第280話 外交決戦 覚悟を持った漢たち
「皇帝陛下。あなた様の懸念。それは後継者問題ですよね」
「・・・・」
「複雑に絡み合った諸事情のせいで、問題解決の糸口が見えない。だから、来るべき時に備えようと、自分の代にて、シャルノーだけでも確保しておきたい。そういうことでしょう」
「・・・・」
「今のあなたの戦争の表向きの言葉は、敵国を倒す。これで、自国の不満を散らしている。しかしこれはあくまでも表向きとなっていて、ワルベント大陸も制覇してみせると、味方を鼓舞することで、更にその不満を紛らわしている。対内外での意見表明に近い形にしてね」
「・・・・」
「しかし、本当の目的は別だ。シャルノーを持つことだけが目的で。そこを敵攻略の基盤にするつもりじゃなくて、ルヴァン大陸の本土防衛の要にする。そういうことでしょう?」
「・・・・」
「来るべき内戦時に、敵国と戦闘してしまうとワルベント大陸に大負けする可能性が出て来る。そうなってしまったら国家の完全崩壊が確定してしまう」
「・・・・」
「だから、今のうちにシャルノーを確保すれば、そこの割譲だけで、レガイア王国と手打ちに出来る。被害を最小限に抑える事が出来る・・・そういったお考えじゃないです?」
「・・・・」
「ねえ、だからあなた様は現在あちらへ攻勢を強めているのではないですか? 倒すのが目的じゃない。この国を維持するのが真の目的なはずだ」
フュンの考えの全てが当たっている。
恐ろしいほどに正確に。一ミリもズレもなくだった。
皇帝として、父として、この事は深く悩んでいた部分で、誰にも話していない心の内だ。
当然、子供たちも部下たちも知らない。
なのに、今会ったばかりの他国の王がこの考えを見抜いてきた。
そこに驚愕して、黙る事しか出来なかった。
「自分の死後。間違いなく皇帝を巡る争いが起きる。その懸念があなたの中にある。だからこその憂いを断ちたい。あなたが名君だから、国の未来を案じて動くことが出来る。戦争という強硬手段を活用して、国の将来を見据えているのでしょう」
「・・・貴殿は・・・なぜ分かる」
ジャックスがやっと出せた言葉は、肯定の言葉だった。
「はい。あなたは後継者を指名せずにいた。それは、強き者を見定めるためにです。しかし、それが仇となり、今は後継者を巡る戦いが水面下で起きようとしているのでしょ?」
「うむ・・・そうだな。余の判断の間違いだ。皇太子を作るべきだった」
ジャックスは自分の非を認める事が出来る男だった。
「んんん。いや、そこは難しいでしょう。あなたの強硬的な政策の数々では、反発も多かったはず。オスロ以外の国を淘汰したりね。内部の反乱者を粛清するようなことをしてきた。そんなあなたの行動から、今のお考えは、大正解とは言えないですし、間違いであるとも断定できない。それにあなたの次の王。これが弱い王ではいけないです。弱々しかったら、国が維持できませんからね。多くいる子供の中から、より強い人物を選ぼうと考えているんでしょう」
フュンは、この国のジャックス時代だけは調べる事が出来ていた。
オスロ帝国は、ジャックス以前の王の時代は内乱と小国が暴れている状態だった。
なので彼がいなければ、空中分解してしまうような国で、暗黒時代でもあったらしいのだ。
それを強引な手段で、敵を倒していき、完全統一にまでこぎつけた。
でも、この強硬策を持って支配したがために、自分の次の王もこれ以上に強い手段を用いなければならない状況が訪れるのが予想されるわけだ。
だから、次も弱い王ではいけない。
ジャックス並みに力強い皇帝が誕生しなくてはならない。
なので、ここまで皇太子を決定せずに来ていた。
でもそれではいけない。
権力の完璧な移譲をしないと、国家が保てなくなる。
だから、そろそろ決めるべき時が来たと感じた所で、敵国への攻勢を強めたというわけだ。
皆の目的を外に向けて、着々と内部を統制していこうと、ジャックスは考えていたのだ。
