第264話 時代の節目
ユーナリアは、面白い布陣にしていた。
一万の軍を五軍に分け。
第一軍を自分とジルバーン。
第二軍をシルヴィア。
第三軍をブルー。
第四軍をリースレット。
第五軍をヘンリー。
この五人を将にしていた。
先頭を走るのが、ユーナリアとジルバーンの第一軍。
敵の西門に近づいてから、上を確認して、門沿いを走っていく。
西門には奴がいなかった。
「ジル。いない。いこう」
「わかった」
ユーナリアが確認して、ジルバーンが軍を率いて移動。
連携でパルルークを探す。
後ろの軍もそれに付き従い。
一万の軍は、移動をし続ける形だった。
二人が西から北へ向かっている途中。
「表にいないのかな・・・」
「どうだろう。わからないな。そこは敵の気持ち次第だ」
「ジル。もしかして度重なる失態で、責任を取らされたのかな?」
「いや、それはないんじゃないか」
「そうかなぁ。普通だったら無理だよね」
あれだけの失態をしたら、責任を取って将はやめるはず。
もしくは降ろされるはずだが。
「あそこさ、意外とギリギリの人数で回していたぞ。あのビンジャー卿のお屋敷も、結構カツカツだったと思う。警備の兵も少なかったぜ」
「じゃあ。数合わせでも前に出るしかないって事?」
「そうだと思う。弱かろうが強かろうが、とにかく数を並べる。でも奴らの戦闘部隊はまあまあ強いから、気にした方がいいぜ」
あのラグゴ村近くの拠点にいた人間たちは、まあまあ強かった。
頭の方は馬鹿だけど、戦うとしたら油断できない相手ではある。
「そうなんだ・・・じゃあ、いるはず」
北から東へ移動していくと、ユーナリアは見つけた。
「あ。いた。ここの門の上だ」
「おお。じゃあ、あいつなんだな・・・つうか、失敗したのにまた上の立場なのか・・・いや、貴族出身か。そうか、わかったぞ」
ジルバーンは今回の仕組みを理解した。
「ん? ジル、どうしたの?」
「そうかあそこ。貴族出身が上に立って、それ以下は鍛錬をしていたんだ。だから微妙にあそこにいた兵士たちは強かったんだな。貴族共が相手だったら、俺とヘンリーが後れを取らねえ。あいつらが微妙に強いのはそういう事か」
実行部隊の面々は、ラグゴ村近くの拠点で、兵士として鍛えていた。
それで新しい兵が来るたびに、ラグゴ村で集合していたのだ。
ヘンリーのお爺さんが、一人から二人を見かけるという証言はその時の出会いの話だった。
元貴族などの上級の者たちは、普段通り生活をしていて、手足となる部下たちは訓練に励んでいたわけだ。
ジルバーンは、あの村での出来事をそう解釈したのだ。
「なるほどね。その人たちは必死に頑張って。今あそこの貴族出身の指揮官たちは、失敗しても何度もチャンスがあるんだね」
「あいつ。ユーナちゃんに何回も騙されているのにな」
「うん。だから、今回も騙されてもらおう」
「いいぜ。やるわ」
ジルバーンが先頭に出て、ユーナリアから離れていった。
「敗北のきっかけになってもらおう。あの人には・・・」
ユーナリアの作戦が発動した。
◇
「また来たのか・・・奴だけは絶対に殺す」
パルルークは、親の仇ほどにユーナリアを憎んでいた。
二度に渡ってコケにされた事で。
『憎い憎い憎い』
この言葉で頭の中が埋まるほどであった。
「登らせるな。とにかく矢でいけ。矢で」
◇
ユーナリアは東の城門に狙いを定める。
その他の部隊には別な場所を狙うようにしてもらい通り過ぎてもらった。
第二軍のシルヴィアが南を目指し。第三軍のブルーが西を目指し。第四軍のリースレットが北を目指し。そして、第五軍のヘンリーは一周する。
それが作戦だった。
ユーナリアとジルバーンの部隊。
