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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
最終章 世界異変 ルヴァン・イスカル編

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第308話 イスカル大陸の踏ん張りどころ

 アーリア歴6年11月1日


 選挙戦まで二か月。

 候補者のロビン、レオナ、マリアの三人は、兄妹たちとの話し合いになっていた。

 自分に投票せよ。

 この話し合いになるのが基本だ。

 ロビンは票を入れろと、投票を自分にすることを促して。

 レオナはあなたの政策はどのようなものですかとシンプルにその人物の政策を実行する土台を聞いて、別に投票をしろとは言わず。

 これらは別に普通の事なわけだが。

 マリアは上記二人とは別の行動をしていた。

 それが・・・。


 ◇


 マリアは、ただの普通の接待をしていた。


 「どう。ネーブル姉さん。リュシエ姉さん」

 

 三人は、イスカルの地。王都イーブンスローにいた。


 「そうね。思ったよりもイスカルは随分と落ち着いているのですね」

 「私も思うわ」


 ネーブルとリュシエは、同じ母から生まれた姉妹でナルセス家という名門貴族で、商売上手な家の子供だ。

 性質的にはこの家系はセブネスに近い。

 それと二人は、一つ違いの姉妹なので兄弟間の中で最も兄弟らしさがあり、仲が良い。

 双子と勘違いされるくらいに似ていて、目や髪の色。

 顔立ちもそっくりで、容姿では違いが生み出せないので、二人は服で違いを作っていた。

 ピンクを基調とするのがネーブルで、イエローを基調とするのがリュシエとなっている。

 これで、メイドらにも見分けてもらっている。

 この行為をしないと、身内であっても判別が難しい。

 一度いたずらで、皇帝のジャックスに、服を入れ替えた姿を見せた時に騙せたのでよほど似ているのだ。


 「良い所でしょ。のんびりしているんだ」

 「そうね。王都と言っても・・・田舎みたいね」

 「私も思ったわ」

 

 せかせかしていない。

 民の話し方や動きがゆったりとしているのが、イスカル大陸の特徴だった。

 だから戦闘向きには感じない。

 しかし、かつては戦乱の世だったようで、百年前はアーリア大陸とほぼ同じの大戦乱の時代を経験していた。

 その中で、マリアの家系のミラー家が、四か国を制覇して、イスカル大陸に統一国家を建てた。

 なので、百年間もミラー家が統治をしていたわけだが、その統治で安全になった大陸のおかげで、こののんびり具合となった。

 でもそれが、対ルヴァン大陸には良くなかった。

 百年近くの安定した統治により、内乱も無かったので、戦いの経験がなく、魔の海域により保護された大陸なので、絶対に安全だと勘違いしていたことが、ルヴァン大陸に圧倒的に負けた要因となってしまった。

 戦いを想定した考えを持っていなかった事が良くなかったのだ。

 

 ルヴァン・イスカル戦争は、戦争が始まって、瞬く間にイスカル大陸側が劣勢状態に陥った。

 最初の一撃で、四方の港が壊滅。

 北西のモルゲンという箇所だけが生き残った。

 そのモルゲンだけを生かした理由は、そのままその港を利用して、ルスバニア王国の港と結んで、戦争にも交易にも使おうとする考えがあったからだ。

 なので、ルヴァン側はそこを起点に兵士を送り込み、大陸中央のイーブンスローまで電光石火の移動で、次々と都市が落ちていき、戦争から三カ月程で完全降伏をした。


 この戦争で、イスカル側に戦力として人が足りないという事はなかった。それに、武器が弱すぎて使えないという事も無かった。

 この時の戦いでの兵数は、イスカルが21万。ルヴァンが16万だった。

 だから人は足りている。

 それと武器は、世代が一世代遅れてはいたが、銃を40万ほど用意が出来ていて、その他の装備もそれほど数に変わりがなかった。

 だからここまでの敗北をすることが想定できない。

 ではなぜ負けたかと言うと、やはり情報であった。

 戦争をするタイミングを知らない。準備すべき期間を失った。

 ここがアーリア大陸との大きな違いで敗因だった。

 アーリア大陸はタツロウという協力者がいてくれたおかげで戦争のタイミングを知れたのが良かった。事前の準備が完璧であったのだ。

 彼のもたらした情報は、ワルベント側が持つ兵器類や人の特徴など、全てが重要なもの。

 その上で、アーリア大陸には、フュン・メイダルフィアという天才的な騙し討ちの名人がいた事が大きい。

 武器の差。技術の差を覆すほどの詐欺を働く。

 大陸を守れたのは、フュンの力が大きいものだった。


 イスカルにもフュンのような男が居れば、守れた可能性があっただろう。

 

