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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
最終章 世界異変 ワルベント・ルヴァン編

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第279話 外交決戦 口が回る男

 「それはどうしてですか」


 断られてもフュンは至って冷静。

 そもそもうまく事が進むと思っていない。

 だから、返事と同時に次の話の展開を考えていた。

 

 こんな単純な会話だけで、『はい、良いですよ』なんて納得するような人物には思えない。

 そう簡単にいくのなら、今も皇帝なわけがない。

 どこかのタイミングで、家臣や他国にでもやられていただろう。

 この人が生まれる前にあった戦乱の時代に終止符を打った伝説の皇帝。

 二大陸も制覇した人であるのだ。

 だからこちらとしては、彼を説得するためには、命をかけて説得しないと駄目だろう。

 それはあの時のサナリアの反乱の時のように、自らの断固たる決意を示す必要がある。

 


 この一瞬でフュンは、話の展開を自分側に有利にしようと考えていた。


 「当り前だ。それ程の不安定さならば。こちらが有利に決まっている。今、全力で押せば、余が勝つ」

 「そうですか・・・」

 「ん。どうした。なぜ反論をせん。さっきまでの勢いはどうしたのだ」


 フュンがスラスラと話していたのに、ここで止まった。

 眉間にしわを寄せた難しい表情になって、フュンが小さく唸り声を出して止まっていた。


 「いえ。陛下にしたら、単純に答えを出したな。っと思いました」

 「なんだと」

 「いえいえ。怒らせるのが目的じゃないですよ。僕は正直に話すのが好きでしてね。今の言葉に偽りがありません」

 「・・・ほう。では余の単純さを何処から感じるというのだ?」


 挑発しても、やはり怒らない。

 もしかしたらこの人物は、滅多な事でも怒らないのではないか。

 エイナルフに似ているという感覚は正しいと証明された瞬間だった。


 「陛下。では、一つお聞きします。僕と、レガイア王はいつから逃げていると思いますか」

 「ん? 時期か? そんな事を聞いて何になる」

 「いいえ。大切です。いつでしょうか?」

 「それは、最速でも1か月か。大体リーズからであれば、それくらいだろう」

 

 ジャックスは正しい計算をしていた。

 様々な事情を考慮すると、大体一カ月で、移動できる距離である。


 「いいえ。僕たちは、4カ月。こちらに来るまでにそのくらいの時間をかけています」

 「4カ月だと・・・ん。それで、これが何の意・・・そうか。貴殿は・・」

 「はい。そうです」


 ジャックスがフュンを見つめると、軽く微笑んだ。

 今の言葉の意味。

 理解いただけたかな。

 実際に発していなくても、フュンの言葉を聞いたような気がした。


 「・・・そうか。わかった。これは、場所を変えよう。余の部屋に来い」

 「え?」

 「二人とも招待する。皆、いいな。この二人を招待客にする。メイド長! お二人を余の部屋に案内せよ。お二人は、移動をしてほしい。いいかな」

 「「は、はい」」


 これにはフュンも驚く事態となった。


 ◇


 皆が慌ただしく準備をする中で、王の間に残ったのは三人。

 ジャックスと、その子ロビンとレオナである。

 第一皇子と、第一皇女だ。


 「ロビン。今の会話で分かった事はあるか。奴がどういう風に余を説得しようとしていたか。それが、分かるか」

 「・・・わかりません。4カ月は遅いなとしか・・・」


 ロビンは首を横に振った。


 「そうか。レオナ・・・お前は?」

 「はい」


 レオナは、指を四本立てた。


 「4か月。レガイア王国に、王が不在であっても、あなたはシャルノーを落とせていませんよ。と言うつもりでしょう」

 「その通りだ」


 娘は正解を導いた。


 「恐ろしいと思うな。敵国にいながら、その国の王を説得しようとする。こんな事を考える男なんて・・・余が生きてきて初めて出会った人間だ・・・いや、この先もあの男のような人物には出会えないだろう。それ程貴重な男なはずだ」


