第310話 弟子三人
ルスバニア王国の王都シャマンカル。
白を基調にしたお城が都市の南側にあり、玉ねぎ型の頭が、上部にないだけで、その他はほぼ昔のサナリアの王宮の様な作りになっている。
非常にシンプルな作りのお城だ。
そこに、マリアとセブネスとレイが集まっていた。
「マリア。その人誰ザンス」
セブネスは、マリアの後ろにいる人物が気になった。
「うん。この人は姉弟子」
「姉弟子でありんすか・・・・それはまさか、アーリア王の?」
「そう。ユーナリアさん。ユーナさん」
ユーナリアが二人に頭を下げた。
「ふ~ん。弟子・・・じゃあ、口が上手いでザンスね。どうなんザンス。ユウ?」
「私は別に普通かと。太陽王の口には敵いません」
「その答えだけで、あなたも口が立つとわかるでありんす。あれと比較してはダメでありんす。対象にしてはいけない。あれは怪物でありんす」
「そうですね。私もそう思います」
ユーナリアはすぐに同意した。
「まあ、いいでありんす。あの人を語ったら、半分は文句が出そうになるでありんす。こんな無茶に付き合う事になったのは、あの人のせいでありんす」
「ミイも同意ザンス」
「あ、二人とも酷い。先生はあたしたちの為に動いているんだよ!」
「そんな事はわかっているでザンス。でも文句は言いたいザンス」
「そう。わっちも分かっているでありんす。でも文句が言いたいのでありんす」
感謝はしている。
でも、それ以上の苦労が待っているのが間違いない。
今までにない戦いがこの先に待っているのだ。
「さてと、マリア。呼び出したのは何でありんすか?」
「うん。あたしじゃなくて。こっちのユーナさんが・・・」
マリアが後ろを向いた。
ユーナリアは軽く会釈する。
「はい。私も策を考えたので、お知らせしたいと思います」
「え? ユウの作戦?」
「はい。王様と二人で原案を作ったので、あとは三人で詰めてもらえれば嬉しいです」
「彼のでありんすか。また無茶でありんすね」
「それは、あなたたちの取り方次第です。では言いますね」
相手が皇帝の子らであっても、ユーナリアは態度を低くしない。
どんな人が相手でも、自分を低く見積もってはいけない。
それがフュンの教えだったからだ。
彼女が奴隷出身であるから、フュンは彼女に対して、そこだけは厳しく指導していた。
フュンの三人の弟子の内。
ユーナリアの事は、色んなことで、褒めて育てている。
それもゆっくりじっくり話し合いをして、彼女だけはゆったりと鍛え上げているのだ。
フュンは、一番弟子ユーナリアは、時間をかけて。
二番目のウーゴは、心の成長を重点的に。
三番目のマリアは、心身全てを急速に叩き込んだ。
三人をそれぞれの特性や特徴に合わせて、成長させたのだ。
これがフュンの魔法と呼んでもいい指導である。
フュンが指導した三人は、のちに世界に影響を与える事になる。
師となったフュンは、ただ人に良くしただけで、意図せずに世界の父というべき存在感のある男になってしまうのだった。
アーリアの英雄。世界の基礎を築いた父。
色んな顔を持つ男である。
「では、ルスバニア王国で軍備を強化します。ただし、これは座学。実際に兵が動けば、敵対行動だと敵に知られる恐れがあります」
「それはそうザンスね」
「でも、座学とは。何の事でありんす?」
ユーナリアは資料を提示した。
「動き方です。私たちの兵士が後からやって来る予定です」
「あなたたちの?」
「はい。王都アーリア軍。オランジュウォーカー部隊を配備します」
これが、アーリアが誇る最強歩兵部隊の世界デビューの予定である。
「それと、座学の他に。こちらの10ページにあるものを作りたい。出来ますか。セブネス皇子」
「どれどれでザンス・・・10・・・な!?」
ページをめくっていき、目標に到達した瞬間にセブネスの目が丸くなる。
「出来ますか?」
「まさかの事ザンス。こんな事をやる気ザンスか」
「はい。これが、あなたたちの死闘の始まり。もしも攻撃が来た場合ですけど」
