第241話 フュン 対 グロッソ
アーリア歴5年4月1日。
リーズ到着と同時にフュンは宿に泊まる。
そこは高級宿で、貸し切り状態であった。
ここには部下たちと、捕虜も確保してあって、見張りを込みで待機していた。
本番は明後日。
旅の疲れを癒してからが本番らしい。
明後日に玉の間での戦いが始まる。
なのでこの日は休息日というわけだが。
フュンは宿に到着してすぐにとある場所にゼファーだけを連れて行った。
しかし裏にはサブロウとギルバーンがついている。
ついでに双子もであるので万全な防御態勢であった。
◇
サイリンのお屋敷の前に立つ。
「いや、大きい。これは凄いな」
フュンが目の前のお屋敷を見上げた。
「ですな。ミラ先生のお屋敷の数倍はありますぞ」
ゼファーも同意する。
「ええ。これで分かる。サイリンは負けたくない家だ。ジャルマにね!」
その予測は始めからしていた。
サイリンは完璧に対抗意識がある家だ。
タツロウの記録からも分かる。
人を読んで、情報を制する。
これからの戦いは肉弾戦ではない。
外交の綱渡りであると、フュンは確信していた。
◇
サイリンの屋敷の応接室。
フュンは座らずに待っていた。
ゼファーを部屋の片隅に置いて、グロッソを待つ。
そこに男が二人来た。
最初に入ってきた男ではなく、後から入って来た男が、偉そうな物言いで来る。
「貴様が、アーリア王か」
「あ。はい。そうです。あなたがグロッソ・サイリン宰相ですか?」
「うむ」
「・・・・」
フュンが難しい顔をした。
「どうした?」
「いえ。あなたじゃないような気がしましてね。僕はこちらの人だと思うんですよね」
フュンは最初に入ってきた男に、指を指すわけにはいかないので、手を差し出した。
「ん。なんだと。失礼な奴め。私を馬鹿にしているのか」
後ろの男がまだ言い続ける。
「いえ。馬鹿になどしていません。ただ」
「な、なんだ!」
声を震わしながら荒げた。
「あなたの動きが、執事か従者。どちらかの動きです。言葉は強く言えてもですね。腹から声を出せてもですね。動きがそうなんですよね。この方の後ろを歩く動き方をしている。それも慣れている!」
「な!?」
「僕を騙そうとしているのかなって思いましたね。あなたが、グロッソ・サイリンさんだ!」
フュンはニヤリと笑って、本物のグロッソに頭を下げた。
「くっはははは。見破るか。小僧」
「いえいえ。見破るも何も、最初から気付けという顔をされていましたよ。グロッソさん」
フュンは、今の嫌な行動に対して、嫌味で言い返した。
グロッソは本気でこちらを騙そうとしていた。
それは顔の自信から見えていた事だ。
平静を装う顔で最初に部屋に入って来ても、グロッソの目だけが嘲笑の目をしていた。
こちらを小馬鹿にするような目では、フュン・メイダルフィアを騙すことはできない。
なぜなら、彼はあのルイス・コスタのそばで師事を受けた事があるのだ。
グロッソの演技は 彼のような狸ぶりではない。
全く足りない。
ルイスほどの演者でなければ、フュンを騙すのは不可能なのだ。
この時代でフュンを騙せる人間はたったの一人、ルイスしかいないのだ。
だから、グロッソには、ヒザルスと結託した当時のルイスくらいの名演を見せて欲しいものだった。
「ふっ。なかなかやるな。小僧」
「ええ。そうですかね。あなた様に比べたら、僕なんて大したことないですよ」
「そうか。ほう」
このような男が、あのシャッカルを奪った男なのか。
グロッソは、フュンを観察しようとしていた。
まずは座れと、グロッソは手で合図した。
フュンが座るとグロッソも座る。
「それで、なぜ儂に。声を掛けた。こちらに来てすぐだろ。儂に会ったのは」
「ええ。もちろん。第一にあなた様にお会いしたくてですね」
「ほう。なぜだ。儂は、この国で一番じゃないぞ。普通はな。事前に会うのなら援護をもらえそうな人物に会いに来るものじゃ」
その通りである。
事前に会うなら、一番上の人物に会うべきなのだ。
なのに、この国で三番目の地位の男に会いに来た。
「そうなんですか。てっきりあなたが一番じゃないかと思ったんですよ」
「ん? なぜそう思う。大宰相を知らんのか」
様々な戦いをしてきたフュン。
誰に取り入ればいいのか。誰に付いていっては駄目なのか。
それを理解している。
人質。辺境伯。大元帥。そして王。
様々な立場を経験した彼だからこそ分かるのだ。
そして目の前の男について、フュンの考えではどうなるのか。
口での戦いは、静かに進んでいく。
「ええ。知っていますよ。大宰相。この国で一番のお方ですよね。王よりも上にいる」
「ふ、不敬だぞ。王が一番じゃ」
「そうですか。僕が聞いた話じゃ、王の上に立つ男だと・・・あれ?」
「ま、まあ。そうだな。実際はそうなっておる」
「そうですよね。大宰相。王。宰相。この順ですよね」
「・・・まあそうだな」
タツロウの資料にあった事でもある。
この順番が百年近く続いている。
それがレガイア王国だと。
「でも僕はですよ。王。あなた様。ジェシカさん。ミルスだと思っています」
「なに!?」
「僕は王様が一番だと思いますが、残念ながらお若い」
「う。まあ、そうだな。20歳にもなっておらんからな」
「ええ。そうでしょう。これほどの大国を動かすのに、その若さ・・・これは無理というものだ」
グロッソは完全に引き込まれていた。
