第244話 大事件発生
「な・・・ば、馬鹿を言うな。貴様。何を言っている! 不敬極まりないぞ。貴様がトゥーリーズを語るな。異国の王の分際で!」
ミルスが反論をしてきた。
「本当のことだ。ここで嘘を言ってもしょうがない。この国から追われたソルヴァンスの末裔。それが私。フュン・ロベルト・トゥーリーズである」
「そ・・・ルヴァンスだと」
その歴史は、ここにいる者ならば知っている。
この国を追われた太陽の人の名だ。
「そうだ。この国の王となるはずだった男ソルヴァンス。その末裔であるのがこの私だ」
正統後継者になるはずだった男。
その末裔がフュン・メイダルフィアである。
「き、貴様が・・・トゥーリーズ・・・だと」
「だから私は、ウーゴ王のお話を聞きたい。お気持ちを聞きたい。元を辿れば、同じ血を持つ者だからだ。私は、そこの出来損ないには話を聞いていない。それと貴様いい加減にしろ。貴様は黙っていろ。話し合いも碌に出来ない奴が、私とウーゴ王の邪魔をするな。この場に貴様は必要ない。ここから出ていけ」
フュンはここで初めてミルスを見た。
直接的な挑発をここで初めてして、じっくりと見つめる。
言われたことのない誹謗中傷に、顔全体が怒りで震えていた。
「私が出来損ないだと」
「ああ、そうだ。いちいち話が進まんではないか。貴様が話す度に、ウーゴ王が困っておられる。だから邪魔だ。退け」
フュンは顎でどけろと合図を出した。
その姿は傲慢にも見える。
「な、なんだと。貴様」
「私は同族であるウーゴ王の話を聞きたい。貴様のキンキンやかましい声を聞きたいわけじゃない。黙っていろ」
冷たく言い放ち、一瞥した後に、フュンはウーゴにだけは優しく語り掛ける。
「ウーゴ王。あなたは、同盟を考えてくれないだろうか」
話をウーゴにさせる。
それがこの場での最善手。
フュンの外交手腕が爆発していた。
「私は・・・・あなたは・・・本当にアーリア王は・・・トゥーリーズなのか」
「そうです。今は亡き母。その人が太陽の人でありました」
フュンの態度がガラリと変わる。
ウーゴとの話になると穏やかな表情で、優しく会話をしてくれる。
「た、太陽の人。そ、それは本当ですか」
その雰囲気を感じ取り、ウーゴも少し子供っぽくて、柔らかい態度になった。
「はい。そしてこの私も、太陽の人らしいです。自分ではわかりません。ですが、皆からはそう呼ばれます」
「太陽の人・・・本当なのか・・す、凄い・・・いたんだ・・・」
ウーゴも伝承は知っている。
太陽の人は、人々を照らす太陽だと。
たしかにこの人物が部屋に入って来た瞬間、輝いていたのは確認が取れたが、この人物が太陽の人かどうかは分からない。
でも嘘を言っているようには思えない。
ウーゴは若いながらも、人を見極める目を持っていた。
「世迷言を。貴様、いい加減にしろ。その口を閉じろ。嘘ばかりを言いおって。何がトゥーリーズだ。何が太陽の人だ。それ以上話せば、殺すぞ。嘘ばかりの偽物が! 何がアーリア王だ。こんな男、偽物に決まっている」
「若造は黙っていろ。さっきから、いちいちやかましい」
普段のフュンでは、あまり使う事のない刺々しい言葉たち。
言いなれない言葉だから上手くいくか不安でもあるが、ミルスには刺さりまくっていた。
顔が真っ赤で怒り狂う姿が面白いとフュンは内心で思っている。
「それと貴様との会話に実りがない。大した言葉も並べられないしな。いいか、大宰相の分際で、私に話しかけてくるな! 私とウーゴ王の間に入るな! ここは王と王の会話だ。貴様程度がしゃしゃり出てくるな。黙れ!」
フュンの一喝に、ミルスが止まる。
言われたことのない侮辱の言葉の数々。
彼の言葉を受け止める度量がなくて、一瞬置いてけぼりにあった。
「ミルス・ジャルマ! 貴様は、この国の癌だ。この部屋に、いや・・・この国にいてはいけない男だ。国に、王より上がいてはいけない。王より上がいるのなら、それが王となるしかない。なのに、貴様は王のように、ここにいる。王でもないのにだ!」
