第283話 運命の子
ウーゴ王帰還計画の最初の作戦。
シャルノー強襲作戦が発動した日がアーリア歴5年10月8日である。
この日、ビクストン地域に軍停止命令が出された。
ここ三年程の間で、毎日軍事活動は行われていた。
実際に戦う事が無くても、牽制のような動きをし続けていたくらいに、緊張感のある戦闘地域であった。
それが、それらの戦闘行動を一切しなくなり、動きが完全に止まる。
小鳥が鳴いても、遠くにまで聞こえるくらいに、静けさが心地よい。
そんな前哨基地となった。
これが、フュン・メイダルフィアが考えた作戦。
ウーゴ王帰還作戦の始まりであった。
◇
王の間にて。
「ここから一年。それで本当に良いのか。アーリア王」
「はい。もちろんです」
「しかし、こちらが動き出さないのに、作戦行動を開始しては・・・あなたの命を余が握る可能性が出てくるぞ」
「ええ。いいです。大丈夫。ウーゴ王は必ずやってくれます」
「なぜそこまで自信があるのだ。他人の事なのに・・・」
自分に自信があるように言っているのが、結局は作戦を実行するのが他人であることに間違いない。
だから、なぜそうまでして平然としていられるのだ。
運命を他人に委ねるにしては楽観的過ぎる。
「え? いや、いつも言っておりますでしょ。人は信じてこそ力を発揮するんです。誰からも信じられていないのに、力を発揮する人はいません。誰かが自分を見てくれている時・・・その時、人は最も力を発揮します。だから、ウーゴ王は必ずやってくれるのです。僕がしっかり見てますからね」
「・・・・・・そうか」
自分よりも若き王。
だけど、自分よりも遥かに精神力のある王だと、ジャックスはフュンを尊敬していた。
「それと、期限が迫った方が緊張感があっていいでしょう。まだまだ余裕があると思うよりもね。あともう少ししか時間がないんだと思った方が、土壇場でやるしかないんだって、ウーゴ王の気持ちが変わってくれると思うんですよね。あははは」
「え・・・いや、それは・・・さすがに・・・なぁ。あなたの命と引き換えには、彼にだってそういう風には考えられは・・・」
しないだろうな。
と思うウーゴのことを案じてくれる優しいジャックスは、フュンの度胸が異常である事を知った。
◇
アーリア歴5年11月。
「フュン殿」
「はい。陛下」
ジャックスとフュンは、この時にはかなり親しくなっていた。
この国では人質としての立場であるのだが、完璧な相談役としてフュンはこの帝国で機能していた。
これは彼が培ってきたスキル。
人付き合い。
これが発動していた。
人の懐に入り込むセンスは誰にもまねできない特殊な才能である。
「選挙について。フュン殿の原案は?」
「はい。そうですね。来年の1月から半年。これくらいで候補者選挙をすると面白いと思いますね」
「半年間もか」
「はい。最初に候補者選挙というものをします」
「候補者選挙。そういえば、そういう事を言っていたな」
「はい。最終の三人になるための選挙です」
「三つ巴にすると良いとの話だったな・・・ああ、そうだった」
ジャックスは、以前の話を思い出した。
「そうです。二つだと、全面戦争間違いないと思うんですよ」
「う~ん。選挙結果に不満があるとそうなるだろう。うむ」
「ええ。そうです。だから、三つです。この三つの陣営が出来れば、一つ不満でも二つでカバーが出来て、二つが不満でも残り一つが仲裁に入れる。なので、変にバランスが取れると思います」
「変にか・・・」
絶妙に微妙なバランス関係を、フュンは変なバランスと評した。
「はい。それで、最終の三人になったら、投票権を皇子、皇女にするだけです。これで誰がどこに入れたか分からなくしますが、結局は勢力に分布されるはずです」
「・・・なるほど」
「お子さん方が、三つの勢力を作る。ここが重要。今のままだと僕の予想では各々が立つでしょう。そうなれば、この国は危ない。大戦乱時代。十三国戦争にでも発展するでしょう。あなたの死後にでもね」
言いにくい事すらハッキリ言うこの男の事が、ジャックスは偉く気に入っている。
話を静かに聞いていた。
