第309話 皇帝の子らを守っていきたい
イスカルでの出来事の後。
ネーブルとリュシエの二人は、クロと食事会を開いた。
ロビンだと聞き出しにくいと思い、年下の弟ならば良いだろうとした判断だった。
しばらく食事を楽しんだ後。
探りの会話が始まる。
「クロ」
「なんでしょうか。ネーブル姉様」
「あなたはなぜロビン兄様に協力しているの? そんなに協力する義理はないはずですが?」
「僕がロビン兄様に肩入れする理由ですか」
「はい」
「教えないといけませんか」
「んん。まあ、別にいいですけど。なぜ協力をするのかくらいは知っておこうかとね。私たちは仲間になるのでしょ?」
「・・・んん。そうですね」
仲間という言葉に、反応がない。
会話をしていないリュシエは、投票をする人間を仲間だと考えてくれないのかと残念がっていた。
「まあ、負けたからですか。僕は兄さんに負けましたから」
兄さん?
リュシエは、呼称が変わったことに気付く。
「そうですか」
ネーブルは頷いたが、リュシエはここでも気づいた。
目がこちらを見ていない。嘘を言っているような雰囲気がある。
リュシエは核心を聞いてみる事にした。
「クロ」
「はい。リュシエ姉様」
「もし、選挙で負けた場合はどうなるの」
「え。負けませんよ」
「ええ。わかっています。ロビンお兄様が負ける事は想像できない。でも、万が一も考えたいだけなの。だから、もしよ。もし負けたら、実際に戦うの?」
「そんなわけありませんよ。ありえません」
二人はこの言葉を聞いて、内心は驚いていた。
フュンが言ったことが本当だったのだ。
動揺を悟られぬように、次の会話はネーブルが展開する。
「じゃあ、勝てるのね」
「はい。勝ちますよ。他の方も説得していますから」
「他も?」
「はい。ギャロル兄様。シュルツ。クラリス姉様。この三名に声を掛けています」
「へぇ。ジュードお兄様と、センシーノは?」
「いりません」
はっきり答えた。
「なぜ? あの二人は有能なはずです」
「いいえ。あんなのはいりません。いても邪魔になります。国費も無駄になります」
言う事を聞かないような人間は要らない。
そう言う意味に聞こえた。
「でもセンシーノも優秀で・・」
リュシエは、センシーノが将としても優秀な事を知っていた。
彼は戦士一族と呼ばれるゲンジット家の出身である。
現在の彼の実家は、誰も将になろうと思っていないので、秘境トルストイに引っ込んでいるが、かつてはこの大陸で戦いに明け暮れた人間たちである。
「ジュードお兄様も」
「あれは駄目です。我儘ですから、ロビン兄様をないがしろにするでしょう」
「そ。そうですか・・・」
そうはおもいませんけど。
ネーブルはジュードの豪快な笑い声を思い出した。
彼であれば、大将軍として国を支えるはず。
それをいらないとする理由がよく分からなかった。
「じゃあ、クロ。大将軍はどうするのですか? 誰に与えるのです?」
リュシエが聞いた。
「はい。そのままレックス将軍になってもらいますよ」
「・・・ジュード兄様がいないのに?」
ジュードとレックスは一緒にいるはず。
二人にも、それだけは分かる。
二人で一つのようにして、これまでを生きてきたからだ。
「はい。大丈夫。必ずなってもらいます。こちらの言う事を完全に聞いてもらいます」
「ん?? 言う事を聞いてもらう?」
最後の言葉が気になったが、食事会がここで終わった。
クロが用事があると出て行ったからだ。
◇
食事会が終わった後。
「姉様。これは、あの男が言った通り?」
「そうですね。ロビン兄様・・・クロ。何かを考えているのでしょう。私たちはどうすれば、不安になりますね。投票するのも危険。しかしレオナお姉様に投票するのもまた危険」
全てが不安だ。
大貴族である分、自分の領土を取られるような事は絶対に避けねばならない。
だから、二人の懸念点はそこである。
「もう一度。会ってみます? 姉様」
「そうしますか。リュシエ。連絡を」
姉妹はフュンを頼ってみる事にした。
◇
姉妹は、お城のフュンの部屋に来た。
「あら。どうも」
「ええ。アーリア王。お久しぶりです」
「はい。どうしました?」
フュンは明るく声を掛ける。
「あの。聞いてみたんです。クロに」
「ああ。あの時のですね。どうでした。僕の言った通りでした?」
二人がコクンと頷く。
「でしょう。ええ。そうなるんですよ。あの人たちはね」
フュンは、ロビンとクロの特性を知っている。
人を駒として見ている。
自分が操る側に立っているのだと勘違いしているのだ。
「彼らは、誰かを上手く使う人じゃない。彼らこそ駒だ。そちらの方が上手くいく。指揮官側の立場に立てる人間は、この国の皇帝一家ではジャックス陛下。レオナ姫。マリアさん。そして、クラリス姫。シュルツ皇子。この五名だけ。それ以外は皆、駒だ」
フュンはハッキリ言いきった。
「私たちもですか」
ネーブルが聞いた。
「ええ。そうです。でも、あなた方はね。有能な駒です。でもお仕事を任されていないので、実力を発揮する機会がない。残念ですね」
「「え?」」
