第251話 次世代の三傑
アーリア歴5年12月23日
ロベルト。
ユーナリアの部屋の窓が鳴った。
『コンコン・・・コンコン・・・コンコン』
「あ、ロルネちゃん」
ユーナリアはロルネに気付いて窓を開けた。
「どうしたの。ロルネちゃん」
「ピュイ! ピュ!」
呼びかけると同時にユーナリアの肩にロルネが乗った。
「あ。手紙。ファルコ君ね」
ユーナリアがファルコを知っている理由。
それは、ファルコとここロベルトで出会っているからである。
ファルコはアーリア歴2年に学校に入学したのだが、1年で休学。
その後、クリス、ソロンと共に、ロベルトで生活をしていた。
その理由は二人がワルベント大陸に行くことが決まったので、その前までは家族で暮らした方が良いとのフュンの提案からだった。
それで、その間にユーナリアと出会っていて、仲良くなっている。
ジルバーン。ファルコ。ユーナリア。
この三人が、次代の王を支える切れ者たちである。
「どれどれ・・・これは・・・そういう事だったんだね。私もそう思う。兆しから考えるにそれしかないよね」
元々薄っすらと予測していたことに、実際の反乱が起きれば、ファルコと同じ考えになる。
ユーナリアもまた切れ者なのだ。
彼女はメモに加えて、自分の考えでも動き出す。
「伝令兵にこれをお願いします。足でサナリアのデルトアへお願いします」
ユーナリアはメモを渡して、自身は移動を開始した。
◇
ロベルトの司令部。
ユーナリアはここに挨拶に来た。
「どうした。ユーナリア?」
「デュランダル将軍。王都アーリアに敵襲ありです」
「は? 何を言っている?」
「本当です。ファルコ君から連絡がありました。敵襲あり。数はかなりと」
「・・・ファルコ。ああ、クリス宰相の息子だな」
「はい」
クリスのあの息子からなら、その情報は本当かもしれない。
デュランダルは話を進めるために信用した。
「しかし、敵襲があっても俺はここを・・・」
そう、ロベルトの兵は絶対に動かせない。
それは帰ってくるかもしれないシャッカルの兵士たち。
今激戦を戦っている彼らの帰り道を確保しないといけないのだ。
ここを離れられないのにも、大事な理由があった。
「デュランダル将軍。兵を五千ください。それと連絡船を出してもらいたい」
「なに・・五千に船?」
「はい。五千ならば、ここにとっての痛手になりません。少ないはずです」
今、ロベルトには王国軍が四万いる。
その内の五千くらいが移動しても、他の人間たちで仕事を多くすれば、監視の動きを補完できるのだ。
「このまま五千の兵と船で、北西のルコットに行きます。そこでアイス将軍からも五千をお借りして、船もお借りします」
ロベルトと同じ状況のルコットなので、同数を借りる判断だった。
「ほう。それで」
「はい。そこから、ミコットにいきます。もしもですが、そこに敵がいたら、強襲攻撃を仕掛けます」
「ミコットにも敵だと、王都アーリアが襲われているんじゃないのか?」
「はい。私の予想です。それと私はファルコ君と同じ意見でして、敵はひとまずアーリア大陸の南西を確定的に支配しようと考えるはずです。今の王都への攻撃の間にです。なので、ミコットとウルタス。この二つだけは確定的に支配したいはず。それで二つさえ抑えていれば、敵の本拠地は恐らくリンドーアです。敵はそこだけは獲得して、死守をしたいはずです」
敵を丸裸にするために、リンドーア以外を落とす。
ユーナリアの作戦であった。
この作戦を取った理由は、ファルコが王都アーリアを守りきってくれると信じているからだ。
「よし。わかった。五千ならいける。まかせた」
「はい。いってきます・・・あ、それと、これをジーク様にお願いします」
「ん?」
「はい。王都の援軍なら、ハスラです」
「なるほど。わかった。光信号・・・」
「いえ、光信号は辞めてください。敵がどこに潜んでいるのか分かりませんから、知らせたくない。普通に馬での伝令がいいです。確実な手渡しがいいです」
「なるほどな。読み取られる恐れか」
「そうです。敵は、たぶんこの方式を知っている可能性がある。情報を与える事になってしまうかもしれません」
「そうだな。いいだろう。伝令はこっちでやっておく。反乱軍の事。全てユーナリアに任せる。頼んだぞ」
「はい。おまかせを」
ユーナリアは、アーリア王国の為に動いた。
◇
その後。アイスを説得して、兵士をもらったユーナリアは有能な副官を得た。
船で移動中。彼女との話し合いになる。
「ユーナちゃん」
「はい。リースレット閣下」
