第299話 特別な権利 特殊な同盟
翌日の選挙戦終了後。
投票が終わった後に、フュンは皇帝と二人きりで会っていた。
「やってくれたな。アーリア王」
「え? 何の話です?」
「とぼけおって・・・まったく、困った演説をしてくれたのものだ」
という皇帝の口元は笑っていた。
「ええ。素晴らしかったでしょ。マリアさん?」
「ああ。もちろん。よくやった。余の娘に恥じないどころか。とても立派だったぞ」
属国の子であろうとも、我が子に換算する。
その大きさを示す言葉は、この人物にしか出せない。
「で。投票は誰に?」
「マリアだ」
「でしょう。陛下。面白い案どころか。あれじゃないと、あなたの家族は皆死ぬでしょ?」
「その通りだ。あの案であればな。余の子らがエリア選挙に出ればいいのだものな」
皇帝が、お茶を飲んだ。
一呼吸おく間にフュンが話す。
「その通りです。この国を変えるチャンスは、誰にもある。皇帝のみに権力が集中する世界じゃなくなる。皇帝は象徴として、権力者としても残りつつも、重要な権力は19に分散される。でも、象徴としての分。それと帝都を守護することの分で、皇帝が18人よりも一つ上の存在になります」
頂点が皇帝なのは変わりない。
だが、その他の18名が存在することで、権力者が18となる。
ただし、選挙で選ばれることで、得られる資格なので、未来永劫の権力者じゃない。
なので、永久権利を持つ皇帝が引き続き権力の頂点に立てるとなる。
落としどころもよしで、しかも我が子らが生きてくれる可能性が出て来た。
まさに青天の霹靂となる考え方であった。
「・・・マリアにしたいがな・・・難しいだろうな。それはな」
「ええ。無理です」
フュンは無理が承知でこの案をオスロ帝国に提案した。
民の頭に残すのが重要だと思っているのだ。
「しかし、陛下。レオナ姫が聞いてくれました」
「ん?」
「僕は、レオナ姫がやってくれると信じています」
「あの案をか!?」
「はい。僕は、この選挙。最初からレオナ姫を信じています」
「なんだと!?」
「彼女は、あなたによく似ている。偉大な皇帝になる。その素質があります。だから、レオナ姫にこの案を聞かせたかったのですよ。マリアさんを通じてね。僕から直接じゃなくてですね」
「・・・そうか。それでマリアに選挙戦を・・」
「それもあります。ですが、保険です」
「保険?」
フュンは色々と考えて、子供たちに選挙戦をやらせていたのだ。
ただ無意味に戦わせていたのではない。
「戦いは起きてしまう。これは確定的。レオナ姫が選挙で選ばれても、あなたから指名されても、この国は結果として二分される。ですから、マリアさんです。彼女にもう一勢力を持たせることで、戦争状態にさせない。または起きにくくする。でも限界はあります。今からの選挙で、どうなるのかがわかりません。陛下、今後は陛下ご自身も気をつけてください」
「・・・そうだな。フュン殿が言いたい事は分かる。要は、選挙をひっくり返しても、簒奪しに来るかもしれないと」
皇帝の位の簒奪が起きる可能性があると示唆される。
「そうです。でもその場合。僕は反乱者に容赦しない事に決めています」
「!?」
「陛下、それで僕にある権利をくれませんか」
「何の権利だ」
「ここで戦争してもいい権利です」
「は!?」
「僕はここであなたの為に戦います。ただし、あなたの命令の中でです。なので勅書の中に、戦える権利をください。内密ですが、将軍とかに任命してもらえませんかね」
「まさか。大将軍たちの他にということか」
「そうです。皇帝陛下ジャックス・ブライルドルの勅書をもらいたい。あなたの代理。剣として戦わせてほしい。なので、あなたからの文書にはこう書いてください」
フュンとジャックスの会話は未来を守るための会話だった。
◇
オスロ帝国を守るために、軍を率いる事が出来る。
この効果は、現代の皇帝。次代の皇帝にまで続く。
フュン・ロベルト・アーリアに特殊軍の指揮権を与え、その剣ゼファー・ヒューゼンには、代理の権限も与える。
大将軍よりも上の権利。
皇帝と同等の軍事権を付与する。
ただし、その権利を発動できるのは、緊急事態のみ。
緊急事態とは、国が乱れた場合だ。
国家に皇帝となろうとする者が二人以上現れた時に効果を発揮する。
その時、アーリア王国とは完全同盟関係となり、オスロ帝国を救うための行動を、ルヴァン大陸内でして良いとする。
ただし、これはアーリア王フュンとその剣であるゼファーが生きている場合に効果があるとされる。
ちなみに皇帝陛下ジャックス・ブライルドルの生死は問わない。
そして、この権限は、フュン・ロベルト・アーリア一代に限る権利であるので、それ以降のアーリア王に与える権利ではない。
◇
「そして、あなたが生きている間に、平和にしたい」
「なに!? 余の時代で?」
