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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
最終章 世界異変 アーリア大陸編

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第259話 鋼の意思 ダンテ・ビンジャー

 アーリア歴6年1月4日。

 この日から、事態が急変して、戦いが変化していく。

 リンドーアから変化が激しくなる。


 1月4日の深夜0時ごろ。

 ナシュアとフィックスが地下牢にやってきた。

 リンドーア内を探索して、情報を収集してきた。


 ナシュアから報告をする。

 

 「西の戦いで、一人逃げのびた人間がいるとのことで」

 「逃げのびたですか?」


 ジルバーンが聞いた。


 「ええ。ユーナリアに負けたと、叫んで憤死しそうだという話ですが。大袈裟ですね」

 「は? なんですか。それ。どんだけ悔しんだよ」


 面白情報だと思うジルバーンが、珍しく聞き返すことになった。


 「ウルタス・リンドーア間で戦いが起きて、反乱軍が大敗北。リンドーア内では、敵がこちらに来ると騒いでいるらしく。なんだか慌ただしいです。どこもかしこもですけど」

 「なるほど。では、俺たちも動きますか。ナシュアさん。フィックスさん」

 「ええ。私も頃合いかと思いますね。フィックスもどうです」

 「俺もっすね。姉御とジルに賛成っす」


 二人が同意したことで動き出すことに決めた。

  

 「王妃様、ここから出ましょう」

 「そうしましょうか」

 「よし、じゃあ。ダンテ君。ジュナンちゃん。俺に」


 ジルバーンが両手を広げて、二人を抱えようとした。

 ダンテは素直にしがみつき、ジュナンはためらった。


 「・・・」「はい。お、重いですよ。私」


 ダンテに自分、二人分は重いはず。

 それにダンテよりも大きな体の自分は、あなたの負担になるかもと、ジュナンが恥ずかしそうに遠慮した。


 「全然。ジュナンちゃん、知ってるかい。レディってのはね。重くないんだよ」

 「そ、そうなんですか」

 「そうそう。女性に体重なんて存在しないんだ。だから、ちゃんと捕まっててね」

 「はい」


 ここから逃げる際に、速度が出ないのでは困る。

 だから、ジルバーンは二人を抱きかかえた。


 「ブルーさん。あなたは戦えますよね」

 「はい。鈍っていなければ」


 ブルーの目が戦う目だ。

 だからジルバーンは平気そうだと思った。


 「それは大丈夫そうですね。王妃様は?」

 「もちろん。片腕となろうとも。ここの兵士くらいは斬って捨てます。余裕です。それに、ジュナンとダンテの二人を、あなたが守ってくれるなら、私が二人を気にせずに暴れる事が出来ますね」

 「ははは。さすがだ」


 戦姫は今なお健在。

 ジルバーンはなんとも頼もしい人が王妃なのだと思った。


 「ヘンリー。お前が最後尾で頼む」

 「了解」

 「王妃様の背中を守れ」

 「当り前だな。死んでも守る」

 「ああ。頼りにしてるわ」


 銀閃のヘンリーが最後尾となった。


 「じゃあ、ナシュアさん。フィックスさん。索敵と先頭を頼みます」

 「「了解」」

 「いきましょう」


 王妃一行は、脱出を図る。



 ◇


 都市内部だけじゃなく、お屋敷も慌ただしかった。

 それは、完膚なきまでに敵にやられてしまったパルルークが帰って来たおかげで、ウルタス側から敵がやって来ることを警戒しなければと言う流れになり、その対応で色々と兵士たちが移動をしていた。

 だから、警戒的には地下牢周りは楽であった。

 一人、二人と兵士を倒して上に行く。


 しかしそこからの階段あがりの場所では、人がいるだろうと、警戒を強めたが、人がいない。

 慌ただしくなっているのは、二階の方で、下の階である一階は何故か静かだった。

 それは、クシャラのいる辺りが騒がしく、どうやら対応を練っているようなのだ。

 その事情を知らない一行は、とにかくすんなりとお屋敷を突破できた。

 ジルバーンが、二人を抱えながらでも移動が遅くならない。

 彼の身体能力が強靭であったことも速やかな逃走劇に繋がっていた。


 