 敵を説得。

 こんな事、思いついても実行しようとは思わない。

 しかも力を借りたいというのも頭のおかしさを感じる。

 度胸と考えに驚かされるばかりだ。

 でもジャックスはあの男が面白いとも思っている。

 感じた事のない雰囲気に、考えても実行しようとは思わない策。

 人生の終盤を迎えて、ワクワクするような事が起きるとは、ジャックスは心の中では笑っていた。 

 

 「しかしこれは、奴の話は周りに聞かせてはいけない。周りが騙される恐れがある。余の話よりも奴の話の方が説得力があるからな。あの男。あの場で堂々とだ! 余の家臣団から味方を作り出そうとしたのだぞ。恐ろしい男だわ。ハハハ」


 自分と比べて、フュンの話の方が納得しやすい。

 それで周りの家臣に聞かせては、よりフュンが有利になる。

 だから自分だけで話を聞くとしたのだ。

 実は先の話し合い。

 静かな攻防が繰り広げられていたのだ。

 家臣たちをも巻き込みながらの舌戦だったのだ。


 「では父上。お一人で?」

 「うむ。本当はレオナを連れていきたいが、ここは辞めておこう。余だけでいく」


 ロビンが難しい顔をして、レオナは表情を崩さずに答えた。


 「そうですか。お気をつけて」

 「うむ」


 ジャックスは二人の子を愛している。

 でも、この他も愛している。

 彼の子は、13人。

 大所帯であるのだ。


 ◇


 皇帝の自室にて。


 招待された部屋が質素で、エイナルフと似たような部屋だった。

 最低限の家具類に、使い慣れた道具。

 これらもほとんど同じだった。


 「同じだ・・・懐かしい」


 懐かしい気分になってしまい、フュンはつい独り言を言ってしまった。


 「ん? 同じとは何の事だ。アーリア王」

 「え。あ、いや。私の義父。ガルナズン帝国皇帝エイナルフ様にそっくりな部屋でしてね・・・・これは驚きました」

 「余の部屋がか」

 「はい。最低限の家具。いつも使っているペンなど。これはほとんど同じです」   

 「ほう。余と同じか。会ってみたいものだな」

 「ええ。僕もそうです。会えるなら、会いたいです。お優しい方でした」

 「そうか」


 今の一言で、もう会えない人なのだと、ジャックスは理解した。


 三人が交渉の席に着くと、先程の会話から進む。

 

