第288話 マリア候補者作戦
アーリア歴5年12月1日。
フュンの作戦は同時進行で進んでいた。
ウーゴは別行動となり、すでにビクストンへ移動し、軍との連携を模索。攻撃展開の話し合いをしていた。
それで、フュン自体はマリアの監禁部屋にいた。
こちらの音は外には漏れない。
サブロウの道具で、音漏れなしである。
「マリアさん。それでは一番最初に重要な事をします」
「はい」
「まずは影の訓練をします。僕か。サブロウ。どっちの特性があるのかを見極めるので、修練をします。では僕からやりますね。僕が見えるかどうかですよ」
太陽の戦士流の影は、光となって消えるやり方で、これは才が無いと扱えない。
やり方を教えても出来るとは限らないので、技を見せてから、消えた人物を感じたり見えたりするのであれば、そこに才があるという方法で見分ける事が出来る。
「何も見えません」
マリアが答えると、フュンは姿を現して、すぐに行動を切り替える。
「ん! 無理ですね。ではサブロウお願いします」
「おうぞ。どっちに消えたか、分かるかぞ。ほい」
サブロウが消えてから、マリアはキョロキョロと周りを見る。
「いたかな・・・こっち」
「おうぞ。じゃあ、こいつはおいらのほうぞな」
「そうですね。しかもこれは適性がありますね。サブロウが消える瞬間を見たとはいえ。あなたの影ですよ。これは相当な逸材かもしれませんよ」
影は一度姿を見られてしまうと効果が薄くなる。
だとしても、サブロウは超一流の影なので、中々見つける事は出来ないのに、マリアには、サブロウを探せるくらいの才があった。
だから影の適性が抜群だと予想される。
「こいつは・・あの、ミラと同じぞな。もしかしたら数日で覚えるぞ」
「そうなんですか。ミラ先生って数日で覚えたんですか?」
「おうぞ。あいつ、すぐに覚えたんだぞ。初めて会った時も影の状態のおいらを見たんだぞ。あいつ」
「え? そうだったんですね。さすがだ」
その頃のサブロウが若く、影として未熟であったとしても、それでもミランダは影の状態のサブロウを見ていた。
さすがは、ヒストリアやエステロ、ユースウッドの弟子なのだ。
彼らの武人としての気配察知の感覚を継承していたから、サブロウを見極められたのだ。
「じゃあ。あたし、そっちを頑張ればいいんだな」
「ええ。そうですね。じゃあ、サブロウから教わりましょう」
「わかった。サブロウさん。お願いします」
「おうぞ」
素直に挨拶をするようになった。
それが成長だとフュンは満足してこの日と次の日を過ごした。
◇
二日後。
「基礎は覚えたな。やるぞな。マリア」
「うん。ありがとうサブロウさん」
「おうぞ」
なんだかミランダに似ている奴に素直にありがとうと言われると気持ち悪い感覚になる。
でも嬉しい気持ちも残っているサブロウであった。
「ではでは、これさえあれば、僕の所に来てもらっても結構ですし。誰かに狙われても隠れる事が出来ます。命の危機を一つ脱出しました」
それでも一つである。
という印象付けをしていた。
あなたの危機が去った訳じゃない。
ここからのオスロ帝国で生きるという事は、命の危険と隣り合わせになるということだ。
「マリアさん。戦いは、武の戦いだけだと思っていますか?」
「え? 武の?」
「ええ。この戦いは武だけじゃない。知も必要となります。そして、知識。知恵。人間性。品性。ここらへんも加味されるでしょう」
全てにおいて強くなければ、皇帝になれるわけがない。
候補者の時点でも必須の力たちだ。
「・・・それって勉強ってことですか」
「そうです。嫌ですか」
「・・・」
マリアは答えられなかった。
「目的があっても嫌ですか」
「目的があっても?」
「そうです。全てに勝つ。そういう目的があっても、机に向かって勉強することは嫌ですか」
「・・・・いや、やる。そう決めたんだ。なんでもやる」
腹を決めた。覚悟を持った。
ならばやるしかない。
マリアは、根性のある人間だった。
「ええ。良い事です。そうです。自分で決めたんです。自分が決めた事に必要な事は、何が何でもやるのです。いいですか。マリアさん」
「はい」
