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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
最終章 世界異変 アーリア大陸編

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第249話 ビンジャー卿の苦難

 アーリア歴5年11月中旬。


 情報が錯綜していた。

 アーリア王はまだ生きている。アーリア王はすでに死んでいる。

 この双方のやり取りが、以前よりもさらに激しくなってきた。

 民たちが王国と帝国側に別れて言っているようにも感じるのだが、実際は、そんな事はないだろう。

 否定的な意見が少ないのに、そちら側は、やけに大袈裟に言ってきて、真実味を足そうとしている気がする。

 恐らく否定的な意見なんて、全体の五分の一もない意見なのに、なんだか声の大きさで五分五分に聞こえるのが不思議である。


 「ビンジャー卿」

 「はい王妃様」

 「どうなっていますか」


 王都アーリアは、元々権力者の移住者が少なく、そして元権力者だとしてもほとんどがフュンに賛同した人間たちが集まっている。

 だからフュンが死んでいるなんて意見を言い出す者が少なかった。

 やはり、否定意見を持つ者は全体でも少ないように思う。


 「はい。ブルーが言うには、ウルタス。ミコット。この双方の都市が、アーリア王の死亡を声高に叫んでいるみたいで。実際、この噂を消しようがない。やはり根強い問題なのかもしれません。消えた王国の名残かと」

 「・・・たしかに。奴隷保有が一番多かったのが・・・ウルタスですよね」

 「ええ、そうです。ウルタスが一番多いです。なにせ、リンドーアは新しかったので、その意識が芽生えるのに時間が無かったでしょう。まあ、それが良い影響だったと思うのですが・・やはりウルタスの貴族というのは・・・」


 古くからの貴族である。

 だから自分よりも下がいないと不満なのだ。

 そして、アーリア王国は、絶対的平等の精神がある。 

 人の役職に上下があっても、人は平等である。

 フュンのこの考えが根付いているのだ。


 だから、元イーナミア王国の意思を持つ者たちは、この精神が許せないのだろう。

 不満の声は少数意見。

 しかしその意見の者たちが、元貴族たちや金を持っていた人間。

 昔は権力を持っていた人間だと考えられるので、噂を消しにくい可能性がある。


 「そういう事ですね。ウルタスの元貴族たちの不満・・・これが、フュンの噂で・・・死んだかもしれないと言う事で溢れだしているのですね」

 「そうです。私もその噂を止めるために、逆に噂を流していますが・・・元貴族共がおそらく・・・あの手この手で暴れ回っている可能性が高い」

 「難しい判断ですね。その人たちに直接攻撃が出来ないですしね」

 「はい。確証のない事で、力まかせに倒すなど。アーリア王の権威に傷が付く。それはしたくありませんね」


 この時のネアルはすでに、フュンを敬う完璧な家臣になっていた。

 だから強引な手を取りたくないのである。


 「んんん。実際にフュンがここに現れれば、こんな問題。解決するのでしょうがね」


 フュンがこの世界にいない。

 それだけは確実に分かっている事だった。

 

 ワルベント大陸のシャルノー地域以外に周知されている事実。

 『ウーゴ王と共に滝に沈んだ』

 これのせいで、ウーゴ王もフュンも亡くなったとされたのだ。

 それが、噂となってこちらにもやって来ている。

 滝に沈んだ。

 これが死んだと変換されているのがこの噂の厄介な所で、真実と嘘の部分があるから信憑性があるのだ。

 そして、この二人が全く慌てていないのは、そのフュンが消える前に、送られてきた手紙にこう書いてあったからだ。


 『今度は滝を間近で見てきます! 大きくて凄いらしいですよ。アーリアじゃ見られないらしいので、楽しみですね』

 

 この三言。

 全く緊張感がない。

 いなくなる前の手紙にしては明るすぎるのだ。

 それに、この手紙の前の三通も明るいものだった。


 『いや、大きい都市でね。マクスベルってところは。なんかですね。商人さんたちがいっぱいいます。大盛況でしてね。ただ、物価が高い高い。国がお金のコントロールをしてませんよ。だから民たちが大変です。困ったものですね。サティ様がいればこんな事にはならないのに』


