第303話 考えを読むが、分からない部分もある
「私はお連れして頂けないという事か・・・アーリア王は私を守備の方に置く。と言う事ですね」
王妃の前にいるファルコは、手紙を読み終えてから顔を上げた。
「ファルコ。この手紙で、何か分かる事はありますか」
「私にそれをお聞きするのですね。なにを答えても良いと?」
「はい。聞いてみたいと思いましてね」
シルヴィアは、ファルコの意見がどのような感じなのかを聞いてみたかった。
「では、王妃様。これはもう準備ではないと思います。フュン様はすでに敵地で戦うつもりですね。しかも、オスロ帝国の皇帝と仲が良くなった。これが考えられます」
「え?」
シルヴィアがキョトンとした顔をした。
「はい。今回。この属国のルスバニア。イスカル。双方の国家がこちらに来ましたが、それを黙認するように皇帝に話をつけていると思います」
「・・・は? フュンがですか!?」
「はい。フュン様ならば、その程度容易い。それにこんな大規模な事、知らぬ存ぜぬを通せるわけがない。なので、皇帝と話をつけているはずです」
ファルコの予測。
それは、話に聞く船の大きさだと、大陸で物を隠すことが不可能となる事。
必ず目撃者だって現れるはずだから、その情報を包み隠すことが出来ないからこそ、フュンが先に皇帝に事情を言ってからこちらに来ているとの深読みをファルコがしたのだ。
まさしく、正確な読みである。
「・・・フュン様は、このオスロ帝国の内乱を予定に入れていますね。その中で軍を自由に動かす権利。その難しい権利をその皇帝から勝ち取ろうと思っているはずです」
「まさか。他国でフュン自らが戦うと?」
「はい。武装オランジュウォーカー。それに加えて、盟友ネアル様。この二つに、弟子であるユーナさんを連れていこうとする。こうなると戦争を乗り切ろうとしているはず。現在、ワルベント側に置いていった皆さんを使わずにしての戦う措置でしょう。それで内乱に参加するんです」
「・・・内乱に・・・武力介入ですか・・・まさか・・そんなことを」
他大陸の戦いに介入する。
そんなことをしでかすのかと、シルヴィアのいつもの淡々とした表情から、驚愕した表情にいつの間にか変わっていた。
予測が正確なファルコが言うからには、その事態が起きる可能性が大である。
「はい。私も驚きばかりで・・・正直フュン様の思考だけは難しい。私は予想までしか出来ません」
「それでも十分です。あなたくらいですよ。彼の突拍子もない事を予測できる人はね」
「いえ。私程度ではアーリア王の考えには至らない。フュン様は、神にも等しい。心眼をお持ちで、予知能力者のような思考能力がありますからね。尊敬します」
「そうですね。時折、怖いですからね。フュンの目や考えが・・・」
シルヴィアは、ファルコの意見に賛成した。
「フュン様のお考えは、面白い。まず、ワルベント大陸の今の混乱。これはフュン様のおかげで激化しています。二家の戦いの最中にイバンク家の内政。シャッカルの防衛が楽になる現象。北の反乱が増えていく。そして、フュン様が今ルヴァン大陸にいる。ここから予測できることは単純です」
「予測。何が出来ますか?」
シルヴィアはファルコの考えを真剣に聞いていた。
「はい。同盟を結びましたね。内密にオスロ・レガイア間で」
「え!? は??」
戦っている国同士ですよ。
シルヴィアはその言葉が口から出そうだった。
「ウーゴ王。この人を強奪した目的が判明しました。フュン様は彼に王位を戻したいのです。だから一時奪った。そして力を与えるためにオスロ帝国にいき、何らかの交渉で同盟を結んだ。だから狙いは、レガイア王国の復活。ジャルマ家を破り、もう一度王になってもらうのでしょう」
「この状況に・・・ウーゴ王を加えると・・・そうなれば、ワルベント大陸は大混乱になる・・・いや、今まさに大混乱の最中」
完璧な予想。
ファルコは状況だけで、フュンのしたい事を予測できた。
この時、アーリア大陸はウーゴの進撃を知らない。
分かるのは、シャッカルの情報。ジェシカの状況。それとワルベント大陸の北で、古今衆が暴れている情報だけなのだ。
それと、フュンがウーゴを強奪して滝に沈んだ。
この情報をすべて合わせて、ファルコは完璧な予想を立てたのだ。
「しかし、この作戦。理に適っています」
「え? どういうことです。こんな世界をめちゃくちゃにする作戦がですか?」
シルヴィアには旦那様の行動が理解不能であった。
「ええ。適っています! なぜなら、この作戦全てが成功すると、フュン様の言葉が通りやすい世の中になります」
「は? どういうことですか??」
「たとえば、ジェシカ・イバンク。彼女への影響力は絶大になります。こちらからの指揮官の援助。タイム殿やイルミネス殿の提供は軍事同盟と変わりがない」
「たしかに。人の貸し出しですね」
そこはシルヴィアにも理解できる。
「はい。戦争で重要なのは物資もですが、人的資源と指揮官。無能な指揮官はその人的資源を消耗させるだけですから。優秀な指揮官がいれば、死なせずに済みます。それでタイム殿とイルミネス殿であれば、無駄に兵を死なせずに、兵を使うべきタイミングを知っています。なので、ジェシカ殿の家は内政を重視しているのでしょう」