「はい。いいですか。不穏な事は表に出して、ここは不満すらも表に出させることです。内乱をしてしまう。それがむしろ絶好の機会になります」
「絶好の機会だと」
「はい。レガイア王国がウーゴ王の帰還で、一からの国造りとなり、ジェシカ・イバンクが新しい国を作る。そうなると、ワルベント大陸側が戦争をすることが無くなります・・・でも、内部の立て直しのための内政に力を入れますので、ルヴァン大陸と戦う考えは持たないんです」
「そうだな。その通りだ」
反対の大陸が戦争をする状態じゃない事がまずひとつ。
それと。
「そして、僕のアーリア大陸も、あなたの国とは戦争をしません。僕の目的がそこにないからです。だとすると、ルヴァン大陸は他の大陸と戦争状態になりませんので、今が内乱を起こすチャンスだ」
「・・・まさか。自国に集中できる環境が今あるのだから、ここでわざと不満を表に出せと? 戦えという事か!」
「そうです。わざと出して、今、この瞬間に決着を着ける。後腐れのない結果にまで導いたら、あなたが皇帝として国家を安定させて、後継者問題を片付けます。これをしない場合は」
フュンは幾つもの作戦を練っていた。
その中で、帝国にとって一番良い落としどころを探していた。
「ワルベント大陸。アーリア大陸。この二大陸が大成長をしますよ。あなたの死後又は影響力が低下した頃。例えば、二十年近くですかね。この頃にこの国が内乱をしたら、僕らの国につけ込まれる恐れがある」
「・・・・なるほど。その通りだ。そうか。今がチャンスと言うのは、今のそなたらも戦争にかまける時間がないからだな・・・」
「そうです。なので、ここで膿を出し、今に新たな帝国になり。そしてある作戦に賛同して欲しい」
「ある作戦?」
「はい。僕は、世界連盟を作りたいのです」
「世界連盟だと?」
フュンはここで、この世界の一番の権力者に自分の考えを伝えたのだ。
「あなたと、僕。そしてウーゴ王にジェシカさん。この四人・・・いや、マリアさんも欲しいか。各大陸の代表者を呼び、世界で、平和な時間を作りたい」
「平和な時間か・・・随分現実的だな」
一つの国家にしてまとめるのではなく、一時の平和な時間。
現実的と言えば現実的である。
「ええ。今は平和な時間だけでいいんです。一時の平和。これでいい。永遠の誓いなんてものは、嘘くさいです。それに僕はね。未来の子供たちを信じたいんですよ」
「・・・未来の子・・・か」
皇帝は自分の子らの顔を思い出す。
彼らが未来である。
「はい。僕たちは、僕たちの時代の中で、平和を疑似的に作ります。ですが、未来はあえて作らない。未来は僕たちが育てた子たちに築いてほしいのです。僕たちが彼らに平和の想いを継承させて、未来の子たちが自分の考えで、平和について考えて欲しいのです。だから話し合う場所を作るために、僕らはとことん話し合う。それで、世界を一時的に平和にする。僕はこの案を皆さんに提案するつもりです。ウーゴ君にも前に聞かせました。今、あなたにも聞かせましたので、あとはジェシカさんにお伝えすれば、この話し合いが始まります」
世界を守るためなんて崇高な考えじゃない。
今、ある世界に、一瞬の平和を生む。
そして、その平和を未来永劫にするのは、約束じゃなくて、人だ。
思いを継承した人が、自分たちの為に平和を考えるのだ。
この優しい考えの中には、フュンの厳しさがあった。
これは、先送りじゃない。
課題である。
未来の人たちが解決して欲しい課題を提供したのだ。
自分たちでは解決できなかった問題を、未来の平和な中で育った人ならば、新たな考えの元で、新しい世界を作ってくれるのかもしれない。
過去から現在、現在から未来へ。
この間に人は成長しないといけない。
今の人よりも、未来の人がより良くなるために。
フュンは、今を作る気なのだ。
平和な世界をだ。
ここから、新たな考えで世界に羽ばたく人を作るためにである。
「わかった。いいだろう。余も賛成だな。何も戦争なんかしなくても、それで平和になれるのであれば、そちらの方がいいだろう」
「ええ。きっとそうです。戦い続けるよりもね。それに僕らも、そろそろ休みたい。ゆっくりお茶でもしましょう。ジャックス陛下」
「ああ。そうだな」
フュンとジャックスはここで同盟を結んだ。
オスロ・アーリア同盟。
またの名を『殲滅の太陽同盟』である。
太陽王と殲滅王が、世界から戦争を無くすために動く。
これは世界で初の他国に軍事権を与える不可思議な同盟だ。
歴史から紐解いても、この先も起こる事のない出来事だろう。
フュン・メイダルフィアと、ジャックス・ブライルドル。
この二人がいなければ出来ない大同盟だった。
しかし、この行為が、オスロ帝国を救い、世界に新たな希望を生むとは。
この時の人々は、誰も想像できなかった。