「わ。わかったザンス。大規模なのは、内側の工事ザンスね」
「はい。内側であれば、帝国も知らぬこと。国境線付近を工事してはいけません。あくまでもね」
「わかったザンス」
ルスバニア王国と、オスロ帝国の国境線付近には、防砦がある。
でも一応、同一国家としての意識があるので、砦内部は開示している状況だ。
一カ月または二か月の周期で視察が来ることになっている。
ただし、これは形式的な動きなので、実際は接待のようになっていて、別に真剣に防砦の様子を観察することはないのだ。
しかし、ここで大規模工事でもすれば、すぐさま分かられてしまう。
なので、ユーナリアはその防砦の内側。
領土内で更なる仕掛けを組み込もうとしていた。
彼女は、フュンとほぼ同じ思考を持つ軍略家なのだ。
大胆な展開を頭に描いている。
「これでエレンラージ将軍抜きでも、ルスバニアを守る事が出来ます」
ユーナリアの自信ある顔に、三人は唾を飲み込んだ。
彼女の発言から、急に空気に緊張感が出てきたのだ。
内戦を戦ったユーナリアの成長が見られる場面だった。
「わかったザンス。やっておくザンス」
「ありがとうございます」
この後も細々とした作戦を伝えて、三人とユーナリアの会議は終了した。
◇
その後、マリアとユーナリアの二人は、勉強会となる。
今は一番弟子のユーナリアが、彼女の指導係であった。
「駄目です。ここはこちらを攻めねばなりません」
「は、はい」
「こちらもよろしくない。マリアさん。単純な方式です。こんな所で間違えていたら負けますよ」
「・・・はい」
マリアにとって、この指導は厳しかった。
今までのフュンの指導は、いつも褒めるのが基本。
出来なくても褒める。
出来ても褒める。
頑張っていれば褒める。
この三点で指導があって、唯一フュンが指導してくるのは、頑張らないと怒るである。
我慢の限界だと暴れそうになると、いつも叱ってくれるのがフュン。
なぜ怒るかと言うと、自分の成長に、我慢の限界など無いと思っているからだ。
その時だけ、フュンは厳しい。
でもユーナリアは常に厳しい。
ここが出来るはず。こっちも出来るはず。
まだまだ出来るはずだとする指導は、フュンに比べると大変に厳しいものだった。
「ユーナさん。キツイ・・・休憩」
「いいえ。あと、一問やりましょう」
「む・・無理」
「無理はないです」
ユーナリアが、ピシャリと断る。
「だ・・だって」
「だってもありません。あなたがいざ戦うかもしれない時。戦闘をこなしながら、将とならねばならない時があるかもしれません」
「将?」
「ええ。大将です。あなたが有能な将になるために、この程度の軽い知識がないと、普通に戦えません。あなたは、ライス将軍だけに戦闘を任せるつもりですか? セブネス皇子にだけ、戦わせるおつもりですか? それでは、同盟だと言い切れない」
厳しい言葉だった。
「・・・うん・・・そうだ。あたしも頑張る時が来たんだ。役目があるんだね」
「そうです。戦いに備えるという役目ですよ。準備です。準備は万端な方が良い」
「そうだね。頑張る」
「はい。ではこれをどうぞ」
マリアの前に、用紙三枚が置かれた。
問題があと一問どころか、十問に増えた。
「え?」
マリアが、ユーナリアの顔を見ると『頑張るのでしょ』という笑顔を見せていた。
口答えすればもっと増えるわよの笑顔にも見える。
「は、はい。頑張ります」
一番弟子ユーナリアは、鬼教官でもあった。
考え方の同じ師弟であるが、二人の違いは、ユーナリアの方が厳しい指導官である事だった。
◇
その頃。もう一人の弟子は、リーズにいた。
「ギルバーンさん」
「なんでしょう?」
「ジャルマはどこにいるのでしょうか?」
「ああ。そうですね。俺の予想でもいいでしょうか」
「ええ。お願いします」
アーリア王国。アスタリスク王国。レガイア王国の諜報機関が調べても、ミルス・ジャルマの存在を確認できていなかった。
