第293話 選挙戦略
選挙戦も過熱し始めた2月頃。
フュンは、与えられた自室に一人でいた。
大勢の仲間たちがいたはずの部屋も、今は一人だけ。
寂しいだろうが仕方ない。
皆が仕事をしていて、自分も忙しさの中にいた。
「さて、ゼファーたちは訓練でしたね。シャニとレベッカ。それとダンとですね」
四人は現在ジュードとレックスの二人と、兵士訓練をしていた。
選挙をしなければならないジュードであるが、そもそもが皇帝になる気がないので、訓練を優先しているのである。
「それで、サブロウが・・・マリアさん。タイローさんが・・・レオナ姫。リティとジーヴァの二人は、上手くやってくれているでしょうかね・・・どうなんでしょう」
サブロウにはマリアの護衛と、影の訓練をさせていた。
タイローはレオナの指導をしている。
それは為政者としての心構えもだが、それよりも人との調整の仕方についての特訓だった。
タイローはバランスを取るのが上手い。
人付き合いが上手いのだ。
その部分を学習して欲しいと、レオナ姫に彼をお薦めした。
フュンは、この選挙戦。
教え子であるマリアにだけ肩入れしているわけじゃなかった。
そして、リエスタとジーヴァの二人には表と裏でとある人物を確認してもらっている。
フュンは見た瞬間から、その人物を警戒していた。
人となりを知るために、探りを入れているのだ。
しかし、リエスタにそれが出来るのか分からない。
だから、サブロウ同様に影になり続けているジーヴァを彼女の護衛兼指南役に当てた。
「二人が危険になるまではいかないでしょうが。警戒はしてもらわないといけませんね。あの人は敵なのか。それとも・・・いや、得体がね。どうも、僕の勘が変だと言っています」
悩むフュンは、色々な事を考えていた。
◇
アーリア歴6年3月3日
フュンの自室にて。
選挙活動を一時中断して、休息を取っていたマリアが来ていた。
「先生! あたし。勝てんの?」
「そうですね。勝てませんね」
「え?」
思いも寄らない意見で驚く。
「今のままだと無理です。負けます」
フュンはきっぱりと宣言した。
「あたしが駄目?」
「いいえ、違います。マリアさんは素晴らしい子です。この状況になるのは、あなたのせいじゃないんですよ」
「そうなの?」
自分に自信がなかったらしく、そんな答えになっていた。
「あなたが原因じゃなくて、そもそもが勝てない要因があるのです」
「それは、どんな事でむりなの?」
「まずね、あなたが属国出身なのが勝てない要因です。そこが無理ですね」
「・・・・そっか。どうしようもないね」
そこはしょうがない。生まれを変える事は出来ない。
マリアはきっぱりと頭を切り替える。
ここが彼女の良さである。
「ええ。しかしね。戦略を変えると、負けなくなります」
「負けなくなる?」
「そうです。負けない。ここが重要です。勝つじゃなくね」
フュンは残り三カ月が勝負だと思っていた。
ここまでは、ただのマリアという最後の皇帝の子が、選挙戦に出ただけという証が残ればいいと思っていた。
皆の印象にはその程度でよいと割り切っているのである。
「投票の事。覚えてます?」
「うん。エリア18。大臣18。大将軍2。陛下1だったはず」
「ええ。そうです。正しい」
フュンは笑顔で答えた。
マリアは、ほっと一安心する。
「この中であなたが票を獲得できる可能性があるのはどれか。言えますか」
「あたし・・・たぶん、属国のエリア3?」
「そうです。あなたはこのままだと3票になります」
「たった!?」
「ええ。たったです」
3票じゃ勝てない。
それは分かり切った事だった。
「それでですが。僕の予想ではロビン皇子。レオナ姫。この二人に票が集中します。おそらくこの二人で7割。これくらいいきますよ」
「え? そんなにですか。先生!」
「ええ。それくらい入ります。25~29票。この前後が二人に入るはずです」
「・・・・・んんん。それで3って勝てないじゃん」
「そうですよ」
フュンは勝てない事を教えた。
「ですが、ここからです。残り一枠あります。これは候補者選挙です」
「・・・そっか。もう一人に入ればいいんだ」
「そうです。そうなると残りの票はいくつですか。二人で29であったらいくつ?」