騎馬から降りた千の兵は、歩兵になり梯子を掛けて登っていく。
残りの千は、ユーナリアと共に後ろに下がって馬と待機だった。
それは、ジルバーンの逃走を見守って助ける役目があったからだ。
そのジルバーンは、梯子をすたすたと登っていた。
「あらよっと。ほいっと」
登っていると、上から矢が来る。
しかし、ジルバーンは、見事に躱す。
梯子に右手右足だけ残して、体の半分を放り出したり、その逆もやり、ありえない態勢での動きで、矢が当たらないのだ。
だから弓を使った者たちは、目を丸くして驚いていた。
その身体能力の異常性に、戸惑う事しか出来ない。
「ほいほいっと。登ったぞ。雑魚ども」
城壁到達寸前で、一気に攻めながら登り切る。
竜爪で敵を三人切り裂き、城壁の縁に足を着けると、他の人の場所を確保する。
味方が五名が登ってきた瞬間に、梯子を敵に落としてもらった。
その意図は、ジルバーンと仲間五名が取り残されるためである。
「どうした貴様。登ってきたは良いが、もう駄目ではないか。戻れないぞ。フハハ」
こいつだな。
と思ったジルバーンは、わざとらしい声をあげた。
「クソ。しまった。もう駄目だーーー」
『おいおい大袈裟だろ』
周りの仲間たちは思った。
「フハハハ。雑魚が。こちらに勝てるとでも思ったのか。貴様から殺してやるわ」
「あああ。もう駄目だぁ。この人たちが強すぎるぅ」
『おいおい、なんで棒読みなんだよ』
ジルバーンの後ろにいる五名は、ムーイとその影たちである。
念のためにユーナを護衛している影だ。
「しまったぁ。逃げろぉ。とにかく、もう下に降りるしかないぃ。ここじゃ、この人たちが強すぎるぞ。落ちてしまう・・・やばいぞぉ」
なぜ大袈裟な演技にしているのかというと、ジルバーンは敵の性質に気付いていたのだ。
自分の棒読みにも気付かない。
大袈裟に負けをアピールする度に嬉しそうな顔をするので、演技が過剰になっていくのだ。
そんな事を知らないムーイは、冷ややかな目でジルバーンを見ていた。
「じゃあ、いきますよ。ムーイさん」
「ああ」
ジルバーンは、敵の武器を受け止めて、互角を演出後。
押しと引きを繰り返し、三回目で吹き飛ばされる演技をした。
五人を巻き込んで、全員で城壁から落ちていく。
彼らは、地面に着く前に、ある特殊な弾を使用。
風を地面に出して、落下の衝撃を和らげて受け身を取った。
皆がべったりと地面に平伏すように倒れた。
「ハハハ。弱い。弱すぎるぞ。あいつら、あ!? あれは、絶好の機会か。やれるぞ」
パルルークは、ジルバーンたちを守るようにして盾を構えた兵士らを見た。
矢を浴び続けても、兵士たちが集まる。
千いた兵士の大部分が彼に集まっていたので。
「あれほど必死に・・・じゃあ、奴が将だったのか。あんな間抜けが将か。ならば、殺せんでどうする。矢だけじゃ足りん。降りて消す。急げ。追撃だ。弓兵以外は突進だ」
パルルークは見事に引っ掛かった。
敵のその声を聞いたジルバーンは。
「ムーイさん、どうですか。敵が降りていますか」
周りを盾で囲ってくれている兵士に聞いた。
「ああ。大分降りてる。弓以外だな」
「そうですか。門が開く。その時をお願いします」
「了解だ」
完璧に誘い込むには、門が開いてもらわないといけない。
倒れているジルバーンたちはタイミングを図っていた。
「来たぞ。開いた」
「じゃあ、走ります! ユーナちゃんは!」
「大丈夫。あの子も来てる」
「いきます!」
ジルバーンたちは門が開くと同時に、ユーナリアの方へと走る。
そしてユーナリアも遠くから駆けつける。そして馬を渡しながら、敵を釣った。
パルルースはその姿を見て、喜ぶ。
