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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
最終章 世界異変の前触れ

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第243話 外交決戦 アーリア王の口撃

 アーリア歴5年4月3日。


 レガイア王国の玉座の間に集まっているのは、レガイア王国の重要人物たち。

 王。宰相。軍部。内政官。その他。

 総勢で言えば、二百程の人がいた。

 それらが、小さな大陸の王を待つ形であった。


 どんな男なんだ。

 その感想がチラホラと出ている。

 彼ら大国側は、雑談が出来るくらいにリラックスしていた。

 どうせ小さな国の王。

 無下に扱ったって、反逆する気持ちなんて、持つことはないだろう。

 それが本音だった。

 ワルベント大陸はやはり最初から舐めていたのだ。



 「フュン・ロベルト・アーリア殿が入室されます」


 扉前の兵がそう言うと、さすがに大臣らも黙る。


 ◇


 扉が開くと、先頭を歩く男が威風堂々としていた。

 肩を張り、胸を張り、真っ直ぐ前を見る顔は、ウーゴ・トゥーリーズだけを見ていた。

 王の隣に立つミルスを一切見ずにウーゴの方を見ていたのだ。


 彼のその姿があまりにも美しかった。

 大臣たちも最初は、小国の王だから、小馬鹿にでもしてやろうと思っていたのだが、でもさすがに出来なかった。

 王たる威厳がそこにあったのだ。

 むしろ、この国の王よりも、この国の大宰相よりも、迫力があったのだ。


 フュンが王の前に立つと、すぐに軽く頭を下げる。


 「レガイア王国のウーゴ・トゥーリーズ国王。私が、アーリア王国のフュン・ロベルト・アーリアでございます」

 「・・・・」


 ウーゴは、話しかけられたが、答えられない。

 無言を貫いて、困った表情でミルスを見た。

 その姿をフュンが上目遣いで見ていた。

 青年の表情一つも見逃さない気である。


 「ごほん。よい。挨拶はもういい。アーリア王」


 ミルスが答えている間、フュンの頭は軽く下がっていた。

 そして呟いてもいた。


 「そうか。そうなっているのか。あなたは思った以上の良き人で、想像以上に悪い環境だ・・・ここは劣悪だ。君の心にとって・・・」


 フュンが頭を上げた。

 でも、ミルスは見ない。

 見ているのはウーゴだけ。


 この態度を見て、ジェシカ。グロッソ。ライブックは気付く。

 明らかな挑発行為。

 自分が話しているのは、王。

 この国で一番偉いはずの王との話し合いをしに来た。

 ミルス・ジャルマ。

 貴様と話し合いに来たわけじゃない。

 これを無言で言っているのだ。


 「停戦らしいな。そちらの言い分がほしい。言え」


 うわさ話に翻弄されているミルスは、やけに刺々しい物の言い方をした。


 「言い分? ん? どういうことでしょうか」

 「言い分だ。そちらの言い分を言え」

 「言い分とは心外ですね。ここは交渉の場ですよ。内容ではないですか? それに、ここには、なぜか大勢の方がいらっしゃいますね・・・・んんん。なぜです?」


 交渉だから、普通は少ない人数だろう。

 なのに総出で集まっているのは何故だ。

 フュンは少しだけ疑問だったが、切り替える。


 「まあそこは別にいいでしょう。でもだからこそ言葉を大切にしてもらわねばね・・・そちらは大国ですよ。いくらこちらが小国だからと言って、舐めてもらっては困る」

 「・・・貴様」


 睨んでも無駄。

 フュンは、ミルスを絶対に見ない。ウーゴしか見ていない。


 「それに私は、レガイア王にお聞きしています。どうでしょう。内容ですよね」

 「・・・・・」


 ウーゴはまたミルスを見た。

 やはりここでも困った表情だった。


 「それでいい。早く話せ。貴様」

 「私は、レガイア王に聞いているのです。さっきから何でしょうかね。ここは、王と王の会話ではないんですか。それに、あなたはどなたでありますかね。隣にいるからって・・・まさか、レガイア王の王妃様ではないですよね」


 この場にいる皆がクスッと笑いそうになった。

 さすがにそれだけはまずいと思い、皆必死に笑いをこらえている。

 唇を噛み締めて、血が出ている者もいた。


 コケにされている。それだけは分かるミルスは、血管が切れそうな位に怒っている。

 でも、ここは皆が集まる場だから怒れない。

 今までは少数の会議だから怒って来たが、ここではさすがに無理だった。

 もし怒れば、体裁を保てない。


 「・・わ、私は、ミルス・ジャルマだ!」


 それが精一杯の答えだった。


 「そうですか。ミルスさんですね。では、私はレガイア王にお聞きします」

 

 それでも完全無視を決める。

 フュンは完璧な形で、ミルスをおちょくる気なのだ。

 

 「き、貴様・・・」


 ミルスは、小さく呟くしか出来なかった。


 「これは、正式な交渉と捉えても良いのでしょうか。この場は、なんとなくですよ。私をつるし上げるための舞台に見えるのですが、ここでお話したことは後に効力を発揮するのでしょうか。たとえばですよ。ここでもし停戦が出来ても、のちに反故にされたりするのでしょうか」

