第300話 新しい時代の為に
アーリア歴6年7月1日。
開票作業後。
選挙管理委員は、何回も確認して計算をし直す。
それは、正確である事が大事だからだった。
迅速な票開票よりも、正確に三人に絞りたい。
なぜならこの国の皇帝を決める予備選挙なのだ。
慎重に期すに決まっていた。
「さてさて。今日ですね」
「先生。あたしどうなんだろ」
「はい? どうしました」
「大丈夫かな」
「不安ですか」
「うん」
「一生懸命やったから?」
「うん」
「ならばいいでしょう。マリアさんは精一杯やったと、自分では思っていますか」
「うん。頑張ったよ」
「ええ。その結果があれば、十分です。たとえ失敗だったとしても、頑張ったという思いがあなたの心に残れば、これは成功なんですよ。次はもっと成長します」
頑張って負けた。
この結果があれば、次勝てる。
でもその次も負けても、頑張った結果であれば、次がやってくるはず。
それがフュンの永遠の努力という考えである。
何も出来なかった子供時代から得たフュンの実体験だ。
◇
帝都城の王の間。
開票結果は、リュークから発表となった。
年齢上位順からの発表である。
「それでは、発表します」
リュークの淡々とした声が響く。
「ロビン・ブライルドル 11票」
会場の人間たちが拍手で迎える中、フュンは焦っていた。
『少ない。思った以上に少ないぞ』
事前の計算と合わない。
フュンの睨んだ予定よりも数が少なかった。
ロビンは14票ぐらい取ると思っていたのだ。
「ジュード・ブライルドル 0票」
「レオナ・ブライルドル 14票」
フュンの顔が、険しくなった。
想像よりもレオナが票を取れていない。
「センシーノ・ブライルドル 2票」
この人に、票を入れる人がいるのかと、全体が思っていた。
失礼な瞬間である。
しかしフュンは。
『当然ですね。センシーノ皇子は優秀ですからね。そこに気付いている大臣の誰かかな』
センシーノに票を入れることが、何もおかしくないと思っていた。
『さて、残り12票。7いけますかね。こちらが6の予定だったんですけど・・・厳しい。クロ皇子か。まずいですかね』
クロは警戒すべき男であるとフュンが思っている。
それは裏工作をしていることに気付いているからだ。
彼は賄賂などで勝負を仕掛けていた。
勝てないエリア戦を捨てて、大臣たちの票を買う。
その潔さから面白い存在だと、フュンはクロを高く評価している。
「クロ・ブライルドル 4票」
『なに!?』
票数を聞いた瞬間にフュンの目が見開く。
まさかの票の多さである。
「マリア・ブライルドル 8票」
ここで拍手が沸き起こる。
その中で、マリアは。
「やった。やった! 先生。やったよ」
嬉しそうに飛び跳ねていた。
「ええ。そうですね。よかったですね」
そんな彼女を見て、フュンが褒めているわけだが、内心は驚きまくっていて、それどころじゃなかった。
『陛下の1。エリアの3。テルトさんとマチルダさんの2。票が二つ多いぞ。あれ???』
一体誰が彼女を支援したんだ。
こちらが把握できない。
誰かがマリアを応援してくれていた。
「よって、候補者が決定しました。壇上にどうぞ。ロビン殿。レオナ殿。マリア殿」
「「「はい」」」
これからこの三人で、三つの勢力になる。
皇子。皇女。
双方の票を奪いあう。勢力争いが始まるのだ。
三人が壇上に登ると、皇帝からそれぞれ腕章をもらう。
これからはこの三人で皇帝を争えとの証だ。
「よし。ロビン。レオナ。マリア。皆頑張れ。余は、等しく応援しようぞ」
「「「はっ。陛下」」」
三人が返事を返すと、皇帝は全体に向けて話し出した。
「うむ。では、決選投票は今年の最後にする。来年には継承者を確定させるからな、そこまで三人とも頑張りなさい」
「「「承知しました」」」
会場の皆が頭を下げると、この会は終わりを告げた。
◇
フュンは誰もいなくなった会場の中で、皇帝と二人でいた。
互いにお酒を軽く飲んでいた。
「陛下。マリアさんに票をくれたんですよね」
「うむ」
「マリアさんの票。多いんですけど・・・誰が入れてくれたのでしょう」
「エリアではないな。おそらくな」
総合的な選挙結果は、リュークしか知りえないので、皇帝も情報として持っていない。