「それに僕は、あなたのような名君に出会っています。私の義父が、あなたのような人でしたから、彼のような思考を辿れば、あなたが考える事を、僕が考える事が出来ます。相手の立場に立って、思って・・・その人を尊敬すれば思いつく! この考えにね」
フュンは、ガルナズン帝国皇帝エイナルフが大好きだった。
だから、彼のような思考を辿るのは容易いのである。
「・・・・・」
面白いどころじゃない。
凄まじい男が目の前に来た。
ジャックスは、この男の価値を間違えてしまったと反省した。
優秀な男で、自分よりもやや下の価値。
そんなレベルじゃなかった。
ここで、自分と同等の価値ある人物だと認識を変えたのだ。
この人物を敵に回すのは、この国にとっても自分にとっても得策じゃない。
ジャックスの本能が、警戒と尊敬の二つを感じ始めている。
「ですから、その部分。その不安。そこにウーゴ王を助ける意味があります」
「そうか・・・なるほどな。ここでそちらの国に恩を売ると、余の帝国が、内乱状態に入った際に、そちらが攻撃してくるわけじゃなく。こちらの救援の方に回ってくれる、というわけだな。この時のことを忘れないとして動いてくれるということだな」
「ええ、そうです。ウーゴ王は約束を守る王です。それに、彼の若さも重要。今後、60年近く。この約束が完璧に機能します。この国の崩壊時に助けてくれるのは間違いないです。だからあなたが人助けをすれば、あなたの国が助かる。これは間違いなく、人の道理であるでしょ。それにこれは両方が勝つ同盟だ!」
60年近く完璧に機能する。
フュンのその言葉の真の意味を読み取れば、今から20年あたりで自分が崩御すると考えれば、かなり有意義な同盟になるのだという事だ。
相手を屈服させて言う事を聞かせるよりも、遥かに効率が良い。
ウーゴが敵に勝って、国を取り戻すのであれば、それは最高の同盟になるだろう。
「ふぅ。こちらがあまりにも不利だな。この交渉は貴殿のペースだ。正直に言うとな」
「ええ。僕のペースですね。それで、どうです? 同盟はいいでしょうかね?」
ここで軽い口調になる。
あまりにも口が上手い。
だから、ジャックスの顔は半分笑っていた。
「うむ。そうだ・・・そうだな。では聞きたい。どうやって勝つつもりなのだ」
「それを聞きたい。ということは、同盟をして頂けて、僕らの仲間になってくれると?」
「正直な話。余は、気持ちとしては、そちらに半分傾いている。だから、肝心要の部分の説明を聞いておきたいのだ」
「んんん。それで教えるのは・・・どうもね・・・決定じゃないのか・・・」
決定したと言ってほしいフュンが言い渋ると、ジャックスがすぐさま言い返す。
「ここは揺るがんぞ。駄目だ。あまりにもアーリア王のペースすぎるからな」
交渉で、少しは勝っておきたい。
それが、ジャックスの気持ちだった。
「わかりました。ここは僕の腕の見せ所・・・じゃなくて口の見せ所ってことですね」
良い案を提示したら、こちらに傾いてくれる。
だったらうまく話すしかない。
フュンは考えを切り替えた。
「では、まず。攻撃を止めます!」
「は?」
今の提案にジャックスは驚いた。
「そうです。今の攻撃の手をピタリと止めます」
「なんだと。内乱で勝つのだろう? 攻撃して行った方が内乱が起きやすいのでは・・・」
「いいえ。違います。内乱を起こすために、あえてこちら側の攻撃の手を止めます。そうすることで、ワルベント大陸に大混乱が起きるのですよ」
「わからんな。戦っているから起きるのではなく、戦いを辞めるから内乱が起きるだと」
「はい。起きます」
というよりも『起こしてみせます』である。
フュンの内心はそう思っている。
「内乱は、こちらの手が突然止まる事で起きるのです。今の三宰相は、いがみ合っているので、戦争が止まれば、レガイア王国内で互いの反発が起きます」
国が三つに分裂するはず。
これはフュンの予想ではなく、実行する計画の一部を発表していた。
