第318話 老後の楽しみ
アーリア歴7年1月6日
この日、ジュード皇子たちの脱走が発覚する頃には、すでにマリアらも押し込められていた部屋にはいなかった。
彼女らの部屋に残された物は、手紙だけ。
そこにはこう書かれていた。
『おい。ロビン。
あたしとあんたの継承権は、最高位と最下位なんだぞ。
でも選挙戦は同じ二位なんだぜ!
ざまあみろ。
そんな奴が、この国で好き勝手やっていいわけねえだろ。
ば~か!
レオナ姉様が一番なんだぞ。
長男なのに、お前は二番だ!
末っ子なのに、あたしも二番だ!!
あっかんべ~~~』
子供らしい挑発文だが、ロビンには効くだろう。
セブネスもレイも、クスクス笑いながらこの手紙を書くところを見ていた。
いたずら好きの三人である。
◇
マリアら一行は、お天道様がいる時間帯でも、闇に隠れて移動を開始。
サブロウに続き、アーリア大陸から救援側に入ったマサムネが補佐となり、彼らの大移動を成功させる。
帝都を出て、二手に分かれるところでの話。
「レイ。気をつけるザンスよ」
「そうだよ。レイだけが心配だよ。あたしらと違って連携取れないからさ」
セブネスとマリアがレイを心配した。
彼女だけがギーロン王国での戦闘をしないといけないからだ。
「ええ。大丈夫でありんす。心配せずともわっちには、このエレンラージ将軍と、メイファ様がいらっしゃるのでありんすからね」
「そう・・・レイ、気をつけてよ」
「任せるでザンスよ。お前も生きるでザンスよ」
二人の言葉の後にレイは不敵に微笑む。
「わっち。ここで散るわけにはいかないでありんすから、心配無用でありんす。おほほほ」
扇子を顔に当てて、優雅に笑っていた。
その脇では、サブロウがマサムネに指示を出す。
「マサムネぞ。影を頼んだぞ。メイファと協力してギーロンを守れぞ」
「ああ。まかせとけ」
「うん・・・お前なら大丈夫だぞ・・・でもあいつ大丈夫かぞ」
「ん? あいつ???」
サブロウが心配になり、珍しく不安そうな顔をした。
「なんだお前、そんな不安そうな顔をして、どうした? あ、まさか、シゲノリのことか?」
マサムネがアーリア大陸から連れてきた男は、シゲノリである。
「ああ。そうぞ。あいつ、フュンの方に行ったぞ。たぶん、例の件は成功しているからいいかぞ。でも他が不安ぞな」
「大丈夫だ。サブロウ。俺とお前が育てたじゃねえか。それとカゲロイもか。それにあいつは歴代最強の影になる男だ。お前を超える男になるんだぞ」
「・・・んんん。不安ぞな」
「大丈夫だって。意外とお前も心配性だったんだな」
「だってぞ。あいつは大切なおいらたちのよぉ。孫みたいなもんだぞ・・・」
「お前の気持ちもわかってる。でも巣立つ時だ。ライドウだって上手くやってるんだ。あいつもこっちに来るんだし。だったらシゲノリだって必ず出来る。信じろ。俺たち影の次世代だ」
この時代に現れたのが、影の歴史で史上最強と言われる『シゲノリ』だ。
サブロウ。マサムネの盟友。
シゲマサの孫である。
実は、サブロウ、シゲマサ、マサムネの三人の中で、シゲマサは早くに結婚している。
当然だ。彼は人当たりがよく、面倒見がいいし、性格もいい。
優しい上に、話し上手で誠実。
女性がほっとくわけがなかった。
モテ男でもあるけど、シゲマサが誠実なので、それを自慢することがない。
それと死亡当時にはすでに子供がいたのだ。
その子は女の子で、その子から男の子が生まれた、それがシゲノリである。
彼は、幼い頃から才がありすぎたために、サブロウ、マサムネの指導ではまずく、カゲロイからの基本の指導を受けた。
応用を覚えてしまうと、更に調子づく可能性があったための逆の配慮だった。
だから、シゲノリは順調に育った。
でも、彼はそもそもが調子ノリの性質ではなく、シゲマサのような淡々と仕事をこなす真面目な性格だった。
彼に子供や孫がいた事。
これをフュンが知ったのは王になってからだった。
とんでもなく喜んだ事を皆も喜んだ。
実際里の人間たちが、彼にシゲノリを紹介する時は、とても不安だった。
彼が素直に受け入れてくれるかどうかが、分からなかったからだ。
それは、この考えと直結した考えだった。
サブロウたちがフュンにシゲマサの子の存在を教えなかった理由。
それは、フュンがシゲマサの死を自分のせいだと深く心に刻みつけている事が原因だ。