「一度決めた事の中に、いやな事があっても、人は前に進むしかない。そこを避けて通っても、結局はまた自分の前にそれらはやって来る。ならばここは、最初から真正面に受け止めて戦うのです。勉強というものと、一心に向き合うのですよ。いいですね」
「・・・はい! 先生」
立場から逃げたくても・・・結局は人質だった。
だったら、人質の中で強くなるしかない。
フュンの子供の頃の話である。
「よし。では僕が叩き込みます。僕が持つね。ありったけの知識と知恵をあなたに授けましょう。それと、レベッカの武。サブロウの影。これらも完璧に仕上げます。しかもこの一カ月でです。いきますよ。いいですね」
「はい!!!」
時間がないから、珍しくもスパルタ指導を始めた。
今までのフュンはこれらの厳しい指導をした事がない。
なぜなら・・・・。
レベッカは気をつけて成長させた。
傲慢にならないように、強さとのバランスを整えながらだった。
アインは伸び伸びとさせた。
自分を客観視できて、一歩一歩自分を成長させることのできる器用な男の子だったからだ。
ツェンは出来ない事を無理にはさせなかった。
出来る事を丁寧にやらせてきた。
フィアには、熱心な指導をしていない。
彼女は策を用意して、逃れようとするからだ。
ユーナリアはゆっくり成長させてきた。
誰も彼女に目をかけていなかったから、彼女の成長ペースに合わせる事が出来たのだ。
それに、学校という指針もあったから、ノビノビと能力を育て上げた。
しかし、マリアの場合は時間がない。
選挙まで一カ月。
それでは詰め込む時間が少ないのは当然。
だからフュンは選挙期間すらも視野に入れた指導を開始していた。
まずは、知識。それと並行したマナーである。
社交界の様な華々しい場所で失礼のないようにしないといけない。
ここが最初の段階の修行である。
彼女は姫様としても良き人と見られないといけないからだ。
その中で皇帝としても良き人に見られないといけない。
だからとても難しい事を両立せねばならないのである。
「いけません。その礼の角度では、お辞儀をしすぎています。ここは軽くで結構。ドレスの時には特にです」
フュンがマナーを教えられるようになったのは、ドリュースのおかげである。
意外だろうが、フュンは貴族流のマナーの詳しい部分をつい最近まで知らなかった。
サナリアの時、人質の時。
この双方で社交界のマナーが必須じゃなかったのだ。
サナリアは新興国家だったから、マナーに関する情報がなく、丁寧な人あたりがあれば、特に何とも言われなかった。
そもそも周りの人間も、部族集団にどっぷり浸かっていた人間たちなので、どれがマナー違反かを知らなかった。
もしかしたら、豪快に酒を酌み交わすことがマナーだったかもしれない。
次に帝国の時。
謎の習わしが貴族を助長してきたと考えていたエイナルフが、貴族流のマナーを使って人を陥れるのを禁止した。
だから茶会、貴族集会などの晩餐会じゃない名称をとり、貴族間でマナー関連でのいざこざが起きた際は、そんな習わしなど、この帝国にはないと一喝してきたので、無礼という謎の印象で、相手を咎める事が出来ない国だった。
エイナルフは、マナーで人の評価を確定させなかった。
だから、ガルナズン帝国が少々特殊な国家だったのは間違いない。
貴族に嫌気が差しているエイナルフがいたからこその国だったのだ。
しかしアーリア王国では、そこを取り入れた。
フュンは他大陸との話し合いがあるかもしれないと、失礼のないように前もって準備をしていた。
自分の作戦が上手く嵌れば、もしかしたら他国との交流が生まれるかもしれない。
だから、マナーをドリュースから学んだのだ。
この準備の良さがフュンの良さだ。
そしてマナーくらいはいつでも勉強できると、彼女の勉強の方でも、後回しにするつもりだった。
いつでもできる事は、最もやる気のある状態の時に必要だと思っているからだ。
その方が効率が良いとも思っている。
「わ。わかりました。先生」
「はい。それとその時は言葉使いも気をつけましょう。普段では指導はしません。ですが、社交界。晩餐会のような皇族や貴族が集まるような場所では丁寧にいきます。いいですね。間違えたらその都度訂正します」
「・・・は、はい。先生」
フュンは本当に厳しかった。
