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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
最終章 世界異変 ワルベント・ルヴァン編

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第284話 マリア・ブライルドル

 「あんたが先生か!」

 

 と言ったマリアは、ギルバーンを見た。


 「いえ。違いますよ」

 「なに! 偉い奴はあんたそうだぞ! あんたが一番偉いんだろ!」

 「俺じゃないです。違いますって」


 マリアは偉そうな人を探した結果が、手を顔の前で振り続けるギルバーンだと思った。


 「じゃあ誰だ! この中で偉い奴! 出てこい」

 

 皆がフュンを見ると、マリアはがっかりした。


 「なんだ。一番なさそうな奴が先生か」

 「そうですか。あなたから見て、僕が一番偉そうじゃないんですね」

 「いや・・・別に・・・それよりも弱そうだ」

 「あら、よく分かりましたね。マリアさん」


 失礼な事を言われてもフュンは笑顔を崩さなかった。


 「なんだよ。怒んないのかよ」

 「え? なんでですか。怒る必要がありません」

 「馬鹿にしたんぞ! 怒んないのかよ」

 「馬鹿にしたんですか? あれ、あなたは正直に話したんじゃないんですか」

 「・・・正直だ!」

 「ええ。良い事ですよ」

 「なんだあんた?」


 今まで出会った人間の中で極端に変わった男。

 マリアはそう思った。


 「ではマリアさん。何をしたいですか」 

 「え? 勉強じゃないのか!」

 「いえ、勉強ですよ。何がしたいですか?」

 「・・・ん?」


 今までの先生は最初にここに座りなさい。

 この教科書を開きなさい。ここを覚えなさいと、全部が命令であった。

 しかし、この目の前の優男は、何も指示をしない。

 これからやる事を自分に聞いてくる事なんて、初めての出来事だったから、素直に戸惑ってしまった。


 「・・う・・ん・・外で遊びたい」


 子供らしい意見だった。

 勉強と言って遊びたい。

 普通ならここで勉強しなさいとなるが、フュンは言わない。 

 あっけらかんとして、明るく答える。


 「ええ。いいですよ。じゃあ、行きましょうか」

 「え?」


 予想外の答えに、マリアの動きが止まった。


 「あれ、嫌なんですか? 別なのがいい?」

 「・・・いや、遊びって言ったのに・・え、勉強しないの?」

 「いえいえ。お外に行くのも、お勉強ですよ」

 「・・・・え???」

 「ではでは、いきましょう。レベッカ。ダン。僕について来て下さい」

 「「はい」」

 

 フュンはニコニコしながらマリアを外に連れ出す。

 城の中庭に連れていき、ノビノビとさせるつもりだ。

 ここから、フュンらしい指導が始まろうとしていた。


 ◇


 移動の道中。

 マリアの手を引くフュンは、話しかけられた。


 「おい。あんた」

 「ん? なんですか」


 中庭に行く途中でも、どうしても気になった。

 さすがに勉強した方が良いんじゃないか。

 マリアの方が、逆に不安になっていたのだ。


 「勉強はいいのか」

 「マリアさん。お外にいるのも勉強ですよ」

 「そうなのか」

 「ええ。そうです。そうだ。マリアさんはお幾つですか」

 「8。もうすぐ9だ」

 「そうですか。なら、元気に遊びましょう」

 「え? あ、遊んでいいの」


 今までの先生とは違う。何かが違うのだ。

 その違和感にマリアは戸惑っていた。


 「いいんですよ。今はね、あなたがやりたい事をする。そこから、あなたが得意な事、好きな事を見つけて、伸ばして、そして、頑張っていくんですよ。子供の頃なんてそれが一番。もう少し大きくなったら、苦手な事をしましょうねぇ」

 「え? 好きな事、得意な事?」

 「はい。苦手な事はその後にやるんです。机に向かう勉強は嫌いですか」


 あれだけ聞いてくるという事は。

 以前の先生方。または周りの大人が勉強しろとうるさいのだと。

 フュンはそう思って、あえてその行為をさせていない。


 「うん!」

 「素直でよろしい」


 普通なら怒るところを褒めてくれる。

 ちょっぴり変な先生だけど、マリアは、普段褒められることがほぼないから嬉しかった。

 

 「そうなのか」

 「ええ。良い事です」

 「怒らないのか」

 「なんで?」

 「だって勉強しろって、皆言ってくるぞ。お母様と、先生たちは!」

 「そうなんですか。でもマリアさん、その勉強は嫌いなんでしょ」

 「うん」

 「じゃあ、後回しで良いです。机の勉強は後からでも出来ます。今この時は、あなたがやりたい事をするんです」

 「そうなのか・・・」

 「ええ。そうです」

 

