第239話 旅 二つ目と三つ目の都市
次にフュンは、大都市ピーストゥーに入った。
鉄の匂いがする。
バルナガンと似たような匂いの雰囲気だが、職人がいない。
それは工場があるからだ。
大量生産はこの都市が担っている。
「なるほど。これが工場。そして、武器などの生産の基本なんですね」
「そうです。ここと、もう一つあります」
「どこです?」
「北のワールグという場所です」
「なるほど。ワールグね。でも北か。どうだろうな。やるべき時は来るかもしれないな」
フュンの頭の中では何かが展開されていた。
「アーリア王。私たちはこちらの宿の準備と工場見学。その両方の準備をしますね」
「あ。ありがとうございます。お願いします」
「こちらで待っていてください」
「はい」
駅の中にあるベンチに座ると、フュンは独り言のようにして、小さく話す。
「サブロウ。ここには影を8で」
「了解ぞ」
「いざとなったら、破壊が出来る形でいてください」
「破壊ぞ? 利用じゃなくてぞ」
「ええ。利用はしたい。しかし、もしも、イバンクが苦境になったら、ここを破壊するだけでサイリンが大混乱する。しかもここにある工場だけの破壊でね」
「・・・なるほどぞ。でもフュンぞ。破壊タイミングが分からんぞ」
「大丈夫。連絡は他から来ます。各地の影に中継連絡をさせるか。やはり無線かな。ああそうだ。残りの影はどのくらい連れて来ましたか?」
「主要影じゃなければ、1000ぞ。アーリアのほとんどを第二陣で連れてきたぞ。それをシャッカルに置いてあるぞ」
サブロウの育てた本格的な影をほぼ全員連れてきたのである。
三軍団の他に影。
この大陸に来た時から、アーリアは総力戦だった。
「いいでしょう。それを細かくこちらに置いていって、信号弾連携をしてもいいでしょう。その準備をします。ただ、この連携は本当に緊急時のみの破壊信号にしますので、基本は使用しません。それを周知で」
「了解ぞ」
「それで、彼らは、光信号は出来ますか?」
「出来るぞ。勉強したから大丈夫ぞ」
「わかりました。それなら、大丈夫だ」
「ん?」
サブロウが首を捻って会話が終わった。
◇
その後。ジェシカの案内を受けるフュンは、工場を見て回った。
武器の生産だけでなく、何か別な製品を作っていた。
「あれはなにを作って?」
「あれはもう一台列車を作るようでして、運搬ですね。貨物列車です。武器運搬をしたいらしく。北の戦いに投入して、武器を運んでいくのです」
「なるほど・・・運搬。貨物・・・・へえ・・・いいな」
列車。あれがあればアーリアも発展しそう。
フュンは、そういう見方をしていた。
戦争だけじゃなく、平和利用を考えるのが、フュンという男なのだ。
「そうですね。ジェシカさん」
「なんですか」
「僕らの同盟で、基本は不可侵にしましたが、こちらは協力にします」
「え?・・ど、どういうこと」
「あなたは不可侵を守ってください。ただ、僕らは勝手に協力します。いいでしょうか」
「え?・・協力ですか」
「はい。そうです。あなたの地位が良くなるように、物事を運んでいきますので、お願いします」
「わ、わかりました」
「そこで、満足したら見返りが欲しいです」
「満足ですか? 何をあげれば・・・」
「技術をください。ここにある技術ですね。工場とか。列車。そういう技術を教えて欲しいです」
「なるほど。たしかに、私が勝てるのであれば、それは・・・安いものでしょうね。勝てるものなら」
ジャルマに勝つ。
そんな事できるわけがない。
負けないように生きてきたから、勝つイメージが作れないのだ。
「勝ちます。絶対です。僕が勝たせる。あなたを勝たせてみせます」
「・・・は、はい」
フュンの強い意志に押し切られるように返事をした。
しかし、なぜか勝てるような気がするのはどうしてだろう。
ジェシカも段々とフュンを信じていったのだ。
これは太陽の人の力なのか。
人を信じさせる何かがあるのだ。
「よし。じゃあ、次ですね。面白かったですよ。見知らぬ地の事を知れるのは良い事ですね」
時折見えてしまう。
底抜けの明るさが少し怖い。
ジェシカのフュンに抱く印象だった。
◇
首都リーズに入る前。
大都市ラーンロー。
ここに来るまでの間の列車の窓から小麦畑が見えていた。
駅に到着すると、香りが良い。
食べ物の匂いがあった。
「これは、穀倉地帯だから?」