フュンの話術によって・・・。
「小僧。よく分かっているな」
「ええ。僕も色々な経験をさせてもらったのでね。若さは素晴らしいですが、対国家となると、難しい。だからあなた様の経験が欲しいですよね。国の中心に!」
「・・・うむ。話が分かる奴じゃな。お主」
小僧からお主に立場が上がった。
フュンは内心ちょろすぎると思った。顔には一切出していない。
「ですから、僕はあなたが一番かと思ったんですよね。たくさんの経験を持っている方ですもの。ミルスではいけない。彼もまた若い。若すぎます」
「そうじゃな。あれもまだ30前後だものな」
「ええ。ええ。そうです。その年代で国の何がわかるのでしょうかね」
「まったくだ。その通り。ワハハ」
グロッソがたちまち上機嫌になり笑いだした。
しかし彼をおだてているフュン自体は、年齢なんてまったく関係ないと思っている。
実際にフュンが人質として生き抜いた時代は、10代。
そして、辺境伯でスレスレの立場で生きてきたのは20代。
年齢が関係しているのなら、自分はもうこの世にいない。
あの状況では実力と運がなければ、死んでいるに決まっている。
ここで、フュンはグロッソを単純と見た。
不満がある部分をくすぐるように話せば、すぐに上機嫌になる。
それなら、それで、とても扱いやすい。
タツロウの紙の情報が正確である。
ただし疑い深いので、踏み込まない事が肝心だ。
注意深く進む。
「グロッソさんの力が、この国には必要じゃないんですかね。そう思って、僕はあなたが一番かなって思ったんですよ。失礼でしたかね」
「いやいや、何も失礼ではないぞ。うむうむ。わかっているなお主は。本当に辺境の地の王なのか。こちらで暮らしていたのでは?」
小僧からお主に完全に代わっている。
本人も気付かない変化だった。
「いえいえ。僕は、本当にド田舎の小さな国の王子だっただけでありましてね。こちらの大陸で言ったら、米粒ほどの小ささの国です」
「なんと。そんな国から。大陸の覇者に?」
「ええ。そうなんですよ。信じられない。僕自身がね」
「ハハハハ。そうかそうか。道理で面白い男だ」
ここでグロッソは完璧にフュンを面白い人間であると認定した。
この場では完全な敵だと思っていない。
「それで、ならば何か言いたくて儂の所に来たのだな」
「はい。さすがですね。グロッソさんは、鋭い」
「当然だ。何かをしてほしい。そういったことだろ。儂に一番に会いに来るという事はな」
「その通りです。こちらからのぶしつけな願い。言うのは、憚られるのですが・・・よろしいでしょうか?」
「うむ。聞くだけ聞こう」
頼りにしてきた。
それを理解していたのだ。
この会話で、グロッソでも気付いたのである。
「では当日。何も発言しないでもらえますか」
「ん?」
フュンからのお願いが、こっちが思った願いじゃない。
便宜を図って欲しい。
または停戦に協力して欲しいだと思った。
だから、一言の疑問で聞き返してしまった。
「僕が王様に会う際・・・あなたの発言を抑えてもらってもいいですか」
「は? なんじゃ。その条件は??」
「僕は、ミルスと対決するつもりで、こちらに来ました。なので、あなたには悪い結果にはならない。そう思います」
「なんじゃと・・・対決!?」
フュンの言葉にただただ驚く。
グロッソは想像外のお願いだと思ったのだ。
「正直な話をしてもいいですか」
「うむ。いいぞ」
「僕は、停戦。これが上手くいかないと思っています」
「・・・」
「僕は、ジェシカさん。それと、ライブックさん。そしてあなた様と、マキシマム閣下とは停戦が出来ると思っています。つまり、国の重鎮とは停戦を結べるんです。みなさん優秀ですからね。今のこちらの国の状態をよく分かっていらっしゃる」
「・・・うう・・・んん」
煮え切らない返事は、確かにそうだという返事だった。
「でも僕はミルスとは不可能だと思っています。だから、こちらの国家とは停戦が出来ない。なにせ奴が一番位が高い。あなた様が大宰相であればよかったのですが、奴が大宰相でありますからね。停戦が出来ない!」
「・・・」
言葉が少なくなってきたので、フュンは核心を突いていると思った。
「ですから僕はミルスとの対決をしようと思いますので、その際。僕のこと・・・そうですね。僕と僕の家臣たちに手出しをしないでください。あなたからは完全に無視されたいのです」
「・・・ほう。交渉時に何をする気なのだ」
「何もしません。ただ、何かをするのはあなたたちになると思いますので、その際、僕を無言で援護して頂けると嬉しいです」
「・・・それをすると。儂が有利になる。ということか」
「そうです。ただ黙っているだけで、世界は変わります」
フュンの自信のある表情を見て、グロッソは決断した。
「・・・いいだろう。儂は承諾した。停戦交渉の際に黙っていよう。最低限だけ話そう」
「ありがとうございます。あ、それとですね」
「なんだ?」
「僕が、あなたと会っていた。そういうことを噂レベルで、王宮に流してもらえますか?」
「なに!?」
「ミルスの耳にこの情報を入れたい。確実にです! それに奴の頭に、刻みたい。アーリア王国が一番に頼ったのは、サイリン家であるとね」
「ふっ・・・やるな。お主」
「ええ。もちろん」
含んだ笑みをしたフュンを見て、グロッソもまた笑った。