 「ガルナズン帝国とは。どういうことかな。先程の説明だと、アーリア王国ではなかったのか」

 「それはですね。話すと長いのですが・・」

 「いいですぞ。時間はありますからな」

 「そうですか。それでは少々僕の事を・・・」


 フュン・メイダルフィアから、フュン・ロベルト・トゥーリーズ。

 そこから、フュン・ロベルト・アーリアになるまでの道のりを丁寧に説明した。

 その人生に感心するジャックスは頷きながら話を聞き、その人生の過酷さに驚くウーゴは、フュンをますます尊敬していった。


 「というわけで、王の器もないのに。王になってしまった人。それが僕です」

 「ハハハハ。そんな事は無かろう。余は、見た瞬間から、今まで出会ってきた人物の中で、一番警戒しなければならない人間だと思ったぞ」

 「ん? 僕がですか。それは、買い被りですよ。間違いない。駄目ですよ。僕なんて大したことないですから」

 「いやいや、謙遜すればするほど。余は警戒する。貴殿は間違いない。怪物の雰囲気がある」


 得体の知れない力を持っている。

 威圧感。違う。

 迫力。違う。

 これらじゃなく、人を魅了する何かを持っているのは間違いない。

 だから、自分の家臣団にも触れさせない方が良いと思ったのだ。


 「素晴らしい方に褒められるのは嬉しいですね。陛下も怪物の雰囲気がありますよ」

 「ハハハ。そう返されるか。本当に余が恐ろしくないのだな。貴殿は」

 「陛下が? 恐ろしい? いや、お会いして一度も思いませんね。もしかして、その心配は噂の事ですか」

 「ああ、余は恐ろしいらしいからな。周りから見ればな」

 「そうですか。それは皆の見る目がないと言える。陛下は極端にフラットな方だ」

 「・・・ん?」

 「物事を公平に見ています。むしろ見過ぎています。だから、感情は常に平坦です。激しい事をしてきているのに、感情の起伏は激しくなく、穏やかな人ですね」

 「なるほど。余をそういう風に見ていると」

 「はい。冷静です。常に・・・ですから、今の僕は慎重に交渉しています」

 「ほう」


 ここで正直に話す度胸。

 面白いと思った第一印象が間違いじゃなかった。


 「それで、どんな交渉の切り口にしようとしたのだ。4カ月。その月日が経っても、あそこを落とせぬ余の軍を叱責するつもりか」

 「いえいえ。そんな事言いませんよ。僕は楽して落とせると言いたかったのです」

 「なに? 楽だと??」


 想像していた説得方法の斜め上だった。


 「ええ。僕らに力を貸してくれるならば、シャルノー。そこを一瞬で落とします。そこから、リーズまで進軍して、一気にワルベントを安定させて、こちらと同盟を結びたい」

 「・・・どうやってだ。どうやってあそこを落とすというのだ。難しいのだぞ。艦隊戦から上陸作戦に行くまでも難しいのだ。滅多に起きない事だぞ」


 艦隊戦から上陸作戦になる。

 これは数年に一度の出来事くらいに珍しい。

 それくらいに二大陸の力は互角である。


 「それはですね」


 フュンの戦略は目から鱗どころじゃなかった。

 もっといろんなものが落ちていくものだ。

 しかし彼は。


 「協力を頂けるなら教えます」


 ここのタイミングでは言わない。


 「ほう。ここでそのカードを切るのか」

 「ええ。仲間じゃないのに、やり方を教えるのは馬鹿です」

 「言ってくれるな。アーリア王」

 「ええ。ですからどうです。僕らと一緒に戦ってくれますか」

 「・・・同盟か・・・こちらに利点がない。余らには、何の恩恵もないな」


 普通に考えると、その通りなのである。

 オスロ帝国側に何もメリットがない。

 同盟をするだけ損となる。

 なにせ、王のいないレガイア王国なんて、いつかは崩壊するに決まっているからだ。

 攻勢を緩めずにいれば、おのずと制圧のチャンスが訪れるに決まっているわけだ。

 だから、ここで何の力も持たない正統な王を救う必要なんてない。

 すぐに断ってもいい。

 いや、断るのが定石だ。

 でも、ジャックスの勘は、断る方向に向かっていなかった。

 なんとなく、この目の前の男が持つ考えを聞いてみたいと思ったのだ。


 「同盟の利点。それもこちらにとっての利点も当然にあるのだろう? アーリア王よ。そこを聞きたい。そこがないのに、説得しようとするのは馬鹿だからな」


 この男が、困っているから助けて欲しいだけで、敵国を説得できるとは思わないはず。

 ジャックスは、フュンの真意を知りたかった。


 「いいでしょう。そこは交渉とは無関係なので、教えます」

 「うむ」


 考えを聞けて有難いとして、ジャックスは軽く頭を下げた。


 「同盟の利点。それはいずれ来る。オスロ帝国の内乱に備えられます! 今、余計な戦力を使わずにいれば、そこを迎える際には、今の戦力を保持したままでいられますよ。それに、その際にこちらのウーゴ王があなたの国をお守りしましょう。あなたの懸念。それを振り払うための同盟になる。同盟があなたの国を維持する役割を担うはずです」

 「な・・なぜ・・・貴殿は!?」

 「あなたは、大切な自分の国・・・オスロ帝国の崩壊を恐れているのでしょ!」


 この男、そこまで織り込み済みか!!!


 ジャックスの目が見開いた瞬間であった。

 交渉は第二ラウンドに突入する。



 

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