第269話 僕らは常に一緒だったんだ
サイリン家は、本拠に帰るとすぐに戦争の準備を始めた。
当主グロッソは、シャッカルを攻めるために、ピーストゥーで武器類を増産させてから、各兵士らに武器を配備していった。
アーリアを倒すため、サイリン軍はピーストゥーの南東にあるバイルという町に入って、ここで軍を整えて、3万の兵で最初に向かうことを決めたのだ。
サイリンはこのような動きをした。
そして、イバンクは・・・・。
◇
なぜかリーズから離れなかった。
お屋敷に一旦居座るようにして、待機をしていた。
その指示はタイムの指示である。
「タイムさん。なぜ。動かないんですか」
「ええ。僕の予想では、あなたが動いたら、敵が動きそうです。なんとなくですけど」
「ど、どうしてそんな事が分かるんですか」
「はい。僕はフュンさんならどう考えるかなって思いましてね。彼の思考から、敵を読んでいる感じです」
ジェシカがキョトンとした顔になった。
「ええ。長い付き合いなんです。彼と僕らはね・・・だから、彼ならばこう考えるでしょう。今は待機ですとね!」
古くからの将たちであるタイム。
それに、ウォーカー隊の戦友ならば、大将のフュンであれば、こう考えるだろうと、思考を読むことが出来るのだ。
ゼファー。リアリス。カゲロイ。ミシェル。
遠く離れても、バラバラになっても、常に心は一緒。
共に育った自分たちならば、フュンの考えなど簡単に思いつく。
彼の考えは常に敵を読む。
心を読んで誘導するのが基本だ。
「ですから、ここは邪魔した方がいい。交渉の準備中だとして、まだ移動しません」
「なるほど。敵への言い訳ですね」
「そうです。ですが、ジェシカさん。行く時は一気にいきますよ!」
「わかりました。そうしましょう」
「ええ。イルさんが準備出来次第。そのまま彼らを連れて逃げます」
「はい」
タイムとイルミネスの連動により、ここからジェシカは消えるのであった。
◇
そしてここから急展開となる。
イルミネスの計略で、クラリオン。リーガムの二家族を暗殺。
でもこれは未遂であり、そして拉致である。
敵の暗殺に乗じた疑似的な暗殺でジャルマ家を騙したのだ。
これはあの時のフュンのやり方と同じものだった。
そしてその後に、その二家族をジェシカが、マクスベルにまで無事に連れていくと、ほぼ同時期にリーズが閉鎖された。
首都が、どことも連携が取れなくなったことで、一時国中が混乱となるが、その中身はミルス・ジャルマが王となる事だった。
ここからレガイア王国の王は、ミルスとなったのだ。
そして、これに腹を立てたのがサイリンで、今までの恨みを、何から何までぶちまけるようにして、彼らとの戦いに出た。
シャッカルは引き続き準備をしながら、一気に彼は、リーズ周辺の東と北東を制圧して、リーズを少し孤立気味にした。
二正面であるが、指揮したサイリンは中々の武闘派で、優秀な軍人であったようだ。
それと今の動きでジャルマが上手くいかなかった理由は、大陸の北側でまだ起きている古今衆と呼ばれる集団のテロが原因だった。
テロが行われた辺りでは、このような書き込みがあった。
『我らアスタリスクの地に帰る』
と、この一文が書かれていた事で、アスタリスクの民がまだいたのかと、地元民、ミルス。マキシマムは驚き。
特に北の国民たちは騒然となっていた。
かつての民たちの怨念がこの地にまだ眠っていたのかと・・・。
この想定外によって、ミルスの王就任の後があまり上手くいかなかったのだ。
そして、その混乱によりイバンク家も出てくる。
『王となるとは。この不届き者が』
これを掲げて、イバンク家がラーンローを制圧。
この直後に線路を破壊し、ピーストゥーへの物資の流れを滞らせることに成功し、リーズへの線路も破壊したことで、リーズは南から食糧を供給してもらえなくなった。
そして、さらにラーンローで下りの列車。
マクスベルで上りの列車を手に入れた事により、列車はイバンク家が手中に収める事になった。
大陸の南を移動するのに、有利となるのがイバンク家となった。
サイリンが所有する路線は、ピーストゥーだけとなり、サイリンが持つ都市は、駅がそこにあるだけとなり、列車がないので、意味の無い駅を持つ羽目になった。
これが10月終わりから、11月、12月の上旬の出来事であった。
◇
そして、あの戦いに繋がる。
アーリア歴5年12月11日。
シャッカルの前に現れたのはサイリン家の大将軍ビュール・スターズ。
宣言をする。
「そちらの方々・・・敗北を宣言して頂けると嬉しいです。そのままアーリア大陸に帰った方が楽でしょう」
淡々とした声で、帰れとの言葉だった。
彼は、冷静に事を運ぼうとした。
しかし、クリス率いるアーリア軍は、意外にも脅しから始めた。
「あなたに撃てるのですか。こちらには捕虜がいますよ」
シャッカルの防壁に捕虜を一万並べて、敵の動揺を誘おうとした。