「うん。緊張しないで。あたしもついているからね。副官として支えるからね」
リースレットも大人になり、お母さんのような落ち着きがあった。
「はい。お願いします」
「うん。大丈夫。大丈夫! 緊張しすぎると力が出なくなっちゃうからね」
リースレットはタイムではなく、アイスの副官に戻っていた。
彼女の副官としての才能と、それと戦闘能力をどうしても防衛側に持っていきたかった。
フュンのバランス調整で、ミコットにいたのだ。
彼女がいた事、それが助かる部分だった。
初陣となる戦いに挑むのに、百戦錬磨の戦士が隣にいるのが大きい事である。
◇
アーリア歴5年12月25日。
ファルコが敵軍に聞いた。
「要求は何ですか」
三日目にして、ようやく会話が出来た。
敵が門の前にまで、やっと来てくれたのだ。
それまでは離れた位置で待機をしていた。
ここで、戦闘前交渉のような事が出来たのである。
「ここを開けろ」
「なぜです」
「逆賊を殺すためだ」
「逆賊? 誰の事でしょう。あなた方の事ですか?」
「不当な王の不当な後継者。そいつに負けを認めさせる。簒奪者には後悔してもらうのだ。真の王の力によってな」
「・・・はて、不当・・・簒奪者・・・真の王。誰の事でしょうかね」
ネアルの旗印を見ても、ファルコはとぼけて答えた。
「貴様、ガキがこんなところで邪魔だ。ここを開けろ」
「いえいえ。攻めて来るならどうぞご自由に。こちらはいつでもお待ちしておりますので、そちらの自信がついた時にでもどうぞ」
慇懃無礼な態度を崩さずにファルコは相手を馬鹿にする。
「それとですが。少々お聞きしたい。あなた方、それで私に勝てるおつもりで? そちらの頭脳。あまりにもお粗末で。その程度で、私に勝てるとお思いならば・・・・ああ、これ以上はなにを言っても無駄でしょうから・・・ええ、馬鹿につける薬というものが、この世にはないらしいですからね。あっても薬が意味の無いものになってしまいます。馬鹿な頭が、賢い頭に変わるわけじゃないから。お金の無駄遣いでありますね。勿体ない」
「き、貴様・・・」
敵を挑発して、相手の怒りを買ったはず。
しかし敵は、攻撃命令を出さない。
いや、それよりも出せないのかもしれない。
ファルコは下の様子を見て、今会話した人物が、反乱軍の頂点じゃない事が分かった。
会話後に誰かと相談するなんて、軍の責任者じゃない。
『ではなぜ会話した?』
ファルコは、会話した相手が、この反乱軍の一番上の者じゃないことに、内心で驚いていた。
◇
その後。
南門の上で敵を見下ろすファルコに、アインが近づく。
円形城壁の南部分に味方の配置を済ませてから、アインはこちらにやってきたのだ。
「ファルコ、敵はなぜ攻撃をして来ないんです。それに囲みが南から南西だけなのはなぜですか?」
「ええ。それは単純な理由ですよ」
「単純?」
「敵は四万。こちらは二万。差がありますが、この王都。完全包囲を完成させるには、最低でも十万は必要です。でも、あちらが勝つにはもっと必要ですね。雑魚ですから」
頭数が、四万如きでは、私には絶対に勝てない。
十万でも足りない。
私に勝つには十五万。
これくらい揃えたら、勝てるかもしれない。
ファルコはそう思っている。
「じゅ・・・十万ですか」
「はい。円形に沿って、全てを埋めるとしたら、その数が必須。ですが相手が四万なら、どこか一カ所に、穴を開けるしかないと考えた。これが定石です。ですからつまらない。面白くない手を自慢げに見せて来る感じ・・・・本当につまらない。もっと工夫して欲しいですね」
「あ、はい・・・そうですか」
ファルコは敵の考えの全てを読んでいた。
王都を攻めるには数が足りない。
だから、一部包囲で済ませて、そこからの突破を考えている。
しかし、アーリア王国側としては、北の水門や、東の城壁などを使用すれば、他都市との連携も可能で、補給だって可能にしようと思えば可能にすることが出来るので、ファルコはこの戦争で負けるわけがないと踏んでいるのだ。
「敵はですね。計画を練っていたのでしょう。しかし、この時ではなかったと言えます。短絡的な犯行に見えるのです」
ファルコは、再び敵を予測し始めた。
先程の会話で段々とやりたい事が見えていた。
「これはおそらく、徐々に力をつけていこうとしていた矢先に、アーリア王の失踪の話を聞いた。それで、急遽作戦展開をしたように思います。勝つチャンスはここしかないと思ったのでしょう。うん。動きがやや強引です。ビンジャー卿。王妃様。その双方を奪うやり方も雑です。それに私なら、ここで宣言や脅しをしませんね。しかもわざわざ王都の前で・・・」
