第245話 世界から太陽が消えた日
アーリア歴5年4月3日午後3時。
王が消えた。
事態は一言で表すとこれだけだが、これはとんでもない事だった。
国が始まって以来の緊急事態。
大国であるレガイア王国が、一気に混乱に陥るくらいの出来事だった。
音が鳴り。煙が消え。
そしたら、王も消えていた。
大宰相ミルスは、フュン一行のゼファー・ヒューゼンの姿を見て、ウーゴ王が連れ去れたことを確認した。
だから、緊急で指示を出せた。
「追いかけろ。地の果てまでも」
この命令に基づいて動き出したレガイア王国は、サイレンを鳴らした。
これは、都市封鎖の音である。
検問所すべてを封鎖して、首都リーズにアーリア王国一行を閉じ込める気であった。
しかし、その検問所が、すべて突破された。
少しの時間稼ぎしか出来ない事態に、驚きしかない。
なぜなら向こうには銃がない。
なのに、どうやってこちらに勝てるのだ。
疑問があっても仕方ない。
実際に突破されてしまっている。
それも目立った争いもないのが不思議だ。
しかし、逃げられたとしても、一つの方角に逃げていることは分かるので、彼らは追いかける事が出来た。
都市から西へと向かっていた。
◇
「奴らを追え。走れ!」
当時車は存在していた。
だがそれも実験段階であり、それに、すぐには動かせない代物だった。
それに合わせてだが、レガイア王国には馬が少ない。
大都市の中でも特に少ない。
それは、都市間移動が列車になっていったので、馬の需要が極端に減ったのだ。
だから、兵士たちも緊急である現在だと、走りで追いかけるしかなかった。
たまたま騎馬に乗れたミルスも、結局は歩兵と同じような速度で追いかけるしかない。
一人で追いかけて、返り討ちにあっては、元も子もないからだ。
「奴らは西にいったか。まあ、西に逃げるとはやはり地図を知らんな」
「そうですね。ミルス様」
「マキシマムか。来たか。準備を整えたというわけだな」
「はい・・・それで。これからどうしますか。このまま真っ直ぐ」
「ああ。追いかける。どうせ無理だぞ」
遠くにいる敵を追いかける。
一時間は走っただろう。
目の前にあるのは、森である。
ここは、ミアハ大森林と呼ばれる森だ。
鬱蒼と生い茂る木々で、隠れるには絶好の場所。
方向感覚を失うくらいに木々が高いために、土地勘がある者にしか、そこを突破することはできない。
しかし、その森の西側は、サルガオの滝と呼ばれる大滝が存在しているので、行き止まりである。
土地勘のない者がここから走っていくとなると、大抵の者は滝で止まってしまうのだ。
◇
森の手前でフュンたちが別れた。
「ん!? 別れた。なに」
「どうしますか。ミルス様」
「ど。どっちにウーゴ王はいる!」
「そ、それは・・・あれとあれ。二手に分かれていますが、北に逃げた方ですか」
森に入った人間と、森に入らずに北に逃げていく一行。
どちらが多いかというと、北へ行く人間たちだった。
でも北方面には、フュンがおらず、拳に武装している男が、ウーゴらしき者を運んでいた。
でも運ばれている人の顔が見えない。
ウーゴ王に背格好が同じで、服装も同じ。
それを持ち運んでいる。
しかし、森の中に入る一行もウーゴと同じ格好をしたものを持っていた。
それがフュンの隣にいるゼファーである。
「マキシマム。あの男だ。城で、あの男が、ウーゴ王を持っていたぞ」
「奴ですか。ならば、追いかけるのは森ですか」
「そうだな。追うぞ。あっちは数名でいい。あれは罠だ。森の方にフュンとかいう男もいるのだ。森が本物だ!」
ゼファーを見ていたから、フュンがいたから、ミルスは西を目指した。
◇
鬱蒼と茂る木が邪魔。
追いかけようにも木々が邪魔だった。
でもフュンたちもそれほど速くは走っていない。
先頭の兵が叫ぶ。
「あそこはもうサルガオの滝です。追い詰めました」
「やったぞ。そのまま追い込め。囲め!」
大滝前にて、フュンを追い込んだ。
◇
フュンとゼファーがいる先は、死の滝である。
落ちたら死は確実の滝の前で、ミルスはこらえきれない笑みを出していた。
勝ちを確信して話し出す。
「逃げられんぞ貴様」
「ええ。もう駄目みたいですね」
「ふっ。地図も知らんでここまで来るからだ。貴様。王を返せば、許すぞ。仲間も一人しかいないようでな、なんだか可哀想な奴だしな。それにしても他のはどうした。誰もいないではないか」
「ええ。みなさん散り散りになってしまってね。難しいものですね。異国の地で逃げるのはね」
「観念しろ。盗人が!」
王を盗んだその罪で、処刑してやる。
ミルスの心の声である。
「さあ、返せ。王を返せば、多少は許してやる」
「ふぅ・・・では、死ぬついでに忠告をしましょう」
「なに? 死ぬだと」
「・・・マキシマム閣下」
最後と言って、フュンはミルスではなく、マキシマムに話しかけた。
「あなたは選ぶといいでしょう。誰の下で戦うのかを」
「なんですと・・・」
「これから先、あなたは選択しなければなりません。生きるか死ぬかの選択なんです。慎重に選びなさいね。僕の最後のアドバイスです。死ぬに惜しい人間には、生きるチャンスを与えましょう。来るべき時、選択を間違えないでください」
「な? 何を言って!?」
「あなたが選ぶのは誰か。それを楽しみにして、僕は別な所から、あなたを見守りましょう」
「なに!? あ!! 待て」
フュンとゼファーが滝の方に向かってから下に落ちていく。
ウーゴを連れて、死の滝に落ちていったのだ。
フュンたちが想像外の行為をしてきたので、ミルスたちは呆気に取られて確認に遅れた。
だから、急いで滝の縁にいき、下を覗くが、時すでに遅し。
生死の確認が取れなかった。
「死体を確認せよ。急げ」
ミルスの指示を聞いても、それを即実行できない。
遠回りをしなければ、サルガオの滝の下にはいけないのだ。
この日、世界から太陽が消えた。
アーリア歴5年。
それは太陽が消失した年だった。
そしてこの事件が、世界異変の引き金だ。
アーリア歴6年。
世界に、次の時代が訪れようとしていた。
世界混沌の時代である。
アーリア大陸とワルベント大陸の王が消えたことによって。
世界は変わり始める。
それはどちらへと変わり始めるのだろうか。
良き方向へ進むか・・・悪しき方向へと行ってしまうのか。
全ては、人の選択によるのである。
各大陸が、重要な選択をする時が来たようだ。




