第268話 際どい話し合い
アーリア歴5年10月。
ワルベント大陸が思いも寄らない事態になる。
それは、ルヴァン大陸との戦いが、突如として終わったためである。
ルヴァン側からの攻撃がピタリと止み、戦場に静けさが訪れた。
鳥が囀り、波の音が聞こえてくる。
果たして、それは何年ぶりの事なのだろうか。
いつぶりであったかもわからない。
それくらいに長い戦いだった気がする。
こんな静かな朝はない。
なんて兵士たちが思っていたとしても、国としては警戒度を下げる事が出来ない。
なぜなら、今までずっと激しい戦いを繰り広げてきたからだ。
だからまだシャルノー地域では、いまだに軍が展開されている。
約15万の兵が待機状態で、前線に5万。後方支援に10万。
前線と交換しながらの戦いをしていたために後ろの方がやや多めに配置されている。
『しかしなぜここで攻撃が終わったのか』
この疑問が分からずである。
しかし、疑似的な停戦状態に入れて、戦場が落ち着いてはきたので、レガイア王国としては、シャッカルの方面に力を注ごうと動き出していた。
だが、しかしその会議を開く前に、更なる異変が起きてしまった。
それが、ワルベント大陸の計十六カ所で、小さいがテロ行為のような事が次々と起きたのだ。
お店の襲撃や、民家の火事。兵舎の武器などが盗まれるなどなど。
国の規模からいえば、些細な出来事だろう。
でも、これがほぼ同時に起きた事で、レガイア王国内には、何か犯罪組織が潜んでいるのではないかとの話になり、小さな混乱状態になった。
◇
会議室。
「どういうことだ。戦争が終わるだと」
会議の冒頭。ミルスの疑問から始まる。
「そうじゃな。儂でも分からん。何がどうなって、あの戦争が終わる? 気分か? いや、そんなことでは戦争は終わらん。だとすると、向こうに緊急事態が訪れたか。まさか、皇帝崩御か!」
グロッソでも経験したことのない事態だ。
突如として、完全休戦状態になる事は異例中の異例だった。
経験がほぼない。
「そんな無駄話はいいとして。こっちはどうするの。シャッカルにいくの。いかないの? それとも、この小さな犯罪組織を許さないの? なんだっけ。大宰相討伐って言っている組織名なんでしたっけ?」
ジェシカが、話し合いの軌道修正に入った。
「古今衆と言っていたな。黄色い布を巻いた連中だ。頭か腕に巻いているらしいな」
実際に見たわけじゃないので断定せずにグロッソが答えた。
「ああ、そうね。思い出したわ。そんな名前だったわ。そうだ、古今衆の襲撃。私の所には三つ。あなたは?」
「儂も三つだ」
「じゃあ、ミルス殿は?」
「私は、十だ。それで、各地で暴動にもなった。比較的安定しているラーンローでもだ」
「そう。それは大変ね」
ジェシカが人ごとのように言うと、今度はミルスが話を進める。
「・・・くそ。戦争が止まったというのに、国内で問題だらけではないか・・・どうすれば・・」
自分が王となれば、好き勝手動けるのに。
目の前の二人が邪魔だ。
ミルスは二人を睨みつけるようにして言った。
「それで、どうするの。私は停戦状態のような事に持っていっているのだけど。まさか攻撃でもする気?」
「しよう。儂がやる」
「グロッソが?」
「ああ。儂がやってシャッカルを取り戻す」
二人で話が進みそうになると、ミルスが出てくる。
「勝手にやろうとするな。サイリン。私が許可を出していない」
「許可? これでお主の許可がいるのか。ここは、もう国家としての面子の問題だろう。それに、今、お主の領土で、あそこに派兵が出来るのか。最前線と古今衆。双方に対応できるのか。同時にじゃぞ」
「・・・ぐっ・・・取れる。私は出来る。だが、ここはもう」
ミルスは何かを考えていた。
グロッソとジェシカを睨んだ後に、指示を出した。
「イバンク。お前も圧力をかけていろ。シャッカルの連中を騙せ」
「え。まあ。いいですけど」
「なんじゃ。大宰相殿は、急に賛成なのか」
「ああ。いい。とりあえず貴様に任せよう。今日はここで終わる。マキシマム。ここに残れ」
「はい」
◇
会議が突然終わり。
その馬車での帰りとなる道中で、ジェシカはタイムとイルミネスと会話になった。
「タイムさん、最後のは・・・変よね」
「はい。おそらくですがね。王となる気ですよ」
「え? 王ですか?」
「はい。あの感じに加えて。グロッソを外に出して。そしてジェシカさんに僕らの方の交渉に行かせる。それだと・・・この首都リーズから宰相二人が外に出る。だからチャンスが生まれます。どうです。イルさん」
タイムの隣から光が溢れると、イルミネスが表れた。
「はい。私もそう思いますね。敵を排除じゃなくて。敵を動かす。その隙に国を乗っ取る。王がいない上に、宰相もいないなら、緊急事態としてここで王となる事が出来ます」
「じゃ、じゃあ。まずいわよね。このままだと私は・・・」
ミルスに消される恐れがあるとジェシカは思った。
「いいえ。私はこれを良い機会に捉えた方が良いと思います」
「ん? イルミネスさん。それはもしや・・・そうか、なるほど。南の半分を掌握した方がいいのね」
ジェシカの頭の回転も速い。
イルミネスは不敵に笑い、指示を出す。
「そうです。ラーンロー。マクスベル。この両方を得る。そして、敵が王になったら、線路を砕いてください」
「・・・なるほど。線路ね。相手に連携をさせない。私たちと、首都とピーストゥーを遮断することで安全を確保する。わかりました」