「え? ど、どういうことですか。ファルコならしない?」
ファルコは敵の立場に立った。
「ええ。もし私が敵なら、王宮内で王妃様から王の印を奪い、そして殺し。偽りの情報をアーリア全土に流布します。王の後継者は私である。と遺書を偽造します。それに効力を発揮させるように印を押す。それでアイン様が怒って軍を出したらそれを皆殺しにすれば、自分に反対する者がいなくなり完成です。アイン様に付き従う者。それが自分が政権を握った時の敵となるからです。これで、乗っ取った後も国を安定化させることができる唯一の策です。ええ、これがフュン様がいないので、最も効率的であります」
「・・・え? えぇ」
暗殺からの国乗っ取り案。
それをアインの前で堂々と話せるファルコであった。
「ですから、敵が甘いと言ってもいい。そこらへんが、元貴族共だという証でしょうね。正式。正統性。これに強いこだわりを持っている。あそこの学校を攻めないのも、貴族である証拠。プライドでしょう。一般人は殺さない。子供は殺さない。なので、元貴族がこの裏にいます」
ファルコはもう一つ。
この現状で敵が取れる最善策を思いついていた。
それは子供がいる学校を攻める事だ。
これをすると、優しいアインは救おうと動き出してしまう。
王都から飛び出る所を狙い撃ちにする。
それだけで圧勝できるのだ。
しかし敵が、この作戦を取らない所を見るに、元貴族の証であるといえる。
汚い手ではなく、正々堂々。
よく言えば正直。悪く言えばマヌケである。
それに、この手を使うには心が強くなくてはいけない。
非人道的行為に近いからだ。
でも彼ならばできる。
ファルコならば、勝つために冷酷になれるのだ。
「・・正式や正統?・・・今のこの状態がですか?」
「はい。正式、正統。伝統。今のこの状況が、それらを意味しています。敵は正式に真っ向勝負の戦争でアイン様を殺すつもりだからです。ですが、それらの意味は、初代王がいる現在では意味がありません。今、この時に置いて、正式や正統性や伝統など、まったく意味がないのです」
ファルコは断言した。
「アイン様。よろしいですか」
「はい」
アインは、年下の子の授業を受ける気持ちになっていた。
素直な性格の彼だから真剣に話を聞いている。
「フュン様が、アーリア王の初代です」
「はい。そうですね」
アインが素直に頷いた。
「ええ・・・・初代とは、何が起きてもそれが基礎までにしかならないのです。この時代に生きるフュン様は、今後のアーリアの基準となるだけなのです」
「ん? 基礎ですか。父さんが?」
「ええ、そうです。奪って王になっても、時が経てばそれは正統な初代となる。戦って王になっても、時が経てばそれが正統な初代となる。では、譲ってもらって王になっても。時が経てばそれが正統な初代になります。これがフュン様だ」
「・・・んん?」
少し疑問に思ったアインは雄弁なファルコの話を聞く。
「つまり。フュン様が、アーリア王として、正統な王になるのは、のちのち、ということになります」
「なるほど」
時が経つにつれ、やがてそれが真の王となる。
「だから今は、あのフュン様でも王の正統性がないのですよ。なぜなら歴史が浅いからです。国が作られたばかりとは、歴史が無いに等しい。ですから、ここから先に進んでいく。つまり二代目。三代目、四代目と脈々と受け継がれることで、フュン様が真のアーリア王となり。もしかしたら神格化までされる可能性があるのですよ」
「そ、そうなんですね」
神に驚きながらもアインは納得した。
「はい。だからこそ、別な者が王になりたいのなら、今がチャンス。どんな理由があろうとなかろうと、王を奪ったものが、呼び名としての王となれるのです。結局のところ。初代の王なんて、その程度の認識。完全な権威を持つのは、代を重ねた後」
「・・・なるほど。そういうことですか」
初代の王、もしくは国が固まるまでの引継ぎの王の間は、王を奪いやすいという事。
そして、その人物も、時が経てば正統性を得る。
だからファルコは、敵がぬるいとした。
今この時に何もかもを奪い取るべきなのに、何を正面切って戦うつもりなのかと。
「ですから、今の状況であれば、どんな手を使っても王になる方が良いのです。なのに、敵は王となるための流れを重んじています。王位を譲る形が良いと思っている。フュン様の王位を、ビンジャー卿に渡す。この流れにしようとしているのです。だから、リンドーアにビンジャー卿と王妃様を呼び出して確保した。この考えが貴族である証拠だ」