 

 フュンの言葉に黙るのは皆も同じ。

 だからウーゴもどう答えたらいいか分からない。

 なので、ミルスが言う。


 「それはない。我がレガイアがそのような卑怯な事をするわけがない」


 という意見を真っ向から聞き入れない。


 「ええ。それはあなたの意見ですよね。でも私は、レガイア王の口から、思いをお聞きしたい。どうです。レガイア王」

 

 フュンはあくまでもウーゴに意見を求めた。

 ここで、全体が驚く事態になる。


 「私は・・・」


 ウーゴの声が聞こえたのだ。

 それは衝撃的な事。

 なぜかと聞かれると、大臣も始め、皆が彼の声など聞いたことがないのだ。

 会議でも一切話さない。

 全て口止めにあっているからだ。

 そして何より、誰からも話を振られたことがない。


 でも、ウーゴは、フュンから話しかけられたから、失礼のないように、一生懸命答えようとしてくれているのだ。

 純真な青年。

 王ではなく、人としての気持ちを持つ人。

 フュンはウーゴを見た瞬間から、彼の本質に気付いていた。

 紙の資料だけじゃないのが、フュンの人間観察である。


 「はい。レガイア王。あなた様はどうでしょう。お気持ちをどうぞ。私はしっかり聞いておりますので、遠慮なく言ってください」

 「わ、私は停戦に賛成だ・・・アーリア王よ」

 「そうですか。ありがたい話ですね。王様からのお言葉は大きい。ええ、ありがたい」

 

 フュンが笑顔になると、ウーゴも少しホッとする。

 答えを間違えていないんだと思った。


 「それに私は、隣の方の意見ではね。かなり不安でありましてね。王から直接のお言葉をもらえるのが嬉しいですね」


 この場にいる者たちは、フュンの嫌味全開の話をあまり聞けていない。

 ウーゴが口を開いた。

 この事実が衝撃的過ぎて、何も考えられなかった。


 「それでは、私の要求としては、停戦です。それも無期限がよろしい。そして平和条約が欲しい。どうでしょうか。それが叶えば、私たちは一切こちらを攻めませんので、そちらも一切こちらを攻めないでいただきたい」

 

 ここで予定した条件よりも、遥かに難しい条件を言った。

 これが無理な事は百も承知。

 正直、交渉内容など、どうでもいい。

 とにかくありえない条件を並べるのが、最大計画への道のりだ。


 「・・・・」


 内容を決めるのは無理かもしれない。

 ウーゴはミルスを見た。


 「き、貴様・・・ずけずけと。言いたい事を言いよって。出来るわけがないだろう。そんなこと! 無期限だと。平和条約だと」

 「私はあなたに意見を求めていません。それに、あなたとは建設的な意見交換が出来ないと思っています。なので、誰か外交官はいませんか? 言葉が通じる人が良いです。この人は、私の話を聞く気がありませんから、子供未満。動物並みの意思疎通・・・いや、まだ動物の方が、感情表現が素直で可愛らしいので、動物の方がいいです! この人が引き続き話に入って来るなら・・・誰か動物でもいいので連れてきてください。和みます。ああ、それとあと、どなたか、普通に話せる方をお願いします」


 フュンが初めてウーゴから目を離すと、キョロキョロしだした。

 この時も、一切ミルスを見ていない。

 とにかくフュンはミルスだけは見なかった。


 「き。きさ・・・」


 それ以上話すと、怒りの感情が爆発しそうだった。

 だからミルスが止まった。


 誰も話し相手が居ないと判断したフュンが、再びウーゴを見る。


 「仕方ない。いないらしいので、この人は置いてと・・・レガイア王。私としては、これが条件で四万の兵をお返しします。四万を管理している事。それを証明できるのは、ライブック殿と、ジェシカ殿です。レガイア王。お二人から、お話をお聞きしていますか」

 「・・・うむ」


 それは答えられる。

 事前に聞かされた話と一致しているからだ。

 王は自分が答えられる質問を、答え始めたのである。


 「そうですよね。ですから、四万もの兵の命が、この停戦で救われる。そういうことになるのですが、あなた様は人の命。これをどの程度の事だとお考えで? お気持ちをお聞かせ願います?」

 「・・・そ・・」


 それは難しい問題。

 でもウーゴは自分でこの質問の答えを考えていた。

 ミルスを見ないで、フュンを見つめていたのだ。


 「貴様。黙れ。いい加減にしろ。好き勝手言うな。王が困っているだろ」


 ミルスが話しかけに言っても無駄。

 フュンはこの男の言葉を耳に入れるつもりがない。


 「どうでしょうか。レガイア王。ゆっくりでもいいです。私はここで聞いております」


 彼にとって、これほど人に無視されたことが初だろう。

 異常事態とも思う。


 そして、さらに問題の事態になる。

 それはウーゴが思いを述べた事だ。

 気持ちなど、意見を聞くよりも珍しい。


 「・・わ・・私は・・・大事かと・・人の命は・・やはり大切かと」


 フュンは心の中では笑顔だった。

 ウーゴがそういう人物だと確信していたからだ。


 「そうですよね。大事ですよね。いや、名君だ。素晴らしい王であります。人の命が大事。国家の面子よりも、人の命が大事な王。どうですか。みなさん。素晴らしい王ではありませんか。ねえ。よかったですね。みなさん!」