 『ピーストゥー。ここ凄いですよ。工場沢山。鉄沢山。何かを製造していますが、部品ですかね。組み立ては別な場所? ちょっと調べますね。アン様にも見せたいな』


 『ラーンローは良い匂いが充満してます。パン屋さんが多めでした。美味しそうですよ。これ、こっちにも導入しましょう。食べ物屋さんだけの街・・・町でもいいかな。そんな場所を作っても面白いなって思いますよね。あとね。マイマイが食べ過ぎて困ってます』


 とまあ、これほど明るい手紙がちょくちょく来ていたし、それに戦い以外で死にそうにない人が、滝くらいに落ちて死ぬわけがない。

 それ以上の死地は潜り抜けているから生きていると二人は思っているのだ。

 

 「さて、フュンがどうしているのか。これが分かれば、何とかこの事態を治められるのですが・・・」

 

 フュンの動向を国に知らせれば、国はまとまる。

 シルヴィアの意見に賛成なのもネアルであった。


 「そうですね。東。こちらは良しとしても。西は難しいです。やはり王国側ですね・・・この問題は・・・・困ったものですよ。私の指導力がないらしいです。申し訳ない」

 「いえいえ。ビンジャー卿のせいじゃありませんよ。やはり互いの国の意識の違いかと思いますよ。それでですね・・・・ん???」


 二人の会話の途中で、兵がやってきた。


 「お。王妃様。ビンジャー卿。連絡が・・・」

 「なんでしょう」


 シルヴィアが聞いた。


 「それが、ブルー様が。リンドーアに来いと」 

 「ブルーが? なぜだ」


 今まで来いなんて強い言葉で、言われたことがない。

 自分に一切命令をしないブルーなのに、来いなんて言うのか。

 変な感じだと、ネアルは疑問に思った。


 「わかりません。ただ、連絡を入れろと・・・」

 「ブルーがか・・しかし、リンドーアにはいけんな。この状況では王都アーリアを守護した方が良さそうなのだが・・・私がここにいた方が・・・」


 今の国内の状態で、余計な刺激を与えずに済むのが、リンドーアよりもアーリアである。

 新たな場所に元王様がいて、今の王とその家族を支える。

 これが二国家の融合の象徴的な行為でもあるからだ。

 

 「でも、来いとのことですよ。よほどのことかと。ビンジャー卿」

 「そうですが。さすがに私が王都を空けるのは・・・今、主要な将が私以外はいませんぞ。将たちは、ほぼ北に配置されていますしね。この状況を知らないブルーではないはずだ。おかしいな」

 「ええ。でもいってあげましょう。ここはとりあえず私がいますからね。それに、調べたらすぐに戻ってくればいい。あ、それにすぐに戻れないなら、ビンジャー卿の印で連絡をお願いします。それがあれば、私もあなただと思えますから。やり取りが可能ですよ」