「それで、三つの勢力ならば、それを防げる。それに、誰かが王になった時に分かりやすくもなります。味方をするのか。敵となるのか。はたまた国家の為に生きようとしてくれるのか。反逆者となって国家を建てるのか。色々道がありますが、子供たちが多く生き残る可能性があるのが、この選挙になるかと思いますよ。やって損はないかと」
フュンの作戦は、出来る限りの子供を活かす作戦である。
全員は不可能だと考えていた。
それは・・・。
「もし、あなた様がこのまま何もせずに、お亡くなりになられたら、十三人のサバイバル決戦。僕はそう予想しますね。この場合は最悪は・・・ですね・・・ええ・・・」
フュンは最後を言わなかった。
「この国が完全崩壊する・・・か?」
ジャックスが代わりに言った。
フュンが黙って頷くと、ジャックスもゆっくり頷いた。
二人の意見は合致していた。
「はい。そうです。国家がバラバラになってしまえば、最悪はそうだと思います。十三にが暴れて、上手くいく・・・なんてことはほぼないでしょうね。しかもその乱だと、イスカル大陸の独立、ルヴァン大陸の半減。これが最低限の被害状況を押さえるラインになるかと思います。これもまた難しくなるでしょう」
従属国の独立が起こるはず。
フュンの予想は核心を捉えていた。
「なるほどな。いかにレガイア王国からの支援があったとしても、バラバラになってしまえば、ウーゴ王が何処に協力していいか分からない。そういうことか」
「はい。そういうことです」
苦肉の策だ。
でもこれが一番いいかもしれない。
ジャックスは決断をした。
我が子全員が生き残る道が良かったが、それはないと判断したのだ。
それで始まるのが・・・・。
「わかった。余は、後継者候補選挙をする事に決めた」
後継者候補選挙である。
「やりましょうか」
フュンも同意した。
「ああ、それとだな。今の話とは違うのだが。フュン殿。一人どうしても会って欲しい子がいるのだ。良いかな?」
「え、誰でしょうか?」
「うむ。じゃじゃ馬でな。指導して欲しいのだ。あなたの指導力が必要かと思ってな」
「え。いや、僕。そんなに人に教えるのは上手くないですよ。全部が自己流ですからね」
「よい。上手くいかなくても余は気にしない。少し難しい子なのだ。我儘で困っていてな。皆がお手上げ状態で、教師がとっかえひっかえになって、一時間で変わったこともあるのだ」
「そうですか。それは、なかなかの子ですね。いいですよ。わかりました」
こうして出会うのが運命の子である。
◇
その子はあなたの部屋に行かせるので、待っていて欲しいと言われ、フュンは自室で待っていた。
仲間たちもいる中でその人物を待つ。
「どんな子が来るのでしょうかね」
フュンは人と会うのが楽しみなタイプなので、ワクワクして待っていた。
『ドカン!』
壊れる勢いで扉が開くと、腕組みをした少女がドアの前に立っていた。
「よろしく!」
「・・・・・・!?」
その行為に驚いたわけじゃない。
その一言しかない言葉に驚いたわけじゃない。
その姿に驚いたのだ。
「ミラ先生!?!?」
フュンの目の前に現れた少女は、ミランダを小さくしたような少女だったのだ。
オレンジ色の髪の毛に、不敵な笑みをした少女。
あまりにも似ていた。
容姿も、態度も、何もかもだ。
それを証明するのに。
その子の姿を見たサブロウが、影にいるのにフュンの後ろで声を出したのだ。
影でいる間で、許可がない場合以外に声を出したことがないサブロウがだ。
「み、ミラ!?」
ここにいる人間でサブロウが唯一子供の頃の彼女を知る人物だ。
だからサブロウがそう呼んだら、それはもう似ているのに決まっていた。
「誰だそいつは。あたしはマリアだ!」
マリア・ブライルドル。
オスロ帝国皇帝ジャックスの最後の子。
イスカル王国の姫君との間に出来た子マリア。
小さな身一つに、イスカル大陸の人々の期待を背負わされていた子であった。
だがしかし、その気性の荒さや、大胆な性格のせいで、王宮内では評価が良くなく、フュンと出会う前までは、暴れん坊とされていた子供だった。
「・・・本当にそっくりだ・・・口調から・・・姿まで・・・ああ、懐かしいですね。本当に・・・・また会えたみたいで嬉しいですね」
フュンたちにとっての運命の子。
世界平和きっかけの一人である。




