第319話 新たなる戦場の華は女神
マリアらの帝都脱出が上手くいくのは当然の事。
フュンが事前に逃げ道を決めて、その通り道となる箇所に影を潜入配置させて、敵となりうる人間たちを排除する動きをしていたからだ。
敵対行動をしてくる兵士たち。
例えば、町や都市などの駐屯部隊などが、マリアたちを発見してから、ロビン側の帝都へ、連絡をしようとした場合などに、容赦なくその兵を始末しているのだ。
ロビンは、事前に細かい反乱準備をしていた。
でも、そこをフュンが知っていたのだ。
クロの配下が帝国の内部に潜む影のような役割をしている事で、裏から帝国を操ろうとしている動きを、更に逆手に取ってるのがフュンで、だから、属国組の逃亡は上手くいっていた。
しかし、レオナ側は非常に厳しい。
なぜなら、彼らは、仲間となってくれる人たちの協力を仰ぎながらで、北上せねばならないからだ。
自分たちの兵士を確保していって、逃げていかないと、いざロビンとの決戦をしたくても、その数を揃えられずに負けるしかない。
兵がおらずに、戦う事を決意しても意味がないからだ。
なので、じっくりゆっくり移動する羽目になるから、ロビンたちに気付かれる。
彼らは、逃亡途中の北のハークレイに一時入って、そこから近くの秘境トルストイに使いを出した。
センシーノがゲンジット家に対して集まれとの連絡を入れたのだ。
その遠回りの移動をしてしまったがために、そこから東の目標地ノスタールの手前の大都市。
ジャンバルドにて、彼らは追手に掴まった。
三部隊に追われる中で、逃げるにも難しかったが、二つの追手からは逃げられた。
だが、一の部隊に、T路の路地裏の集合地点でかち合ってしまった。
敵は南から来た。
「センシーノ!」
クラリスが後ろを振り返る。立ち止まったセンシーノの背を見た。
「クラリス姉上。先にいってください。ここは俺が引き受けよう」
女性陣の背を守るようにしてセンシーノが出た。
女の為ならば、命を懸ける。
それが男センシーノである。
「俺も残るか。やるしかない」
そういう命を張る男が大好きな漢。
それがジュードだ。
隣に立って、敵の動きを見た。
敵は自分たちを路地裏に追い込めたから、慎重にこちらの様子を窺っているようだった。
ゆっくりな動きであった。
「二人ともそれはまずい。ここから先、二人がいなかったら・・・逃げても意味が」
戦える将が、今に消えたら、後に苦しい立場になるだけ。
今の状況を分かっていてもこの先の状況も深く理解しているクラリスだった。
「大丈夫です。姉上。クラリス姉上は、レオナ姉上を守ってください。それに俺の里の将たちもいます」
戦士一族は力を貸すと言った。
男に二言はない一族なので、必ず約束を守ってくれるはずなのだ。
「・・・」
クラリスが黙るが、ジュードが叫ぶ。
「クラリス。早く逃げなさい! 俺たちが倒すから。あっちで待ってろ」
「・・・くっ。い、生きてくださいよ。二人とも」
「「当然」」
「ギャロル。急ぎます」
「はい」
クラリスたちが移動したのを見て、センシーノとジュードが、敵との交戦に入るために、物陰に隠れた。
「セン。銃弾の数が残りなんぼだ」
「8です。ジュー兄は?」
「俺は12だ」
「それは厳しいですね」
二人の残りの数が20。
敵が10の小部隊で来ているので、標準装備をしていたら一人当たり40の計400発をどうやって捌くか。
二人は考えながら、敵と対峙をする。
街中での銃撃戦を繰り広げている間に、東から逃げたはずの彼女たちが戻ってきた。
「兄様」
「何故戻ってきた。クラリス」
「それがうちら、すでに囲まれていました」
「なんだと」
敵が三方向からやってきていた。
知らない内に、一部隊だけじゃなく、三部隊でT字路に追い込まれていたのだ。
「もう駄目か」
「諦めちゃいけない。ジュー兄。クラリス姉上。ギャロル・・・・皆はレオナ姉上を頼みます」
「「「???」」」
センシーノの表情がいつもと違う。
遮蔽物に身を隠していたが、ここで立ち上がり、前を見る姿は勇ましい姿だった。