「奴も逃げているぞ。いける。いけるぞ。奴も殺せ。ハハハ。ついに殺せる。あの女も!」
ユーナリアが、敵を南方向に引っ張り始めていた理由。
それは、ここを一周する軍を敵に見せないためだった。
「ジル。来ました。やります。反転します」
赤い信号弾を撃ちあげたユーナリアは、部隊を反転させた。
いきなりの方向転換にパルルークは観念したのだと勘違いした。
「貴様。ようやく私に・・・ハハハ、機会をくれるのだな。貴様の二千くらいでは勝てんぞ。こっちは五千の兵なのだ」
自信満々の表情であった。
「はぁ。この人は・・・」
ため息しか出ない。
ユーナリアは話を続ける。
「パルルーク! あなたは、どうしてこちらに来たのです。門を守れば勝ちなんですよ。防衛戦争とは、そういう事。絶対優位の城壁の上から出て、追いかける馬鹿がどこにいます」
「何を言っている。貴様。おめおめと逃げているだろう。勝つから良いのだ」
「はぁ。まさか。あなた・・・もしかして、戦略の勉強もしたことがないのです。まさか・・・アーリアの学校に入れなかったのですか。この私でも入れたのに。奴隷である私が入れたのに?」
その純粋な一言が、パルルークの胸に鋭く刺さる。
彼は、実際に入学ができなかった者なのだ。
元貴族クリアオール家の嫡男だったのに、王都アーリアの学校に入れずにいた。
でも、アーリアの学校は、力のない子を受け入れない。
そういう学校ではない。
フュンが考えた学校は、力だけじゃなく思いがあれば入学できる仕組みになっていた。
それは、デルトアやユーナリアが証明している事だ。
入学時に必ずしも優秀じゃなくても、強い思いがあれば、加点対象になるくらいに、入試に重要な項目になっている。
だから、この思いの部分でも、パルルースが引っ掛からないのはたしかなことだ。
今までの発言で全てが分かってしまう。
そしてこれが、フュン・メイダルフィアの人を見極めるセンスが、群を抜いていることの証明だった。
「き、貴様!」
「そしてあなた。戦場で最も厳しい場面に入りましたよ」
「何を言っている?・・・貴様が一番厳しい場面だ」
「いえ。私は逃げていません」
「は? 今、逃げていただろうが」
「いいえ。私は誘っていました。あなたがこちらにやってきてくれるのをね」
ユーナリアが指摘すると、その瞬間、パルルースの軍の後ろから声が響く。
「いくぞ。俺が先に入る!」
銀閃のヘンリーが先頭を駆けてきた。
馬にも乗れるようになったヘンリーは、シルヴィアから教わっていた。
元々運動能力が高いので、苦戦もなく馬を操る事が出来た。
能力の中で、一番センスがいいと、シルヴィアが褒めていたくらいだった。
「なに!? 敵が後ろに」
「だから言ったでしょ。上からこちらに降りてきたら負けなんです」
ユーナリアは、呆れた声をしていた。
「戦場でやってはいけないのは、挟撃されること。これだけは注意しないといけません・・・そして、次にもあります。包囲です! これを受けると、あとは全滅でありますからね・・・だから、さよなら。パルルーク・・・ここからは、死の包囲戦です!」
挟撃からの包囲。
ユーナリアは、騎馬の機動力を活かして、包囲戦を生み出した。
五千の兵より千少ないのに、ユーナリアの指揮が完璧で、数の違いなんかもろともしない波状攻撃で、敵は戦場から消えていった。
ユーナリアは。
「なんだか可哀想な人でした・・・私にいいように扱われて・・・」
倒されていく敵を見て、残念がった。
元奴隷が、元貴族に対して、苦戦することもなく勝つ。
二つの国の二つの時代が、ここで完全に終わった。
そんな瞬間であったのだ。
新しい時代の幕開けとなる戦い。
それが、ユーナリアのリンドーア決戦である。