 フュンは周りの大臣たちに話しかけた。

 皆、王の気持ちを初めて聞いているから、正直戸惑っている。

 ミルスで始まり、ミルスで終わる御前会議しか経験していない。

 しかも古くからの大臣であれば、ジャルマの支配での会議だ。

 王の意見なんて、100年ぶりではないか。

 そう考える者が多かった。


 「ですから、レガイア王。私は、そんなあなただからこそ! 同盟を結びたい。停戦協定から平和条約。そこからの同盟であります。どうでしょう。レガイア・アーリア同盟ですよ」

 「ど。同盟だと!」


 ミルスが衝撃で固まる中で、フュンはまだ話を続ける。


 「偉大な王様であられる。ウーゴ・トゥーリーズ様と、この私、フュン・ロベルト・アーリアが、同盟を結び、世界と戦う。これがいいのではないでしょうかね。どうでしょう」

 「・・・・・・」


 決めきれない。

 さすがにこの質問には答えられないと思ったウーゴは、ミルスを見た。

 すると、ミルスは明らかに怒っていた。

 感情を隠せなくなった。


 「貴様。なにを言っているのだ。黙れ。貴様! 貴様らの国は小国だぞ。格が違う。同盟など対等で無ければできん。小国の王の分際で、何を偉そうに言っている。貴様の大陸など、我々が今すぐにでも本格的な軍を投入すれば、木っ端みじんに出来ることを知らないのか」

 「え? 木っ端みじん?」


 耳に手を当てて聞こえずらいですよとポーズをするフュンは、とぼけた声で答えた。

 でも、それでもウーゴしか見ていない。


 「貴様らはやはり原始人。自分たちの文明を知らずにこちらに来たのだ。差があるのもわからんか」

 「知っておりますよ。当然。桁違いなほどに違いがあります。ただ、皆さんが一つお忘れなようなので、ここで周知しましょうか」


 フュンは後ろを振り向き、この場にいる者たちに話しかけた。


 「その原始人で、野蛮人である。この私と、アーリア人たちがですよ・・・」


 フュンの声色が変わり、語気が強くなる。

 

 「だったらなぜここにいるのでしょうかね。文明レベルが違うのに。大陸を木っ端みじんに出来る力があるのに。ではなぜ。この大陸に私たちが来て。なぜ停戦交渉にまで足を運べているのでしょうか。なぜ四万の捕虜が、こちらにいるのでしょうか。その理由をね。よく考えてみてくださいよ」


 皆、引き込まれていた。

 ミルスの言葉が通らずに、フュンの言葉が通っていく。


 「あなたたちは三度。僕らに負けたんだ!」


 ビリビリと玉座の間が震えた。

 僕と言うフュンらしい言葉だったが、相手を威圧したのである。


 「だからこうして、目の前に小さな大陸の小さな王が来ている。それをお忘れか。レガイア王国よ」 


 決定的な言葉を前にして黙るしかない。

 フュンの巧みな話術が、相手を黙らせる。


 「現実から目を背けるな! 今のこの状況を受け止めよ。小国が大国に勝った。そのありえないと思う状況を認識せよ。レガイア王国!」

 

 負けた。

 この結果をここの皆が受け止めていないのだ。

 そちらの戦いには全力じゃなかったから。

 戦闘艦さえ送り込めれば楽勝なのに。

 シャルノーでの戦いが無ければ余裕なのに。

 色んな言い訳が出来てしまう現状であっても、三度も負けたと想像がつかない。

 しかも小国にだ。

 でも、実際に負けたのだ。

 アーリア大陸が三度勝ったから、四万もの捕虜がいるのである。

 フュンは、ここでレガイア王国の重鎮たちに、現実を叩きつけた。


 「そしてどうする。レガイア王の家臣たち。決めるのはあなたたちでもいい。でも僕は、レガイア王に話を聞きたかっただけだ。それは、なぜか。僕の真名が、ウーゴ王に聞いてみたいと思ったからだ」


 君は僕の同士だ!

 だからウーゴ王と呼んでいる。


 「「「「???????」」」」


 皆がその言葉で混乱した。

 静かな会場で、フュンの声が響く。


 「僕のアーリア王としての名は、フュン・ロベルト・アーリアだ」


 アーリア王としてはそう。


 「生まれてから人質、そして辺境伯、大元帥。その時に名乗っていたのは、フュン・メイダルフィアである」


 長らく親しんだ名前である。


 「だが、僕は母からこの名を継いでいる。真の名は」


 ここで、この日一番の声で、会場を支配する。


 「フュン・ロベルト・トゥーリーズである!」


 レガイア王国を揺るがす宣言に、この場にいた者たちの心臓は一瞬止まったのであった。


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