 リンドーアの城壁南側付近を目指し走る。


 「西に行かない理由は? そちらと合流するのでは?」


 ナシュアが聞いた。


 「ええ。俺の予想では、今。おそらく来ます」


 ジルバーンが答えた。


 「来る?」 

 「はい。ユーナちゃんが軍を運んできますので。ここの兵士たちは西に固まると思います。だからその瞬間に南から逃げましょう」

 「ん?」

 「ユーナちゃんは夜に来ると思います。そして布陣をする。その理由は、敵の混乱を利用するため。それに結構離れている位置に陣を置くと思います」

 「なぜ? 分かるのですか」

 

 シルヴィアが聞いた。


 「はい。彼女は、ここの兵士の規模を知りません。全体のです」

 「ええ。そうでしょうね」

 「ですから、騎馬で移動してきたので、もし敵の数が多くて、圧倒的に負ける場合には、騎馬で逃げるつもりだからです」

 「・・・なるほど」


 シルヴィアが納得した。


 「はい。ですから、タイミングが今になります。会えるタイミングと言った方がいい」

 「わかりました。やりましょう。どさくさに紛れて、相手を倒すですね」

 

 ナシュアの言葉にジルバーンは頷いた。

 


 ◇


 深夜にも関わらず、リンドーアの西から鐘が鳴る。

 『ガンガンガン』

 ぐっすり寝ている人も飛びあがって起きるような鐘の音が都市に響いた。


 「いきます!」


 血気盛んなシルヴィアが先頭となり、フィックス、ナシュア、ヘンリーが南門の兵士を倒そうと動いた。

 兵士らは慌てていて、西に意識が傾いていた直後で、体が硬直に近い状態だった。

 だから攻撃の隙が生まれていた。

 

 シルヴィアたちが迫る時にはほぼ反応できない状態だった。

 だが、ここで想定外が起きてしまう。

 それが、ネアルの屋敷の方からの警報の鐘が鳴ったのだ。

 それのせいで、西からの音の反応から、都市中央への反応に変わってしまい、逆に持ち場を守ろうとする意識に切り替わった。

 だから敵たちは、シルヴィアたちへの反応が良くなる。


 「ヘンリー」

 「え・・」


 ヘンリーは、敵を二人始末しようと動いていたが、一人が建て直しに掛かっていることに気付いていなかった。

 彼の経験のなさ。詰めの甘さが出てしまい、もう一人の男からの反撃にあう。

 右の男を斬ったが、左の男から剣をもらいそうになっていた。


 そこに、銀色の髪が靡く。

 先頭にいたはずの彼女は、一瞬の移動で、距離を詰めてきた。


 「ふぅ。駄目ですよ。いつも言っていますよ。ヘンリー。油断はしない。目は常に、敵と戦場です」

 「は、はい。王妃様」

 「よろしい。まだ敵はいます。殲滅します。門を開けねば。この混乱状態の時にね!」

 

 戦姫シルヴィアは、いつでも冷静な戦士である。

 銀閃を受け継ぐ者を導きながら、この戦いを戦っていた。


 ◇

 

 南の門が開き始めた時。

 ジルバーンがブルーに話しかける。


 「お! 開きましたね」

 「ええ。いきましょうか。ジルバーン君」

 「はい。いきます」


 ジルバーンが動き出そうとすると、左の胸側に収まっているダンテが、ジルバーンの肩を叩いた。

 

 「ん? どうしたダンテ君」

 「来てる」

 「え?」

 「後ろ。数、二十」

 「なに」


 ジルバーンが振り向くと、敵がいた。

 まだ遠くにいるが確実に追って来ていた。

 

 「急ぎましょう。これはまずい」

 「はい。王妃様たちは」

 「大丈夫。くるはずです」


 二人が走り、門の下を通過する時に、矢を射る場所を強引に開けて、皆が落ちてきた。

 

 「合流です。逃げます」


 シルヴィアが先頭となった。

 門を突破して、すぐに西へと向かう。

 しばらく走っていくと、再びダンテが肩を叩く。


 「来てる。数が同じ」

 「ちっ。まだ来るのか」

 「走り、遅く出来きますか?」

 「なに? なぜ? そんなことしたら追いつかれるぞ」

 「駄目。私は許さないと決めている」

 「・・・え?」

 「あれは、私の大切なジュナンを殴った奴だ」

 「なに? どれだ」

 