 「わかりました。出来る限り、すぐ戻れるようにします。王妃様」

 「はい。でも久しぶりに帰るのです。ダンテを可愛がってあげてください。寂しいでしょうからね」

 「ありがとうございます」


 ネアルが王都アーリアから移動した。

 これがアーリア大陸の異変の始まりである。



 ◇


 リンドーアに到着したネアルは自分の屋敷に戻った。

 彼のお屋敷は城の跡地にある。

 リンドーアに城が必要ないとしたのはネアル自身で、フュンは『別に城があってもいいんじゃないか。もったいないですし』と言っていた。

 でもネアルは壊した。


 それは、フュンがこの大陸の統一王。

 そして自分は、彼の家臣になった。

 その決意を示すためだ。

 城を潰して、そこに屋敷を建てた。

 これが、イーナミア王国への宣言でもあったのだ。

 私たちは、新たな国で、彼と共に生きよう。

 きっと新しい国は、素晴らしい国になる。

 ガルナズン帝国に吸収されるよりも、もっと良き国だ。

 なにせ、あのフュン・メイダルフィアが王となるのだから、素晴らしい国になるに決まっている。


 と、彼の決断は、とても素晴らしい決断であったのだ。

 なのに、それを踏みにじるような出来事が起きる。


 ◇


 屋敷に到着して早々異変に気付いた。

 かなり荒れていて、お屋敷内の人間はほぼ全滅。

 部屋を探索して、奥に行くと。


 「ブルー!? ダンテ。ジュナン・・・な!? 貴様ら」


 三人が寝室に捕獲されていた。

 発見して、部屋の中に入ろうとするところで、ネアル以外が襲撃を受けて、お付きの者たちは倒される。

 屋敷内の至る所に、用意周到に敵が配置されていた。


 そして、捕まっている三人の中で、唯一傷があったのはジュナン。

 背中には鞭で叩かれたような傷がいくつもあった。

 腫れあがる皮膚に、血が混じる。

 ジュナンの先にダンテがいたので、彼女は身を挺して、ダンテを守っていた事がわかる。

 元々はダンテを攻撃しようとしていて、それがどこかでジュナンに変わったようである。


 「き。貴様ら。よくもジュナンを。賊か!」

 「大人しくしてもらいます。出来ないなら殺しますよ。あなたの大切な家族をね」

 「・・・貴様ら。誰だ」


 赤い鉢巻をした男は、ネアルの家族を脅していた。

 ブルーだと偽り、ネアルを呼び出すことが計画のうちに入っていたらしい。


 「亡国の赤隊(メラロード)だ」

 「は? なんだそれは・・・大層な名前をつけて・・・」

 「あなたが、我らの首領だ」

 「は? 何を言って。私が首領だと。知らん組織の主になった覚えなどない!」

 「いえ。お飾りだとしてもいてもらわねば、王国が復活しないのですよ」

 「・・・貴様ら、まさか。イーナミアの残党にでもなるつもりか。そんなことをして何になる! この国は今や一つ。素晴らしい王の元で、大陸が一つになったのだぞ」

 「ふっ。あなたが口答えすれば、あの刃は動きますよ」


 三人を脅す刃は近くにあった。


 「くっ・・・何が望みだ」

 「では、あなたの力で。王妃様を呼び出して欲しい」

 「は? 王妃様を呼ぶ???・・・ここで独立するんじゃなくか」


 独立運動をするつもりじゃない?

 ネアルは頭を悩ませた。

 ここまでして、やりたいことが、王妃様を連れ出す事?

 その意味が、最初はわからなかった。


 「ええ。この国から王権を返してもらう。それには、今の王がいないのでね。あの王妃からの承諾が必須だ。形式的でも、お披露目するにも。奴は必要。あなたが王権を奪った時に権威が必要ですからね。あなたが弟を倒した後と同じだ。正当な力を持つ者から王位を譲ってもらわねば、民がついて来ません」

 「私の時と同じだと? この状況がか??」


 兄弟決戦。

 かつて、ネアルは弟ゴアを倒して、王位を確たるものにした。

 それと同じことをするという事は、前王からの承諾を得て王位を継承するという事。

 しかしあれは同じ国だから良しとする方式で、こちらの国は別な国。

 イーナミアの延長ではないのだ。

 だからネアルとしても戸惑っていた。

 新たな国を作る。

 独立をする気ならば、ただ反乱をすればいいじゃないのかと・・・。


 「それだから、あそこにいる後継者がいなくならねばなりません・・・ハハハ。奴を殺し、王妃の承諾を強引でもいいので、押してもらいましょう。あなたを王へとする文書に判をね」

 「まさか・・・貴様ら」

 「ええ。大人しくしていてください。あなたはただ呼び出しをしてくれればいい。王妃様をね」

 「狙いは王都に・・・アイン様か」


 敵の狙いは、二つ。

 アイン・ロベルト・アーリアの抹殺。

 そして王都の壊滅である。



 事件は進む。

 

 


 

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