消えた後の消息は、予想するしかないのである。
「俺は、サイリンにいると思います」
「え?」
「グロッソがどの立ち位置にいるかがわかりませんが、リーズ周辺にいたジャルマ軍。これがですね。俺たちがここに入った後に、突然消えています。7万の軍が消えて戦いをやめた。ならばその軍すら、グロッソが抱えたと思いますね」
予想外の出来事だとウーゴは止まっていた。
「だからグロッソは勝てると思っているでしょう。総数が上回っている。あちらが15万。こちらが10万ですからね。戦争を正面ですれば、確実に勝てる。数の違いを上手く生かせばですけどね」
実はサイリン家には勝てる可能性がまだあるのだ。
軍運用を上手く活かして、行動を迅速にして一か国を集中攻撃すれば、三国を苦しめる立ち位置にいたのだ。
「しかし。サイリンは、なぜそちらが動かないと思っているでしょうね。奴は三正面になっている現状では攻撃よりも防御。攻勢に出てきたところを逆に狩って、そこを基盤にこちらを切り取っていこうと思っています」
「なるほど。反撃を基準にしているのですね」
「そうです」
ウーゴもだいぶ戦略を学んできた。
弱い王など、ここには居ない。
ウーゴは立派な戦う王になっていた。
「防衛をしていれば勝てると思い込んでいる・・・だから、グロッソは甘い。フュン様は一極集中の戦術の動きをしていない。戦略的に全体をコントロールしているのです。それが、兵糧攻めだ」
「そうなんですね。さすがはアーリア王」
「ウーゴ王」
「は、はい」
「彼の凄い所は、他にあります」
「え?」
「フュン様は、これを最初にここに来た時点で言っています」
「え???」
「フュン様は行き当たりばったりでいいやと、口では言っていますが。戦いにおいてはあらゆる計略を仕掛けています。イバンクの家にラーンローとマクスベルを奪取するべきと進言しているのは、こちらに来たばかりの頃です。彼はこちらの視察時にすでにこの戦いの予測が出来ていたのですよ」
都市間の移動の際。
フュンが見ていたのは、経済。それとそれを担う基盤だ。
マクスベルは、周辺地域の農作物の収集場所だった。
だから食糧が豊富。ただし商人たちのせいで物価が高騰していた。
そこが難点であると思っていたのだが、イバンク家であれば、それを是正できるとも思っていた。
ラーンローは、小麦生産が基準なので、主食となりうるパンの生産場所だ。
だから、領土内にこの都市があれば民たちが食に困る事がない。
それにパンは保存が効く物にも変更できる。
フュンは長期の戦いにも適していると睨んでいた。
そしてピーストゥーは、軍事に関する場所。
重要拠点であるけど、位置がサイリン家の領土の近く、奪えても孤立しやすく守りにくい。
だったら最初からいらないと、割り切って考えていたのだ。
食の都市を二つ握れるのであれば、最初から防衛を基準に行動を展開する。
だから、ジェシカに内政を重視せよと伝えて、守るべき都市を堅くするべきだとしていたのだ。
「フュン様は、必ずですね。仲間たちの方が素晴らしい。自分が一番良くないんだと言って、俺たちのことを褒めますがね。俺やクリス、イルの頭なんかじゃ到底及ばない。最強の思考の化け物です。人の気持ちを読み、敵味方を同時に操る事が出来るのは、フュン様だけです」
「そうですか。たしかに、見事に操られていたと言ってもいいですものね。あの外交の時もですが、そういえばジャックス陛下も・・・」
思い返せば、ジャックスも同盟の方向に誘導されていたような気がする。
ウーゴはフュンの話術のおかげで、これらが成功したのだと感じた。
「私も、少しでも近づきたい。ああいう優しく強い王になりたいです」
「ええ。大丈夫です。きっとウーゴ王ならなれますよ。フュン様も、あなたの歳から強かったわけじゃありませんからね。少しずつ大きくなったのです」
「はい。頑張ります」
大きい背中を追いかけて、ウーゴも前へと進む。




