第262話 太陽王の好敵手 ネアル・ビンジャー
戦いの行方は上から見ると、ハッキリわかる。
「圧勝だ」
「そうですね。フィア様」
「ファルコ、これからどうする?」
「はい。それが・・・あ!?」
ファルコの目には見えた。
南西方面から、相棒が来てくれた。
「ロルネ!?」
「ロルネ???」
当然だがフィアはロルネを知らない。
ファルコの肩に鷹が乗った。
「ピュ!」
ロルネが片足を上げると、手紙が括りつけてあった。
「手紙ですか。南西からってことはユーナさんが上手くやってくれているということか」
連絡はこの一回。
それだけであっても、互いを信頼して、ファルコとユーナリアは行動を起こしていた。
「どれどれ。ユーナさんの情報は・・・」
メモを読み終わると。
「さすがですね」
「どうした。ファルコ?」
「フィア様・・・・王妃様。ブルーさん。ダンテ様。ジュナンさん。こちらの方々の救出をしたと」
「ユーナが!?」
「ええ。ユーナさんが直接じゃなく、間接的に保護した形になっていると。ジルバーン殿やナシュア殿の連携であったということですね」
「そっか。ああ、よかった。お母さんは助かったんだ。ありがとう。みんな・・・」
フィアが南西の方に体を向けて両手を合わせる。
その方向に彼女らがいるのでお礼をしていた。
「ええ。王妃様たちが大丈夫。ということは、このままビンジャー卿には、全力を出してもらいましょうか。心の憂いを取り払いましょう」
ファルコは光信号を出す前に、声を拡大した。
◇
「ビンジャー卿!」
声が上から聞こえたネアルは、南の門の上を見た。
「ん!? 光信号・・・なに!?」
『奥方様。ダンテ様。ジュナン。救出完了。王妃様も無事』
言葉を読み取ったネアルの顔が生き生きとしてくる。
憂いは消え、希望に満ちた。
「そうか。さすがだ。この国の次の者たちよ。ふっ。では、ここは私も見せねばならんな。大人として、皆に背を見せねばならん。それにこ奴らに知らしめねばならんわ! 私たちの強さをな」
『貴様ら、なにを勝手に反乱をしている。
フュン・メイダルフィアと戦おうとするなど、絶対に許さない。
彼に挑戦出来る権利があるのは、この国で私だけ・・・私だけの特権なのだ。
だから、貴様らは絶対に許さない。
彼を倒す。それが許されるのは私だけなのだ。他の誰でもない! 私だけだ』
ネアルの心の内側にある熱い思いだ。
「わざわざ。この私が、あの太陽王の最大の好敵手だった男だと証明してみせねばならんか」
ネアルは首と指を鳴らして、準備運動を済ませた。
「どうやら貴様らは、わからんようだな。フュン・メイダルフィアが王として優秀なのではなく、いかに素晴らしい大将であったかを知らんとは・・・まったくこ奴ら。この程度の反乱で彼を倒せるとでも。チッ。彼を馬鹿にしすぎている」
反乱をするなら局所じゃなく全体。
全土同時反乱を決行するべき。
南西地域で決起しても意味がない。
フュン・メイダルフィアに勝つにはそれくらい突拍子もない事をしないといけない。
だから敵がぬるい考えを持っているのだと思っている。
だから敵がフュンの実力を馬鹿にしていると思っている。
だから互角に戦ってきた自分が、貴様らに彼の実力を証明せねばと考えた。
「はぁ。それにしても、ここでそれをわざわざ見せねばならんのか。情けない奴らめ。彼の素晴らしさを知らぬなら、もうアーリア大陸に住む資格がないな・・・それに彼と互角に戦ってきたこの私を愚弄するのと同義だ。舐めるなよ。小僧共」
ネアルは深いため息をついた。
太陽王の強さを知らん馬鹿者どもが、まだこの大陸にいるとは・・・。
「私の上に立つ。それが許されるのは、彼だけなのだ。アーリア大陸の者は、それすら忘れてしまったようだ! 思い出させてやらねばな! フュン・メイダルフィアこそが、イーナミア最強の王であったこの私を超える偉大な王なのだ!!! 彼は、大陸の英雄であるぞ!」
自分に勝ったのは、この世界にただ一人。
アーリア大陸の英雄『フュン・メイダルフィア』だけだ。
