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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
最終章 世界異変 ワルベント・ルヴァン編

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第285話 受け継がれる心の指導

 王の間。

 フュンと皇帝だけの会話。


 「陛下。申し訳ないです。僕の娘が、陛下のお子さんを斬り飛ばしてしまいましてね。気絶させてしまいました。大変な失礼を働いて・・・誠に申し訳ない。ごめんなさい」


 二人の会話は、子供のトラブルを巡る親同士の会話から、始まった。


 「ああ、聞いている。センシーノの事だろう」

 「はい。そうです」

 「別によい。あれは気にすることじゃない。しょっちゅうあることなのだ。フュン殿。本当に気にしなくてよいぞ」

 「え。そうなんですか」

 「むしろあれを軽く弾き飛ばしたレベッカ殿が、さすがだな。うむ。あれは強いのだがな・・・」


 細かい所で怒ったりしないジャックスは片手をあげて大笑いしていた。

 日常茶飯事で、センシーノの事は放置しているらしい。

 

 「それにあれは女好きでな。皆困っているしな。奴は、皆が自分を好くと思っている。困った奴だ」

 「そうなんですか」

 「うむ。メイドらにもああいう風に話すから皆から両極端に思われているのだ」

 「両極端?」

 「嫌われているか。好かれているかの二択になっておる」 

 「なるほど」


 フュンは納得した。

 あの軽薄さを面白いと取るか。ムカつくと思うか。

 この二つの感情で、センシーノを嫌いになったり好きになったりするのだろう。

 ちなみにフュンは面白いと思っている。

 基本、フュンは人を嫌いにならない。

 唯一嫌いなのが、自分の中の三大悪人の二人である。

 ノインとミルスである。

 ズィーベが除外されているのは、弟としては愛していたので、嫌いにはなっていない。

 それとアハトも許している。

 フュンも成長し、父となったことで、彼の苦悩を知ったからだ。

 若い頃はまだフュンも子供であったのだ。

 そして意外だろうが、フュンはカミラも別に嫌いじゃない。

 子供の頃も、我が子が可愛いだけの人という認識で、それに今だと、ツェンの事を凄く可愛がっているという報告を受けているので、別に気にしていないのである。


 「話を変えるが、アーリア王。余はあなたにお願いしたい事があったのだが。よいかな?」

 「ええ。いいですよ。なんでしょう」


 フュンの気軽な返事に、ジャックスは安心する。


 「そのレベッカ殿と、ゼファー殿をお貸ししてもらえないか?」

 「ん? ゼファーも?」


 レベッカだけじゃなく、ゼファーも必要。

 少し驚いて皇帝を見上げた。


 「うむ。二人に会いたいと言っている人間がこちらにいてな。今度、そ奴らに会わせてやりたいのだ」 

 「あの二人にですか?」

 「うむ」

 「いいですよ。日程を教えてもらえれば、ゼファーに連絡をします」

 「ああ。ありがたい。もうしばらくしたら来るからな。その時に日程を教え・・・ん? 連絡をする? 今は一緒じゃないのか」


 同じ部屋に寝泊まりさせているのに、別なような言い方だったので、ジャックスが聞いた。


 「ええ。なんだか。この国は武の匂いがすると言ってですね。ゼファーは、僕の家臣の二人と一緒に、都市を回っています。僕の家臣団って自由な人が多くてですね。このほかにも別行動をしている人がいるのですよ。今は、あそこに一緒にいるのが僕とレベッカとダンだけです」


 ゼファーは、タイローとシャーロットの二人と都市内を転々と移動している。

 シャーロットが一緒なのは、ゼファーと同じ理由で、武の匂いにつられているからで、常識人のタイローが一緒なのは、その二人だけだと、心配であるからだ。

 二人の間に、タイローがいなかったら、たぶん迷子になったりするし、日常生活だって困難になってしまう。

 だから、その一行には、タイローが絶対に欠かせない人物となっている。

 そう間違っても、あの二人を野放しにしてはいけないのだ。 


 「ハハハハ。そうかそうか。やはり彼らであればそうなるか・・・そうだな。ルヴァン大陸はまだ銃だけの世界ではないからな。剣も勉強するからな。ゼファー殿には、そこを見抜かれてしまったか」