「俺が道を開き、南に向かって走ります。俺が先頭をいきますから、ついて来て下さい」
「なに・・・セン、まさかお前」
死ぬ気か。
自分が銃弾を浴びても、皆を守る気である。
その表情だったかと、ジュードもクラリスも気付いた。
「ギャロル!」
「なんすか」
「姉上を落とすなよ。お前に任せる。守ってくれ」
「それくらいはまかせろ」
逃亡期間中、ギャロルがレオナを運んでいる状態だった。
今も大切におんぶしている。
「ふっ。昔から度胸はあるよな。お前はさ」
センシーノはギャロルの度胸を気に入っている。
文句や優柔不断な所があるけれど、ここぞという時にはビビらない。
そして、自分の戦う覚悟を理解してくれて、この心意気を汲んでくれて、止めることをしない。
そこがいい。
センシーノは弟に微笑んだ。
「姉上を頼んだ」
「任された」
ここで、センシーノが見えを切る。
戦う相手の顔が見たいからだ。
「ささ、どなたのご命令で、皇帝一族に銃を向けているのかな。諸君!」
「センシーノか」
部隊の中央にいた男が、前に出てきた。
「ん? 誰だ。このゲンジットの戦士センシーノ。対戦相手の名は、覚えておこう」
「今から死ぬのにか」
隊長らしき人物が余裕な表情で言葉を返してきた。
「俺は、その程度の強さの奴らには殺されてやらんぞ。死ぬのはそっちだ」
「負け惜しみか? この状況、何処にも逃げられない。銃弾の雨で死ぬだけだ」
「そこをどいてもらう。とりあえず、安心して名前を言え。俺が生涯覚えておいてやるからな。まあでも、どうせロビンの部下だ。覚えてもしょうがないか」
「ロビンと呼び捨てにするのか。貴様のような放蕩息子共が」
「ん。共だと? まさか、それはジュー兄にも言っているのか。貴様!」
「他の意味に聞こえたか? センシーノ」
センシーノが許せない事。
ひとつ。女性を馬鹿にする事。
自分が嫌われることは許せない事に入らない。
誰かが女性全般を馬鹿にすることが許せない。
ふたつ。戦士一族をないがしろにする事。
現皇帝ジャックスは、大切にしてくれている。
だから、センシーノは陛下の事が大好きである。
みっつ。ジュードを馬鹿にする事。
十三人の兄弟のうちで、最も気が合って、最も尊敬している漢。
それが、ジュード・ブライルドルであるからだ。
「殺すぞ。貴様ら。今から秘技を見せる」
センシーノが、腰にある二つの小刀を持った。
「おおおおおおおおお」
雄叫びと共に前進した。
「ゲンジット家の秘技。阿修羅」
センシーノの体から湯気が出てくる。
体に赤みが出て、全身に熱を帯びたのだ。
「な、なんだ!? 動きが変化した?」
「下がってください。隊長。ここは私が」
偉そうな男を押しのけて、先頭に踊り出た兵士を、センシーノが二連の小刀で斬る。
小刀が滑らかに左右に動いて、攻撃目標点を見せないのだ。
「まずい。撃て、撃て!」
無数の銃弾を防ぐ術は、この小刀二本のみ。
自分の急所に入りそうなものを斬る。
こんな芸当が出来るとは、驚愕していたのは、敵だけじゃなく、ジュードたちも同じだった。
「あああああああ。おおおおおおお」
センシーノは、敵の弾を出来る限り斬る。ゼファーがやれる技を、彼も出来たのだ。
そして、体を限界まで酷使した結果。
「死ねえ」
「がはっ」
右の脇腹に弾が入って、次に左足に入る。
「阿修羅の限界が来たか・・・しまった」
限界が訪れたセンシーノは膝をついた。
敵の隊長の表情が余裕に変わる。
「どうやら限界なようだな」
「ぐふっ・・まだまだ」
体がまだ多少動く。ギリギリ致命傷ではない。
だからセンシーノは前を向いている。
「まだ強がりを。命乞いでもすれば、助けてやらんでもないのにな。皇子の元には連れていってやるわ」
「それは。無い。ロビンならば容赦なく、俺たちを殺す。そちらに行っても無駄な事は分かりきっている。だから、レオナ姉上が重要だ。ここで、姉上に生きてもらわねば、ジュード兄も。クラリスやギャロルも、この国を守れん。俺たちの大切な国を守れるのは、この四人・・・だ」
