将リグルスは、我ゼファー・ヒューゼンと戦った強者ぞ。戦う気概のある兵士共よ。我の道を邪魔する気概を見せよ」


 戦えるものは来い。逃げたい者は逃げよ。

 ゼファーの呼びかけはそういう意味だった。


 「くそ・・・そういうことか・・・」

 「うむ。あなたはよく戦った」

 「はっ。ありがてえ。最後に慈悲をくれるってことか。将として・・」

 「そうだ。我から逃げない男に最大限の敬意をだ」

 「・・・感謝する・・・ゼファー殿」

 「うむ。我もだ。リグルス殿。我もあなたのおかげで成長しましたぞ」

 「ふっ。俺の最期は・・・もの凄い男・・・に殺されることだったか・・・」


 対銃での戦闘において、戦い方を学べた。

 ゼファーは敵に感謝を述べた。


 ◇


 そして、再びゼファーの進軍が始まる。

 その前にゼファーは、デルトアにリグルスを預けた。


 「デル」

 「はい。ゼファー様」

 「その男を頼む。丁寧に運んでほしいのだ。こちらに連れ帰ってから、あちらに返すためだ。いいな」

 「はい。わかりました」


 ゼファーの目的は、それはこの男の亡骸に敬意を示すためと、相手に送り返す際にとあることをしたいからだった。

 最後まで自分に向かってくる者は、敵であろうとも敬意を示す。

 それが、鬼神ゼファーであるのだ。


 

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