 「ええ。まあ、ここがワルベントとは違いますね。体を鍛えぬいているのが偉いですよ」

 「うむ。心身を鍛える事。そこが重要だと、余が思っているからな。民にもそう思ってほしいのだ」

 「それは、良い事ですね」

 「ああ。そうだろう」


 船や銃。近代武器を開発していく事は忘れないが、それだけに頼らない。

 ルヴァン大陸のこの考え方は、つけ入る隙が無い。

 フュンは、この大陸と戦う選択肢は持てないなと思った。

 それと同時にこのジャックスが皇帝として非常に優秀な男だとも思う。

 

 「では、あとで日程をお願いしますね。このあと、僕マリアさんを教えないといけないので、失礼します」

 「うむ。お願いした。あれは難しいのでな。苦労するだろうが頼みますぞ」

 「いえいえ。彼女は良い子です。ちょっと背中を押してあげれば、メキメキ力を着けますからね。それじゃあ、部屋に戻ります。そろそろ、彼女が来ますから」


 フュンが颯爽と去っていくと。


 「・・・え?・・・成長する。あれが!?」


 ジャックスは、我が子の成長を信じられなかった。

 今までの教師たちのお手上げ具合を思い返せば、それが不可能だと思っても不思議じゃない。


 

 ◇



 「来た!」

 「ええ。来ましたね」


 フュンたちの前に来たマリアは嬉しそうな顔でやってきた。

 前回のムスッとした顔からの不敵な笑みじゃなくて、今回はニコッとした笑顔でやって来たのだ。


 「レベッカ。指導してあげなさい」

 「え。私ですか。父ではなく?」

 「そうです。彼女の武の指導は、君がいい。彼女は強さを求めていますからね。目がそうです」

 「わかりました」

 

 フュンはマリアの目で、彼女の心の動きが分かっていた。

 強くなりたい。

 その意志を目から感じる。

 それと、全身からやる気も感じる。

 昨日までの無気力さが、体から一切出ていない。

 それどころか一転して、元気一杯になっていた。

 だったら、ここはこのやる気を維持してもらって、武の神に等しいレベッカの指導の方が良い。

 自分のような中途半端な強さの武人の指導よりも、神にも近しい人物からの指導が良い。

 フュンのこの判断は、彼女の為であった。


 「ではマリアさん。修練所ってありますか?」

 「あるよ」

 「そこにいきましょう。連れていってください」

 「うん」


 フュンはその場所を知っていても、彼女にお任せした。


 ◇


 修練所。

 兵士たちも訓練している場所で。


 「すみません。責任者さんいますか」

 「はい。私です」


 兵士の中から一人前に出てきた。


 「お名前は?」

 「カムラです」

 「カムラさんですね。ちょっと場所をお借りしてもよろしいですか」

 「ええ。いいですよ。あちらで」


 カムラは修練所の隅を貸してくれた。

 六面あるスペースの内で、北西の空きスペースを貸してくれたので、フュンは気を遣ってくれたのだと思った。

 真ん中の場所だと周りから見られる立ち位置になるからだ。


 「いや、この一瞬のことで分かりますね。カムラさん。あなたはとっても素敵な方ですね。ありがとうございますね」

 「い、いえ。そんなことはありません」

 「いやいや、謙遜しない。あなたは良い人です。人にさりげなく気を遣える。これを普通に出来るあなたは立派な方ですね」


 遠慮なく褒めて来るフュンに、カムラは照れながら下がっていった。


 ◇


 場所に入ると、すぐにフュンは、木刀を二人に渡す。

 

 「レベッカ。いいですか。最初は自由。次に基礎。あなたが教わった頃をなぞりなさい」

 「私がですか」

 「そうです。あなたは事細かくジスターから技を教わっていないはずです」

 「はい。そうでした」


 幼い頃のレベッカは、基礎中の基礎の部分しか教わっていない。

 小手先の余計な事を覚えずとも、まだ子供であるから、体に沁み込ませる部分は基礎が良い。

 その判断がフュンにあったからだ。


 「基本的な部分はあなたが教えて、その他は我流でありましたでしょ。それと同じです。それにね。彼女には、体を動かすことの楽しさを覚えてもらいましょう。最初は楽しい。こう思ってもらう様な指導でいきましょう。よいですかレベッカ。彼女が剣を嫌いになるような行為はしてはいけませんよ」

