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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
最終章 世界異変 ワルベント・ルヴァン編

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第274話 歴史の裏側

 アーリア歴5年4月3日

 サルガオの滝。

 フュンがゼファーと共に滝に落ちた所から暗躍が始まっていた。


 「うおおおおおおおおおお。凄い滝ですね。いやはや、こんな立派なものは、アーリアにはないですね。音も凄いなぁ」


 落下の途中であっても、フュンは平然としている。

 隣にある滝をまじまじと見ていた。


 「おお。このサイズも凄い。カメラ持ってればよかったな。ピーストゥーの時に・・・ジェシカさんに頼んでおけばよかったな」

 「殿下。落ちているのだから、そんな悠長な。我を掴んでください。我も支えますが離れるとまずい」


 凄まじい勢いで落下するゼファーは、暢気な主人に苦戦していた。

 彼が持っていたウーゴらしき者は、今はその手になし。

 あれは偽物だったのだ。

 ゼファーはただの人形を運んでいた。

 ミルスに、人を見る能力もないし、観察力だって悪いはず。

 フュンはこの二つの予想から、ゼファーに人形を持たせるだけで騙せるはずだとしていた。

 実際に、こちらに何も考えずに来ていたようなので、大成功である。


 「殿下!」「我らに任せろ」

 「おお。ニール。ルージュ!」


 二人の前に双子が現れた。

 

 「爆風で」「落下の衝撃を」

 「「和らげる」」


 二人が小さな玉を取り出す直前。ゼファーの体にくっついた。


 「む。双子。出来るのか。そんなので?」

 「心配するな馬鹿!」「これはサブロウのだ」

 「なんだと双子、こんな時にまで喧嘩するつもりか! ん? それがサブロウさんのものか」


 なら安心か。と思うゼファー。


 三人が喧嘩なのか、会話なのか。

 曖昧なやりとりをしていると、フュンが言う。


 「三人ともこんな時まで言い合いですか。ほら、滝の底が見えましたよ」

 「「殿下。馬鹿に掴まれ」」


 双子が小さな玉を放り投げると、そこから爆風が出た。

 サブロウ丸烈風号。

 風が飛び出るだけの・・・

 いつものように使用用途のない弾だ。

 でも、この烈風号の仕組みが面白い。

 着火から二秒後に風が出るので、時間差で準備をすれば、誰かを驚かせることが出来る。

 と思った双子がただただ持っていただけの道具だ。

 サブロウは作っただけで実用化を目指していなかった。

 そんな道具が、ここで役に立つとは双子もサブロウも思うまい。


 「うお!? 風が・・・」

 

 落ちていく感覚から一瞬だけ浮いた感覚に変わる。

 四人の体が浮き上がった。でも・・・。


 「それでも落ちます。バラバラにならないようにしましょ・・・・ゼファー。ニール。ルージュ」

 「「「はい。殿下」」」


 双子を掴まえて、ゼファーが入水。

 体の強靭なゼファーだけが無事で、三人は気絶しかけていた。

 

 「ごぼごぼごぼ」

 

 背中にいるフュンが苦しそうにしたので、ゼファーが水の中で急ぐ。

 急流な水の流れの中で、強引に泳いで陸地に飛び出た。


 「殿下! 殿下!!」

 「ごはっ・・・いや、凄い経験だ・・もうちょっとで死ですね。あははは」

 「はぁ」


 ゼファーは深いため息をついた後で気付く。

 両腕に収まっている双子の息が止まっていた。


 「おい。ニール。ルージュ」

 

 ゼファーが声を掛けると。


 「「ごはっ」」


 息を吹き返した。


 「起きたか。双子」

 「うむ」「苦しゅうない」

 「「よくやった」」


 助けられた二人が偉そうに言った。


 「そこは助けてくれてありがとうだろう!」

 「ゼファーにしたら」「よくやった!」

 「くそ。もう助けんぞ」


 ゼファーが双子を放り投げると、クルリと一回転して、地面に着いた。


 「いやあ、凄いですね。大瀑布・・・ってやつですか。いやあ、アーリアにはないですよ。いやいや、良いものを拝みました」


 その喧嘩の間、フュンは滝に手を合わせて拝んでいた。

 

 「ゼファー」

 「はい。殿下!」


 ゼファーは気付いていた。

 フュンの顔がとても明るい。

 今を楽しんでいるようなのだ。

 

 「子供の頃。僕と君の馬車の出来事。覚えていますか」

 「我は、殿下との思い出だけは、一つも忘れておりませんぞ」

 「そうですか。では、その時、僕が言った事。覚えています?」

 「もちろんです。この狭いサナリアよりも、もっと広い世界に旅に行かせてあげられたら・・・でも人質だから、何処にも行けない。檻の中に閉じ込めるのが申し訳ないと殿下は謝ってくれましたが、我はどうでもよかったですよ。殿下がいれば十分です・・・それで、このような感じであったかと」