 しかし、この戦いで収穫が一つだけある。

 それがイスカルが誇る将軍ライスである。

 ライス・キーブスという有能な将が、属国の地から生まれた事がイスカルには大きかった。

 本国に影響力を持つ人間が誕生することは、とても大きいのだ。


 彼は、戦争当時18歳で軍人の卵だった。

 負けを見続ける悔しさが多少あったらしいが、それよりも敵の行動の迅速さに気付いていて、敵が有能である事をよく分かっていた。

 彼は冷静であったのだ。

 田舎町のローンズの治安維持部隊にいた彼は、こちら側が白旗をあげて、敵軍が移動していくのを見ていた。

 『いつか必ず勝つ』

 なんでもいいから勝ちたい。

 この感情に彼がなってくれたのが大きい。

 ライスはこの後にルヴァン大陸の徴兵招集に応じて、出世していった。

 現在は35歳。

 十七年前の出来事を今でも覚えている。

 

 そして今、イスカルは反撃を仕掛けている。

 フュン・メイダルフィアという謎の男が登場したことによってだ。


 

 ◇


 姉妹の会話の終わりごろに、フュンが登場した。


 「ネーブルさん。リュシエさん」

 「ん?」

 「あ、あなたは」


 二人が振り向く。


 「どうも。フュンです」

 「「アーリア王」」


 一度面識のある二人は同時に声を出した。


 「いや、お久しぶりですね」

 「・・・まさか、これは、あなたの仕業ですか」

 「そうよね。マリアが急に呼び出してくるのもおかしい話だったわ」


 二人とマリアはさほど接点がない。

 外交するにもそこが難しいものだった。


 「いえいえ。僕じゃない。ご兄弟は仲良くしていた方が良いですよ」

 「「・・・・」」

 

 二人が怪しい目をしていた。

 この二人は感性が鋭い。

 本能でフュンが危険人物だと思っている。

 これは正しい警戒だ。

 フュンはある意味で悪い男である。

 人を誑かして、操るからだ。


 「あなたが出てきたという事は」

 「私たちを篭絡しようと」

 

 自分の体に両手を回して、二人は一歩引いた。

 まさか、若い子の体狙いなんてありえないと、フュンは苦笑いで答える。


 「いやいや。そんな悪代官みたいな事はしませんよ。僕はね。お二人にお聞きしたい事があってね。マリアさんの地元に来た感じです」

 「聞きたい事?」

 「なんですか?」


 警戒を少し解いて、二人は前のめりになって聞いた。


 「お二人は誰に票を入れる予定ですか」

 「い。言えませんよ」

 「ネーブル姉さんと同じくですわ」

 「いえいえ。そこをなんとか。別にマリアさんに票を入れろって言ってるわけじゃないんです」 


 そうフュンはその説得をするつもりがない。 

 自分の意思を大切にしてほしいタイプの人間なのだ。


 「「・・・・」」


 二人が顔を見合わせて黙った直後。


 「ロビン皇子ですよね」

 「「!?!?」」


 フュンに言われて驚く。

 まだまだ甘い。

 25,6だけど、政治的にはまだまだ子供だなと思ったフュンは微笑む。


 「マリアさんに入れるのは厳しい。イスカルの子を押すというのは、自分の立場が危うくなりやすいからですね」


 それが当たり前。だからマリアもフュンも、その考えが理解できている。


 「レオナ姫を押すのも難しい。なぜなら、彼女は至って公平だからだ。貴族出身のあなたたちにとって、ちょっと危うい存在だ」


 大貴族出身。家を維持したい気持ちから、優遇を受けにくいレオナを押すのが厳しい。


 「だから、ロビン皇子だ」

 「「・・・・」」


 当てられたから黙るしかない。

 二人は、下を向きそうになった。


 「僕はそれでもいいと思っています。心の底から、あなたたちが納得しているならね」


 顔が多少明るくなった。

 フュンは分かりやすいと思って更に微笑む。


 「お二人は、その先を考えていますか」

 「その先?」

 「ど、どういう意味でしょうか?」

 「ええ。そのままの意味なんですが、選挙後。どうなると思っています」

 「「選挙の後?」」


 二人は普通に選挙が終わると思っている。


 「そうです。この国、ぐちゃぐちゃになりますよ。よく考えてみてくださいね。それで、一度お話になられるといいでしょう」

 