「そうですね。ここは、ワルベント中央に住む国民の食料を支えている地域です。マクスベルも同じですね。マクスベルも近くの村が農地で、南を支えている地域です」
「なるほど。やはり。僕の予想通りで良い都市ですね」
ジェシカに伝えた。
ラーンローとマクスベル。
この二つを奪取せよ。
その意図は、この国の食糧を握れであった。
腹が減っては戦は出来ぬ。
いくら武装や武器があろうともこれが重要である。
フュンたちも別の大陸に今来ているが、食糧は延々と運ばれているのだ。
それはロベルト・シャッカル間で、輸送艦が行き来している。
「ここはパンが有名ですね。小麦がたくさんとれるので」
「なるほど。良い匂いですもんね。焼きたてですね!」
「はい。そうです。朝一で作ったものは、リーズにまで運ばれるくらいに有名で美味しいんです」
「そうなんですか。いいですね。列車は!」
高速で物を輸送できるために、夜辺りにはリーズで販売が出来る。
ラーンローのパン屋さんは儲かっているのだ。
「うんうん。しばらくここにいますかね」
「え? な、なぜ。リーズには向かわないのですか」
「えっとですね。どういう連絡が来てます?」
「それは、早く来いと」
「ですよね」
「ええ。さすがにもう一か月以上も経っていますから」
フュンは、ここに来るまでに一カ月を要していた。
実は、シャッカルからラーンローまで最速でいけば一週間未満でいけるのだ。
なのに一カ月。
これはどういうことだと。
叱責しようとするのは、リーズにいる大宰相であろうことは予測がつく。
これは、わざとである。
フュンは、ミルス・ジャルマを揺さぶるために、遅く向かっていた。
「でも、見学してますよって伝えてますよね」
「もちろん。招待させてもらっていると、客人として」
「ですよね。交渉ですから。無下には出来ないはず」
「はい」
「大国の面子もあります。だって、交渉人を殺したらね。権威なんてダダ下がりだ」
「それは、そうです。もちろん。そんなことはさすがにしないはず。いくらあのミルスでも・・・」
「ええ、でもしてきてもいいです。いや、殺しに来てくれた方が、展開的には楽ですね」
「え? な、なにを!?」
なにを言っているんだこの人は?
ジェシカはとんでもない発言をするフュンに驚いた。
「返り討ちにして、殺しますからね。まあ、そうなった方が、交渉材料としてはプラスになるんですけどね・・・残念ですね」
「は?」
「ええ。ですから僕を暗殺するなんて、できませんよ。僕らはその類では負けない。正面切っての戦争なら負けますが、その類では絶対に負けない。その自信があります」
「・・・・」
ジェシカは、このフュンの自信を知らない。
ナボルと幾度となく裏側で戦ってきたフュン。
その内情を詳しく知るギルバーン。
この二人が連携すれば、裏側は安全。
それに加えてここにはサブロウがいる。
闇では、こちらが勝つ。
それがフュンの絶対の自信だった。
「ええ。でも安心してください。そんなことにはならない。それだと僕の最大計画とズレますからね。大丈夫。ジェシカさんは安心してください。ということで、しばらくここにいますよ。ジェシカさん。一旦。リーズに向かってもらってもいいですか」
「え? 私一人でですか」
「いいえ。一旦ライブックさんと一緒にです。あなたには無線連絡じゃなくて、直接会ってもらって、僕が後から行くと連絡をお願いします」
「わ、わかりました」
「それで、これをお願いします」
フュンは、紙を二枚手渡した。
「これは・・・なんでしょう?」
「青の一枚はあなたに。赤の一枚はサイリンに渡してください」
「サイリンに?」
「ええ。グロッソ・サイリンへの面会のお願いですね」
「面会!?」
「はい」
「しかし。サイリンと先に? それはまずいのでは」
「ええ。まずいです」
「は?」
「しかしこれが重要。あなたは何も心配せずに無関心を貫いてください。いいですね。同盟関係だと悟られないように・・・ってあなたは優秀ですから出来ますね」
「・・・え、ええ。もちろん。顔に出すつもりはありませんわ」
「はい。お願いします」
こうして、ジェシカは、部下たちを置いて、ライブックと共にリーズへと帰った。
謎の指示を出してきたことで、多少は動揺していたらしい。
列車の中で、青の紙を見た彼女は、さらなる驚きで声を出してしまったそうだ。