 暴れん坊と噂される少女は大人しい子だった。

 フュンの話をよく聞き、素直に従っていた。


 「ではね。何がしたいのかの続きです。お外に来ましたよ。何をしたいですか」

 「・・・のんびりしたい。誰にも何も言われないのがいい。あれこれ言われたくない」

 「そうですか。わかりました。あそこの木の下で、のんびりしましょう」


 フュンは中庭にある木の下を指差した。


 「わかった」

 「ええ。いきますよ。レベッカ。ダン。護衛をお願いします」

 「「はい」」

 「でも適度に休んでくださいね」

 「「わかりました」」


 二人にものんびりしてもらおうと思い、フュンは連れてきた。


 「ここに寝転がりましょう」


 バッグを持っていたフュンはタオルを敷いて、マリアをそこに寝かせた。

 フュンはその彼女の隣に座る。


 「本当に勉強しなくていいの」

 「ん?」


 彼女が心配そうな顔をしていたので、フュンは笑顔で答える。


 「ええ。いいんですよ。もう気にしない。気にしない。そうですね。僕は君に最低でも一週間は、机の勉強はしなくても良いと思っています」

 「え? そんなに」

 「ええ。そうです。今したくないと思っていることを、強引にしたって効率が悪い。それよりも、あなたにはもう少しのんびりした環境が必要でしょうね。こういう晴れた日は外がいいかもしれない」

 「・・・・・・」


 フュンは彼女の状態に気づいていた。

 誰かに命令をされている・・・わけじゃない。

 でも誰かから期待をされ過ぎている・・・その雰囲気を感じる。

 予想であるが。

 この子は、イスカル大陸のお姫様の子だ。

 お前が大陸を守れと、幼い頃から言われているのだと思う。 

 幼い少女の身には重すぎる期待と使命だろう。

 彼女に背負わせようとしているものは、この子にはまだ早いのではないか。

 フュンは彼女の顔を見て、そう思っていた。


 「まずはね。寝てもいいですよ」

 「え? お昼寝?」

 「はい。お昼寝して、スッキリしてもいい。気分がよくなったりしますよ」

 「・・・うん。寝てみる」


 と言って、数秒後には。


 「zzzzzzzzzz」


 口を開けて豪快に寝ていた。

 お腹を掻いている姿は、酔っぱらった時のミランダにそっくりだった。


 ◇


 「父」

 「ん?」

 

 フュンは隣にしゃがみこんで、マリアの顔を覗きこんでいるレベッカの方を見た。


 「この子、似ていますね。ミラ先生に」 

 「ええ。似ています。でもミラ先生ではない。マリアさんです。その事を忘れないで。いいですか。レベッカ。彼女と先生を重ねるのはよいですが、押し付けてはいけません。良いですね」

 「はい」


 似てはいても、同じじゃない。

 フュンは、しっかり区別をしていた。

 親子で会話をしていると、事件が起きる。


 「何している。こんな所で寝る奴なんて。めずら・・・なに!?」


 男性が前触れもなくこちらにやってきた。

 派手な衣装で、赤、青、黄色、緑、紫と目が痛い位に色が重なり合っている。

 彼はレベッカを見て、目の色が変わった。


 「お綺麗な方だ。俺と結婚してくれ」


 その男性が、突然レベッカに求愛してきた。

 

 「は? 何言っている貴様」

 「君のような美しい女性は、俺と結婚するべきなんだよ。この世で一番綺麗だ。俺の第一夫人にしてやろう」

 「ぶっ殺すぞ」


 現場に殺気が溢れる。

 半径3メートル。

 極端に狭い範囲にだけ、彼女は威圧感を押し付けた。

 戦闘が出来ない一般人であれば、息が出来ないくらいのものだ。

 しかし、目の前の男はそれを意に介さない。


 「立ち上がってくれたという事は、俺と結婚したいと」

 「私は、私よりも弱い奴とは結婚しない。絶対にな」


 立ち上がったレベッカは、相手の男性を睨みつける。


 『それじゃあ、誰とも結婚しないでしょ』

 このやりとりには、ほぼ無関心のフュンは、娘のウエディングドレスを一生見られないのだと悟った。

 彼女に勝てる人間なんて、果たして現れてくれるのだろうかと。


 「じゃあ、君は俺と結婚するわ。俺よりも弱いからね」

 「なんだと」

 「だって、そんなか弱い腕の子に、俺が負けるはずがないからっさ!」

 「死にたいのか。貴様」

 「え? いや、君は俺よりも弱いからね」

 「殺す!」


 レベッカの右拳を男性は受け止めた。


 「ほら」

 「なに!?」


 騎士団の人間でも、彼女の素手での攻撃を受け止められない者が多い。

 なのに男性は難なく受け止めた。


 「じゃあ、俺と結婚ね」

 「するか。私よりも強い者はこの世に二人だけ。貴様は弱い!」

 「・・・そうか。俺と、誰かか・・・ジュー兄か!? いや、レック・・・」

 