 『ん?』と二人が首を傾げる。


 「ロビン皇子のそばにいるクロ皇子。あの子からの勧誘を受けたでしょう。お二人とも」

 「「!?!?」」


 なぜそれを。二人の目が見開いた。


 「何か口利きをするとか言われてね。まあ、でもそれはよしとして、お二人は一度、ロビン皇子かクロ皇子に聞いた方が良い。もし選挙に負けた場合。どうするつもりかってね」

 「どうするつもりってのはなんですか?」


 質問の意味が分からずにネーブルがオウム返しした。


 「戦争です。レオナ姫を倒すつもりですかってことです」

 「ぶ、武力でですか」


 考えた事もない事を言われて、リュシエが慌てて聞いた。


 「はい。そうですよ」


 フュンが淡々と答える事も、二人は恐ろしいと思っている。

 選挙ぐらいで、内乱が起きるとは思っていなかったのだ。


 「しかしね。聞いた時。こう答えるでしょう。『そんなわけはない』とね。彼らはあなたたちにそういうだけで終わらせます。戦うつもりがあるのにね。あなたたちには、考えを教えないのです。それを果たして仲間と言えるのでしょうか。甚だ疑問ですね」

 「「・・・・・」」


 二人は黙った。


 「なので、一度お聞きしてみてください。彼らの言葉がいかに真実味がないのかをね。それで疑問に思ったことが少しでも頭の中に出来たら、僕の所に来てください。色々お話ししましょう。その疑問を解決する方法を教えてあげます・・・ということで、これを一つ。お近づきの印にあげますね」


 フュンは内ポケットからとっておきの武器を取り出した。

 彼女たちに一つずつ渡す。


 「これ、ハンドクリームです。僕が開発した奴で、アーリア大陸ではどこでも売ってますので、あげますね。宣伝です。ハハハ」


 アーリア大陸とイスカル大陸の前回の交易の際に、ジーヴァが持って来てくれた物の中にフュンの化粧品類があった。

 いつものように上手に使えば、外交のきっかけになると思い、フュンが幾つか保持している。


 「「あ、ありがとうございます」」


 二人はお礼を言った。


 「では、聞いてみてくださいね。大変でしょうから」


 フュンは最後にそう言った。


 ◇


 二人が去った後。

 王都内を少し歩いて、塔の上に登った。

 フュンは、マリアと二人きりになった。


 「先生。さっきの説得するんじゃなかったの?」

 「ええ。説得じゃありません。今後もしません」

 「そうなんだ」

 「あなたの票はもういりませんからね」

 「そうなの」

 「ええ。いりません。あなたは三番目になれればいいのです。一番にも二番にもね。あなたがなる必要がないんですよ」

 「そうなんだ。勝ちたかったな。な~んだ。そっか」

 「ふふ。あなたらしくていいですね」


 勝気な少女は選挙で勝ちたかったらしい。

 そこが微笑ましいからフュンは笑顔になった。


 「マリアさん。でも最後には勝ちますよ。ただ、選挙では負けを演出するだけなのです」

 「そうなの?」

 「ええ。あなたは最後に勝てばいいんです。それにね。選挙で勝った場合。あなたは最後に負けるのですよ」

 「え? そうなの」

 「はい。負けちゃいます。イスカル大陸が本土に狙われて終わりです」

 「・・・・そうなんだ。ここがね」


 フュンは、塔から見下ろす。

 イスカルの大地を眺めた。


 「はい。全部が焼け野原になるでしょうね。ここら一帯すらもね・・・それは悲しい」


 マリアが選挙で勝つ。

 この場合に起きる現象は、全力でルヴァン大陸の兵がやって来ることだ。

 属国の姫の子が、皇帝になる。

 こんな事はあり得ないと、選挙の不正を声高に叫んで、攻め込んでくるだろう。

 これが想像に容易い。

 

 「だから僕は、皇帝を巡る戦いはルヴァン大陸だけで収めたい。ここはもう戦わないでいいでしょう。二十年近くで、ある程度までは回復をしていますが、昔の名残はまだあります・・・それでまたここが戦場となるのは、キツイですよ。また荒れるなんて、人だけじゃなく、今度は大地が耐えられない」


 戦い続けた地に、再び戦いをさせるのは忍びない。

 フュンはイスカルの事を深く考えていた。


 「マリアさんは、選挙中はね。セブネス皇子とレイ皇女と仲良くしていればいいんです。姉弟の関係を今のうちに濃くする。そちらの方が重要です。他の兄弟を、仲間に引き入れようなんて考えなくていいんですよ」

 「そうなんだ・・・でも、あの二人。癖が強いよ。あたし、仲良くなれるのかな」

 「ええ。大丈夫。マリアさんも癖がありますからね」

 「あ。酷い。先生。あたし普通だよ」

 「いえいえ。マリアさん。人には癖があるんですよ。皆、自分が普通だと思っても、どこか人には違いがありますからね」

 「・・・そっか」

 「ええ。でも、確かにセブネス皇子とレイ皇女は癖が強いですね。面白い二人だ」


 フュンは、その人が持つ癖が面白いと思う人間。

 特に癖の強い人間が好きなのだ。

 

 二人の選挙も終盤へ。 

 だから運命の戦いも近づいている。

 

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