「それで、そこからしばらく経ってから、ウーゴ王がシャルノーを攻めます。それで勝ちです。あとは内乱を利用しながら進軍して、リーズまで一気にいって、全てを終わらせる。それで晴れてこちらと同盟ですね」
ワルベント大陸に潜んでいる同志たちと連携すれば、勝利は確実である。
フュンは、この戦争の表と裏に協力者を置いていたのだ。
「・・・・たしかに上手く内乱を利用出来れば・・・リーズまでか・・・上手くいくとは思うな」
でも、そんな都合のいい内乱などあるか。
ワルベント側の内部事情を知らないジャックスは、当然の考えを持っていた。
「陛下。あちらの内乱はそんじょそこらの内乱にはしません。兵士たちが嫌になるほどの戦いにします。そうなると、シャルノーの兵士たちすらも、内乱を主導したミルス・ジャルマの支配下に入りたいとは思わない。そこに本物の王が現れれば、あとは勝ちでしょう。戦意喪失。または裏切る。どちらかです」
フュンが考えているのは、かなりえげつない作戦でもある。
人の気持ちを読み切った相手を制圧する作戦だった。
「ですから、オスロ帝国は、最初の軍艦・・・そうですね。6隻程度をお貸ししてくれれば、あとはもうウーゴ王が説得して、シャルノーの兵を使って、リーズまで行きますので、あなた方に損害がありません」
「なに!? ということはだ。最初の戦いのみ・・・その瞬間だけ・・・帝国は手を貸すという事か」
「そうです。その後は何もなし。それだけで、同盟が結ばれます」
お得すぎる。
見返りも大きい。
飛びつきたいものであるが、ジャックスは飛びつかない。
「いや、待て。それは出来ないだろう。どうやってやるというのだ。無理があるぞ。さすがに最初の戦闘は免れまい」
「出来ます。それに説得できない場合でも、僕はシャルノーの兵士の中に、反乱をする兵を用意しています。なので、もしウーゴ王に、レガイア王国が牙を剥くのなら、そのまま司令室を制圧するつもりです」
「なんだと!? 強硬手段も持っているのか」
「はい。持っています。内部に潜入させている味方がいます」
「・・・・」
なんという計画的な進軍。
鮮やかだ。
ジャックスは、その戦争の勝利が想像できた。
「僕は何が何でもウーゴ王に真の王になってもらいたいと思っています。この子は、素質がある。名君になる素質があります」
「ほう・・・あなたがそこまでいうのか」
この頼りなさそうな子に・・・。
ジャックスはギロリとウーゴを見る。
ウーゴの方はそれで固まった。
「はい。断言できます。ミルス・ジャルマを倒し、ワルベント大陸を平定して、そしてあなたの国を支える同盟国となります」
「・・・わかった。では条件を良いか」
「条件・・そうですね。いいでしょう」
結ぶのに対等な条件だろうと思いたいが。
さすがに無理がある。
こちらが出せる条件が、同盟という名の信用問題であり。
そちらが出すものが、戦艦に兵という実質の戦力だからだ。
こちら側が圧倒的に分が悪いのである。
「担保をくれ。裏切らないという保証が欲しい。余らの兵を貸すのだ。そのリスクへの証が欲しい。ウーゴ王が今回の出来事で、余らを裏切らないという担保だ」
「・・・・」
そう来たか。
フュンの頭は高速で動いていた。
同盟を結ぶことに対する不満じゃない。
成功する。成功しない。
この両方の問題でもない。
作戦の最後まで、ウーゴがこの国を裏切らずにやり遂げるかどうかの問題であるという事だ。
「いいでしょう。僕が人質になりましょう」
フュンの言葉に。
「なに!?」
「え?」
ジャックスと、ウーゴが驚く。
「僕の身柄の拘束。これでどうです。そうですね。作戦発動から一年。これで、ウーゴ王が首都リーズを奪取できなければ、僕を殺してくれても構わない。それでどうでしょう」
「なんだと!?」
「はい。煮るなり焼くなり。どうぞ、ご自由に」
顔に恐れがない。不安がない。
心の底からの言葉だ。
フュンの自信ある言葉に、ジャックスが恐怖した。
今まで戦場や宮中で、恐れを感じた事がないジャックスが、この男の即断即決の意思表示に恐れを感じたのだ。