フュンの言葉はなぜか、大臣たちの方に突き刺さった。
王でもない者を王のようにしてきた罪を感じ始めたのだ。
「わ、私は大宰相だ。この国を仕切るのに十分な力を・・・」
『持っている』の一言すらも、フュンは言わせない。
被せるようにして威圧する。
「だから、王ではない者が、国を仕切るのではないと言っている。王は王でなければならない」
ハッキリ言いきった後、フュンは後ろの大臣らにも言い放つ気持ちで声を出す。
「それにだ! だったらせめて、貴様が大宰相として、摂政として、王をお支えするのが筋というもの。なのに、なぜ貴様が国を決める。国家の指針を確定させている。そこは王が決めねばならん事だ!」
「う、うるさい。私は大宰相だぞ」
子供のような言い方をした事で、完全にフュンが上を取った瞬間が訪れた。
「それがどうした。若造! 大宰相など、王の下にあるただの役職の一つだ! 王ではない。この場は王と王の話し合いの場だ。我儘な子供がいていい場所じゃないんだ。無駄に体だけが大人になってしまった。精神が子供の貴様は、出ていけ。家にでも帰って大人しくしていろ。子供は子供らしく留守番でもしていろ」
ここに、フュン・メイダルフィアに口で勝つ者はいない。
この場にミランダもジークもいないのだから、ここはフュンの独壇場になるしかない。
ここでは当然のことなのだ!
だから、口で勝てなければ。
あとはもうやる事は一つである。
「こ、殺せ。やれ。近衛兵! こ、こいつは、アーリア王なんかじゃない。偽物だったのだ。こんな男は消せ!!! 殺せええええええ」
ミルス・ジャルマは、この部屋に兵を潜ませていた。
部屋の両側にいる大臣の後ろ。
王の後ろ。
部屋の隠し部屋。
総勢100の兵士がいた。
200の内の100は兵士。
でもそれは最初からフュンたちが知っている事。
すでに数えている事だったのだ。
敵が攻撃をしようと動き出している。
しかしこんな事は、相手の考えを読まなくてもわかりきっている事。
フュン・メイダルフィアは数々の修羅場を潜り抜けてきた化け物だ。
人の心を読む怪物で、人の心を誘導するのだ。
むしろ、この事態に追い込むようにして、口撃を展開してきた。
「サブロウ! タイロー!」
二人の名を呼んだ瞬間。
耳が壊れるくらいの大きな音が鳴り。
敵兵が出てくるよりも先に部屋に煙が充満した。
黙々と出る煙は真っ黒で、何も見えない。
部屋の中にいた人間は何が起きたか分からなかった。
◇
煙が消えていくと、ミルス・ジャルマが一番最初に気付く。
「い。いない!? な、王もいない。なに。連れ去られた!?」
扉が開く音が聞こえて、前を向く。
すると、フュンの右後ろにいた男が、ウーゴを抱えていた。
「い、急げ。王を。王を取り戻せ。早く!」
ミルスからの指示が出た。
しかし、あちらは既に走り始めていて、こちらは、一歩どころか、十歩以上出遅れている。
そんな近衛兵たちでは、追いつくはずがなかった。
◇
音と煙が出る前。
天井にいるサブロウとギルバーンとメイファ。
「サブロウ殿。そろそろだと思います」
ギルバーンがフュンのタイミングを見ていた。
演説に近い彼の独壇場の会話を聞き逃さないようにしていた。
「そうかぞ。ギル、なんでわかるぞ」
「まあ、勘ですね」
「私も思いますよ。サブロウ殿」
「メイファもかぞ。じゃあ行こうかぞ。左をギル。右をメイファ。合図を任せるぞ。一発目はおいらがやるぞ」
「「わかりました」」
サブロウたちが煙玉と、音球の両方を投げていた。
◇
天上から床に。
彼らの弾が着弾してから、本格的に煙が出始める前。
タイローはフュンに呼ばれて移動を開始。
地上最速の動き。
タイローは真っ直ぐ移動するだけなら、誰よりも速い。
それはレベッカよりも速いのだ。
彼女は戦闘の動きで速くて、横も縦も斜めに関して速いのである。
「失礼します」
小声で伝えた相手は、ウーゴ。
彼を強奪したのはタイローであったのだ。
座っている彼を持ち上げて、一瞬でフュンの元に行き、それをゼファーに渡す。