 少女であっても女性。

 女性を殴るような奴はクソ野郎確定。

 怒りのジルバーンが、振り向く。

 ダンテが指摘した男を見ようとするが、かなり遠くであったことで、ジルバーンにはかすかにしか見えない。

 でも、ダンテにはハッキリ見えているのだ。


 「見えるのか。ダンテ君」

 「見える。あいつだけは絶対に許さん」

 「いや。ダンテ様。いいのです。私は皆さんが無事であれば、あなた様が無傷であれば、これくらいの怪我なんて・・・たいしたことない」

 「いいや、ジュナン。私は許さないと決めた。黙っていなさい」

 「・・・ダンテ様」


 ジュナンが逃げようと言っても、強い意志でダンテが意見を却下した。

 まだ幼いのに、瞳に宿る意思に戦う意思が見える。

 これほど小さくても、大切な者を守ろうとしていた。

 

 「追いつかせて、倒す。罠に嵌める」

 「なに? 出来るのか。ダンテ君」

 「これを使う」

 「それは・・・なんだ?」

 

 ダンテが丸い小さな弾を持っていた。


 「徐々に遅く走る。それで頼みたい」

 「わかった」

 「次にタイミングを図る。私が、あなたの肩から覗いておく」


 ダンテは左肩から顔を出して、後ろを見た。

 敵の様子を探るのに一番いい体勢らしい。

 そこから、敵が見える。

 つまりダンテは異常な視力を持っていた。

 なぜなら今は夜なのだ。常人なら暗闇しか見えない。

 

 「これは・・君は五感が、さっきの耳といい」


 アイン並みの五感。

 ジルバーンはダンテの能力をそう見た。


 「王妃様。みなさん!」

 「ん。なんですか」


 ジルバーンよりも先に走る皆が振り向いた。


 「今から、減速します。敵に追いつかせます」

 「え。どういうことです」


 ナシュアが言った。


 「ダンテ君が、あの中の奴を倒したいと」

 「は? 何を言っているのですか。ダンテ」


 ブルーが答えた。


 「母上。奴は、私の大切なジュナンを殴った。許さないと決めている!」

 「え? 奴?」

 「あの。右目が半分見えないくらいに髪の毛がある奴があそこにいる。鉢巻きもあるから奴だ」

 「み、見えません」


 普通は見えないのだ。

 現在何もなければ、真っ暗な闇の中。

 壁際を走っているから、上の松明の明かりで、かろうじて見えるか見えないかの範囲だ。


 「なるほど。ダンテ! 是が非でも倒したい。そういうことですね」

 「そうです。王妃様」

 「わかりました。その心意気を汲みましょう」


 シルヴィアは許可を出したが、ブルーが。

 

 「王妃様。そんな我儘は」

 「いいえ。我儘じゃありません。それは大切な思い。ここで引く判断をしたらいけません。彼の戦う意思をここで折ってはいけません。ここから、この子は良き漢になるはず。ここで止めてしまったら、今後の彼の成長は良くならない」

 「で、ですが・・・王妃様。皆様の命を危険に・・・」

 「大丈夫。皆もいいはずです。ナシュア。フィックス」

 「「はいお嬢」」

 

 二人も頷いた。


 「ヘンリーもですね」

 「もちろんです」


 ヘンリーも頷いた。


 「ブルー。許可は皆から出ました。戦います。ジル。タイミングを図りなさい。ここはあなたが軍師です」

 「わかりました。おまかせを」


 全体は前を向いている。

 しかし、ダンテだけが後ろを見ていた。

 それはジルバーンの肩から後ろを覗いていたからだ。


 「まだ速い。敵が遅い。このままでは、距離を離してしまう」

 「わかった。王妃様。もう少し、減速らしいです」

 「わかりました」


 自分たちの速度がありすぎて、敵が追いついて来ない。

 ダンテの計算も感覚も鋭かった。


 「ジルバーン殿」

 「ん? あれ? 俺の名前を」


 『この子には名乗っていないのに覚えている!? 大体、ジルと呼ばれているのだ。一回くらいで覚えたのか』


 この年で頭が良いのか。

 走りながら速度調整しているジルバーンは、この考えがよぎった。


 「奴は、やや左・・・右にズレて欲しい」

 「わ、わかった」


 この緊迫場面でもダンテが一番冷静。

 度胸が桁違いにあった。


 「奴はゴルド・・・ゴルド・バルディッシュと言われていた」

 「ゴルド・バルディッシュか。誰だろうな。俺に人物を覚える特技があればな・・どこかで見た事があれば・・・」


 そんな特技はこの世界でただ一人、フュン・メイダルフィアにしか出来ない技である。

 

