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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
最終章 世界異変 ルヴァン大陸編

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第292話 偉大な人物でも難しい問題

 アーリア歴6年から選挙戦が始まったオスロ帝国。

 各地に一週間に一度、政見放送が流れる。

 無線を拡大音声にして、各地で各候補者が話すことをしているのだ。


 皇帝候補選挙においての国民の一票は、直接的ではなく、間接的である。

 オスロ帝国を18エリアに分けて、線引きをして、属国は1エリア扱いで、地域を15エリアとする。

 このエリアが各一票ずつを持っている。

 それと、大臣。大将軍。皇帝も一票ずつ持っているので計算は簡単。


 帝国の大臣18名。三大将軍ジュードを除いて2名。皇帝1名。属国で3。エリアで15。

 計39票が投じられる形だ。

 

 この中で三名を選び。

 最後は皇帝の子らで、決戦をする。

 横の繋がりが薄い皇帝家族の勢力図を生み出すためである。

 あえて、勢力図を作る。

 それが、フュンとジャックスが考えた策である。

 

 作らない場合、民にとって災厄となる時代。

 恐怖の大戦乱時代が誕生することがわかるからだ。

 

 フュンとジャックスは現実的に見て、判断していた。

 ここを理想論で語れば、後継者を指名していった方が楽かもしれないのに、あえての茨の道を選択したことで、この国がどのような変化を辿るのか。

 この二人でも分からない事だろう。



 ◇


 フュンとジャックスが、皇帝の部屋で一息する。


 「アーリア王。やってくれたな」


 言葉は強いが、皇帝は笑顔だった。

 フュンのすることが面白いと思っているからだ。


 「え? 何の話です?」

 「とぼけても無駄だ。あのマリアを・・・どうやって。あそこまで成長させたのだ。会って二か月なはずだ」

 「ええ。そうですね。二か月くらいですね」

 「変わりすぎだ。全く別人のようだぞ」

 「ええ。素晴らしい子です。僕が見た時よりも輝きがある」

 「・・・どうしてあのようになった」


 ジャックスが真剣な顔になったので、フュンも答える。

 一からの説明に入ろうとすると話が思わぬ方向へ行く。


 「はい。彼女は、マリアナのせいで監禁状態になりました」

 「そうだな」

 「知っていたのですか」


 ジャックスの諜報部がその話を耳に入れていたので、当然皇帝にまで届いていた。

 大事だろうと思うフュンであるが、ジャックスにとっては、いつも通りで、別に由々しき事態でもなかった。


 「うむ。いつもの事だと思ってな」


 そこが気に入らないと怒り出したのがフュンである。


 「何故止めない!」


 部屋の空気が震えた気がした。

 フュンの声に気迫が籠っている。


 「ん!?」


 ジャックスは初めてフュンから怒りの感情を受け取った。

 フュンが喜怒哀楽の中で、唯一見せない感情。

 それが怒だった。

 初めて見るその表情と雰囲気に、ジャックスは身震いする。

 体中に悪寒が走ったのだ。

 外の寒さのせいか、それとも彼に恐ろしさを感じたせいか。

 どちらにせよ。

 机の下で隠してはいるが、ジャックスの手は震え続ける。


 「陛下。あれは教育じゃありません。体罰です。心にも体罰です」

 「あ。ああ。そうだな」

 「知っていて、何故止めない」

 「余の方針でな。子らの教育は出来る限り母親に渡している。余が関与すると、いざこざが生まれると思ってな」

 「ああ。なるほど。だからか・・・」


 フュンが今までとは違う。

 かなりきつい表情と声をしていた。


 「陛下。今の状況は陛下のせいです」

 「なんだと。余のせいだと」

 「ええ。そうです。子らへの教育を放棄した。そのツケが、ここで回ってきました」

 「な!?」


 遠慮もなく皇帝を叱責する男。

 この男は、他国の人間でしかも王。

 外交問題になりそうなくらいの叱責だが、ここで言える度胸が凄い。

 でも彼の態度が、一人の父親としての助言だったのだ。

 だから、意外にもジャックスは冷静に話が聞けた。

 この人物もまた極端に公平で冷静なのだ。


 「母親に任せている。それは、言い訳に過ぎない。あなたが一人一人に指導するべきでした。子同士の繋がりも。勉強も。国についても。もっと子供と触れ合うべきでしたね。だから分裂の危機が訪れている」 