だから、ミルスが見た時はゼファーがウーゴを持っていたのである。
◇
部屋から出たフュン一行は、城の外に出ようと走っていた。
「いやあ、なかなか上手くいきましたね。ゼファー」
「そうですな殿下」
逃亡中の一行の真ん中に配置されているフュンとゼファー。
並んで走っている。
「まあね。あの時もこういう風に出来たらね。僕らの大切なゼクス様を失いませんでしたね」
「そうですな。悔しかったですな。あの時は」
「ええ。まったく。あの時は僕が人質だったから・・・情けない事ですね・もっと偉ければね」
あの時も、本音を言えば暴れたかった。
暴れ回って、サナリアの大臣たちを皆殺しにしてでも、ゼクスを助けたかった。
それが二人の本音である。でも出来なかった。
あの時に無茶をすれば、サナリアが消滅していたからだ。
大元帥の地位に、いやせめて、辺境伯くらいの地位にいれば・・。
もしかしたらゼクスは救えたのかもしれない。
「でも、全部の決定権が、僕にある今。いやあ、何でも出来ますね。驚きですね」
「ハハハ。そうですな。今は殿下が一番上ですからな。なんでもできますぞ」
「ええ。ゼファーが一緒ならね。僕は、何でも出来るんですよ」
「そうですな。我は、殿下の為ならば、命を懸けます」
「ええ。それはいりません」
「「ハハハハ」」
なんで、ここで笑いあっているんだ。
緊迫した場面での二人の肝っ玉の大きさに、一緒に走る仲間たちは驚いている。
でもその笑える理由は一つ、この程度はまだ二人にとって死地じゃないのだ。
これ以上は幾つも経験してきた。
一行の隊列は。
レベッカとダン。
フュンとゼファー。
タイロー。
この五人に加えて、背後。脇に影がいる。
ギルバーン。メイファ。サブロウ。そして影10である。
前から来る敵はレベッカとダンで瞬殺。
敵は銃を撃つ前に、斬られるという不思議体験をしていた。
彼女と彼は風よりも速いのだ。
神の子と、疾風である。
そしてここに・・・
◇
音球が鳴る直前まで。
別室にいた仲間たちは大人しく待機していた。
ウインド騎士団隊長たちと、マイマイ。ショーン。ルイルイ。シャーロット。カゲロイ。リアリス。
それと、影10である。
影は潜んでいるので、敵には数名が待機しているだけに見えている。
監視役は、中に一人。外に一人。
アーリア王国の人間たちが、皆静かにしていた事で、何も警戒なんてしていなかった。
だが、音が鳴った瞬間。
皆立ち上がって、外に出始めた。
それで呆気に取られてしまい、兵士は出遅れたのだ。
移動中。
ショーンが先頭を行くのだが、彼はフュンたちを追いかけようとした。
玉座の間の方に向かおうとしたが、ここでシャーロットが話しかける。
「ショーン!」
「なんだべ?」
「拙者。それだと駄目だと思うだよ。敵が玉座の間よりも、出入り口を固めると思うだよ。なんか外の音がこっちに来ていると思うだよ。入り口に集まってるかも・・・だから、拙者らが掃除しようだよ。フュン様の為にだよ」
「・・・なるほど。脱出路が城の正面しかないからだべ」
「そうだよ。やろうだよ」
「わかったべ。おらたちは、そっちにいこう」
ここで方向転換して、城の正面に向かった。
◇
フュンたちは、出口まで進んでいくと、ショーンたちが先回りでいた。
「あらま。もう片づいている。皆は追いかけてきたんじゃないのですね」
フュンが気付くと、向こうも気付く。
「フュン様だよ~。お~い」
「シャニ!」
「いこうだよ。逃げるだよ~」
「ええ。いきますよ。西への道は他の影たちで出来ているはずです。急ぎますよ」
フュンたちは、全員で城を脱出した。
◇
こうして起きた事件が、世界に変革が起きるきっかけの最初の大事件。
ウーゴ王強奪事件である。
これが、世界が変わる衝撃の事件の全容である。
ワルベント大陸全土では、『フュン・ロベルト・アーリア』が犯人であるとされた。
アーリア大陸の王が犯人という前代未聞の事件だった。
フュン・メイダルフィアが生み出す混沌が始まろうとしていた。