 「おそらく貴族のようだ・・・人を叩き慣れている。痛めつけるのに、加減を知っている。壊れるようで、壊れない程度の加減で」

 「なるほど。慣れているからも込みで、君はそいつが貴族の可能性があると踏んでいるのか」

 「そう。だからこちらも、同じことをする」

 「ん?」

 「意識のある痛みを与える」

 「意識のある痛み?」

 「音反響(エコーズボム)でいく」

 「ん? そう言えば、それは何なんだ」

 「これは音球」

 「音球? そいつはたしか、サブロウ丸シリーズ?」

 「それは、アーリア王の影の方ので、これは、私がその物を改良したものです」

 「君が?」

 「はい。効果は見てもらえれば・・・」

 「わかった。やろう」


 でもこの子、幼いぞ。そんなもん作れんのか。

 ジルバーンは、しっかり二人を抱きしめながら走っていた。


 ◇


 敵が追い付いてきた。

 手が届く。そんな距離ではないが届きそうな距離にまで敵は近づいてきた。

 ギリギリで気付いたふりをしたジルバーンが、焦るような発言をするが、それは演技。

 敵の油断を誘おうとしていた。


 「速く走るんだ。敵が来た」

 「待て。貴様ら。逃がすか」

 

 敵の声を聞いたことでダンテは、ジュナンを攻撃した敵だと確信。

 ジルバーンの肩から身を乗り出した。


 「やる。音反響(エコーズボム)!」

 

 ダンテが、小さな玉を投げる。

 サブロウ丸シリーズの音球よりも、はるかに小さい玉。

 小石程度のサイズの玉が、ゴルドの体に向かっていく。

 ゴルドにはこの小さな玉が見えていない。

 暗闇。小石のサイズ。双方の条件で恐らく見えないのだろう。


 「待て・・・貴様らぁああああ・・・ああ・あ・・あ・・・あああ? ぐああああああああ」


 ゴルドが段々とおかしくなっていった。

 叫び声から苦悶する。

 その場にうずくまった。


 「ゴルド様・・・ゴルド様!?」

 「な、何が起きた」

 「わかりません!!!」

 

 ゴルドが一番偉いらしく、追いかけてきた敵が足を止め始めた。

 

 「ジルバーン殿。奴以外をお願いします」

 「了解」


 ジルバーンが前を走る皆に指示を出す。


 「みなさん、反転します。攻撃です」

 「「「了解」」」


 指示に連携。

 これが段違いに敵よりも優れていた。

 一気に振り向いてからが、早かった。

 蹲り、よだれを垂らしながら意識がかろうじてあるゴルド。

 その周りを固めて、心配そうにしている敵に向かって一直線。

 そこから、ダンテの要求通りにゴルド以外を始末して、そこからまた皆でユーナリアがいるだろう本陣を目指した。

 

 そして、その道中。


 「さっきのは?」

 「これは音反響(エコーズボム)。体に音球を反響させます」

 「え? なんだその効果?」

 「サブロウ殿が作った音球よりも音が小さいです。ですが、数回分音が流れるようにしています。音が重なるようになっています。衝撃で」

 「衝撃で?」

 「はい。ぶつかってから、4、5回、同じ音が体中を駆け巡るはずです」

 「なんだと、じゃあ奴が倒れても意識が微妙にあったのは、音が体に残っていた?」

 「いいえ。一度聞いた。あの反響音の名残で、具合が悪いだけです。後遺症みたいなもの」

 「な、なるほど。すげえなそれ・・・」


 最後にダンテは、敵に向かって言う。


 「ジュナンを殴った罰だ。しばらく苛まれるといい。五月蠅い音に!」

 

 大切なジュナンを殴った。不届き者。

 この激しい怒りから、自分の手で反撃をしたい。

 しかし、まだ自分が幼いから、力では出来ない。

 だから、知で対抗した。

 ジルバーンやシルヴィア、ヘンリーたちの手を借りないで、ゴルドを倒したダンテ。

 彼は、意志の強い男だった。


 初志貫徹のダンテ・ビンジャー。

 文武に優れる万能型の将となる男である。




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