これこそが、ネアルの自分に対する絶対の自信からのフュンの事を最大に尊敬している言葉だった。
ネアルはくだらない赤い鉢巻を脱ぎ捨てて、叫ぶ。
「私に続け。王都軍。このネアル・ビンジャーが、敵を粉砕する。いくぞ」
「「「おおおおおおおおおおおおおお」」」
ネアルが裏切った。
などという事を信じる者は、王都軍の中で誰もいない。
そんな事を信じていたのは、間抜けな敵方だけだった。
これは、王都軍には静かに周知されていたのだ。
ネアルは裏切り者じゃなく、従わないといけない状態であったと。
「そこは違う。広げるな。それでは逃げられる。逃がさないように押さないのだ」
ネアルの指導のような指揮で敵は徐々に行動不能となっていく。
◇
「軍の動きが完璧になりました。私が下で取らずとも勝ちですね。さすがだ。ネアル・ビンジャー。不世出の天才・・・イーナミアの英雄・・・太陽王の好敵手・・・なんて素晴らしい人なんだ。指揮に迷いも。容赦もない。参考になるな。お手本のような方だ」
ファルコは、完璧な追撃布陣に満足していた。
ネアルの考えが手に取るようにわかり、お手本のような指揮に、彼が先生のように見えていた。
「で、どうするの。まだそれを聞いてないよ」
「ええ。フィア様。ここは、ジーク様に王都を任せて、こちらは四万のサナリア軍で攻撃に行きます」
「サナリア軍で戦うの。王都軍は?」
「王都軍は待機です。ハスラ軍も待機ですね。ここはサナリア軍で全速で向かいます。それで敵を破壊します」
「リンドーアを・・・だよね」
「はい。ここから敵を消します。それで国に反乱する者を減らします」
「わかった。じゃあ下に行くんだね」
「はい。下が落ち着いたら出撃します。フィア様はこちらを守護してください。もしかしたらまだ敵がいるかもしれませんからね」
「わかった」
ここで対処を間違えないように、ファルコは敵を殲滅するつもりなのだ。
◇
戦場はネアル。アイン。シュガ。デルトア。
この四名の将により、圧勝。
敵が十万。こちらもほぼ十万。でも実際は少し足りない。
しかし、あちらは全体に命令を出している赤い鉢巻以外は、バラバラであった。
明らかに兵士じゃない人間も混ざっている。
それと、傭兵、元兵士たちも戦い方はよくても、軍としても練度がなくて、ほとんど機能していなかった。
だから、四人の将がいる軍を止められない。
これがアイン一人だったら難しいが、ここにサナリア軍の加勢は大きかったのだ。
全てを追い込んだ後。
ネアルとシュガが西側に追いやって、敵を封鎖した。
そこで敵は動きを止めた。
そして、南を完全制圧したアインの元に、東を殲滅してきたデルトアがやってきた。
「アイン様」
「ん?・・・おお。デル」
最初、声を掛けられても気付かなかった。
初めて声を聞いたに近いからだ。
「こちらは倒しました。アイン様も?」
「ええ。僕が担当した場所は、勝ちましたね。あとはビンジャー卿とシュガさんが敵全滅の為の動きを西でしています。あれは・・・もうあちらは無理でしょう」
西の戦場も制圧が完了しそうだった。
「そうですね。南西も回って、退路も断っています」
「ええ。だから無理でしょう。反乱軍は負けですね」
「はい」
二人の会話中、遠くから声が聞こえる。
「はぁい・・・どいてくださ~いぃ。通してくださいぃ」
「あれ? 来ていたのですか。ツェン」
ツェン・メイダルフィアが、戦ってもいないのに疲れた表情でこちらにやってきた。
「はいぃ。お兄様。ツェンが来ましたよ」
「ツェン。君は、サナリアにいてもらってもよかったのに」
「ええ。でもお兄様に危機がって。伝令兵の方が言ってたから、シガーさんとロイマンさんをローズフィアに置いてまで来ましたよ。カミラお祖母様も説得しまして・・・」
カミラは、ツェンの出陣だけが大反対だった。
ツェンに怪我があったらどうしますと騒いで、行かないで欲しいと彼にだけ直接懇願していた。
だが、ツェン本人が行くと、強く説得したために引き下がった。
だから、今の彼女は毎日ツェンが無事でありますようにと、お祈りを続けている。