マリアのため。
この先を彼女が生きるために。
全ての力を叩きこむつもりであるからだ。
◇
部屋で一番の問題は、食事だ。
この部屋には、食事が運ばれてくる時に、マリアが食事を食べたかどうかの確認作業がある。
でもその時に部屋のドアが開くわけじゃなくて、ドアの隣にある食器置き場から、食事が部屋の中に送り込まれる形である。
なので、部屋に直接人が入ってきて、食事が運び込まれない。
だから、人も入って来ない。
それくらいに人との関わり合いを極端に減らせる監禁部屋なのだ。
一人でいれば、物凄く寂しくなる部屋で、幼い子供が受けるような懲罰ではない。
でも今は、この中にフュンとサブロウが常にいるので、彼女は一つも寂しくなかったのだ。
ここで会う事自体を、逆に誰にも邪魔されないので、懲罰ではなく、ご褒美みたいになっている。
「食事を取らないといけませんね。これが無かったら、どこかで訓練が出来るんですけどね」
フュンは思う。
ここに食事がこなければ、脱走して外で訓練が出来る。
食事によってここに縛られているために行動制限されていると感じる。
「まあ、しょうがない」
一生懸命に影の特訓を重ねているマリアに言う。
「動きはいいですよ。影に近い」
「はい先生」
影の訓練は順調。
でも。
「しかし、武の力を持たせるには、レベッカが必須だな」
影の訓練は静かに出来るので、動くのにも不便はない。
しかし、ここでは武の訓練が出来ない。
だからフュンは脱出することを考えた。
「そうですね。次の食事後に移動しましょう。僕らの方に行きます。そこで訓練をします」
「わかりました。先生。あたしも影になって?」
「そうですね。影になったら、僕が運びますので、この上から逃げますよ」
部屋の上部の窓から外へ。
大体な逃亡である。
◇
フュンの部屋の方で。
「よし。だいぶいいですね。マリアさん成長していますよ」
「本当ですか。先生」
「ええ。ですが、まだまだ。安心してはいけません」
「はい」
「まだ成長しますからね。あなたの限界はこんなものじゃない。自分で限界を決めてはいけませんからね。いいですね」
「はい! わかりました」
若者の成長に限界はない。
フュンの持論である。
「レベッカ」
「はい父上」
「目一杯鍛えなさい」
「え? よろしいので?」
「いいです。団員の皆さんと同じ扱いをしなさい。ダン」
「はい。フュン様」
「あなたは、フォローでお願いします。彼女の武を極限までです。この数週間でトップレベルに持っていきます」
フュンの表情が普段と違う。
だから、ダンは丁寧な返事に切り替えた。
「承知しました。アーリア王」
レベッカとダン。
ウインド騎士団の団長と副団長のコンビでの指導。
これはアーリア大陸でも贅沢な教師陣である。
「夜は武。朝方は寝て。昼は勉強です。本来は逆がいいのですが、仕方ない。向こうの監視に対応せねばなりませんからね」
中の様子を覗きに来るだろう監視役の為に、フュンは昼夜逆転でも良しとした。
◇
二人の指導に耐えるマリアを見て、フュンは計画を立てていた。
「彼女が進化にも等しい成長をしていますね・・・人はやる気があれば変わります。ここは才能じゃない。才能も重要だけど何よりもやる気です」
才能にやる気を掛けて、その力に更に努力という掛け算をする。
ここは足し算じゃない。
だから爆発的成長が始まっていくのだ。
フュンの成長に関する考えであった。
「間に合うか・・・いや、間に合わなくても、選挙中も成長すればいいだけだ」
とにかく時間が許す限りマリアを成長させないと話にならないのだ。
選挙戦は激戦が予想される。
しかも彼女は最後の子であり、イスカル大陸の子だから、不利。
でも最後の三人になるには、いくつかの戦いを乗り越えねばならない。
もしそこで認められれば、マリアにだって何らかの勝機が生まれるはず。
「楽しみですね。明日には違うマリアさんになります。またその次の日も。たったの一日あれば子供なんてあっという間の成長をしますよ」
会わない間にツェンやフィアも大人になっているだろう。
二人が成長していく姿を見られないのは残念だったなと。
我が子二人と離れ離れになったのが寂しいと思うフュンであった。