戦う時には、前に出て戦う。
ジェシカ・イバンクは、隙の無い状態になっている。
「なるほど」
シルヴィアは感心するように頷いた。
「それとウーゴ王。これも重要だ。彼が国を取り戻した時、その時フュン様は彼の父王の様なポジションに入れます」
「父王ですか・・・え???」
「彼は父親がいません。それと周りの人間が救ってくれませんでした。それなのに、フュン様だけが彼を守ろうと動いたのです。そうなれば、彼は生涯フュン様を尊敬します。私ならします。いえ違いますね。私はすでに尊敬しています」
ファルコはこの時だけ目を輝かせた。
真に尊敬しているのだ。
「なるほど。ウーゴ王が、雛のような存在になるという事ですか」
「はい。こうなれば、ワルベント大陸はフュン様をないがしろに出来ません。これだけでも作戦は成功かと思います」
「・・・つまり、しばらくアーリアでは戦いが起きないという事ですね。大陸間戦争の恐れが無くなるという事ですね」
「そうです。武器や技術に差があっても、フュン様は口だけで戦争を止めた。こういう事になるのです。アーリア王以外では絶対に出来ない。ありえないことをやってのけたのです」
フュン以外では出来ない。
世にも珍しい口で戦争を制した。
アーリアの英雄の最も得意な武器である。
「・・・たしかに。フュンにしか出来ませんね」
自分たちの大陸が戦わないポジションに入った。
だから、これまでの作戦の全てが成功だとファルコが言ったのだ。
もし失敗すれば、アーリア大陸は、従属の大陸となっていた。
「しかし、ここからが私の考えを越えています」
「何がですか」
「はい。なぜ、ルヴァンで武力介入をしようとしているかです。ルヴァン大陸は無視してもやっていけるはず。ワルベントとアーリアが協力をすれば、世界は二分された状態になり、拮抗するはずなのに・・・なぜ相手の国の危険な事に首を突っ込むのか・・・」
ファルコはこの介入だけが不可解だと思った。
しかし、シルヴィアはそこが不可解だと思わない。
「ええ。それはどうせね。仲良くなった人を見殺しには出来ないと動いているだけでしょう」
「え?」
「あなたが最初に言ったでしょ。オスロ帝国の皇帝と仲が良くなった。これです。原因はね」
「まさか、そんな理由で。ご自身のお命をかけると」
「そうですよ。他人の為に行動を起こせる。それがフュン・メイダルフィア。王ロベルト・アーリアじゃありません。彼はその地で、フュン・メイダルフィアになったのでしょうね」
王じゃなく、人として。
フュンはフュンらしく、人の為に動いているのだと。
シルヴィアは、ここで夫の行動を理解した。
「そんな考えが・・・」
「考えとかじゃないです。思いです。人を思う気持ちを大切にしただけです。彼はそういう男ですよ」
「そうですか」
納得いかない様子のファルコに、シルヴィアは優しく言う。
「ファルコ。本当はね。私の兄妹たちの事。あれも首を突っ込まなくてもいい事だったんです」
皇帝一家も同じ事。
誰も助ける必要なんてなかったのだ。
それを・・・。
「本来、フュンの立場なら、皇帝一家の事なんて、無視していればよかったんです。リナ姉様。ヌロ兄様。この二人を見殺しにしても良かったんです。ウィルベル兄様だって殺しても良かった。でも彼がそれを嫌がっていたんです。たぶん彼がいなくて、ジーク兄様だけが私のそばにいれば、兄妹たちは皆いないでしょう。アン姉様もサティ姉様も、皇家に戻るなんて考えないでしょうしね」
「・・・・・」
自分ならその判断が出来ないと、ファルコは黙った。
「家族を大切にする。友人を大切にする。これがフュンです。現にタイロー、ヒルダ。サナ。マルクスに加えて、ウルシェラ。マーシェン。そしてゼファーたちウォーカー隊のメンバー。彼らはいまだにフュンのお友達ですよ。全ての人を大切にする人間。それがフュン・メイダルフィアです。だから、今回もこれの延長線上の話でしょう」
オスロ帝国の皇帝を守るため。
その他の誰かを守るために。
フュンは命を差し出しても守りに行く。
ただのお人好しなのだ。
「フュンはフュンに戻った。それだけでしょうね」
王の立場から、本来のフュンに戻っただけ。
シルヴィアにとって、それが無性に嬉しくもあった。
「そうですか。さすがだ。私の思考を超える人・・・やはり神に近い」
ファルコが唯一尊敬する人物。
それがフュン・メイダルフィアであった。
考える事が普通とは違うために、色々とその行動の意味を想像できない。
だから面白い。
ファルコはそう思っていた。
「それでは、ファルコ。あなたに軍師の称号を与えますので、アインの片腕になりなさい」
「わかりました。王妃様」
「ええ。お願いしますね。アインを・・・」
「はい。おまかせください」
大賢者ファルコ。
この時にアインの片腕となる事を誓った。
生涯の主人はアイン。尊敬する人物はその父フュン・メイダルフィアである。