今日もおそらく何時間もしているだろう。
かなりの孫馬鹿になっているのだ。
「そうですか。ありがとうございますね。ツェン」
「はいぃ。お兄様」
兄が心配でやってきた。
戦えもしないのに。家族が心配だから。
ツェンは、その気持ちだけでこちらにやって来たのである。
ちなみに軍の戦闘時の進軍について来れなくて、ここまで時間がかかったのだ。
彼は運動神経がとても悪いのである。
それと馬を上手く扱えることもなく、なんとかして乗っている状態だ。
彼が乗っているノリアスという馬が、非常に優秀で、方向さえ決めてくれればツェンを落とさないように速度制限をして走ってくれるのだ。
「僕はどうしたらいいですかぁ」
「そうですね。ちょっと待ってくださいね。僕がとりあえず戻るので・・・デル。君はネアル様と合流でいいですか」
「わかりました。いきます」
デルトアに指示を出した後、アインはツェンを案内した。
「はい。じゃあ、ツェン。フィアの所に行きましょう」
「え? フィア?? あの子もこちらにぃ?」
「はい。いきましょう」
「わかりました。お兄様」
二人は南門の下に向かった。
◇
南門の下にて。
「ツーちゃん!」
ツェンに気付くとフィアが走り出す。
「フィア。本当に来ていたんですねぇ」
「うん。にん!」
フィアが飛びつくと。
「どわぁ」
ツェンは受け止められない。
アインだったら大丈夫だが、ツェンには出来ないのである。
「もう・・・大きいんですから、僕は君を受け止められないですぅ」
「ツーちゃん。駄目だよ。フィをキャッチしてくれなきゃ」
「無理なものは、無理ですよぉ」
「ツーちゃんも強くなろう」
「それも無理ですよぉ」
出来ない事は出来ないと正直に言える。
それがツェンの良さである。
「ファルコ。僕らはどうしたら・・・」
「まずは、アイン殿下。さすがであります。その武勇。王フュン様にも劣らないでしょう」
「いえいえ。そんなことはありません。父さんは、僕の歳の頃には、既にすさまじい戦果を挙げていますからね。僕なんてこれが初陣」
「いえ。殿下は幼い頃に帝都防衛戦争をしておりますから、殿下の方が武勇としては凄まじいかと・・・」
この時点で大戦を二戦。
それはフュンと比較しても変わらない戦果である。
「いいですよ。お世辞はね。それよりも僕は次を・・・」
「心配せずとも大丈夫であります。敵の最後の拠点に、ユーナさんがいらっしゃるようなので、あとは後押しをするだけで、完全勝利かと」
「ユーナ!?」
「はい。ユーナさんはですね。私たちがこの防衛戦争をしている間に、リンドーア以外を掌握したとのことです。その連絡が先程来ました」
「な!? この間に???」
「はい。それで、王妃様も保護し、ブルーさん。ダンテ様も保護したと」
「・・・そんなことまで・・・凄い。なるほど。だから彼女が父さんの弟子に・・・」
ユーナリアを弟子とした。
それは父から聞かされている事。
本音を言えば、自分が弟子になりたかった。
父から色々教わって、父のようになりたいと思い、努力をしていた。
でもフュンは。
『君は僕じゃない。君は君らしく、成長しなさい。君は僕を追いかけない事。これに気をつけて生きてくださいね。それと、君は色んな人から教わった方が良い。だから、王都にいなさい。そこには、シルヴィア。スクナロ様。ウィルベル様。サティ様やアン様。様々な分野の一流の人がいますからね。僕よりも成長してください。僕を追いかけたらね。僕程度で成長が止まっちゃいますよ。あははは』
自分を押し付けなかった。
アインはアイン。
それにもっと成長するはずだと、自分なんかよりも遥かに優秀な息子なんだよと、フュンは伝えていたのである。
「それで、編成して下に行きます。殿下。シュガ大将軍とデル殿とビンジャー卿。この三人を率いていきましょう。あなたが総大将としていくべきなのです」
「・・・わかりました。いきましょう」
「ええ。殿下こそが我らの王となる人です」
次世代の旗頭アインは、アーリア王国を率いて出撃したのだった。




