第257話 罠の始まりは、口から出まかせ
アーリア歴5年12月31日
電光石火の作戦が発動していた。
それは、破軍星ユーナリアが、騎馬をミコットで用意して、更に道路沿いに騎馬、村にも騎馬。
とにかく乗り換えを用意していき、一万の騎馬隊を順繰りと交換して大移動をしていたのだ。
だから、早かった。
移動も何もかもが、瞬間移動のように感じるくらいにだ。
すでに彼女と軍はウルタスにいたのだ。
「ウルタスの兵士たち。私たちは、王都軍です。門を開けなさい」
「何を言っている。王都軍がここを攻められるわけが・・・まだ本拠はあるは・・・」
言い返そうとする赤の鉢巻きの言葉をユーナリアは遮った。
ここを担当する男が若いとも思った。
「それでは時間がありませんので、本題から・・・あなたたちは、ここを守るか。ここを放棄するかの。二択を選んでほしいです」
「な、なに?」
「それでは状況をお知らせします。現在王都を攻めていた新生イーナミア王国軍は、敗北して、リンドーアに退却をしています。そして、勝利した王都軍は、リンドーアに追撃軍を出しています。もう少ししたら、リンドーアは包囲されます」
「な、なに??? う、嘘を言うな」
「嘘ではありません。それが真実であります」
ユーナリアの言動は、嘘じゃない。
これから起こすつもりで、今の言葉を真実にする気だからだ。
それで相手を揺さぶるのは、かなり強かな策である。
「だから選択肢を与えます」
「な、なんだと」
「私たちが、ここの道を開けますので、あなたたちはリンドーアに向かっていいですよ」
「なに?」
「私は、このウルタスを先に攻めろと、王都軍のアイン様から指令を受けただけでありますので、リンドーアを攻める王都軍とは無関係なのです。ここを一任されただけであります」
「・・・ど、どういうことだ」
ここに来たこと自体が、あまり乗り気じゃない。
という言い方をしているのに、この男はその意図に気付いてくれない。
だから、ユーナリアは丁寧に説明した。
「わかりませんか。このまま戦って、互いが消耗するくらいなら、このまま互いに立場を交換しませんかと言う事です」
「・・・なに?」
まだわかってくれないので、ゆっくり話し始めた。
察しの悪い。馬鹿だなと思ってユーナリアは話を続ける。
「私たちがあなたたちをここで閉じ込める。そして、あなたたちがウルタスを守る。これはいいでしょう。当然の戦い。常識中の常識。敵同士ですからね」
ユーナリアの話術が炸裂していた。
「ですが、それでは、互いにただ時間を費やすだけ。兵を消耗するだけになります。その現状ではよろしくないでしょ。そちらに取ったら、さらにまずいです」
「・・・」
返事をしないのでまだ悩んでいるようだ。
会話の意味を理解していない。
「ですから、あなた方。ここで、この場で待っていたら、リンドーアが無くなる恐れがありますよ。あちらを守りに行かねば、本拠となる場所を失う。そうです。あそこを失う恐れがあるのに、こちらを守り続けるつもりなのですか。本拠が無くなるのに、ここを守ると? そんな負けが決まるような行為を続けると? どうなんですか」
ここを守り続けても、本拠地を失ったら意味がないのでは。
ユーナリアは、敵を諭しているのだ。
「・・・あ・・・」
敵も気付き始めた。
本拠地としているリンドーアが無くなるのはまずい。
だから援軍としてそちらに向かった方がいいかもしれない。
しかしこれは甘い誘惑の言葉である。
よく考えてみろ反乱軍よ。
敵の言葉であるのだぞ。
そう思いながらユーナリアは、敵を観察していた。
「だから私は、こちらの道を開けるので、立場を交換しませんかと提案しています」
「なんだと」
「私がウルタスを守りますので、あなたはリンドーアを守りに行った方がいいのでは、と言う事ですよ。このままだと、本体が負けるのを待つだけになります。どうです? いいのですか」
「・・・・」
「そちらの軍、数は! いくつですか」
「な、なんで言わねばならん」
「私たちは一万です。あなたたちは」
「・・・い、一万だ」
「そうでしょう。同数対決となると、決死ですよ。こちらで消耗しきって、あのリンドーアに向かう気ですか?」
「・・・そ、それは・・・」
「無事な状態で、本拠を守る。それが大切じゃないでしょうか」
「・・・う、嘘だろ。敵だぞ、貴様は」
この男はようやくその事に気付いた。
そう敵の言葉なのだ。それを丸々信じるのは良くない。
そして、この会話は、東の門でのやり取りだった。
そこに南の兵士がやって来た。
「すみません。パルルーク様」
「なんだ」
「それが、伝令が。イズル様が直接来ました」
「なに? イズル様だと。ミコットを守っていたのでは」
