第242話 明日が決戦
『フュン・ロベルト・アーリアが、首都リーズに来て、一番に会ったのが、サイリン家だった』
この噂が王宮に流れたのは、本人たちが実際に会った日の翌日には、城に勤めている者ならば、誰しもが知る出来事。
グロッソが、メイドと執事に渡した賄賂で、情報は瞬く間に城中を駆け巡ったのだ。
当然に、ミルス・ジャルマの耳にも入っている。
ジャルマ家は、王宮に住んでいる。
しかも、王の隣に住んでいる。
これは異例中の異例だ。
なぜなら、城には王か、王の家族しか住まないのが当たり前。
それはアーリア大陸でも当然の事だ。
ガルナズン。イーナミア。あのサナリアだってそうだった。
なのに、ワルベント大陸のレガイア王国は、王の隣に大宰相が住んでいるという異常事態をずっと続けていたのだ。
権威は王と同じ。
それを示すためと言われている。
王の居室の隣で、ミルスは歯を食いしばっていた。
「ふざけるな・・・なんだと。サイリンと会っただと。私とは会おうともしていないのに。舐めやがって! 殺す!」
持っていた扇子をバキバキに折ったらしい。
片づけに来たメイドがその残骸を見た。
◇
フュンは自分に割り当てられた部屋に、皆を呼んだ。
「みなさん。いよいよ明日です。実はね。ここが決戦ですよ」
「フュンさん。計画は。どれで行くんですか」
タイローが聞いた。
「ええ。本音の部分では、最大計画でいきたいですね。うん。まずは王を見てから決めます」
計画は人を見てから決める。
フュンらしい決断だった。
「ああ。そうだ。それで、みなさんにお伝えしたとおりです。敵は舐めてくれています。とにかくそういう風に振舞いましたからね。そう思ってくれないと、こちらとしては大変ですからね。それとあとは、本番。僕の演技力に掛かっている」
フュンは、ここに来る前。
ラーンローの段階で、一か月くらいかけて作戦を皆に浸透させていた。
いくつもの計画の内の最大計画で事を進めたい。
でもこれは、いばらの道だ。
だから皆で、決意をしよう。
大決戦の決意をだ。
「父上。となると。ミルス・ジャルマは、攻撃してくると」
レベッカが聞いた。
「はいそうですよ。間違いありません。僕の誘導が上手くいけば、そうなるでしょう。彼の自尊心も破壊しておきましたから。最初から怒っていると思いますね。ええ」
「そうですか。ならば、私たちが父上をお守りしなければなりませんね」
「そうですね。お願いしたい所です。かなり難しいのでね。慎重にいきますよ。だから、レベッカも気をつけてください」
「はい。父上」
最強の剣士レベッカは隣にいた。
「それで、連れて行くのはゼファー。レベッカ。タイロー。ダン。この四人で、計五名でいきます。というか、五名指定だったんで、これでいきます」
「「「了解です!」」」
皆が返事をした後。フュンが続ける。
「ですが、影として、ギルバーン。メイファ。サブロウ。そして他の影たちも配備します。20の影の内10でいきます。これで、部屋に入ってもらいます。僕らが入ると同時に影も入れば大丈夫なはず」
「おうぞ。まかせとけぞ」
「あ。そうだ。サブロウ。捕虜の見張りは?」
「今は、ルカとマイマイとルイルイがやっている」
「そうですか。じゃあ、当日もその三人が中心でお願いします。ただし、捕虜はそのまま解放で良いです。むしろそこから抜け出してください。他の皆さんは、待機所に集められると思うんですよね」
フュンの予測は王の前に行かない使節団は、他の部屋で待機させられる。
実はフュンだけでなく、そちら側も危険であるのだ。
「なので、暴れる基礎を生み出しておいてください。僕らと合流できるのか。それともできないのか。出来ない場合の動きを決めたい。そうだな・・・カゲロイを影の先頭にしましょう。やってくれますか?」
「まかせとけ。フュン」
「ええ。お願いします。あと、リアリスがカゲロイのフォローに入って。表はショーンがいいかな。そちらは別行動になる可能性が高い。柔軟に動くことが重要です」
「殿下。まかして」
「はい!」
「ええ。二人とも信じてますよ」
戦闘色の強い者だけをこちらに連れてきている。
だからタイムはここにいないのだ。
残念だが、戦えないとここから先は地獄らしい。
「それじゃあ、僕はミルスと戦います。その際、皆さんは周りを注視してください。ゼファーは僕。タイローさんは相手の王。レベッカは全体。ダンは、レベッカのフォローでお願いします」
「「「「了解」」」」
「次に影たちは、天井が良いと思います。サブロウ。ギルバーン。メイファ。三人は上から僕らを見てください。たぶん。玉座の間なんて、天井が高いはず。影にならずとも隠れられる。それと僕らの武器も持っていてください」
「「「了解です」」」
フュンは味方の配置までしていた。
この時から最大警戒をしていたのだ。
「ふっ。なんだか、あの四面楚歌のラーゼに行く時みたいですね。あの時も敵の中に入り込むと思って、中に入りましたねタイローさん」
「そうですね」
「ええ。タイローさんの所はほぼ全員が敵でしたけど・・・今回は少し違いますね。ジェシカさん。ライブックさん。この二人は味方だと分かっている。まだマシかな」
あの時よりも味方が多い。
難しい事をしようとしても、味方がいれば、何とかなるかもしれない。
フュンは前を向いて敵に挑戦をしようとしていた。
「ふぅ~・・・勝つと信じるしかない。僕の口がね。それしかない。道はそれしかない。僕らは弱いから。勝つなら絶対に口だけだ」
フュンから緊張感が伝わる。
さすがに大決戦前ではフュンも緊張していた。
ここが運命の分かれ道。
アーリアが生きるか、死ぬか。
それが決まるのが、この停戦交渉会談である。
「殿下。大丈夫です。我がいます。最後まで戦いましょう」
「ん。そうですね。僕にはゼファーがいますからね。勝てますね。いつも二人で乗り越えてきましたもんね」
子供の時からこの二人で。
どんな苦難も乗り越えてきた。
「ええ。そうです。我は殿下が口で誰かに負けたのは見た事がないです」
「・・・そうですか。しょっちゅう負けてますよ」
「え?」
「シルヴィアに負けています」
「ああ。それは仕方ないかと、我もミシェルによく負けています」
「そうですか。強いですね・・・・あの二人は・・・とても」
「ええ。強いです。敵いません!」
ここにいる皆で笑った。
アーリアの偉大な王も、その偉大な王の半身である鬼も。
妻には勝てなかったらしい。
強大な強さを持っているのは、奥さんだったようだ。
「では、みなさん。明日が決戦だ。大決戦となる戦いに挑みます。その先の苦難もありますが、皆で乗り越えられると信じています。頑張りますよ!」
「「「はい」」」
ここから始まるのが、アーリアの偉大な王フュン・ロベルト・アーリアの一大決戦。
『リーズ外交決戦』
彼の人生でも一二を争う戦いである。
しかし、これがレガイア王国始まって以来の大事件へと繋がるのであった。