「え、えっと」
マリアは計算も出来るようになった。
フュンの勉強は日常の勉強もあったのだ。
彼女に、一般知識から、宮廷の知識まで入れ込んだのだ。
「10!」
「よく出来ましたね」
「うん!」
つい最近まで、簡単な計算も出来なかった彼女。
一瞬で答えられるまでに成長していた。
子供の成長力を甘く見てはいけない。
フュンは彼女の頭を撫でながら思っていた。
「それじゃあですね。あと3では勝てません。残り10を何人で分け合いますか?」
「4人!」
「そうです。4人いますが、実際は3人です」
「え? なんで。4人じゃ・・・」
マリアは、計算が合っているのに、答えが違っていて混乱した。
「ありません。ジュード皇子に票が入らないのです」
「そうなの」
「ええ。彼には票が入らない。なぜなら目的が別にありますからね。あのレックス大将軍でも票を入れません」
「・・・仲が良いのに?」
「ええ。彼は仲がいいから入れません。彼に入れてしまうと、彼に入れたのがレックス大将軍だと分かられてしまうからですね」
「・・・それって駄目なの?」
「ええ。駄目でしょう。この国の三大将軍の二人が、強く結びついている。そうなると、公平性が保たれない。皇帝の元で三人が平等でなければなりませんからね。もう一人の大将軍エレンラージさんにも悪い。指揮権のバランスが保てなくなります。意見を出す時に2対1みたいになりますからね。二人の印象が悪くなる」
だから、ジュードは0票になる。
ただし、皇帝候補者選挙に出た人をないがしろには出来ない。
その意味で彼は立候補しているのだ。
受かる事が目的じゃないのだ。
「それで、あなたが3。でもこれでは勝てないので、6欲しい」
「倍ですか。先生無理なんじゃ・・・」
「いえいえ。おそらく、出来ます。陛下から1もらいます」
「え? 陛下から?」
「はい。陛下は極端なくらいに公平です。ですから最終演説で、勝ちます!」
「・・・・」
よく分からないので黙ってしまった。
「いいですか。選挙活動を引き続き頑張っていきます。ですが、あなたはエリア15で絶対に1票も取れないでしょう。あなたは属国の姫の子。それでは本土の人たちは認めない。属国という重い枷は、一生外れません。あなたの本国が属国である限りね」
かつての人質時代のフュンがそうだったように、属国の子供とはそういうものなのだ。
立候補したからって、簡単に認められるわけがない。
地位も立場もないからである。
フュンは辺境伯、大元帥へと出世していったから、本国のガルナズン帝国に認められたにすぎない。
あのままの待遇であれば、絶対に認められないのだ。
「しかし、それでいいんです。あなたは一生懸命この国を強くすると訴えるだけでいい。その思いは少なからず民の心に響くはず。ですから、票を取りに行くのではなく、民に知ってもらうのです。私はこんな思いを持って、この立場にいますとね」
民には票を取りに行くのではなく、誠実に自分の言葉を言えばいいだけ。
選挙戦の民の部分は、マリアという人を知ってもらう戦いだとフュンは思っていた。
「そして、大臣たち。ここが重要です。ここから2名の票をもらいたい。だから事前の説得。または、ロビー活動も必要でしょう。僕は経済大臣テルト。運輸大臣マチルダ。この二人を抱き込みます」
「え? その二人をですか?」
「はい。彼らは、今のルヴァン大陸の在り方に不満を持っています。軍の意見が強い状態。意見が通りにくい状態に不満を持っているのです。そしてですね。彼らは新たな知見を得ています」
「・・・」
マリアは、フュンの話を黙って聞いた。
「彼らは、新たな戦艦を運用したいのです」
「え、新しい船???」
「そうです。僕も噂で聞きましたが、彼らはね。裏で作っているのです」
「・・・な、何を。先生! 皆に隠すほどの? そんな極秘で??」
「はい。彼らが作っているのは、長距離輸送艦です。それで、かなりの距離を一度に移動できる。だから彼らは、僕らと交易をしようと考えているのだと、僕はそう予想しています」
情報戦において、フュン・メイダルフィアの右に出る者は、この世界にいない。
「ええ。ですから、そろそろ、そこを突いていきましょうかね。裏の選挙戦略だ」