公平な選挙だった。
「大臣の誰かが期待をしてくれたのか・・・そうか。やはりあなたの配下もまた優秀ですね」
「ん?」
「公平な人が多い。あなたに似ていますね」
「そうか。余は別に公平な人間でもないぞ」
「いえいえ。あなたは、フラットに物事を考えられている。素晴らしい人ですよ。だからこそ、守りたいですね。あなたも。その子らも・・・そしてこの国も」
「・・・うむ・・・そうだな」
二人はグラスに入ったワインを合わせて、乾杯した。
「さて。早速ですが。彼が動き出すでしょうね。彼は似ている。あの頃のウィルベル様にね」
◇
とある場所で、ジュードは、ロビンと会っていた。
偉そうに椅子に座る兄を見て会話が始まる。
「ジュード」
「なんですか。兄貴?」
「今度の票。私に入れるか?」
「知りません」
「・・・言えないのか。明言をしないと?」
「いえ。そうじゃなく、その時の運に任せようかと思いますね。俺は、細かい事を気にしないんで」
「・・・私に入れろ。そしたら大将軍のままにしてやる」
「そうですか。遠慮します」
ジュードは即答した。
きっぱりと断る。
「なに? 大将軍になりたいから、立候補したのではないか」
「ええ。そうです。ですが、なりたい事と、票を入れる事。これは天秤にならない。俺は俺の意思を大切にしているので、兄貴がそんな風に言ってきても、俺は簡単には票を入れません」
『漢』ジュード・ブライルドル。
その言葉が似合う男ぶりなのだ。
誰かに言われたから『はい。そうですか』とすぐに返事をするような軽い男じゃない。
それに曲がったことが大嫌いなのだ。
筋が通らない事は絶対にしない。
「そうか。じゃあ今回、レックスはどこに入れた。お前にも入れずにどうしたのだ?」
「知りませんよ。そんなの。あいつの意思でしょ。俺は関係ない」
「なに、お前の部下じゃないのか」
「レックスは、俺の部下じゃないです」
「何を言っている。お前が、拾わなかったら出世もせん男だったではないか。貴族ではないんだぞ。奴は」
「あ?」
今の一瞬で怒りが顔に出たが、兄なので次の言葉では顔が普通に戻った。
「兄貴。あいつは俺のおかげで出世したんじゃない。あいつは自分の力で出世したんです。兄貴、俺の親友を馬鹿にしないでくれますかね。あんたが長兄だからってね・・・俺はキレますよ」
大将軍レックスは部下じゃない。
レックスは親友なんだ。
第二皇子ジュードは友を大事にする男だった。
ジュードの圧力に負けて、ロビンは言葉を少し喉に詰まらせた。
「・・・そ、そうか。レックスは、大将軍にした方が良いか。私が皇帝になったら・・・お前と同様に」
「それは兄貴が考えてください」
つまらねえ話だと思い、ジュードは背を向け始めた。
「兄貴。俺は帰ります」
「待て」
「レックスの事は兄貴に任せますよ。ですが、兄貴がレックスを大将軍から降ろしたいのなら、俺はあんたをそれまでの男と見ます。それに、あんたが皇帝になれるかなんて、知らねえわ。正直裏工作する気なのが気に食わねえしよ。まあ。せいぜい頑張れや。兄貴。レオナに負けんなよ」
ジュードは最後にそう言って出て行った。
彼が去った後、ロビンは後ろに向かって声を掛けた。
「クロ。どうだ」
「ええ。そうですね。ジュード兄様は、いらないでしょうね」
「そうか。そうだな。レックスの計画はどうなった」
「はい。来るべき時に仕掛けられますよ。ええ、病院周りも押さえました」
「そうか。それじゃあ、お前に任せる」
「はい」
クロが消えた後、ロビンは計画を練り始めた。
「私が皇帝になるためには、選挙以外も対策して消滅させていかないと駄目だろうな。レオナ。マリア。二人には消えてもらう。あとはジュード・・・それと他の者もか・・・どれくらい消せばいいのだろうか」
夜空を眺めて静かに笑った。
◇
ジュードが城を出ようとするところで、後ろから声が掛かった。
「兄上」
「ん? お。レオナか」
「はい。そうです」
「んじゃ、どうした」
ジュードは分け隔てない性格をしているので、妹にもフランクな態度な人物だ。
「兄上は、この国の軍事。どうしたらよいと思いますか」
「あ? なんで俺に聞く」
「いや、私、さっきまでレックス将軍を探したんですけど。全然いなくてですね。もうお帰りになられたんでしょうか」