『命を差し出しても構わない。他国の為に? 王として未熟そうな人物の為に?』
その事に驚愕を通り越して、恐怖を感じるのだ。
今の発言はもう狂気的な部類に入るだろう。
「他国の為に!? 貴殿は身代わりを、やるというのか」
「ええ、そうです。身代わりと捉えてもいいですよ。僕は気にしません」
「・・・・何という男なんだ」
ジャックスの口も思考も止まると。
「い。いえ。いけません。アーリア王。私の為なんかに。ご自身のお命を・・・危険にさらすなんて」
ウーゴが立ち上がって、フュンを止めようとした。
「為なんか? なんですかその言い方は! ウーゴ君。それはいっちゃ駄目です!」
キッと睨んだ表情をしたフュンが、ウーゴを怒った。
強い言葉と感情的なフュンを初めて見たウーゴは、体をビクつかせた。
「僕は信じています。君が出来る男。やり遂げる男だとね。だから何ですか。君のその否定は。それは、僕への否定と同じだ!」
「そ、それは・・・」
自信の無さと、謙虚な気持ちが裏目に出た。
フュンの指摘でウーゴは俯く。
「いいですか。ウーゴ君。こちらを見なさい。人が努力をする時の話をしましたね」
「は、はい」
言われた通り顔を上げると、フュンの顔はまだ険しいままだった。
「人はその時、命を懸ける時もあるのです! 自分の命。他人の命。どちらかを。それとも双方を。懸ける時が来てしまうこともあるのです。でも王とは、為政者とは・・・特に他人の命を懸けて戦う時が必ず来ます!」
それが戦争である。
「そして、ウーゴ君のその時が今です。今の・・・この瞬間のあなたは、初めて他人の命を天秤にして戦う時なんです。いいですか。難しい判断をしなければならない時に、自分は怖いから決断をしませんなんて、王は言えないのです! 何らかの決断を下さねばならない時が必ずやってくる。非情な決断をする時だってね」
「・・・・」
ここで、初めてフュンが厳しい指導をした。
オスロ帝国の皇帝の目の前でするのもあり得ない話だが、彼は寛大な人なので、ここでしても差し支えないと思っている。
「でも、君はそれを乗り越えて戦う事が出来ると。僕はそう思っています。君の力を信じている。もしかしたら君よりも、僕の方がウーゴ君の力を信じている」
「私のですか・・・アーリア王が・・ですか」
自信のなさそうな答え。
でもウーゴは嬉しかった。
フュンからの想いが伝わって来たからだ。
「ええ。そうですよ。ウーゴ君! さあ、やりますか。やりませんか。僕を犠牲にする覚悟を持ちながら、国を立て直す覚悟を持てますか。今、この時が、君の人生の重要な分岐点。選択の時なんだ!」
フュンの声が一つ大きくなる。
「さあ、どうする。僕は君をここまで連れてきただけだ! 最後は君が決めるべきなんだ。王として、個人として、全ての判断の責任を背負う時だ」
最後の選択は君次第。
これが、フュン・メイダルフィアのウーゴへの最後の指導だった。
戦う意志の中でも、最も難しい決断。
誰かの犠牲の上での戦いだ。
その覚悟を持つ。
怖いかもしれないが、それでも戦う。
それが王だからだ。
この先も、幾万の民が死ぬかもしれない選択が訪れるかもしれない。
そしてその時に、親しい人を死地に送り込む選択をするかもしれない。
怖いからと言って、出来ませんなんて、王は言えない。
だって、愛する国の民の・・・その王なのだから・・。
フュンは親友とも仲間とも、そういう戦いを潜り抜けてきたのだ。
だから君も選択する時が来た。
ウーゴは王の選択に迫られたのであった。
「・・・わかりました。やります。やり遂げて、私はオスロ帝国と同盟を結びたい。ジャックス皇帝陛下。私に力を貸してくださいますか。必ずやり遂げてみせます!!!」
頼りなさそうなオドオドした態度も消えたウーゴは、戦う事を決意して良き漢の表情をした。
ここから、ウーゴの立派な王となるための努力が始まっていったのだ。
優しく微笑むフュンの指導から、彼の真の王への道が開かれたのである。