 「・・・わかりました」


 フュンは次にマリアに向かった。


 「マリアさん」

 「はい。先生」


 素直に先生と言える。

 マリアはとても明るい表情をしていた。


 「良い返事ですね」

 「はい」

 「ではね。あなたはね。好きなように攻撃してみてください。彼女は僕の大陸の中で、最強の剣士です。思いっきり攻撃してくださいね。倒すつもりで攻撃してください」

 「はい!」


 『自分の娘に使っていい言葉なんでしょうか』 

 近くで待機しているダンはそう思った。


 二人の間に立ったフュンが手をあげる。

 

 「では、はじめ!」


 二人が戦闘に入った。


 ◇


 マリアは、真っ直ぐレベッカに向かっていった。


 「ほう。私に臆せず、正面に来たか。気に入ったぞ!」

 「たああああああ」


 一刀両断の振り。

 まっすぐ上に伸びた剣から、真っ直ぐ前の敵に。


 「うむ! よし」


 レベッカは軽く受け止めた。


 「ぐっ。駄目だった。じゃあ、これえええええ」


 昨日レベッカが見せた剣と同じ軌道、同じ構えの態勢になった。


 「ん!? これは、昨日の私だな」


 そこにすぐに気づく。

 レベッカは、マリアに剣の才があると思った。

 足の踏み込み。

 体の回転。

 剣を持っている時の体のバランス。

 これらが、昨日の自分と全く同じだった。


 「面白い。この素材は!」

 

 レベッカの目が輝くと、外から声が聞こえる。


 「レベッカ!! 悪い癖ですよ。今のあなたは指導係ですよ」

 「あ・・・は、はい。父上」


 戦いになると力が入ってしまう。

 強者になるかもしれない人間を見つけて、ついつい興奮してしまった。


 「おおおおおおお」

 「ん。初心者の振りじゃないな。これは本当に私を真似たな」


 『バチン!!』


 両手持ちのマリアの渾身の一振りは、レベッカの片手で持つ剣で止まった。


 「駄目だった・・・」


 残念そうにつぶやいたマリアにフュンが近づく。


 「いえいえ。そんなことはありませんよ。とても立派です」

 「ほんと!」

 「ええ。とてもよかったです。マリアさん」

 「はい。先生」

 「楽しかったですか」

 「ん?」

 「今、思いっきりやってみて、楽しかったですか」

 「うん! 楽しかった」

 「ええ。よかった。じゃあ、一週間くらいはこれをしましょう。レベッカから剣を教わりますか?」

 「うん」


 笑顔のマリアに一安心するフュンは、ここで心の指導をする。

 技や、体。それに知識。

 これらは後回しでもいい。

 そんな事よりも重要なのが、心である。

 フュンは、ゼクスの教えをそのままマリアに授ける事にしていた。


 「では、こういう時はどうするといいでしょう」

 「こういう時?」

 「はい。マリアさん。あなたは、剣を習いたいんですよね」

 「うん。習いたい」

 

 と言ってコクンと頷いた。


 「では、どうしたらいいですか」

 「・・・お願いします?」

 「はい。そうですよ。でも僕じゃありません。教えてくれる人は誰ですか」

 「この人!」


 先生以外の名を聞いていない。いや、それよりも先生の名も覚えていない。

 だから彼女は、レベッカを指差した。

 ここがアーリア大陸であったら、この瞬間にその差している指の手が空を飛んでいるだろう。


 「そうですよ。この人じゃなくてですね。この子はレベッカと言いますよ。僕の娘です」

 「先生のお子さんなんだ・・・」


 似てない。

 って思いながらマリアは、レベッカを見ていた。


 「ええ。それじゃあ、どうしたらいいと思いますか」

 「ん・・・うん」


 マリアは、レベッカの正面に立って、一礼した。


 「レベッカさん。お願いします」

 「うむ。いいだろう。教えてやる」

 

 レベッカは偉そうに言ったが、次に彼女がパッと明るい顔で。


 「いいの」

 

 と言って来たから、レベッカも軽く返事を返す。


 「いいぞ」

 「やった」


 彼女は決して聞き分けのない暴れん坊じゃない。

 ただ周りからの圧力で素直になれないだけだった。

 フュンは大好きだったゼクスから受けた教育。

 人としての心を彼女に授けるのだ。


 「いいですね。何事も挨拶が重要ですよ。マリアさん。これだけは忘れないでください」

 「はい。先生!」


 マリアが楽しそうにしてくれる。

 それが、嬉しいと思うフュンとレベッカだった。

 ここから上手く指導が進むと思っていた。

 しかし、彼女の人生は、フュンが思った以上に難しいものであったのだ。

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