第290話 レオナ・ブライルドル
ゼファーたちが別な部屋で交流会をしている間。
「それで、アーリア王にはもう一人会ってほしいのがいる」
「僕だけですか」
「うむ」
「いいですよ」
王の間の脇から女性が出てきた。
「ん? レオナ姫!?」
「はい。アーリア王。お久しぶりです。何度かそちらに訪問したのですが、不在が続いているようで・・・アーリア王はどちらにいたのでしょうか。怪しいです」
数回部屋を訪れたのだが、どの時間帯にもフュンがいなかった。
彼女には悪いが、フュンはマリアの指導をしていたのである。
コソコソと移動して指導をしているので、出会える確率は極端に悪くなる。
「ああ。それはですね。少し面白い事をしてましてね」
「面白い事?」
「ええ。今度の隠し玉です。みなさんを驚かせますのでね。その時に驚いてもらえると嬉しいです」
「そうですか。なら良いのです」
レオナ姫から感じるのは疑いの目。
他国の王が、自国で何をするのだと思っているのだろう。
レオナは、極端に公平な女性だ。
先入観がない。
フュンは彼女の事をそう思っている。
「ではお聞きしたい事が」
「なんでしょう」
「あなたの狙いは何ですか。選挙など。不要な争いを持ち込む理由は?」
「え?」
「あなたのおかげで国が分裂する恐れがあるのですけど」
「ああ、なるほど」
この状況になったことで、そういう考えになりますか。
フュンは、相対する女性が、冷静な判断力を持つ人だと思った。
ここからの話の展開で、適当な言葉を並べてはいけない。
彼女をねじ伏せる形で行かないと、飲み込まれてしまう。
「僕と陛下が考えた策ですが。陛下に聞かずに、僕に聞くのですね」
「ええ。陛下であればこのような考えはない。あなたからの入れ知恵だと思いました」
「入れ知恵・・・なるほど」
面白い。あくまでも自分を疑っている。
そういう事だとフュンは脳を切り替えた。
「僕は、苦肉の策を提案しただけです」
「苦肉の策・・・ですか?」
「ええ。現在の皇帝。ジャックス陛下。僕は偉大な皇帝陛下だと思っています。二大陸を制覇してなお戦い続ける王です。しかも自分の為じゃない。自国の未来の為と、子供たちの為にですね」
「もちろんです。父は皇帝として立派な人です。尊敬しています」
嘘偽りのない言葉。
今の受け答えでは、そのように感じる。
「でしょう。僕もそう思っていますよ。心から尊敬出来ます」
「敵であるあなたがですか。父を心から認めていると? ありえないのでは?」
「敵? 僕は敵じゃないですけど」
「敵でしょう。国を分裂させるような進言をする男など。敵以外で、表現がありますか?」
明確な言葉で牽制してきた。
「そうですね・・・いいですか。レオナ姫」
なので、フュンは、張り合わずに穏やかな表情と優しい声にした。
「僕は正直に言うと、この国に来た当初はですね。この国の力が弱まればいいな。そうなれば、僕の国も、ワルベント大陸も、助かるなくらいに思っていましたよ。この国がですよ。他の大陸を蹂躙できる力があるとね。こちらとしては困りますよ。だから正直に言いますよ。この国が弱くなってほしいと思っていました!」
フュンの言葉の全てを、ジャックスは受け入れていた。
笑顔になって聞いていたのだ。
この場面で、しかも自分の前で、正直に言えるその度胸が凄いの一言。
だからこそ、ジャックスは、フュンの事を友だと思う事にしている。
腹を割って話せる男など、この立場になって初めてではないかと、貴重な人間を得られたと満足げに微笑んでいたのだ。
「しかしね。ジャックス陛下の大きな心に、僕は懐かしさを感じてしまい。協力の方向性に心が傾いたのです。この大陸を大戦乱にさせてはいけない。そして、我が子の全滅。これだけは絶対に避けないといけない。この国の明確な課題で、皇帝陛下の人生最後の宿題となっているでしょう」
子供たちに課題を残してはいけない。
自分が解決に導かねばならない。
後継者問題を、ジャックスは後回しにしなかった。
「レオナ姫。皇帝のワルベント大陸への意図した攻撃。あれの真相をご存じで?」
「当然です。父は、来るべき時の為に。ワルベント大陸の領土の一部を確保しようとしていたのです」
その話に気付いている。
優秀なことの証明であった。
「そうでしょう。だから、戦争から同盟に変われば、そちらとしては楽でしょ。それもお分かりではないですか?」
「はい。もちろんです。この同盟は利点が多い。ウーゴ王が強固な同盟をしてくれるのであれば、この国は内政に力を入れられます。この間に技術力をあげるのです。そして例え、同盟を反故にされても、再度侵攻を可能にすればいいくらいの技術差を生めばいいだけです」
「ええ。その通りです。完璧な流れでありますね。あなたは素晴らしい策略家だ」
抜け目のない答えに、フュンはさすがだと思った。
ジャックス皇帝陛下の次に、皇帝に相応しいのは彼女だ。