あなたたちがそこから進軍すれば、撃ち殺しますよ。
これを敵に見せつける事で、最初に士気を落とそうとしたのだ。
だが、これが全然意味の無いことになった。
クリスの戦略は、敵を知らずであり、そこが甘かった。
「関係ありません。敵に捕まるような人間はレガイア王国に要りません。放て」
「な、なに!?」
サイリン軍が、そのまま遠方からの砲撃を開始。
大砲を使用する。
この当時の陸上戦では珍しい事である。
持ち運びに苦労して、その労力の割には、壁の前にある塹壕を破壊しきれない。
だから、壁破壊にしか使えないのだ。
でも、サイリン家は、ありったけの砲弾を使用して、シャッカルを丸裸にして残りを塹壕だけにすることを決断していた。
それは、アーリア側の心にダメージを負わせる目的だった。
彼らは強かだった。
しかも、捕虜一万を犠牲にしても良いとする強引なやり方で、効率よくアーリア大陸側に大損害を与える事にも聖子していた。
これで、クリスが右腕を負傷。
それと、ロベルトの戦士たちも負傷して、捕虜一万は死亡した。
このアーリア側の大損害から始まった戦い。
それが、シャッカル防衛戦争である。
レガイア王国で、シャッカルという名になってから、初の防衛戦争は。
アーリア大陸 対 サイリン家
この二つの戦いとなった。
しかし、この最初の捕虜殺し。
これにより、ここに収容されていた捕虜が、アーリアの味方となった。
母国に殺されるくらいなら、ここで戦って生き残ってやる。
彼が怒りの感情にシフトチェンジしてくれたことで、この戦いの初回の失敗を取り戻すことに繋がっていた。
クリスは、負傷した右腕の治療を受けながら、二回目の防衛態勢を整えていた。
◇
「サナさん。Aで」
「了解」
サナはA地点で戦う
「ソロン。あなたはBで」
「はい。でもあなた、腕は・・・」
クリスの腕は骨折である。重傷だが、それでも引くわけにはいかない。
「いいえ。大丈夫。Bをお願いします」
「はい」
ソロンがB地点。
「私がCに入ります。BCD間の銃撃部隊を管理します。それでラウさん。Dで!」
「はい。いいでしょう。やりますよ。俺も怒ってますからね」
「お願いします。それでみなさんは、究極武装歩兵そして銃撃部隊との連携をしてほしい。私が見切れない場合に、銃撃部隊もお願いします」
ラウ・クルセス。
ミックバースの一つ下の将であった人物。
今回のサイリン家の攻撃に腹を立てて、寝返る事を決めた人物で、優秀な指揮官である。
現在、アーリア軍は主力となる将軍たちが、フュンと共に消えたために、ここシャッカルで持ちうる将が少なかった。
なので、猫の手も借りたい状況だったので、とても助かる味方である。
本当に優秀な人物なので、なぜミックバースよりも出世しなかったのかが謎である。
壁の前にある塹壕は、元々敵を近寄らせない目的があった。
砲弾で壁を破壊されたとしても、塹壕が防波堤になり防御する。
この形をこのワルベント大陸は以前から取っていた。
大体八十年前からできた戦闘の仕組みである。
大砲の砲弾が強く作られたことによる戦い方の変化であった。
でも、大都市の周りにはそのような措置はなく、ここが軍事拠点であるから、そうなっている。
それと、この塹壕は、元々は小さかったのだが、フュンたちが改良を加えていたのだ。
より長く大きく。そして複雑にして、近接戦闘が出来る場所を確保している。
「全てを倒すことは不可能でしょう。3万。あれだけの数での攻撃があるのなら、こちらとしては抵抗が難しい。だから、ABCDの究極武装歩兵で出来る限り削りましょう。死闘ですよ。ここからは!」
「「「「はい!」」」」
クリスも策じゃなく、気合いで乗り切る時が来たと思っていたのだ。
そして、この戦いが始まってから。
最初の激突で、2万が削られて、アーリア軍の劣勢が続き。
ここから約二週間で、アーリアは計3万を減らし、サイリン軍は5千を減らした。
防衛であるのに、アーリア側が圧倒的不利な状況となる。
でも、何とかして食らいついていた。
途中、アーリア大陸との連絡を取りあって、デュランダルからは王都アーリアに乱ありと言われても、それを気にする余裕もなかった。
クリスとしては、今いる仲間たちがきっと大陸を守ってくれるだろうとの希望的観測をしながら、この戦いを乗り切ろうとしている真っ最中だったのだ。
アーリア歴5年1月6日
クリスの指示が飛んだ。
「まだです。引いてはいけません。相手が乗り込んで来ようとしていますから。撃ち合いに負けないでください。A。B。C。D。それぞれの地点に入ったら、究極武装歩兵に任せてください。狭い所で勝負です。近距離でお願いします」
この後で無線が入る。
「クリス。連絡だ。敵の部隊が塹壕に入った。あの位置からだとDだ」
「了解です。マルクスさん。引き続きお願いします」
「ああ」
マルクスは壊された壁の物陰で、敵全体の動きを見ていた。