「ああそうだな。レックスはしょうがねえ。あいつはあの子の為に早く帰らねえとな」
「そうなんですか。なにか事情があるんですね」
詳しい事を聞いて来ない。
気遣いのある女性だとジュードは思った。
「ああ。そうなんだよ。んで、何の用だっけ」
レオナが困った顔をしている。
珍しい表情だと思い、そこが可愛らしいなとジュードは優しく微笑んだ。
「次の兄上が一番聞きやすいですから、さっきの質問に答えてくださいよ。軍事関係の事です」
「ああそうだっけ。つうか、俺がレックスの次か。一番に聞いてくれねえのかよ。兄貴だぞ。俺はお前のさ」
「はい、当然です。兄上はレックス将軍の次でしょ」
「くっ・・・ハハハハ。やっぱお前だな」
「え? なにがですか?」
妹は自分の親友が一番強いと思ってくれている。
自分を兄として見てくれているのに、評価の中に家族を入れずに実力でレックスが上だと判断している。
彼女のその考えと、自分に対しても、ふてぶてしい態度をする所が気に入っている。
でもその態度に可愛げがないのが、玉に瑕だが。
「お前はそのままがいい。しっかり見ているな。ちゃんと仲間たちをさ。いいぜ。お前はそのままでいこう」
「え?・・・どういう意味で??」
「あとで、レックスを呼んでやるから、会えよ。俺の意見よりもあいつの方がいいだろ」
「いいんですか。助かりますね。兄上の意見だと建設的な言葉も出て来ませんしね」
「おい。酷くないか」
「え。だって、兄上は大体にして大雑把すぎて、参考になりません」
「おいおい。もっと酷くないか」
「じゃあ、しっかり考えてから発言してください。それじゃあ、兄上。これで! 私は次の勉強会に行くので申し訳ありません。失礼します」
「あ。ああ。そうか」
二人が別れた後。
ジュードは笑顔で自宅に帰る。
「って。あいつ、まだ勉強すんのか・・・頭良い癖にまだまだ勉強するかよ・・・つうか。誰と勉強してんだ? こんな時間だぞ」
夜遅くでも、投票結果の発表が終わっても、自分の妹は一生懸命に何かをしている。
だから自分も武を極めていきたいと、身を引き締めたジュードだった。
◇
レオナは自分のお屋敷の会議室で、勉強会を開いていた。
「タイローさん」
「はい。なんでしょうか。レオナ姫」
レオナの相手はタイローだった。
フュンの推薦で、タイローの考えを勉強するといいでしょうと言われたので、そのまま、彼女は彼との勉強をしていた。
なぜ、フュンが彼を推薦したのかは、人当たりの良さと考えの柔軟性を得られるからだった。
人に対して厳しい印象のあるレオナには、柔らかい印象がある人物との会話形式での問答が最も良い成長をする、とフュンが思っている。
「私は、皇帝になれますかね。今回1位でしたけど、不安です」
「そうですね。私は、あなたが、皇帝になるのがよいと思いますがね・・・・宮中の事。しかも、皇帝の子らの気持ちで動きますからね。今回は、なかなかに厳しいでしょう」
「そうですね。難しいです。私はあまり兄弟とは」
「ええ。わかっています」
仲が良くないというよりも関わり合いが少ない。
皆に平等に接してきたことが、自分に対する支持を得られない要因になりそうだった。
「しかし、逆に考えれば、あなたは公平であるがゆえに、他の子供たちにも分け隔てなく接することが出来るでしょう。ゆっくり話していけばいいと思いますよ。いずれは良さを知ってもらえます」
「そうでしょうか」
「ええ。フュンさんも言ってましたよ。レオナ姫なら大丈夫だって」
「そ。そうですか。あの方が!」
フュンの話題が出たら顔が赤くなった。
「はい。そうですよ。いつも褒めています」
「そ、そうですか。なら自信を持ってもいいのですね」
嬉しそうな顔をしたレオナ姫を見て、タイローは少しだけため息をついた。
『罪な人ですね。フュンさん。どう見ても、乙女になりましたよ。この人・・・。どうしよう。まあ、ここは私のせいじゃないので、ノータッチで。あとにしましょう。女性問題は、あなたにお任せしますよ。私のせいじゃない!』
この先の憂いている部分が、彼女の嬉しそうな姿と重なる。
今後のフュンさんの苦難はここにあるでしょうね。
と一人思うタイローであった。