「しかし。その後の選挙というのが気に入りません。あなたのせいで兄弟らが分裂します」
「レオナ姫。今の現状。分裂をしていないと言えますか。どうですか。ご兄弟の仲は?」
「・・・・」
知らないので、答えられない問題である。
兄弟であることは理解している。
でも、仲は聞かれても、よく分からないのだ。
「レオナ姫は仲の良いご兄弟はいらっしゃらないのですか? どなたか一人くらいは?」
「いません。皆兄妹です」
誰かに肩入れすることがない。
とにかく皆に平等である女性なのだ。
「では、兄弟の間で、仲の良い人たちっているのですか? それぞれが独立しているのですか」
「それはわかりません。兄妹でそういう話をした事がありません」
自分も、子供同士も、そもそも会話をしている場面に出くわしていない気がする。
それとも、そんなことを今まで気をつけていなかったから、兄弟間の仲の良さなんて、分からないのかもしれない。
フュンの言葉にすぐに返事をしたレオナは、頭の中では少し悩んでいた。
「では、それはあなただけが極端に触れ合わないのですか。それとも他の方たちは交流があるのですか」
「それもわかりません」
「それでは、私と陛下の考えが、分からないでしょう。レオナ姫」
「え?」
フュンは親の目線ジャックスの立場から話していた。
「レオナ姫。あなたはもう少しご兄弟と交流をした方がいい。兄妹の考え、意志の違い。これらを実感された方がいい。そして仲良くした方が国は安定します」
「そんなことはありません。皆が自分の仕事をすればいいだけ。帝国を動かすに、仲の良さなど関係ありません」
「そうです。基本の考えはその通りです。ですが、人には気持ちがありますからね。仲が良いと何が良い事か、知っていますか?」
「知りません」
淡々と言った。
「ええ。仲が良いと、人が気持ちよく仕事が出来ます。特に大きな仕事をする際に良い事に繋がります。本来の力を引き出すきっかけになるからです」
「ん? 本来の力」
「そうです。あなたの言う通りに仕事をすると、100の力が出るとします。淡々と平然と自分の役割を全うした場合です」
「はい。当然ですね。仕事をするなら、常に100を出さねばいけません」
結果を求める女性の言葉だった。
「ええ。でもですよ。仲が良いと120。仲が悪いまま仕事をするとその半分50の力しか出ないんですよ」
「なぜです。出せますでしょ。100を出せる力があるのなら!」
その理論は、心が組み込まれていない。
人の心が、仕事にも影響を及ぼすことをレオナはまだ知らないようなのだ。
「ええ。そうですよ。基本はね。でも気持ちの部分に濁りが出ると、人は力を出せなくなるものなんです。気持ちに制限が入るんです。それが力の制限に繋がります。例えばですね。いい加減な上司。怒りっぽい上司などなど。そういった他人に悪影響を与える人がいた場合は、その周りの人たちは、自分が持つ本来の力なんて出せませんよ。それでは結局、仕事の効率が悪くなるんです」
だからサナリアの反乱の時。
サナリア軍はフュンが率いた義勇軍に負けたのだ。
ズィーベとラルハン。
二人の部下たちは、当時、本来の力を発揮できなかった。
二人のせいで士気が落ちていたせいである。
昔から、サナリアは強い。
現に今のサナリア軍は、王国の三大軍に匹敵する力を持っているのだ。
つまり、上に立つ人間が良ければ、本来の力は発揮されるというわけだ。
誰かと気持ちよく協力し合わないような場所に、素晴らしい力が生まれるわけがない。
良き人が集まるわけがない。
気持ちを一つにして、困難に立ち向かうべき。
それが国家であればなおさらだ。
フュンの持論の一つであった。
「どうして? 力を出さないなんて。それは怠慢でしょう」
「はい。その通りですよ。ですがね、人の気持ちは複雑です。心が全てに連動するのです。体にも技にも連動するのです。ですから、仲が良いと、力をもっと出せるようになるのです。あなたは誰かの為に力を発揮した感覚はないのですか」
「ないです。自分の力です」
「・・うん。あなたは弱い」
「な!?」
何ですってと言いたい気持ちを我慢した。
「それでは、人として弱いんです。皇帝になった際に、あなたは人に負けますよ。色々な事で苦難を乗り越えられなくなる。その気持ちではいけません。心を入れ替えねば、あなたは成長しない。いいですか。初めから皇帝となれるわけじゃないんです。人として成長をしてこそ、皇帝となれるのです。皇帝の子に生まれたから、皇帝になるんじゃないんですよ」
難しい顔をしても、彼女は、フュンの言葉を真正面から受け止めていた。
ここら辺は素直な人だと思う。
話していながら相手の様子を窺うフュンは、きつい言葉と考えをしている女性なのに、人の考えや言葉をその身に受け入れる人なのだと思った。
だから成長していく女性だと気付いた。
