第267話 停戦交渉もどきは、秘密作戦会議
フュンが世界から消えた直後。
ワルベント大陸は、引き続きルヴァン大陸のオスロ帝国と戦っていた。
自国の王が、いなくなっても戦争を止める事が出来ない。
人は争う事をやめられないようなのだ。
しかし実際の所は、そんな事を考える余裕がないともいえる。
王が消えたという異例事態で戦争を中断してしまったら、敵に弱みを見せるかもしれない。
この考えが影響して、戦闘継続をミルスが独断で判断していた。
まあ、無難な思考とも言える。
そして、それよりも彼らは大事な事を考えなければならない。
早急に解決すべき事柄があるのだ。
それが、アーリア大陸の処遇である。
アーリア王に誘拐された形でウーゴ王は消えた。
なので、アーリア王の責任をそっくりそのままアーリア王国に押し付けるかどうかでの話し合いをしないといけない。
本音としては、二正面にはしたくない。
でも大国の面子がある。
これは、犯人である王と、その国の責任を同列に見るかの話し合いでもあった。
◇
王失踪から数えると一週間後。
「あそこを消滅させる。よいな」
「当然、儂は賛成だ。王を殺したのだからな」
「私は反対ですわ。この場面で、どの規模で、送り込めるというの? どこから兵力を出すのよ」
三人の意見は最初から割れた。
ジャルマとサイリンは最初からアーリア軍ごとシャッカルで消す気であって、イバンクはまだその時じゃないと意見を出した。
「イバンク。及び腰か。貴様は」
「私は現実的な意見を言っています。マキシマムにも聞いてみてください!」
「なぜだ。聞かずともマキシマムも賛成だ」
ジェシカの建設的な意見に対して、真っ向からミルスは否定する。
王が消えた今、レガイア王国の王は、ミルスになっているようなものだった。
ウーゴ王は若かった。
だから子がいない。
なので、レガイア王国の王不在が際立つ形となる。
それで、誰を王にするかでも、この国はすでに揉めていた。
実質の支配をしているミルスが、このまま王となるのか。
それとも、トゥーリーズの遠縁にあたるクラリオン又はリーガム。
この二つの家のどちらかを王にする選択肢もあり、選択肢としては三つが存在していた。
それで、ミルスは自分を。サイリンはクラリオンを。
そして、イバンクはウーゴ王を押していた。
イバンクの意見としては、ウーゴ王が消えたとしても、その死体がない。
だから、勝手に死んだと決めつける事が不敬に当たる。
ひとまずは、現状を維持したままで国を運営する。
そして帰って来ることを前提に動くことが大切だと唱えて、現状維持論を提唱した。
それでもし、ウーゴ王が数年帰ってこないなら、その時に後継者を決めればいいとした。
この意見を言った理由。
それは、今彼女の後ろにいる人物の助言だ。
ジェシカ・イバンクの相談役になったタイムである。
フュンの腹心の一人であるタイムがイバンク家の補佐となっていた。
イルミネスと両輪でこの計画は進んでいる。
「マキシマム! お前も反対か」
「・・・反対ではありません! しかし・・・」
「しかしだと」
否定していないのに、次の言葉が否定の言葉。
そこが気にくわないミルスは怒り出した。
気が小さい男なので、少人数の会議だと怒り出す。
「ミルス様。今の戦況で、戦うとなると不確定な要素があります」
「何がだ」
「我々は、どうやってシャッカルが負けたのかを知りません」
「・・・・」
「それを知らずして、戦地に赴くのは自殺行為かと・・・何より、あちらはまた熾烈な戦いになっています。前線のシャルノーに力が入っている状態ですよ。ですから現状では、シャッカル側も前線にすることが難しい。それとも、二正面でいくというのなら、ミルス様が全面支援してくれるのでしょうか」
兵力も、兵糧も、物資も。
全ての援助をしてくれるのか。
マキシマムは王がいなくなり、自分の意見をだいぶ言えるようになっていた。
それはフュンのあの時の演説も影響していたのである。
「それは・・・・だが、やらねば権威が落ちるだろう。原始人を放置などありえん」
「いいえ。それでも私はまだ放置で良いと思っています。彼らも停戦のつもりでいたので、すぐには動かないはず。だからその隙に、マクスベルに軍を配備すればいいだけだと思います・・・その位置で敵の進軍を封じていれば良しかと」
この案が最も無難な意見。
それを言うはずだと理解していたのが、ジェシカとタイムだった。
この意見が出た時が好機。
タイムが、前に出てくださいと指で合図を出した。
「私が出しましょう。イバンクの私兵であれば、マクスベルを守護できます」
これが最大の目的。
前々からフュンが考えていたマクスベルの奪取が、最も簡単にできる策。
それが戦わずしてその位置に兵を配置する事である。
無血でそこを奪う。
ある意味でズルい。そして強かな作戦だ。
「・・・ん? 貴様がか。あの都市に?」
「はい。かき集めれば、万は軽く超えます。守りましょうか」