「はい。でも出来たら、ラーンローとマクスベルを繋げますか?」
新路線を作ろう。
イルミネスの指示は分かりやすかった。
「わかりました。少ない兵力でもどっちにも対応できるようにするためですね」
「そうです。これは内密にもうすでにやっておきましょう。ピーストゥーに潜んでいる影にやらせます。線路や、その材料などを密かに強奪します」
「・・・わかりました。工事はこちらが手配します」
「ええ。お願いします。やりましょう」
今まで一人でやってきたジェシカにとって、この二人は心強い味方であった。
フュン程ではないが、人の気持ちを読むことに長けているタイムに、策謀が得意なイルミネス。
双方の考えは、新しい視点をくれるのだ。
だからジェシカは非常に助かっていた。
同盟してよかったと思っている。
「しかし、私の予想だと・・・」
イルミネスが言い淀んだ。
「どうしました?」
「奴は、自分に王権を持っていくために殺しますね」
いきなりの物騒な言葉にジェシカが驚く。
「殺す・・・ま、まさか」
「はい。クラリオンとリーガムを殺します」
王の親族を殺し、継承権が誰にもない状態にする。
それが、二人の宰相を別な場所に移動させる真の目的だ。
イルミネスはそこまで敵の考えを読んでいた。
「さすがに。あのミルスでもそこまでの事を・・・・しますかね?」
タイムが聞いて、イルミネスが答えるが、答えた先はジェシカだった。
「ええ。すると思います。ジェシカ殿。どう思いますか」
「どうだってのはどういうことで?」
「助けますか?」
「助けられるのですか」
イルミネスからの思わぬ提案に驚く。
「ええ。出来ます。私たちの主。フュン様と同じことをすれば、その方たちを死んだことにして、連れてくる事は可能です。ですが、それをしてもあなたにメリットはない」
「え? メリットですか。いや、たしかに。でも・・・」
助けても何も得られない。
人が助かったという結果が生まれるだけで。
手間が増えるだけなのだ。
クラリオンもリーガムも弱い王家。
そばにいてもただのお荷物である。
しかし・・・。
「あなたは、ここから独立した立場にならねばなりませんので、別に昔の王家がどうなろうといいのです」
「・・・・しかし、それでは」
「あなたが貫く立場は、ウーゴ王を待つ。これだけであなたは名声を得ます」
「でもですよ。さすがに助けられるのであれば・・・クラリオン、リーガムは、まだ若い。死なせるのも可哀想です。私の子と同じくらい・・・」
ジェシカは母としての気持ちになっていた。
我が子と同じくらいの歳の子なのに、ここで無視するのは胸糞悪い気分になる。
きっと後悔もするだろう。
でも簡単にやりますとは言えない。
自分の家を考えるとすぐに答えを言えなかった。
「いいでしょう。曇った顔をしているあなたに免じて。ここは動きます。タイムさん、いいでしょうか」
「いいですよ。助けられるのであれば、助けましょう。フュンさんなら、迷わずにやりますからね」
「そうですか。わかりました。では私は今動きます。出来るだけ急がねば、どの速度で敵が動くかわかりませんから。では」
イルミネスが光となって消えて、馬車から飛び降りた。
「タイムさん・・・本当に助けられるのでしょうか」
「ええ。大丈夫です。僕らはこれと同じことをしていますから、大丈夫」
「え? これと同じ??」
「はい。フュンさんは、親族を何度も助けています。殺したことにして、命を救ったこともあります」
「・・な・・・え? 殺した・・ことにして???」
ジェシカはそんな事が可能なのかと驚いた。
でも可能なのだ。
フュンは、ヌロ。リナ。その他の人間を色んな方法で助けている。
救う方法をいくつも持っているのである。
今回はあの二人と同じ方法で救おうとしているのだ。
「ま、心配せずとも大丈夫。とりあえず、ジェシカさんが心配しなければならないのは、次の手ですね。ラーンローの奪取を上手くしないといけませんよ」
「そ、そうですね。気をつけないと」
来るべき時にラーンローを奪う。
それがイバンク家がやらねばならない事だ。
◇
王城の一室で。
「マキシマム」
「はい」
「私が王となる。それでいいな」
「え? いや、それは・・・まだ、王は生死不明です」
としか答えられない。
マキシマムはまだウーゴ王生存に望みを持っていた。
彼は国家に忠誠を誓い。王家に忠実な部下なのだ。
「死んでいる可能性が高い。その上、今この時に、王不在なままでは、さすがにまずいだろう」
「・・・それはそうですが。しかし」
「しかしではない。だからやるぞ」
「やるとは?」
「クラリオン。リーガム。ここを消す」
「は?」
「継承できるのは私しかいない事にする」
「いや、それは・・・」
「無駄口を叩くな。私はもう諜報部に頼んでいる。あと少しで処理することは決まった」
「え? いや、私は・・・」
賛成も反対もしていない。
ということは・・・
「貴様もそのつもりで動け」
聞かせることで共犯にするつもりなのだ。
「ミルス様。しかしです。どうやって王に? 道のりが難しいかと。せめて宰相のお二人の承認が必要ではないですか?」
「いらん。玉璽で一気にやる。奴らがここを出て行って、戦いに入ったら、私が王だ」
「・・・・・」
強引なやり方だが、王不在はたしかにまずい。
マキシマムは賛成とは言えないが、国を守るには、この道のりで進むしかないと、渋々ついていく事を決めたのだ。