 「うむ・・・そうだな。そうかもしれない」

 「いいえ。かもじゃないです。父親との触れ合いがなければね。いかにあなたが子らを愛していても、思いが伝わらないんじゃ意味がない。やはり直接、相手に愛情を表現する。これをしないと、家族はバラバラになりますよ。十三人も子供がいるんです。戦いや政務に忙しくても出来る限りでもいいので触れ合うべきでしたね」


 エイナルフも子供が多かった。

 でも最終的には家族が一つとなった。

 それはフュンが結び付けたからだけじゃない。

 彼の愛情が、各兄弟たちに伝わっているからだ。

 ヒストリアからシルヴィアまで、彼らはエイナルフの愛情のおかげで、本物の兄弟になれたのだ。

 慈悲深いエイナルフの想いが、あの兄弟たちの連携に繋がっている。

 

 「すまない。そうだな。余のせいだ」

 「ええ。それを分かってもらえる。それだけでもあなたが偉大だと、僕は思いますね。あなたの度量は凄い。こうやって僕みたいな生意気な小僧の意見を素直に聞けることは普通の事じゃないですから」

 「いや、ありがたいと思っているぞ。余はそなたの考えが面白い。相談役はピッタリな役職だと思っている」

 「いえいえ。僕には、務まらないですよ。僕としてはね。ただの井戸端会議のご近所さんの感覚です。相談なんて大層な事はしてないです」


 世間話をしているだけ。

 フュンには、そんな感覚があった。


 「ハハハハ。たしかにな。少し離れているが、隣同士の大陸と考えれば、そう考えてもおかしくはないだろう」

 「ええ。そうですね。隣の人と普通に会話が出来る幸せ。僕は噛み締めてますよ。こういう風に出来る事に感謝します。あなたと神様にね」

 「ああ。そうだな。余も感謝だ。人生の最後に、珍しい男に出会えた!」

 

 人生に一度。会えるか会えないのかの珍しい男。

 人に分け隔てなく接する異端の男。

 フュン・メイダルフィアとは、そういう価値のある男なのだ。


 「それで、どうやってあれほどの変化を」


 話が元に戻った。


 ◇


 「ええ。僕はですね」


 フュンが紅茶を一口飲んでから話す。


 「彼女のやる気に火を点けただけです」

 「ん?」

 「彼女は、暴れん坊じゃありません。言う事を聞かないような子でもありません。ただ、マリアナのせいで、自分を表現できなくなっただけです」

 「今まではマリアナのせいだと?」

 「そうです。彼女のせいで、マリアさんは、周りに怯えていました」

 「怯え・・・か。あれがか」


 ジャックスは、言う事を聞かずに暴れていただけにしか思えない。

 でもこの認識は、この宮中であれば誰もが思う事だった。

 しかしフュンは違う。


 「周りの期待が、彼女の不安を生み。周りの白い目が、彼女を攻撃的にしただけです。そして、自分たちの想いだけを彼女に伝えようとするとね。周りの大人が、どうしようもない大人に見えるのですよ」


 イスカルの期待を背負わせる。

 それが、彼女の重荷だ。


 「特にマリアナ。あれは駄目だ。でも彼女にとっては母親だから、言う事を聞いてしまう。だから心が危ない状態でした。もう少しで彼女は、マリアナの操り人形になっていたでしょう。意志が無くなるところでしたよ。危険でした」