 「ええ。そうですね。君だけでももっと広い世界にって・・・僕も思いましたよ。でも今、二人でいけてますね。世界に! 面白いですね。人生は何が起こるか分からない!」

 「はい殿下」


 フュンが明らかにワクワクしている。

 それが手に取るようにわかってしまう。


 子供の時からずっと変わらない優しい主。

 この人の為に生きて、そして死ぬ。その覚悟を持つ従者。


 二人の絆を知る人間であれば分かる。

 この二人の間には誰も入れないのだ。

 強固な絆は、誰にも引き剥がせない。


 「殿下」「我らもいるぞ」

 「おお。そうですね。ニール。ルージュ。僕と一緒に冒険しましょう。世界旅行ですよ」

 「「うむ。ついていくぞ。殿下!」」


 苦境の中にいるのに、二人も笑顔だった。

 ここにアイネとイハルム、そしてミランダがいれば、それはもう子供の時の環境と変わらない。

 フュンはそこだけが惜しいと思っていた。


 「よし。いきましょうか。まずは、皆と合流だ。ここがサルガオの滝の下ですから・・・ここからだと、北西のクーロン。ここに集まらねば・・・それと敵も遠回りで死体を探しますからね。ここは隠密術で足跡を消していきますよ!」

 「「「はい!」」」

 

 四人は森の中を疾走していった。


 ◇


 クーロン。

 先回りで移動していたのが、フュンと別れたレベッカたちだった。


 「父がここに来るはず。んんん。あれほどの数の追手。二人だけで、大丈夫だろうか」

 「レベッカ様、大丈夫でしょう。ゼファー様がいるから大丈夫です」


 義父がいるから王様が大丈夫。

 そう信じて、ダンは笑顔で答えた。


 「ダン。まあ、そうだな・・・ん。起きたのか」


 二人が見張りをしていた所、タイローが看病していたウーゴ王が目覚めた。


 「・・・こ、ここは?」

 「ああ、起きましたね。ウーゴ王。申し訳ありませんね。あなたを攫ってしまいました」

 「・・・だ・・・だ・・・」


 誰かと会話することが難しい。

 特に初対面の人間とはほぼほぼ話したことがない。

 ウーゴは戸惑った。

 

 「ああ。私たちは何もしませんから、とりあえずこの紅茶でも飲んで休んでください。私たちの王が来る前では無理に話しかけませんから」

 「あ・・・アーリア王・・・」


 『同じトゥーリーズの血を持つ者と話してみたい』

 ウーゴは同じ血を持つ者と同じ時代に生きた事がない。

 生まれてから言葉を話す前くらいに両親が死んでいて、それとクラリオンとリーガムは遠縁過ぎて同じ血とは言えないからだ。


 「お! 来ただよ。フュン様とゼファー」

 

 宿の屋根に座っていたシャーロットが見つけてきた。

 フュンを見つけた瞬間に上階の宿の部屋に入って来た。

 

 ◇


 「いやぁ。みなさん。無事でよかった。よかった」

 「父上」

 「お! レベッカも無事で。さすがですね」

 「当然です」


 彼女が大人になっても、フュンは素直に褒めてあげる。

 頭に手を置いて撫でていた。 

 幼い子供のように扱っても、レベッカは嫌がらない。

 父親がすることは全て受け入れているのだ。 

 おそらく普通の人にそんなことされたら、その撫でている手が無くなるかもしれない。

 

 「ギル。どうなりました」

 「はい。全員でこちらに移動して、ライブック殿が指定してくれたアスタリスクの民たちの場所に、俺たちも転々と移動していけます」

 「なるほど。手配が良い。あとはタツロウさん。こことも連携を取りたいな。サブロウ。あなたはどうなっています」

 「影の配置。南は完璧だろうぞ。ただ、北はこれからだぞ。でも本番の時はカゲロイに任せるから、こいつに聞いた方がいいぞ」


 サブロウが親指でカゲロイを指差した。


 「そうですか。じゃあ、カゲロイ。どうなってます?」

 「ああ。大体南は300配置したから、残りの700を置くわ。北で暴れるから数を揃えたい」

 「いいでしょう。まあ、ここまでは順調です・・・あ、そうだ」


 フュンは思い出して、ウーゴの方に向かった。


 「ウーゴ王。申し訳ないです。僕が君を誘拐しちゃってね。でもこうでもしないと、あのミルスが邪魔でね。君とゆっくり話が出来ない。僕は王の君じゃなくて、君自身と話したくてね」