「僕はね。仲が良くなるべきと言っているだけで、人を全て愛せとは、言っていません。好き嫌いは誰にもあります。ですが、好き嫌いと仲の良さは別です。皇帝になった際。極端に人を嫌ったり、人を好いたりすることがあるでしょう。ですがその感情は余計な物。本来は全体のバランスを見なければなりません」
「そうでしょう。それは当然。皇帝は皆に平等でなければ」
この考えも別に悪い事じゃない。
フュンは説得ではなく、新たな考えを提示している。
「はい。しかし、あなたは仲の良さ。チームワークの強さを認めていないのですよね。自分が自分の仕事だけを全うできれば良いと?」
「はい」
「だから、駄目だと言っています。僕は、その考えでは国が上手く動かないと考えています。それは何かの会社や、家族などの小さなコミュニティであれば、それでいいと思いますが。でも国となると、それではいけないと思いますよ。自分の事だけ考えていれば、他は別に良い。そんな風な考えでは、国は成長しません。自分も成長しません」
この会話が、舌戦のような指導だった。
他国の姫にも、優しい男なのだなとジャックスは思った。
「王とはね。自分と相手とそして国の為。この三つの為に頑張るのです。この考えの基礎がなければ、国なんて発展していかないと思います。あなたのような考えでは、国が生き物のように柔軟に成長しないのですよ。国が機械的になります」
人が機械的に動いてしまえば、国が発展しない。
情熱とチームワーク。
この両方を持たないと国が成長しない。
「・・・・そうですか」
そういう考えもあるのか。
レオナはフュンの目を見て答えていた。
「はい。いいですか。姫。国にこそ。人の熱い想いが必要なんです。このような国にしていきたいんだという強い信念が必要なんですよ。人の為に、人が想いを出し切る場所。それが国であります」
「・・・・」
フュンの言葉にも一理ある。
レオナは頷いていた。
「それにはね。沢山の想い人たちが必要です。情熱を持った仲間が重要です。それで、この帝国であれば、一番の仲間となるのは家族。兄妹になるはずなのです。だから、兄弟間の仲の良さが必要であると僕は思いますよ。でもこれは僕の考えなので、あなたの考えと違って当然で、正解じゃありません」
「・・・・いえ、参考にします」
そう言ったレオナは静かになった。
何かに納得はしたようだった。
「あなたは皇帝となるには、立派な方です」
「私がですか」
「ええ。あなたには素質がある。ただし、もう少し人に寄り添わねば、皇帝となった際に苦労します」
「・・・そ、そうですか」
「ええ。そうです。って僕ね。好き勝手あなたに色々言っちゃいましたけど、素敵な女性には変わりないですよ。ちゃんと笑顔を作って、会話が出来れば、皆さん心を開くと思います。しっかり会話が出来る女性ですからね」
「・・・わかりました。頑張ってみます」
フュンの助言を素直に受け取った。
「ええ。良き人です」
その締めの言葉を聞いたジャックスは、フュンに感心していた。
兄弟の中で、一番気難しい性格の女性に対して、説教に近い言葉を投げかける度胸に、思いやり。
他にいない。
とんでもない男が、この国に来てくれたなと思いながら微笑んでいた。
「アーリア王。妻は娶らんのか」
「え? 僕が。いや、もういますよ」
「そうじゃない。側室だ」
「いりませんよ。シルヴィアがいればいいのです」
「そうか。それは惜しかったな。いなければ、レオナをやってもよかったな」
「え?」
「な!?」
フュンとレオナが驚いた。
「陛下。何を言って。私が結婚ですか」
「うむ。いつ嫁にいくのだ?」
「い。いません。そんな人」
「そこが心配でな。こやつ、選り好みをしよるからな。何度も断りよって」
「それは、私を屈服させようとしてくる男性ばかりで・・」
「そうじゃないだろう。お前の言葉に相手が引いてしまうから、相手に逃げられているだけだ」
父親はしっかり娘を見ていた。
「アーリア王であれば、負けじと会話してくれて助かると思ったのだがな・・・レオナくらいの聞かん坊にはちょうどいい先生のような男性だ」
「僕がですか。いえいえ。無理ですよ。レオナ姫はね。素敵な女性ですから、僕なんかよりも良き男性が現れるはずです」
「そうか・・・いないと思うがな」
あなたのような男性は中々いない。
ジャックスの勘である。
最後にフュンは、ここまでの感想とこれからの応援をする。
「レオナ姫。僕はあなたが出来ると思ったので言ったのです。それともし、あなたが皇帝になりたいのなら、先程の助言が僕の偽りのない気持ちでありますので、頭の片隅にでも入れてもらえると嬉しいですよ」
「わ。わかりました。そうします」
「ええ。頑張りましょうね」
「は、はい。頑張ります」
選挙に文句を言ってはいたが。
レオナは、選挙には出てくるはず。
彼女の雰囲気に戦う気配があったので、フュンはそう考えていて、だから、この作戦を取った事が成功であるとも思っていた。