敵がどの位置に侵入するかで、指示を出している。
塹壕は、右からA地点となり、左の端がD地点となっている。
それで、クリスがC地点になっているのは、BとDの二つをカバーできる位置であるからと、A地点が敵に一番近いので激戦となる場所だから、サナに任せていたのだ。
現にサナの位置だけは、完璧な布陣で守れていた。
やはり、ここは歴戦の戦いを経験したサナ・スターシャが重要だった。
究極武装歩兵の使いどころが良いらしく、銃と近接の戦闘に出て行く割合が絶妙なのだ。
「みなさん、あと少しです。頑張りましょう」
「「「「おう」」」」
日没まで一時間弱。
この戦いを終わらせて、何とかして、皆を休ませなければ、体力が持たない所にまで来ていた。
後ろに控えさせている兵士たちも、とっくのとうに限界を超えている。
クリスが、ここまでの人生で、これほどの苦戦はないと。
そう断言できるほどの戦いであった。
「もう少し。もう少しだ」
クリスの檄と共に戦いは終わった。
これで、一か月近く。
激戦続きのアーリア軍は、この日を乗り切った。
◇
会議の為に各地点の隊長たちが戻る。
「やばいかもな。どうするクリス。それにお前の腕。治さないと」
指令部に入っているマルクスが言った。
「ええ。でもしょうがないですよ。骨折くらいなら戦わないといけません。私がいなければ」
「だが・・・」
マルクスの心配の後にソロンが出てきた。
「ええ。そうですけど。でも、傷口もあります。消毒だけでもしないと駄目です」
ソロンがサナリア草の傷薬を持ってきて、塗り始める。
「わかりました。お願いします」
「はい」
傷の手当てをしていても話が続く。
「どうしますか。俺は、何か切り札が無いとと思いますが」
ラウが聞いた。
「ええ。私も思います。究極武装歩兵だけだと厳しい・・・フュン様も言っていた事だ。あれに頼ってばかりじゃ、無理ですね。この塹壕。隠れる場所が多い分。逆に狭くて、こちらには不利な部分がある」
クリスも戦い方としては正しくとも、やはり体力的な部分でも究極武装歩兵を多用していくやり方は、限界があると判断していた。
「ここは、あれだろ。タイムを信じるしかねえわ」
「え?」
「そうだろ。タイム。イルミネス。あいつらがやってくれるはず。または、私らの王だな」
サナが言った言葉に皆が頷いた。
「だから、ここで粘る。このまま私らを放置するような男たちじゃない。必ず勝機を作ってくれるぜ。マルクス。そういう男だろ。私らの親友はな。それとタイムもな」
私らの親友。
タイロー、ヒルダ、マルクス、サナ。
この四人は友である太陽を信じている。
サナの言葉は、最後まで前向きであった。
「そうだな。フュンさんなら、俺たちを見捨てない。だから粘りが一番なはずだ」
マルクスも信じていた。
フュンが苦戦を強いる場所に仲間を置いたとしても、負けると分かっている場所にほいほいと送り込むわけがない。
それにフュンならば事前に退却案を出すはずなのだ。
それなのに今回はシャッカルの死守を求めた。
だから、何かの策があるかもしれないと信じている。
「それはたしかに・・・でも今の私たちは、無策に近い状態ですので・・・ここは、敵を誘い込んで粘って倒していきましょう。どこかのタイミングで、反撃の糸口を作りたい。少し二つのブロックを任せきりにします。ソロン。ラウさん。お二人に任せます」
「「はい」」
同時並行で別な個所のフォローまでしていたクリス。
一か所だけに集中できれば、思考をする時間を僅かでも作れると思ったのだ。
死闘はしばらく続いた。
◇
アーリア歴6年1月15日
長く続いた戦いも一カ月を突破した。
シャッカルを落としきれない。
でも、ビュールは焦らない。
そもそも彼は、じっくりシャッカルを落とす気であったのだ。
兵糧も十分。物資も十分。
準備が完璧であったために、早急な解決を試みなかった。
グロッソからの指示も期限がなかったので、このような戦い方をしていた。
定石とも言える良い戦い方だったのだが、しかしこれは愚策となってしまう。
一気に攻めていればサイリン有利の状況が作れていただろう。
この戦争、誰もがサイリン家の方に傾くと、思っていた。
この時点までは・・・。
◇
敵を観察していたマルクスが気付いた。
無線連絡をする。
「クリス! 敵の半分が引いていくぞ?」
「え? どういうことです」
「わからん。もしかしたら今日は終わりかもしれん」
「まだ昼前です・・・どういうことだ」
「お前も引いて来い」
「わかりました。ここは仲間に任せて。そちらにいきます」
クリスだけが、マルクスの場所まで引いた。
二人で観察する。
「本当だ。敵が・・・何が起きたんだ」
「これはどこかで、何かが起きたか? 緊急無線はまだ・・・」
「ええ。してもいません。来てもいませんよ」
とにかく戦況が分からない事態にまで陥ったが、二人の頭の中では仲間たちの誰かが、何かをしたのだと思った。