 「・・・私自身・・・ですか」

 「「「!?!?!?」」」


 ほぼ無言であったウーゴが素直に話を返したから、皆が同時に驚いた。


 「はい。僕はね。君を見た時から、立派な王だと思いましたよ。僕はね。色んなタイプの王様を見てきたのでね。一目見ればわかりますね。うんうん」

 

 アハト。ズィーベ。エイナルフ。シルヴィア。ネアル。タイロー。

 様々な王を見てきたフュンは、大体良い王の特徴がなんとなくわかる。

 そこで、このウーゴは純真。綺麗な白い心を持っている。

 この色を持つのはシルヴィアに近いとフュンは思っていたのだ。


 「わ、私が。王として?」

 「ええ。でもね。その特徴は人としていいです。王としてじゃありませんよ。ですからね。良い大人になれそうです。もう少し勉強すれば、きっと良い王様にもなりますね。君はまだ18でしょ」

 「はい・・そうです」

 「まだまだ若いから何事も挑戦ですね! うんうん」

 「は、はい」


 不思議な人だった。

 初対面なのに、何も気にせず話せる。

 ウーゴは、誰かと素直に話せること。それが大事な事だと思った。


 「よし。次の町に移動しましょう。次はアスタリスクの里でしたね。ギル」

 「そうです。ここから北東のホライという場所ですね」

 「わかりました。馬車は?」

 「それも用意してくれていました。ライブック殿の支援ですよ。お金もあります」

 「いやそれは、感謝せねば・・・お金ないのはきついですもんね。前回の旅はジェシカさんにお世話になっちゃってね、そこも感謝しないとね」


 ディーヴァ・スカイ家が、反撃をするために溜めていたお金。 

 ライブックはその大切なお金を惜しみなくフュンの為に出してくれていたのだ。

 反撃する時はこの時。

 このタイミングこそがベストであると彼は確信している。


 「では馬車の中でもあなたとお話ししましょう。いいですか。ウーゴ王」

 「は、はい。お願いします」

 「ええ。こちらこそ」


 フュンとウーゴの関係が良くなっていったのは、この時から。

 最初の印象が良かったこともあるが、フュンならではの人付き合いがウーゴの心の中にある人に対する懐疑心を溶かしていったのだ。

 宮中に味方ナシ。

 この苦しい環境をウーゴはよく理解していたのだ。

 城の中で、余計な事をしなければ生きていける。

 でもそれは、果たして自分はこの世界に生きていることになるのか。

 これがウーゴの18年間の悩みだった。


 

 ◇


 二台の馬車で移動する前。


 「シャニ。こちらの警戒はですね・・・」


 まだ話の途中だけど、シャーロットが返事をする。


 「フュン様、なんだよ」


 話を途中で折られていても、フュンは、いやな顔一つせずに指示を出す。


 「ええっと。こっちは、ルイルイとリアリスが中心なので。君は二人の護衛で、いいですね」

 「はいだよ~。いいだよ」

 「ええ。お願いします」


 リアリスとルイルイの連携は、この時から始まっていた。

 銃連携。遠距離戦を制するための準備だった。

 なので二人の分の近接はシャーロットが担当する。


 「それじゃ、出発です! いきましょう。ショーンお願いします」

 「わかりましたべ」


 ショーンが御者として、馬車を動かした。


 馬車内では色々なところで会話は起きていた。

 フュンはウーゴとの会話となる。


 「君は、どうしたいです」

 「わ、私ですか」

 「ええ。君の想いはどこにありますか」

 「想い?」

 「はい。君はあのミルスのせいで、何の会話も出来なかったでしょ。それにね。君は頭が良い子だと思います。余計な発言をして、立場を悪くするよりも、言いなりになっていれば生きていけるはずだと。君は自分の舵取りをそちらに向けた・・・しかし、それでは君自身がいない。この世界に」

 「・・・・」


 フュンの言葉が、心に痛いほどに刺さっていく。

 その通りだった。

 自分がこの世界にいない感覚が常にあったのだ。


 「だから僕は、君に見て欲しいって思ってね」

 「見て欲しい?」

 「ええ。自分の目で、自分の国の民をね。君はあそこから身も心も、外に出ていない。牢獄の中にいたんですよ。それでは民たちの生活を見た事がないのは当たり前だ。君の政治じゃないけど、君の政治になっている。ミルスがやった事だけど、君がやったことになっている。だから君も知った方がいい。このレガイア王国の政治とその民たちをね」


 フュンは優しく言葉と言い方で、ウーゴに王としての在り方を教えようとしていた。


 「この国の政治と民・・・・はい。わかりました」

 「ええ。見て、感じて。考えて。君は何を選択するのか。それがこの旅の、僕の楽しみの一つですよ」

 「楽しみ・・・」


 フュンは、ウーゴを導くためにこの旅を始めたのだった。


 

 

 

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