第261話 大賢者の魂の演説と継承者の大戦果
アーリア歴6年1月5日
敵が増えた。
それは、王都アーリアをぐるりと一周できるほどの数になったことで分かる。
10万の兵である。
「これで負けは確定した。大人しく門を開けよ」
ネアルの声が響く中、ファルコが出て行く。
「ネアル様申し訳ありません。そちらの真の指揮官を出して欲しいのです。お願いしたい。話してみたいので、よろしいでしょうか」
「私が指揮官だぞ。何を言っている」
ファルコは、ネアルの答えに首を振った。
「いえいえ。ありえない。ネアル・ビンジャーが指揮を取っているのなら、最初の4万対2万の時点で負けています」
ここからはネアルじゃなく、相手の軍に話しかけている。
「そちらのみなさん。そこにいる御方・・・ネアル・ビンジャーの強さを知らなすぎる。誰ですか。そちらの責任者は、彼の意見を聞いていない? それとも勝手に指揮を取っている? いずれにしても雑魚ですから、今すぐおやめになった方が良い」
挑発をした後に、更に挑発を畳みかける。
「あのネアル・ビンジャーがですよ。あのフュン様の好敵手がですよ。あのイーナミアの英雄がですよ。指揮官として、年端もいかないような経験の少ない私相手に、負けるなんてありえないのです。それにこちらは兵数も圧倒的に少ない。そんな王都を相手にして、いまだに落とせない? そんなことありえますか? ありえないでしょう。ネアルですよ。あのネアルです。英雄ですよ。英雄! 彼とフュン様の二大国で争った。二人の英雄の戦いを馬鹿にしているのですか。あなたたち反乱軍は!」
本気のネアルが相手ならば、既にこちらは負けている。
ファルコはそう言っているのだ。
「ネアル・ビンジャーをもってして、反乱軍のこの体たらく具合。あまりにもお粗末すぎます。フュン・ロベルト・アーリアのいない王都を落とせない。そんなことは信じられない。ネアル・ビンジャーの永遠のライバルがいない王都を、本物のネアルが落とせないなんてありえない話なのです。彼の指揮であれば、既に王都が落ちている。だから貴様らの誰かが指揮を取っているのに決まっている」
「・・・・」
当然の話を言っている。
フュン・メイダルフィアを最後まで苦しめた英雄が、この程度なわけがない。
この消極的な戦争はあまりにも無様だ!
貴族共よ。
ネアル・ビンジャーの強さを知らないのか。
と、魂の叫びを持って、ファルコは宣言していた。
「さあ誰ですか。間抜けで。馬鹿で。どうしようもない。無計画な人間は。どちらにいますか! 表に出て来られないほど、醜い顔でもしているのですか。どうですか。ネアル・ビンジャーの後ろにいないと。怖くて前に出ていけない。恥ずかしがり屋なのでしょうか」
敵の顔面に向かって、挑発文を叩きつける。
そんな気持ちで、ファルコは話していた。
そして、この間。
後ろにいるフィアだけが笑っていて、他は白い目で見ていた。
アインや、他の将たちもである。
言い方も文章も、あまりにも馬鹿にしているからだ。
「情けない方はどちらの方で? このままだと、お顔も知らないまま。アイン様が勝利しますよ。いいんですか・・・それじゃあ、顔が無くてもいい。名前が欲しいです。アーリアの歴史に名を刻んであげます。あまりにも弱い反逆者としてね!」
「き、貴様。何を言っている。お前のようなガキに」
「お。どなたですか」
「私は・・・・」
名前を出すのを躊躇した。だからファルコから攻める。
「亡国の赤隊ですよね。クシャラの配下の!」
「!??!?」
クシャラ。
ネアルはここで気付いた。
自分が、一回だけ領主に指名した男だと思い出した。
ウルタスの領主にした男の名だ。
「これが・・・見えますか」
ファルコの隣に磔にされたシャオラが出てきた。
城壁の下にいる反乱軍にもその姿が見える。
「んんんんんんん」
恐怖している彼の口には猿轡があった。
「はい。この人。水門を開けようとしました。そして、そちらの方は、西の門。あちらの方は南の門。それであっちは王都内で暴動を起こそうとして・・・あちらは治安低下の為に・・・」
磔にされた人間が次々と現れて、紹介されていく。
こいつの罪は、これ。
あいつの罪は、これであると。
「どうします。あなたたちが投降してくれるのならば、最低限この命は助けます。ですが、戦うというのなら、命はない。それは、ここにいる十万の兵も同罪です。私は慈悲を与えません。アイン様はお優しいので、私が鋭い剣とならねばなりませんからね。審判の鉄槌を与えねばね」