あの頃にシゲマサに娘がいると教えてしまえば、恐らくフュンの精神が崩壊する事が予想された。
子供がいる人を死なせてしまった。
これが深い十字架になり、あの頃の優しいだけのフュンじゃ耐えられない。
フュンが心身ともに成長し、それを受け入れられる時になって初めて、その事実を打ち明けた方がいい。
それがミランダの意思で、ザイオンやエリナたちも賛成してきた事だった。
シゲマサの孫。シゲノリ。
彼は、完璧な影である。
主を引き立たせるために裏に潜む影ではなく、闇になりきれるのは、この世代ではシゲノリ。ただ一人だ。
今は密命を受けて、闇に潜んでいる。
どこにいるのか。
それを知る者は、ここにいない。
ただ、敵が彼の真の姿を知ってしまえば、その時は死が待っているだろう。
それほどに、完全な闇の世界に入れるのに、シゲノリは表の世界に溶け込んでいる。
だから、完璧な影なのだ。
彼らが育てたシゲノリは、サブロウをも超える影なのだ。
「それによ。お前。フュンとの約束。覚えてっか。この間の」
「ん?」
「この仕事、終わったら引退しようぜって話よ」
「ああ。あの王の引退の件かぞ」
「そうそう。旅するからついて来いって話さ」
「ああ。そうだったぞ・・・」
フュンとサブロウ。マサムネはこの少し前に話をしていた。
◇
「マサムネさん。サブロウ。僕らはもうね。引退しませんか。影も引退。王も引退ですよ。疲れましたよね。そろそろ、休みましょうよ」
「「は???」」
二人が同時に驚く。突拍子もないフュンの発言の中でも最上位の発言だった。
「いやね。もう十分次の世代が育ちましたよ。僕らの意思を継いでくれる子供たちは増えました。こうなったらもう安心です・・・だから、好きなことしましょうよ」
「好きな事ってお前・・・まだ戦いが」
まだ続いているだろっとマサムネが聞くと。
「ええ。でも終わらせますよ。僕はここで勝ちたい。そして、世界に一時の平和を作り、旅をしたい。自由に。だからマサムネさん、旅をしましょう。あの頃のみんなで、ちょっとした旅行をしましょう。世界一周ですよ。っハハハ」
それは、ちょっとした旅行じゃないだろ。
二人はため息交じりに返事をした。
「「はぁ」」
世界一周旅行をする。
それがフュンの新たな目標だった。
ここからは、楽しい事を目標にしたい。
戦う事ばかりの人生だったんだ。
最後くらいは楽しい思い出をみんなで作りたい。
それがフュンの願いでもあった。
「サブロウ。それでね。僕らは、好きなものを作りません」
「いや・・もう作っているしだぞ」
そう好きなものは、既に自由に作っている。
サブロウは戸惑いながら答えた。
「いやいや、そうじゃなくてね。僕らはさ。戦争とかの道具じゃなくて、そうだな・・・僕ね。空を飛びたいです」
「え?」
「自由に・・・鳥のように! それに空を飛べたら、あっという間に大陸間も移動できますよ」
「お前さん。飛ぶ気なのかぞ」
「ええ。飛んでみたいですね。だから作ってみませんか。空を飛ぶものをね」
自由にあの青い空を飛び回ってみたい。
戦いばかりの人生から解放されたい。
そんな思いがフュンの中にあった。
「俺は面白いと思うな。冒険に出やすいぜ」
「でしょ。マサムネさんも参加で!」
「ああ。いいぞ」
マサムネは許可を出した。
「じゃあ、サブロウは? どうします?」
「そうぞな。羽ばたいてみるかぞ。もうだいぶな歳だしな。最後にな」
「なに、まだサブロウは若いですよ。ルイス様よりも若いんだ。まだまだ子供ですよ」
「あのジジイと一緒にするなぞ。あれ全然変わらなくて化け物だぞ」
「失礼ですね。ルイス様は・・・まあ、たしかに。歳を取らない人ですよね」
三人が笑顔になってこの夢の話は終わった。
実現したい思いがあれば、きっとこの作戦も上手くいく。
ルヴァン大陸とイスカル大陸を巡る作戦は、進んでいるのだ。
◇
「ああ。そうぞな。フュンの夢。その実現の為にもやるしかないぞな」
「おうよ。だからまかしとけ。サブロウ。俺はこっちの影を統率しておくわ」
「了解ぞ。じゃあ、おいらはマリアの方を担当するかぞ」
ルヴァン大陸北をマサムネ。ルヴァン大陸南をサブロウが担当することになった。
ウォーカー隊の残滓。
影の二人は、フュンの元で、まだまだ現役である。