「いや、驚かなくてもいいですよ。お仕事上手なんですよ。あなたたちはね。商売が上手です。物の価値を知っている。これは才能の一個です。なので、本来は経済大臣のそばか、財務関連で古美術品などを扱う人になった方がいいんですよ。皇家のお宝の管理人とかもいいかもしれない」
「私たちがですか」
リュシエが聞いた。
「はい。あなたたちはとても良い鑑定士にもなります。良いものを今までにたくさん見てきているのですよ。ハハハ」
彼女らの特技は、骨董品などの物を見極める事。
皇帝一家の下調べから、相手と出会って話せば、フュンであればすぐに適性に気づく。
人の見極めができる男性。
それがフュンだ。
「そうなんですか」
「ええ。ちょっと勉強すれば、たぶん一流になりますよ。自分で働けちゃいますね」
面倒な皇家にいるよりも、そちらの方がこの二人は生き生きとするはず。
フュンはそう思っていた。
「でもね、あなたたち。彼らについていくのであれば、一つのミスも許されない事を覚悟した方が良い。お二人はね」
フュンの目が鋭くなった。
今までの穏やかな雰囲気が消えた。
「「・・・・」」
黙り込んでしまった。
ついていく人を間違えたかもしれない。
二人は早期の判断を後悔していた。
「お二人は投票の時にですね。他の誰かに投票することは危険だ。だから、他に目移りしちゃ駄目ですよ。それはやめた方が良い」
「「え?」」
「ギリギリで裏切るのだけは、やめてください。あの二人はどう出るのかが分からない。下手をすれば殺される恐れがあります。なのでちゃんとロビン皇子に投票してくださいね」
「あ、あなたは、私たちを説得に来たんじゃ・・・」
ネーブルが聞いた。
「いいえ。前から、僕はお二人に生きて欲しくてね。以前に会って、お話をしただけなんです」
「生きて欲しい??」
「はい。僕の目的は内乱を起こす事じゃない。僕の真の目的は皇帝の子が生きる事です」
「「!??!」」
言葉が出ないほどに二人が驚く。
「選挙が無くても、いがみ合うのは必然。それで選挙をして、勢力を生み出せば、なおさらいがみ合う。でも、この争いがなくても、いつかは勝手に噴き出す。なら今だ。皇帝が元気なうちに、大いに争ってもらって。皇帝を決めてもらおう。でもその際に死んでしまうのは忍びない。だから、出来る限り最小限にして終わらせる」
フュンの二重計画。
皇帝の子保護計画も発動していた。
友となったジャックスの為に、フュンは出来る限りの子供たちを救う気なのだ。
「なので、お二人は常に一緒にいてもらえますか?」
「え? 一緒に???」
「はい。お二人がロビン陣営にいる時、お二人は常に一緒にいてもらえますでしょうか」
「それは出来ますが・・・なぜでしょう」
「この子をあなたたちの影に置きたいのですよ」
「「この子?」」
フュンが何もない場所に指を指す。
光と共に人が現れた。
「だ・・誰です」
ネーブルが驚いていると、光から現れた人が嬉しそうに笑った。
「いや、お美しい方々。お目にかかれて。光栄です。私、ジルバーン・リューゲンと申します。以後ジルと呼んでもらえると嬉しいです」
満を持してのジルバーン・リューゲンの登場だった。
「ジル?」
「はい。ジルでございます。ネーブル皇女」
ネーブルとジルバーンが見つめ合っている間に、リュシエがフュンに聞く。
「今後、この方をお連れするという事ですか。アーリア王」
「はい。影にいさせてもらえると嬉しいですね。お二人が一緒に行動してくれると、この子が、お二人を同時に守ります。それくらいのことは朝飯前でやってくれる。非常に優秀な子なのでね」
「そうなんですね。このジルという男性が・・・」
リュシエがジルバーンを見ると、ジルバーンが目を合わせて微笑んだ。
「そ・・そうですか」
なんとなくセンシーノに似ているかも。
と思った姉妹である。
「いいですか。無茶をしてはいけません。出来る限り、ロビン皇子の言う事を聞いてください。それでどうしても無理だと判断したら・・・」
「「は、判断したら」」
二人が緊張して声を合わせた。
「この子に助けを求めて、僕の所か僕の配下の所まで来てください。絶対に助けます。僕はお二人の味方です。皇帝の子らは出来る限り救いたいのですよ」
「わ、わかりました。アーリア王を信じてみます」
「はい。私も」
二人が同時に頭を下げる。
「「よろしくお願いします」」
二人で元気な挨拶をしてくれた。
「いえいえ。堅苦しくならずに、僕はお守りしますからね。絶対に生きましょうね」
「「はい。ありがとうございます」」
フュンは最後にジルバーンに体を向ける。
「ジル」
「はい。王」
「あなたの役目。ユーナの護衛の任は終わり。今日からは外交官兼要人警護です。お二人の影に入りながら、表でも上手くやってください。要は人付き合いです」
「わかりました」
「でも君はそこらへんが上手いので、大丈夫でしょう。出来るって信じてますよ」
「はい。頑張ります」
「ええ。頼みます」
次世代の一人。
ジルバーン・リューゲンの外交デビューである。
フュンは重要な仕事を次世代にも任せていたのだ。