自分はその一員じゃない。
自分が出来るのは、ほんの一握りの女性を愛するだけ。
この大陸を、この国を愛せるのは、この四人だけだ。
センシーノの想いは、敵には伝わらない。
「ふん。好きに言ってろ。女好きだけが取り柄の貴様が。手こずらせおって」
でも、彼の熱い思いが伝わったのは、敵の敵である。
「ほう。貴様はそういう熱い男だったのか。私の了見が狭かった。センシーノ謝罪する!」
南に現れた敵部隊の背後から声が聞こえた。
この戦場に、この世界の女神が降臨していた。
赤い軽装の鎧を身に纏い、目の前が敵だらけの中で、大胆不敵にも一人で立ち向かおうとしていた。
「ようやく見つけた。苦労して探したかいがあった。タイローさんの誘導があってこそか!」
彼女は、タイローの導きの元で、彼らの居場所を探り当てた。
「だ、誰だ貴様」
「貴様こそ誰だ」
「偉そうに。女の癖に。黙っていろ」
「あ!?」
女の癖にという言葉。
彼女に、言ってはいけないリストの最上位である。
「貴様、死にたいんだな」
「うるさい女め。邪魔だから排除しろ。こちらからいけ。やれ」
銃を構え直す部隊は、降ろしていた銃を下から上に構え直した瞬間に目標物を見失った。
目の前にいたはずの女性が、いつの間にかいなくなっていた。
その次の瞬間、ジュードたちから見て最後列に位置していた男性が悲鳴を上げる。
「ぐあああああ」
倒れた男性を見ても、その男性の声だけが聞こえる。
敵である女性の姿がまだ見えない。
「あああああ」「ごはっ」「ど、どこに」
次々と兵士たちがやられる。でも姿が見えない。
それは何故か。単純である。彼ら兵士らの目が追い付いていないだけだ。
目で追えている人物は、この中で二人だけ。
「な!? これが本気の力か・・・あれはまだ本気じゃなかったのか」
ジュードと。
「女神・・いや・・・神が遣わした戦人か」
センシーノである。
さすがは戦う皇子二人。
女神の動きが見えていた。
数が減ると、次の標的が分かりやすくなる。
残りが三となった時点で、隊長格の男の焦りが増えていく。
「お。俺を守れ。お前たち・・・」
「どうやってですか。敵が見えな・・ぐあっ」
指示を出したが、一人が消えて。
「ひぃ・・いやだああ・・・ぐあ」
もう一人は逃げ出そうとしたので、ここから足を失った。
女神がそういう行為を許すわけがない。
敵前逃亡も許さんが、それよりも、味方を見殺しにするような行為を見過ごすことはない。
まだ命乞いをしている方が生存率は高いのだ。
「な、もう私だけか・・・あ」
隊長格の男の目には、最後に女性の姿が見えた。
「うむ。弱いな。狩る側だと思ったからか? 心が弱いわ。貴様らは!」
飛び掛かっている女性はまるで天女。
センシーノは、彼女の美しさと技のキレに感嘆の声を上げた。
「おお、素晴らしい。動きが洗練されている」
「相変わらずだな。君の剣は」
ジュードも女神の威力のある剣技に見惚れていた。
「風陽流 六酔漢」
六方向の乱れ切り。
左右の横一文字。左右の袈裟切り。そしてその袈裟切りの返りの切り上げ。
これで六方向である。
それらをランダムで展開するのが六酔漢だ。
この当時だとレベッカにしか出来ない剣技である。
女神が、刀を納めると隊長格の男性が糸が切れたように倒れる。
「ふぅ。じゃあ、ここから反撃だ」
女神は、敵を一瞥してから、顔を上げた。
「ジュード皇子。お久しぶりですね。私が敵をやってもいいかな」
女神がニコッと笑うと。
「ああ。いいよ。でもこの状況を作り出したのは君なのに。俺に聞くのかい。すでに、やってくれているのにさ」
葬られた兵士らを見てから、肩をすくめてジュードも笑顔で答えた。
「ええ。当然。ここはあなたの国ですもん。私の一存では、支障があるのでね」
「ふっ。いいよ。頼んだよ。レベッカ姫」
「はい・・・・よし、じゃあこの国の許可が出たので、行くぞ。ダン! 反撃せよ」
女神の声が、レオナ一行の反撃の狼煙だった。