 男性はどこまでいっても自信があるようだった。


 「違う。父とゼファーだ!」


 レベッカが宣言した瞬間、フュンが驚いた。


 『僕とゼファー!? なんで僕????』


 ゼファーは分かるけど、自分がレベッカよりも強いとは思ったことが無かった。

 なぜ、そこに一緒に選ばれているのでしょうか。

 二人の言い争いの中で、疑問に思うフュンだった。


 「ふっ。お父さん想いの子か。いいだろう、挨拶にいこう」


 話が通じていない。

 それよりも、お父さんが近くにいる事に男性が気付いていない。


 「ん? あ」


 やたらと騒がしくなったからマリアが起きた。

 目を擦るとうざい男がいた。


 「こいつは・・・第三皇子!?」


 マリアが言った事で、全員がマリアを見た。


 「皇子? へぇ。この人がね。なるほど。第三か・・じゃあ。うんうん。そういえば全員とお会いしたことがなかったな」


 フュンがまじまじと第三皇子を見つめた後。


 「なんだと。こんな奴が・・・皇子だと。こんな屑ナンパ男がか!?」


 レベッカがかなり失礼な事を言った。


 「あれ。イスカルの子が・・・なんでこんなところにいるんだ?」

 「センシーノ。なんでここに!?」

 「イスカルの子よ。ここにいるお美しい人を知っているのか。紹介して欲しかったぞ。まあいい。俺の妻にしてあげるから許そう。結婚をしてあげるからさ・・・」


 今の言葉の数々で、レベッカがキレる。


 「するか。ボケ!!!!」


 レベッカが全力を出してしまった。

 さすがの彼女でも、他国で暴れちゃ悪いと思ったらしく、手加減をしていたのだ。

 しかし今のサラッとした一言が引き金になり、今回は刀を取り出した。

 峰打ちにして、センシーノの腹を持ち上げる。


 「ぐおっ。なんだ・・・き、君は・・・まさか」

 「私は剣士だ。武闘家じゃないわ! はああああああああああ」


 全開の力で、そのままセンシーノを弾き飛ばして、城の壁にまで叩きつけた。


 「ぐはっ!? ば、馬鹿な・・・なんだこの力・・・はぁぁぁぁ・・・」


 ガクッと首がうな垂れて気絶する。

 可哀想にも思うが仕方ない。 

 挑発した相手が悪かった。

 レベッカ・ウインドに弱いと言ってはいけないのである。

 オスロ帝国の皆さん、それだけは、忘れないようにしてほしい。

 と願うフュンであった。


 「あ~あ。皇帝陛下に謝りにいかねばなりませんね」


 娘のしでかした事のフォローに回ろうと思うフュンでもあった。

 


 ◇


 「ふぅ。終わった。気分が良くなったわ! 爽快だ」


 気持ち悪い男だったなと、レベッカが刀をしまう。

 すると目の前に、目を輝かせているマリアがいた。

 真っ直ぐこちらを見ている。


 「ん?」

 「すげえ。あたし、これしたい!」

 「え? これ???」

 「先生。あたしこれしたい!!」


 マリアは刀を指差す。


 「そうですか。いいですよ。じゃあ、稽古をしましょう。明日。また来てください」

 「うん!!」


 心根は素直でいい子。

 ただ、大陸の期待というものを背負った少女であった。

 彼女にはその縛られた環境からの解放が必要だった。

 そこに気付いたフュンが、彼女には自由であることの大切さを指導するのである。


 人は心が自由でなければいけない。

 その状態じゃないと、本当の気持ちからの、本物の選択が出来ない。

 もしも偽物の選択をしてしまったら、それは後悔だけが残る人生になる。

 『自分が選択した』

 その結果が大切。

 失敗でも成功でも、どちらでもその責任が自分にあるからだ。



 フュンは、その事をよく理解している。

 人質の立場では、自分に真の意味での選択がなかった。

 選べる事なんて、数が少なかったのだ。

 だから、マリアがその若さで、イスカル大陸を背負ってしまっては、彼女の選択に意思が生まれないのである。

 それは強制と同じ。奴隷と同じ。

 なのでフュンは、彼女の意思を大切にして育てようと思っているのだ。


 


 

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