「んんん。そうだな。貴様で守れるなら・・・」
一瞬防衛に考えが傾いたが、ミルスはやはり攻撃でいこうとした。
「いや、まて。ここは攻撃だろう。それが一番良いはず」
ここで一歩も引かない。
先程までの消極的意見を反転させて、ここで強く出る事で、ジャルマの意見を封じる。
これもまたタイムの指示であった。
「いいえ。外交をしつつ。攻撃をさせないで敵を騙す。その方が無難だと思いますわ。だから私に任せてもらえます? あちらと交渉をした事があるジェシカ・イバンクが、引き続きあの軍をあそこに止める形であった方が良いでしょう」
交渉をした実績のあるイバンクが、再び交渉して敵の動きを止める。
しかし、これはそもそも交渉せずともアーバンク同盟があるので、互いを攻めない事が確定しているので、こんな事を言わなくても実際は良いのだ。
レガイア王国側は誰も知らない。
完璧な出来レースだ。
「・・・・ほう。イバンク。そこまで言うならやれ」
「わかりました。ありがとうございます」
こうして、シャッカルを担当することになったのがイバンクとなった。
レガイア王国は、敵を大陸に乗せたまま、さらに激化していくオスロ帝国との戦いに臨むしかなかった。
王不在であるのにだ。
◇
そして、アーリア歴5年7月8日。
双方の王が消えてから三カ月が経った頃。
シャッカルで交渉が行われた。
これは表向き上は、停戦交渉である。
シャッカル会談とアーリア戦記では表向き上で呼ばれるものである。
ワルベント大陸側が、ジェシカ・イバンク。
アーリア大陸側が、クリス・サイモン。
この二人の間での交渉だと、ワルベント側では言われているが、実際は違う。
アーリア側ではこのように言われている。
『秘密作戦会議』
である。
「あなたがジェシカさんですね」
「はい」
「私がクリス・サイモンです」
「クリスさん・・・アーリア王からお聞きしています。あなたのその知略は、海よりも深く、空よりも高いと」
「・・・・いや、そんなことはありません。フュン様が勝手に言っているだけです。フュン様の中で、私の評価が異常に高いのです。困っております」
「ふふ。ええ、困っていそうな顔ですね」
クリスの顔が無から困った表情になる。
よほどなんだと思って、ジェシカは思わず笑ってしまった。
「ジェシカさん。そちらはどうなっていますか。タイムさんとはこちらでもやりとりをしていますが」
「はい。正確に国の現状をお伝えすると、まだ何とか崩壊を免れているという状態です。こちらは、どうしようもない状況に入っています」
いつ不満が噴火するか。
分からない状況である。
ジェシカは、来るべき時を見極めようとしていた。
「なるほど。フュン様が言っていた通りですか」
「はい。しかし、彼の作戦が、進んでいるのかどうかが、まだわかりませんね」
「ええ。フュン様の動向は、こちらには全く分からないようになっていますから。異変が始まれば・・・何とか分かるかもしれません」
「そうですね。事態が急変してからじゃないと、結果が分からないですね」
フュンの計画が進んでいるのは間違いない。
実際にジャルマ家の力が徐々に弱まっている。
いや、力と言うよりも権威がである。
こちらの方が言い方としては正しいかもしれない。
『王でもない者が、王のように振舞うな』
フュンの言葉が、レガイア王国の大臣たちや、将軍たちに少なからずの影響を無意識の中に与えたのだ。
これにより、徐々にジャルマの力は弱まっている。
武力じゃなく、言葉で国を揺らす。
人は心で動くはず。
フュンの言葉が大国に動揺を与えたのだ。
これがフュンの作戦な事に、ジェシカもだが、クリスも驚いている。
しかしここからが難しい事を二人はよく知っている。
なぜなら実際の戦力が、不釣り合いであるのだ。
相手が圧倒的。
特にアーリア側は、敵から本格的な軍が来るとなればひとたまりもない。
「我々はこのまま互いを見ている振りをする。しかしそちらは・・・」
「わかっています。ジェシカさん。こちらは死闘を繰り広げます。その間。あなたはそちらを、頼みます」
「わかりました。ラーンロー。ここを掌握します」
「はい。我々はシャッカルを防衛します。そうすれば、おそらくサイリンには対抗できる。上手く内乱となれば、出来るはずです」
アーバンク同盟の最大の利点。
それが、今受け持っている場所を、維持するだけで、相手を挟撃状態に出来る事だ。
どちらも互いの領土を攻めない事が確定しているから、サイリンにとっては実は敵が正面と横にいる形となる。
サイリンは知らぬうちに苦境に立たされていたわけなのだ。
アーリア、イバンク。
双方は、互いに守るべき場所が明確になっているのも利点である。
「フュン様の計画がどこで、どれくらい進んでいるのかが・・・問題ですね・・始まりは急でしょう」
「はい。そうだと思いますね」
彼らは時を待っていた。
時代が変わる。
その時を・・・。