わざわざ手間のかかる行為をしている段階で、敵の狙いが明確に分かる。
王位強奪じゃなくて、王位継承だ。
これをしたいがために、王妃もネアルも生かすつもりなのだ。
正式な戦争で、正統後継者を殺した後。
王妃の手で、ネアルを王に継承させる。
この回りくどいやり方。
そこが馬鹿であると、ファルコは嘲笑しているのだ。
「だから次でアイン様を消すつもり。あなたが居なければ、ビンジャー卿が王になってもいい。こういう流れでしょうね。ああ、それともうひとつ。こちらが反逆者として立ち上がったのではない。相手が正統な王ではないから、我々が征伐に出たのだ。この考えを大陸の民たちに定着させたいという思いが見え隠れしましたね。先程の会話はそういう感じですよね」
不当な王。逆賊。
これらのキーワードから相手の心情を測った。
正統性を持たぬ王家が、アーリア大陸にのさばるな。
この難癖のようなものを戦争理由にしようとしているようだった。
新たな国では正統性など確保できないのに、もっともらしい理由を考えること自体が、そもそも意味がない。
ファルコはそこが馬鹿だと思っている。
「それで、今、一緒に反乱してくれている兵。あれらも中途半端なものが多い。元兵士、元傭兵、その他一般人。彼らに道を示して、のちに新たな国の兵になってもらうために。アイン様の事を悪しき王の子。だから殺すしかないのだという風に思ってもらいたいと、この反乱の計画者たちが考えているんですね」
反乱軍の兵士たちの中身に、大義がないので、彼らに取ってつけた理由を植え付けないといけない。
それが、不当な王の子アインを成敗する。
これを示して、軍としてまとまろうと思っているのだ。
「だから奴らの考えは、実にくだらない。間抜けにも等しい」
吐き捨てるような言い方をした。
ファルコの考えが、正しいように思えてくるのはなぜだ。
この人物の思考が、恐ろしいが、アインは信用し始めた。
「奴らは正式。大義という言葉に囚われているのです。このやり方ならば民がついて来ると思っています。だから馬鹿なのです。だから、この裏には、無能な貴族がいるのですよ。ふっ。いや、無能だからこの国に雇われないんでしょう・・・そうですね。当然だ。この国は優秀な方が多い・・・これはフュン様の見る目が正しいのですよ。ああ、さすがは私が父以外で、唯一尊敬する人物だ」
王になるやり方など、なんでもいいはず。
王となった後、王としてしっかり動ければ、民は勝手にその新たな王に付き従う。
それがたとえ太陽王の子供たちじゃなくても、為政者として認められたら、民なんてものは、誰が王でもいいのだ。
自分たちの暮らしさえしっかりできればそれでいいはず。
なのに、このやり方であれば、民が勝手についてくると思っているのがそもそもおかしい。
そのようなぬるい考え方では、また新たな反逆者が生まれるに違いない。
新たな王に不満を持てば、また新たな王になろうと思う者が出てくるからだ。
終わらない内乱となるだろう。
「ですので、私はそれを逆に利用していきます。敵の戦略に沿って、ありがたく受け止めて粉砕します」
「え? 粉砕??」
「アイン様。敵が何故攻めてこないのか。わかりますか」
「この状況ですね」
「そうです」
三日程が経っても、南西に布陣しただけで攻撃が来ない現状である。
「僕なら・・・そうですね。おそらく何か策があるのでしょうね。無理に攻めない。これが意図的だとしたら、この王都の内部に味方がいる可能性があるんでしょう。うん。そうやって、楽に攻撃が出来るとしたなら、待機でいいでしょうね。門が開くまで待てばいい・・・ですかね?」
「さすがですね。アイン様。いえ、殿下」
ファルコが頭を下げてきた。
「え。殿下??? 何ですか急に?」
アインが戸惑う。
「はい。今からファルコは、アイン様を殿下とお呼びします」
「い、いや。なぜ?」
「私は今、私の主はアイン様しかいないと思いました。今までは、アーリア王と父の為に、この国に尽くしていこうかと思いましたが・・・ここからの私は、あなたの為に全力を出します。よろしいですか。殿下」
「・・・わ、わかりました。お願いします」
「はい。おまかせを。敵は殲滅であります。外も中もです。私の計略で皆殺しにする。それを許可してもらいましょう。次代の王は、心が強くあらねばなりませんよ・・・・アイン殿下」
「・・・は、はい」
大賢者ファルコが大暴れする。
それが、王都アーリア防衛戦争である。