 フュンがやりたい事をやらせていたのは、この意思を持つ大切さを学んでもらうため。

 自分が思ったことをするのが、彼女の意思に繋がるのだ。


 「そして、意思の中で最も成長効率がよいもの。それをお分かりですか。陛下?」

 「ん。成長効率がよいものか・・・なんだ。自己顕示欲みたいなものか」

 「そうですね。それもいいですね。成長率は悪くない。自分の為にどんどん成長しようとしますからね」

 「うむ。そうだろ。皇帝はこれを持つだろうな」

 「ええ。支配者はそうだ。でも、それよりも最高効率があります」

 「まだ上があるのか」

 「はい。それよりも上なもの。それは・・・反逆の心です」

 「なに!?」


 成長する中で最も成長率がある心。

 それが反逆の心である。

 フュンが持つ最大の持論だ。

 それは彼の人生が、まさにそうだったからである。


 「この環境を突破するために、今よりも成長したい。誰かを見返してやりたい。負けたくない。その強い思いが、人を成長させる。それも爆発的にです」

 「たしかに・・・そうかもしれんな。そうか。反逆の心じゃないから、余はレガイアに勝てないのか」

 

 ビクストン・シャルノー間。

 ワルベント大陸との戦いは、反逆の心じゃない。

 保身だ。 

 だから、攻勢に踊り出ても、いまいち勝ち切れない。

 成長効率が悪いのもある。

 相手の戦艦とほぼ互角の戦いに成長がなかったのだ。


 「そうです。自分の為に成長するのは大切な事。でもそれは一の力になります」

 「一?」

 「そうです。一です。自分一人です」

 「数の意味なのだな」

 「はい。そして、反逆の心だと。二になります」

 「二?・・・そうか。相手がいるという事か」

 「そうです。この人に勝ちたい。この人に負けないようにする。そこには必ず反逆の心があります。その先に人がいるんですよ。だから成長します。人の顔が見えると、人は成長するのです」


 自分には、弟ズィーベがいたように、最大の敵ナボルがいたように。

 そして、永遠の好敵手ネアルがいたように。


 相手がいたからこそ、自分は成長をしてきた。

 フュンの人生は必ず人がいるのだ。

 それが敵であろうと味方であろうと、決して一人では成長していない。

 誰かがいたから成長してきたのだ。

 

 「相手の顔が見えないと、成長はしにくいです。だから、マリアさんにはこう言いました。お母さんを驚かせましょうとね」

 「ハハハ。そうか。それで、焚きつけたのか」

 「ええ。負けたくない相手をお母さんにした。それと、今戦う候補者たち。これにも、のちに設定できます。こうなると、彼女が覚悟を決めてくれれば、爆発的に成長します。目標の人たちを変えていけばいいだけになります」

 「ほう。凄いな。アーリア王・・・」


 人を育てるのが上手すぎる。

 年下の人物だが、ジャックスは心底フュンを尊敬した。

 父として、人として、間違いなく彼の方が上だろう。

 ジャックスは、生まれて初めて人に負けたとも思ったのだ。


 「だから、人は才能じゃない。想いです。この想いの強さを生み出せば、爆発的な成長を果たします。マリアさんも、この強さがあります。なので、安心してください陛下。彼女がダークホースなはずですよ。面白い選挙結果になればいいなって僕は思ってます。あははは」

 

 明るい笑顔になるフュンを見て、ジャックスも微笑んだ。

 この男こそ、世界にとって重要な男なのではないか。

 ジャックスも皇帝としての格なら自信があるが、人としてならフュン・メイダルフィアの方が立派な人物であると思った。


 フュン・メイダルフィア。

 大陸を跨いでも、変わらぬ温かな光を放ち続ける男。


 太陽は、この世界から消えてなどいなかった。

 別な大陸を照らす太陽となっていた。

 世界に新たな平和(太陽)をもたらすために、彼は走り続けていたのだ。


 


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