「それが、急げとのことで。リンドーアが危険だと」
「は? ミコットはもう向かっているらしいです。リンドーアに」
「なんだと!?」
「はい。王都に向かった軍は攻めきれず、リンドーアに引いたらしいです。そこで緊急の情報で、全てがリンドーアに集まるようにと・・・すでにミコットは動き出していて、こちらには伝令だと」
「嘘をつけ。偽物だろ」
「いえ。イズル様でした。本人でした。声も顔も・・・それに南から来ましたし、ミコットからです」
「だ・・な。じゃ、じゃあ、あの女が言っている事は・・・」
「ええ。本当のことだと。敵はもうリンドーアに集結しているのかもしれません」
「では、あいつの言う通りにした方が、兵一万を維持しながらリンドーアを守れると・・・いうことか」
パルルークは決断した。
ユーナリアに宣言する。
「わかった。貴様。名は」
「ユーナリアです」
「ユーナリア。わかった。誓って我々は騙し討ちはしない。だから道を開けてくれ」
騙し討ちはしない。元貴族らしい行為。
その口ぶりでユーナリアは敵が貴族で、そしてマヌケだと確信した。
「了解です。北に移動しますので、そのまま見送らせてください」
「わかった。三十分後にここを開ける」
「はい」
三十分後、パルルークは一万の軍を率いて、リンドーアへと向かった。
◇
その後。
ウルタス内部の確認をしたユーナリアは、都市の人々が味方か敵を判別していた。
ほとんど味方。
それを知るのは、簡単な事で、相手は鉢巻をしているのがメインであったからだ。
中に敵なし。
ここで敵の核となる計画した者たちが少ない事が予想された。
そこでユーナリアは、リースレットに指示を出す。
二人で東の城壁に立って、念のため敵が向かっていた方向を警戒しながら会話をした。
「ユーナちゃん。よく騙せたね」
「ええ。ムーイさんに変装してもらいました。あそこのミコットの偉そうな人になりすましてもらってね」
「なるほどね。ムーイさんって。そっか。影の人だ。それで騙せたんだ」
「ええ。私とのやりとり。それと、その後に来る伝令のおかげで、敵は信じた。簡単な事です」
それにムーイは影となっていたが、ユーナリアと共に相対していたので、敵の口調を知っている。
ミコットの戦いの時の会話で記憶したのだ。
「それで、閣下。私たち、かなり体力を消耗しています。兵士の皆さんはどうですか。休んでます?」
「うん。全員休憩にしたよ。死んだように寝てる」
「ですよね。夜通しで移動しましたからね。それにこんな状態で戦えば、負けですもんね」
ユーナリアたちの移動は、人は寝ずに、馬は交換で、たったの二日間でウルタスまで来た。
これはとてつもない速さで、普段なら五日以上はかかるのだ。
でも、この作戦は、電光石火でなくてはミコットの情報が敵に漏れる恐れがあるから、無理をしたのである。
なので、彼女は最初からウルタスの事は、騙す気で進軍したのである。
そして、最初から戦う気が無かったのだ。
仕組まれた計画。騙しのテクニック。
これらは完全にフュンと一致していた。
「うん。休むけど。いつまで」
「二日は必要ですね。二日後こちらから出撃します」
「二日?」
「はい。敵は足で急いで移動しました。でも急げば二日で着きます。なので、私たちが二日後に移動すれば、まあ三日後あたりにもリンドーアを攻める事が出来ますし、でも私の予想だと・・・」
「え? なに? 予想?」
戦いは、仕組まれていく。
破軍星ユーナリアの手の中で・・・・。
◇
アーリア歴5年12月30日の夜の事。
地下牢にて。
「ジルバーン。今、軍が来たそうです」
「軍が?」
ナシュアが影となり、ジルバーンの横に立った。
「どの軍です」
「それが、一瞬だけ来て、ここを通り過ぎて、ウルタスに向かったと」
「一瞬だけ? すぐにここを通り過ぎる?」
「はい。東から現れて、ウルタスへだそうですがね。王国軍の格好をしていたと」
「ほう・・・王国軍か・・・そんな突飛な事をする軍・・・ファルコが王都にいるなら・・・ユーナちゃんか!」
ジルバーンは少ない情報で、味方を言い当てた。
「彼女しかそんな事はしない・・・じゃあ、チャンスがあるかもしれない」
「はい?」
「ユーナちゃんがここに来る可能性がある。もしくは、ウルタスを解放するはず」
「そ、そうなんですか」
「はい。彼女を甘く見ない方がいい。彼女はアーリア王そのものですからね」
「フュン様。そのもの?」
「はい。彼女こそが、アーリア王がいつも自慢する最高の弟子ですよ。太陽王の愛弟子ですよ。彼女はね」
ジルバーンは最高の笑顔で答えた。
ユーナリアこそ、フュンの策略の後継者であると知っているからだ。