反逆者には死を。
しかし、ここでは磔にした者を飾っているだけで殺さない。
ファルコは脅しの道具に使っているのだ。
実際に殺せば、敵の心が固まってしまう。
死ぬまで戦えと。
だから、不安定な状況を与えて、気持ちを不安定にさせ続ける。
助けたいという気持ちと、負けたらああなるのかという気持ち。
逃げたいかもしれない気持ち。
それらを沸き立たせて、実際に戦う力を削ぐやり方である。
かなりの強かな策であり、脅しである。
「そして、ここからは城で戦うと思っていますか?」
「なに!?」
ファルコは、ここでアインに手で指示を出した。
下にいけである。
「あなたたちはぬるい。この王都が偉大な城壁を誇るから、いつまでも守りの精神でいるだろうと思っている」
ファルコは一つ一つ丁寧に話し出した。
「それは違う。この城壁が偉大なのではない。我らの王。フュン・ロベルト・アーリアが偉大なのだ。そこを間違えるな。賊どもよ」
王が偉大だから、王都が偉大。
ファルコは、この大陸の人々にそう印象を着けようとしていたのだ。
「我らの王こそ。守り一辺倒で戦うわけがない。彼は戦って、この大陸の英雄となり、覇者となり。そして王となったのだ。王は、王妃から国を譲り受けたのではない! 新たな国を自分の力で作り上げた。だから、アーリア大陸が誇る偉大な王であるのだ。それを知らんとは、貴様ら無能だな! アーリアの王は、皆が認める。アーリア大陸の真の王であるのだぞ!」
ネアル・ビンジャーという不世出の天才と決戦をして、そして勝って王となったのだ。
それを、忘れるな。民たちよ。
我らの王フュン・メイダルフィアは、アーリアの歴史に残る正統な王なのだ。
正しい道のりで王となり、強いからこそ王となった。
ただ優しいから、王妃から国を譲ってもらったから。
などという、そんな弱々しい理由で王になったのではない。
我らが誇るアーリア最強の真の王であるぞ。
ファルコが唯一尊敬する男のための渾身の演説だった。
「そして貴様らは忘れている! 王都が、アーリア王の真の強さを物語る場所じゃない!」
南の門にいたファルコは、左手で東を指差した。
「アーリア王の真の強さは、あそこにいる方たちが証明してくれる」
東の地平線からはすでにその軍は表れていた。
そこにいるのはフュンの強さを体現してくれる軍だ。
「ですから、私たちは彼らの援護をすればよし! 出撃だ。王都アーリア軍! アイン様と共に出撃せよ」
城から無数の信号弾があがった。
色は指定なし。
だから、王都アーリアの空は、カラフルな上空となり、お祭りの時のようだった。
◇
ファルコの合図で出撃したのは、アイン。
南門から出撃した彼の両隣りには、フュンの友達がいた。
「ウルシェラさん。マーシェンさん。お願いします。僕だけだと不安ですから」
「「はい殿下。おまかせを」」
親衛隊の二人が、王都防衛をしてくれていたのだ。
将がいない。
なのに敵の行動を封じる事ができていたのは、この二人がいたから。
指揮官不在の状態でも、見事な動きができるのは、フュン親衛隊がそばにいたからだ。
「いきます」
「「はい!」」
アインが先陣を切って戦う。
これが初の戦いだった。
初陣は戦っているが、実際に戦うのは初である。
彼は南を大混乱に陥れる武勇を見せる。
そして。
◇
王都アーリアの東に現れた軍とは。
「デル」
「・・・(はい)」
「私はぐるりと回ろうと思う。だからお前が、東を蹴散らせ」
「・・・(はい)」
「よし。わかれるぞ。サナリアが、地上最速の軍だと、殿下にお見せするぞ。デル!」
「・・・(はい。シュガ大将軍)」
フュンの真の強さを体現してくれる軍とは、もちろんこの軍しかありえない。
素早い展開力を持った大軍。
騎馬を中心としたサナリア軍だ。
彼らはゆっくりこちらに援軍としてやってきた。
それは何故か。
ファルコからユーナリアへの指令がそれであったからだ。
彼からあった指令の一つに、サナリアの騎馬をゆっくり動かせと書いてあった。
それは、サナリアの騎馬が王都アーリアに急いで駆け付ける場合。
サナリアから、道路にある厩舎を利用して乗り換えが発生してしまう。
それでは、彼らの馬を乗り捨てる形になってしまい。
サナリア産の騎馬が使えない事を意味する。
なので、ファルコは、徒歩の進軍よりもやや速い進軍で、騎馬の方の体力調整をして、王都アーリアに向かえとの指示を出していたのだ。
サナリアの騎馬部隊に、サナリアの馬がいないのでは意味がないからである。
そしてこの戦いで分かるのが、絶対的な速度優位である。
サナリアの騎馬は、アーリア大陸一なのだ。
敵の騎馬部隊よりも、馬の扱いと馬自体の速さが違うので、敵の体感で言えば、差が二倍近くに感じるはず。
圧倒的優位を保てるのである。
◇
自分が担当する軍にデルトアが体を向けた。
彼から声が出る。
「みなさん。殿下をお守りするために出撃します。私について来て下さい。突撃、開始!」
「「「おおおおおおおおおおおおおお」」」
この戦いが、デルトアの声が聞こえた初の戦いとも言われている。
この時には、サナリア軍の副将軍となっていた。
シュガを支える名将だった。
◇
全体がサナリア軍により押され始め、アインが出撃した南側も優位になった頃。
ファルコが指示を出す。
「全門開放。上に一万だけ残して、全て下に出してください。敵を大混乱に陥れます」
「わかりました。伝令を出します」
包囲していたはずなのに、いつの間にかアーリア軍に全体を押し上げられる。
その現象が起きれば、あとはもうサナリアの機動力が全てを決するのだ。
「さあ、殿下が戦果を挙げてくれるはずです。私の予想ではね」
南の戦場の先頭に立つアインを見て、ファルコは上から応援していた。
そこに。
「アーちゃんがか?」
同じように下を覗くフィアがやってきた。
「はい。フィア様」
「ファルコ、アーちゃんに出来るの?」
「ええ。出来ます。殿下は、実はお強い。ただお優しいだけです」
「そうだね。アーちゃんの弱点で、長所だ」
「その通りですね。それと魅力でもあるでしょう」
「うん。そうだね」
戦いを決する場面。
アインの場面も重要となった。
◇
敵の本陣にまでやってきたアインは。
「負けを認めなさい。今の皆さんでは、僕に勝てませんよ。僕に投降すれば殺しはしないです」
相手に言い聞かせるように話しかけていた。
「う、嘘をつけ」「そうだ。あの磔が・・・」
鉢巻を着けた連中は、震えあがっていた。
反旗を翻したくせに、負け始めるとここまで崩れるのか。
本陣で捕まっていたネアルは、敵の情けない姿を見てそう思った。
「言う事を聞いてくださいね」
「わ、わかった」
アインが負けを認めた敵に近づいていこうとすると、別な敵が飛び込んできた。
横からアインを狙う。
「死ね。貴様がいなくなれば」
「あれ? 負けを認めなさい!」
完全に虚を突かれているアインであったが、ここで超反応を示した。
動きが出遅れているのに、自然と体が後ろに下がる。そして、左の腰にあった剣をすかさず抜き、そのまま敵に一閃。
その剣技は神の子に近しいものだった。
「ぐはっ・・・なに。貴様。つ、強いのか・・・王子の癖に・・・」
「ああ。しまった。この人を倒してしまいました。お話を聞きたかったのに。失敗です」
敵を一瞬で倒せる実力を隠す。
それがアインという男であった。
優しさの中に武の強さを持つ。
ここがフュンと違う点だ。
そのままアインは、ネアルを解放する。
「アイン様。油断されていなかったと」
「はい。いつも警戒してますよ。それにしてもよかった。ビンジャー卿。ご無事で」
アインが鍵を探して、ネアルの手錠を外した。
「いえ。妻たちが・・・」
「大丈夫だと思います。ファルコが言うには、僕が生きている限りは、皆さんは殺さないはずだと」
「そうですか。ならば安心ですが・・・」
それでもネアルは不安そうな顔をした。
「大丈夫です。ビンジャー卿。僕と一緒に助けに行きましょう。まずはここを制圧ですね。このまま軍の半分をお任せしたい」
「半分?」
「ええ。退路を断ってほしいです。サナリア軍と一緒に動いて。リンドーアに知らせをさせませんよ」
「なるほど。連携の分断。それとこの大軍の消滅ですね」
「はい! お願いします。ビンジャー卿がいれば、この戦争、圧勝です。ハハハ」
ネアルの申し訳ないという気持ちを吹き飛ばすために、明るく声を掛けた。
「ええ。頑張りますよ。アイン様」
ネアルを救出したのがアイン。
この防衛戦争で最大戦果である。
アイン・ロベルト・アーリア。
太陽の継承者として、大戦果を挙げたのだ。




